SUGIURUMN『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』 ~ 曽我部恵一やスチャダラANIら新旧ゲストと作った日本語アルバム

バンドやDJ/トラック・メイカーとして30年以上の音楽キャリアを持つ杉浦英治が、ソロ・プロジェクト=SUGIURUMNの7年ぶりとなる新作『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』をリリースした。

ダンス・ミュージックを根幹にさまざまなゲスト・ボーカルを招くスタイルは一貫しつつ、今回は日本語の歌詞を用い、曽我部恵一、スチャダラパーのANI、吉村潤らを起用。彼にとっては新しい一歩を踏み出したアルバムと言える。

そんな本作の制作過程についてインタビューを行うとともに、後半部では杉浦自身による全曲解説を披露してもらった。豊かな音楽体験に裏付けされたイマジネーション、そして、新旧のゲスト・ボーカリストたちへの思いを込めたコメントもお楽しみいただきたい。

アルバム・インタビュー 〜 “英語じゃなきゃいけない”という時代ではなくなった

──SUGIURUMN名義としては7年ぶりのアルバムですね。どんなことを考えながら作っていったのでしょうか?

杉浦 この7年の間に、新しく結成したTHE ALEXXXのアルバムを2枚作ったり、ファンション・デザイナー宮下(貴裕)さんのコレクションの音楽を担当させてもらったりしたのですが、特に後者の体験が大きかったと思います。それまでは踊らせる音楽がメインでしたけど、そうじゃなくて、人から頼まれてその世界観を拡張するような音楽を作るのは初めてだったんです。それがきっかけで、自分自身をもっと拡張する作品を出したかった。それで、今回は日本語の曲をやってみようかなと。自分が驚かないものって、みんなも驚かないと思うんですよ。でも自分が驚いたら、きっとみんなも驚くものになるかもしれないと思って。

──初期のソロ作を除くと、SUGIURUMNのトラックはどんなフィーチャリング・ボーカリストを起用しても、必ず英詞でしたよね。

杉浦 僕がバンドを終えてダンス・ミュージックに振り切ってから、当初思い描いていたことってほとんど叶えてしまった部分があって……イビザでDJができたり、“FUJI ROCK FESTIVAL”にレジデントのように毎年呼んでもらえたりして、あらためて何がやりたいかを考えたら、割と一通りやってきたなという実感があるんです。逆に、やってないことを考えたら、日本語のトラックで、しかも、そんなに踊らせない作品もいいかなと思って。まあ、作っている途中でやっぱり踊らせたくなってしまった曲もあるんですけど(笑)。僕らがバンドをやっていた1990年代って、拙いけどみんな英語でやっていましたよね。文法とかメチャクチャでも英語にしないといけないみたいな空気があって、日本語にすると“あいつらは魂を売った”とか言われたりして(笑)。でもそういう感覚ってもう無くなったじゃないですか。むしろ日本語で全然いいじゃんっていう。海外のフェスに出ている日本人のアーティストも日本語で歌ってますしね。

──本作のサウンドはオーガニックなシンセの動きが耳を引きます。ちょっとした効果音から大きなうねりのLFOパッドなど、シンセの音作りを楽しんでいるような様子が目に浮かびました。

杉浦 それはMOOG Minimoog Voyager Performer Editionを使っている部分が多いからだと思います。もちろんソフト・シンセもたくさん使っているんですけど、 何となくハードに手が伸びる回数は増えたかもしれない。ちなみにMinimoog Voyager Performer EditionやROLAND TB-03などのハード・シンセをパソコンに取り込むときは、NEVE 33115を通したりしています。

──そうやって一手間かけることで、やはり音が違ってきますか?

杉浦 違うと思いたい(笑)。自分では有機的な感じになっていると思います。あと、今回はディレイにBENIDUB Digital Echoっていうハードを多用しているんですが、これは確実にプラグインでは出せない音ですね。だからって別にハード回帰というわけでもないんですけど。

──曲作りはいつもどのように始めていますか?

杉浦 毎回違うんですけど、一つ言えることは、“曲を作る”と決めて始めます。曲作りを始めたら出来上がるまで戻れないという、それ相応の覚悟を持って取り組みます。そうしないと、作りかけのプラモデルみたいに曲の断片ばかり増えていってしまう。“曲を作る”というスイッチを入れてから作業するので、普段何気なく暮らしていて鼻歌から曲ができるとか、散歩していてメロディが降ってくるとか、そういうのは無いです。ただ曲を作り始めると、もっと良くできないかと、ずっとその曲のことを考えて生活しているので、散歩やシャワーを浴びているときに曲中のアイディアはよく閃きます。

──歌モノ作品ということで、最初から“歌を入れる”と決めて曲作りをするわけですよね?

杉浦 それも曲によってケースバイケースで、「All About Z feat. Haruna Yusa」なんかは、既にインストとしてできていた曲にボーカルを入れてもらったりしています。歌詞については、基本的に歌う人に書いてもらうのが一番良いと思っているのでお願いしていますが、何曲かは僕が書いているものもあります。ただ、曲のタイトルだけは必ず僕が決めさせてもらっています。そこ以外は自由に歌ってくださいというスタンスです。

──さまざまなフィーチャリング・ボーカリストが参加する中で、歌録りはどのように行ったのですか?

杉浦 自分で録音して送ってくれる人もいたし、それ以外の人は東京・三宿にあるスタジオで録りました。すごく気に入っていたスタジオだったんですが、数カ月前に閉じちゃったんですよ。残念です。

──制作で使ったDAWは?

杉浦 APPLE Logicです。ABLETON Liveをサンプラー代わりにして、そこで仕込んだループとかワンショットをLogic上で編集する感じです。ミックスもLogicでやっていて、曲作りとミックスの境はもはや無いですね。例えばヨーロッパのDJって、いろんな国で毎週ギグをこなしながら、1カ月に3曲くらい出したりするじゃないですか。一体どうやっているんだろう?って研究したときに、やっぱり時間が無いから飛行機の中とかで曲を作っているんですけど、彼らはミックスしながら作曲しているんですよね。マスタリングのプラグインも挿しながらやって、いつでも納品できる状態にしている。そこに気付いてからは、曲を作りながらミックスも9割くらいは仕上げるようになりました。あと、これは自分の特徴だと思うんですけど、パンが好きじゃないんですよ。音を左右に定位させることはあまりやらないで、基本はセンターに置いています。その分、ディレイで広げるという。単に好みの問題ですが、ダンス・ミュージックをずっと作ってきたからかもしれないです。センターに音を置いて音圧を出したいので。

──マスタリングは砂原良徳さんが手掛けていますね。

杉浦 今まで自分でマスタリングをしてきたこともあったんですが、作品にすると後々世に残るじゃないですか。だから少しでもクオリティを上げたいと思って、砂原さんにお願いしてみたら引き受けてくれて、本当にすごいことだなと思います。出来上がったマスタリングも、そんなにレベルを突っ込んでいるわけでもないのに出るところはしっかり出ていて、すごく良かった。しかも、何回も何回もチェックしてくれて、引き受けた以上はプロとして自分が納得できるものを作る、という姿勢はさすがでした。

──バンドやDJで活動を重ねてベテランの域に入っている杉浦さんですが、今後目指すステージはどのようなものになるのでしょうか?

杉浦 次のアルバムも7年後に出すだとしたらもう60歳ですからね。そう考えると、あとどれだけ作品が作れるのかな?と思ったりはします。ただ、“良い車に乗りたい”とか、そういうのは全く無いですね。自分でもそういう気持ちって無くなるんだなって感心しています(笑)。次の大きな目標は何だろう……THE ALEXXの3枚目のアルバムを作ること。あと、いつか映画監督はやってみたいですかね。

杉浦英治プライベート・スタジオ

杉浦のプライベート・スタジオ。DAWはAPPLE Logic、モニターはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904

本作で活躍したMOOG Minimoog Voyager Performer Edition。白いボディがMUSIKELECTRONIC GEITHAINのモニターとおそろいでお気に入りだそう

ダビーな音作りで効果を発揮したBENIDUB Digital Echo。この機材にしかない音があると杉浦は語る

ハードウェアのシンセ類はNEVE 33115を通してからパソコンに取り込むのが杉浦のワークフロー

エレキギターはVOX Phantomを弾くことが多かったそうだ

全曲解説『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』

01.True Story feat. Mirai Oukura

杉浦 アコギから作った曲です。ボーカルの黄倉未来君は、(石野)卓球さんのイベント“地獄温泉”で毎年会っていて、後で話しますけど、スチャダラパーのANIさんと未来君と3人で踊っているときに、“この2人に参加してもらえたら面白いだろうな”って何となく思ったんです。未来君については、YouTube番組とかもやったりしているけど、電気グルーヴのフロント・アクトも務めたりするくらいなので“音楽をやっている人”という認識はあったんです。でも、どんな声で歌うのかは全然知らなくて、そんな状態でお願いしました(笑)。実際に歌ってもらったら僕のトラックとリンクしてすごく良くて、美しい奇跡だったと自分でも思います。

02.Midnight Club feat. mayu

杉浦 野田努さんと飲んでいるときに、3年くらい前に出たセイント・エティエンヌのアルバムがすごく良いって言われて、聴いてみたら自分には全然響かなかったんですよ。きっとプラカードがジャケットのアルバム(1991年発売の『フォックスベース・アルファ』)の残像をみんな求めていて、だったら自分で作ってみようと思ったのがきっかけの曲です。ロンドンっぽいダブの雰囲気を出そうと。ただ、いい感じのディレイがプラグインで見つからなくて、人づてに“BENIDUB Digital Echoがいい”って聞いて、実機を持っているWATUSIさんのスタジオまで行って試させてもらいました(笑)。ボーカルのmayuさんはStrip Jointというバンドをやっていて、このアルバムのレーベル=KiliKiliVillaの与田(太郎)さんが紹介してくれました。

03.Music Function feat. Hokuto Asami

杉浦 浅見(北斗)君がやっているHave a Nice Day!とは対バンもさせてもらって、すごく好きになっちゃって。ぜひ今回参加してもらいたくてお願いしました。トラックについては、僕が一番影響を受けたアーティストにPeace Divisionっていうロンドンのユニットがいて、今はディープ・ハウスになっていますが、初期はドラムとベースと上モノ1つだけみたいな感じですごく格好良いんですよ。音数はシンプルだけど、フロアで爆音で聴くとものすごい効果を発揮する。しかも、よく聴くとフレーズの1音ずつ違う音色で鳴らしたりしていて。そういう雰囲気とか手法をこの曲で取り入れています。

04.All About Z feat. Haruna Yusa

杉浦 もともと川村毅さんの『オール・アバウト・Z』という舞台用に作った楽曲があって、そこにHave a Nice Day!の遊佐春菜さんに歌を乗せてもらいました。遊佐さんの歌い方は独特で、どこか大林宣彦の尾道三部作の世界観というか、安田成美の「風の谷のナウシカ」みたいな雰囲気で、今の時代にはいないすごい人だなと思って。曲はユーモラスさがありつつ切なさもあって、その何とも言えない感じを表現しています。ザ・キュアーの「クロース・トゥ・ミー」のような感じにしたくて。あと、この曲のMVは自分が監督から編集までやっているので、良かったらYouTubeで見てみてください。

05.Juveniles feat. Daiki Kishioka

杉浦 Strip Jointの岸岡(大暉)君に歌ってもらっています。元のトラックは7年くらい前にできていて、もともとビートがあった曲なんです。ただ、発表の場が無かったので寝かしていたんですが、今回引っ張り出してきてビートを無くしてみたら、牧歌的な感じでいいなと思って。作った当時はちょうどMinimoog Voyager Performer Editionを買ったタイミングで、盛り上がってリアルタイムで弾いたテイクを10本くらい重ねています。やっぱり新しく手に入れた楽器っていいですよね。使い慣れると気に入ったプリセットしか使わなくなっちゃうけど、最初にいろいろ試しているところを記録できて良かったなと思います。

06.Slowmotion Through The Night feat. ANI (スチャダラパー)

杉浦 どういう曲にしようかをANIさんと飲みながら考えていたんですけど、そこが韓国居酒屋みたいなところで、店内のディスプレイにアイドルの動画が流れていて、“夜通しスローモーション”って字幕が出たんです。それを見たANIさんがコレどうかな?って(笑)。ANIさんの声ってすごい格好いいし、歌詞も天才的ですよね。トラックは毎回サビで違うシンセ・フレーズが出てくるんですけど、あえて前に出さないで後ろで鳴らしているところも気に入っています。試しにWOMBでDJやっているときにこの曲をかけてみたら大盛り上がりで、SNSに知らない人から、“あの曲は誰ですか?”ってDMが来たくらいです。

07.Razor Sharp feat. Jimme Armstrong

杉浦 トラック自体は6年くらい前に作ったものです。キャンディ・フリップの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」みたいに、ビートルズを電子音でやったような曲をやりたくて。ボーカルのジミー(アームストロング)の本業はDJだと思うんですけど、どんな歌声か知らずに頼みました(笑)。もともとどこかのクラブで仲良くなって、これの前に英語で歌ってもらったバージョンがあるんですけど、今回は日本語のアルバムってことで、僕の書いた歌詞で歌ってもらって。そんなに日本語しゃべれないのに。こういうコード感のある曲は大抵アコギで作っていて、後で抜くっていう手法を使っています。

08.Love Degrees feat. Keiichi Sokabe

杉浦 5月に千葉で“GROOVETUBE FES.’24”に出たときに、久しぶりに曽我部(恵一)と会って、“アルバム作ってるんでしょ、俺にも歌わせてよ”って向こうから言ってきてくれたんです。アルバムもほとんど完成するところだったので、取りあえず余っているオケを送って、締め切りが近いから返事は来ないかもぐらいに思っていたら、2日で送り返してくれて。コーラスまで重ねてもう完ぺきだったんで、“感動したよ!”って返事したら“じゃあ、本ちゃん録り直すね”って来て、いやいやこれで十分ですから!って(笑)。曽我部は歌がすごくうまくなっていて、お互い成長しているんだなと思いました。

思い返すと、曽我部と出会ったのは、僕が90'sにエレクトリック・グラス・バルーンをやっていたころで、下北沢のライブ・ハウスだったと思います。なぜかお互いのCDをたたき割って交換しました(笑)。別にケンカするわけじゃなくて、そうするのが普通の挨拶だったというか、2人とも20歳そこそこですごくトガってた時代ですよね(笑)。その後、エレクトリック・グラス・バルーンの丸山晴茂がサニーデイ・サービスに入ったので、その縁でプロデュースをしたり、僕の作品で何度も歌ってもらったりしています。曽我部とは飲みに行くこともほとんど無いし、向こうはどう思っているか知らないけど、純粋に音楽だけでつながっている感じですね。近過ぎず遠過ぎず不思議な関係というか。すごくリスペクトしています。

09.Rebel Boy

杉浦 25年ぶりぐらいに自分で歌いました。トラックを作っているときに、この曲は自分の声が合っているなと思って、最初からゲスト・ボーカリストには頼まず自分で歌おうと決めていました。昔、福富(幸宏)さんと上原(キコウ)君と3人で、僕の家に集まって宅録バンドみたいのをやっていたんですよ(笑)。パソコンとシンセとカセットMTRで。まさにスペースメン3みたいに、ワンコードでそのまま最後まで行くような感じ。そういう曲を今作ってみたという感じでしょうかね。福富さんは機材の使い方をいろいろ教えてくれて、僕がダンス・ミュージックに行くきっかけを作ってくれた人。もう完全なる師匠です。

10.Into The Light feat. Jun Yoshimura

杉浦 これはもともと英語の曲で、宮下さんのコレクション用の音楽だったんです。それを日本語に変えて吉村(潤)君に歌い直してもらった。吉村君とは何かと縁があって、彼がやっていたWINOのラスト・ライブに参加させてもらったり、ソロになってからも何曲か僕がプロデュースをやらせてもらったりしていますね。この曲はロンドン・グラマーとかビーチ・ハウスのような雰囲気にしたかったんです。ギターはTHE ALEXXの筒井(朋哉)君に弾いてもらいました。結構音数が多いですけど、“音をこれ以上重ねても意味無い”とか“抜けが悪くなる”とか既成概念ってあるじゃないですか。そういうのを取っ払って作りました。

11.Butterfly Effect

杉浦 コードが変わってもステイしている音がある曲が好きで、まさにその手法を使っているインストです。しかも生ドラムを入れてみようと思って。静岡に卓球さんの同級生がやっているdazzbarっていうクラブがあるんですけど、そこでMASSER君のパーティに出たときに、彼がドラムもやるってことで、“今度ドラムたたいてよ”って話になって。最後でテンポが遅くなっていくのは、Logicに付いている機能を教えてもらったので、それを使っています。イメージとしては、飛びながらどんどん世界が変わっていく感じの曲です。

Release

『SOMEONE IS DANCING SOMEWHERE』
SUGIURUMN

Musician:杉浦英治(all)、ANI(vo)、曽我部恵一(vo)、吉村潤(vo)、黄倉未来(vo)、浅見北斗(vo)、遊佐春菜(vo)、岸岡大暉(vo)、mayu(vo)、ジミー・アームストロング(vo)、筒井朋哉(g)、MASSER(ds)、高野勲(syn)、雨宮桃果(tp)、他
Producer / Engineer:杉浦英治
Studio:プライベート、他

 

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