ROTH BART BARON インタビュー【後編】〜自分がきれいだと思う音を集めていくんです

ROTH BART BARON インタビュー【後編】〜自分がきれいだと思う音を集めていくんです

制作の全過程を生配信する試みとともに完成した、ROTH BART BARONの6thアルバム『無限のHAKU』。バンドの中心人物である三船雅也へのインタビュー後編では、スタジオでのバンド録音にこだわった理由や各パートのレコーディング過程、ミックスについて詳しく聞いていく。

Text:Susumu Kunisaki

インタビュー前編はこちら:

リモートで伝わらない空気感に向き合う

プリプロの後は幾つかのスタジオで本チャンのレコーディングという流れでしたが、スタジオのセレクト基準は?

三船 今回はバンドでせーので録りたかったから、大きなブースがあって天井が高いところですね。前回使った札幌の芸森スタジオは今回も使おうと決めていて、それに加えてDUTCH MAMAとサウンドバレイを使いました。サウンドバレイは初めてだったんですけど、ブースの形が面白く、天井も独特で良かったですね。

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DUTCH MAMA STUDIOで行われたベーシック録り。ドラムの工藤、ギターの岡田拓郎、ベースのマーティ・ホロベック、写真には写っていないがキーボードの西池達也が同じ空間に集まり、同時演奏ならではのテイクを収録していく

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サウンドバレイでのドラム録音。キックにはTELEFUNKEN M82、NEUMANN U47FET、SOLOMON LFRQ、スネアはトップにTELEFUNKEN M81とAKG C451、ボトムにSHURE SM57、タムにSENNHEISER MD421、ハイハットにC451、ライドに同じくC451、トップにはAKG C414×2、オーバーヘッドにNEUMANN U67、アンビエンスにはNEUMANN U87AIとDPA MICROPHONES 4006が立てられた

芸森スタジオはどんなところが良いのですか?

三船 本当にストリングスが美しく鳴るんですよ。今回はストリングスだけじゃなく、ホーンもドラムもピアノも僕の歌もせーので録ろうということで、皆で行きました。

 

東京のミュージシャンを札幌まで連れて行って録るというのは、とてもコストがかかるやり方ですよね。

三船 ROTH BART BARONは最初からわざわざ楽器を持ってアメリカに行ったりしてますから、コストに見合わないことには定評のあるバンドです(笑)。こういうの作りたいってなったらやる。お金のことを考えるとできないことが増えちゃうから、やりたいことを先に考え、あとで予算を考えた方がいい音楽ができます。今回も2万円っていう高額な“ALL STREAMING PROJECT”の配信チケットを買ってくれた人が居たり、芸森スタジオ見学プランで参加してくれた人が居て、そのおかげで札幌でレコーディングができました。

 

それほどまでして、せーので演奏するとやはり録り音が違ってくるのですか?

三船 違いますね。もちろんリモートも素晴らしいですが、人間、コンマ1秒の差も分かってしまいますから。今作はデジタルの向こう側に行きたいっていう気持ちがすごく強かったんです。インターネットとかのゼロイチに乗らない情報をいかに入れるか……コロナ禍でリモートだと伝わらない空気感っていうのに向き合わざるを得なかったから、人間ってこんなに繊細なんだよというのを音楽に入れたいと思った。

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札幌芸森スタジオではチェロの徳澤青弦率いるストリングス・カルテットを収録。使用されたマイクはチェロにNEUMANN U47、ビオラにNEUMANN U67、バイオリンにAUDIO-TECHNICA AT4060。アンビエンスにはNEUMANN KM84とU87AIが2本ずつ立てられていた

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芸森では竹内悠馬のトランペットと大田垣正信のトロンボーンのダビングも行った。マイクはそれぞれROYER LABS R-122

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芸森でピアノ・ダビングをする西池達也。マイクはオンにAKG C414、オフにNEUMANN M147

エンジニアは今回も前田洋佑さんですね。

三船 はい、『HEX』からずっとかかわってくださっている。自分がたどり着きたいところに寄り添ってくれるエンジニアで、ROTH BART BARONのサウンドに欠かせない方です。

 

前田さんとスタジオでの作業を始めるときは、三船さんがプリプロまで使っていたLiveのデータを渡す?

三船 自分のイメージが固まっているものについては、エフェクトも込みでLiveから書き出して、AVID Pro Toolsに移します。ここから清書していく作業ですね。スケッチがそのまま絵になっていく感じです。

 

前作、前々作でもレコーディングは96kHzで行っていましたが、今作も?

三船 はい、32ビット/96kHzです。Liveで作業する段階からそのフォーマットにしてます。結構重たいですけど、もう48kHzには戻れないですね。映像でも4Kを見た後にHDに戻るのはちょっとつらいですよね? デジタルってドットの集合体ですから、ドット感が見えない方が好きなんです。

 

アレンジ的に、これまでの作品と比べて今作はレイヤー感のある曲が少ない印象でした。

三船 そうですね、ROTH BART BARONはすぐにレイヤーがしたくなっちゃうバンドなので、今回は我慢しようと思いました(笑)。なるべくそぎ落として、茶室くらいシンプルにしようと。

 

一つ一つの音が力強いからこそできることですよね?

三船 はい、素材を一つ一つ丁寧に作っていって、その音が美しく完成されていたら、エディットして着飾る必要は無い。例えば「月光」で聴けるキックは芸森で録ったんですけど、キックの前に大太鼓を置いて、キックを踏むと大太鼓が共鳴して“ぼよよよーん”という音を出すようにしているんです。そんな具合にきらきらした宝石のような音をいっぱい集め、その良さが消えないようにアレンジしていきました。

 

今回、工藤さんがハイハットの代わりにタイプライターをたたいたり、岡田さんが泡立て器を使ってギターを弾いたり、普通に考えると変な音がたくさんありますが、それらも三船さんにとっては宝石のような音?

三船 ええ、きれいな音です。純度が高いっていうか、単純な音質のことではなく、自分がきれいだと思う音を集めていくんです。

 

集めていく……録音していく作業で迷いが生じたりはしないのですか?

三船 迷わないですね。録りで悩むとみんなどんどんダークになって、楽しくない思い出が記録されちゃうから。“あのときオレはこんな感じだった……”とか、音に残っちゃうんですよ(笑)。そうならないためにプリプロ作業をきちんとやっているっていうのもありますね。

 

ボーカル録りにはどんなマイクを使いましたか?

三船 ボーカルはFREEDOM STUDIO INFINITYで録ったんですけど、そこにあるCHANDLER LIMITED Redd Microphoneが一番ハイファイで、しかもカラッとしていたので今回は大活躍でした。ほかにはあえて裏切ってNEUMANN U47とか前作で多用したSONY C-800Gですね。

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三船のボーカルはFREEDOM STUDIO INFINITYで収録。今回、マイクは写真に写っているCHANDLER LIMITED Redd Microphoneを多用したとのこと

三船さんがマイクを選ぶときの基準は?

三船 録ったテイクを聴いたとき、感動する質感になっているかどうか。情景の違いというか……歌詞をひりっと響かせたいときはU47が合うし、ちょっと優しくしたいならRedd Microphoneだし、ピアノだけで空間が美しくできている曲ならC-800Gという感じですね。録っているときのモニターではそれほど違いが分からないんですけど、プレイバックしたときの空気の震わせ方が違うんです。

 

どの曲にもコーラスがかなり緻密(ちみつ)に入っていますが、それもFREEDOM STUDIO INFINITYで録ったのですか?

三船 コーラスはかなり重ねるので、プライベート・スタジオで録ることが多いです。マイクはWARM AUDIO WA-47、NEUMANN TLM103、SHURE SM57、ASTON MICROPHONES Aston Spiritを状況に応じて使い分けていて、プリアンプはWARM AUDIOのTB12かJHS PEDALSのColour BoxっていうNEVEのコンソールを再現したペダルを使うことも多いです。Colour Boxにはマイク・インが付いているんですが、余計な倍音が無く良い倍音だけ乗るのがいいですね。あとは、それこそAPPLE MacBookやiPhoneの内蔵マイクを、がらっとした質感の演出で使うこともあります。そうやってコーラスを録るとちょっと独特なレイヤー感が出て面白くなるんです。

前田さんがトリートメントする余白を残す

ミックスはどちらで行ったのですか?

三船 基本、FREEDOM STUDIO INFINITYです。まずは僕がこういうミックスにしたいというのを作って、それを前田さんがトリートメントし、微調整していくプロセスです。

 

そういう意味では、三船さんがある程度まで形は作る?

三船 そうですけど、余白を残すというか、自分では見えないところとか、前田さんのアイディアが欲しいときは曖昧にしておきます。“どのプラグインを使うかは任せます!”みたいにしておくんです。

 

前田さんとの作業で、三船さんのミックスから何が変わっていくのですか?

三船 今ではROTH BART BARONっぽい音と言われるんでしょうけど、レンジが広く力強い音になる。前田さんが一つ一つ丁寧にEQ処理していくことで、音が完成された形で返ってくる。プラグインでの処理だけじゃなく、アナログのアウトボード……TELETRONIX LA-2AとかUREI 1176、1178、API 560Aとかを使った処理をかなりやってくれるんです。あと、ドラムについては1トラックずつアナログのテープ・マシンを通して、それをPro Toolsに戻しています。だからアナログとデジタル両方通っている音なんです。

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FREEDOM STUDIO INFINITYでミックス中のエンジニア前田洋佑氏。AVID Pro Toolsの各トラックを、必要に応じてアウトボードやテープ・マシンを通して音を磨いていく

マスタリングについても伺いたいのですが、あまりレベルを突っ込んでいないですし、曲の中のダイナミック・レンジもかなり残してあります。それこそ前半は小さくて後半にかけて大きくなる曲もありました。

三船 マスタリングは『HEX』のときからずっとクリス・アセンスにお願いしているんですが、今回はクリスに余白を残そうと思い、ミックスの段階で突っ込まないようにしておきました。音圧で攻めないようにというか、大きいときは大きいんだけど、ダイナミクスを楽しめるようにできたらなと。その期待通りにクリスがナチュラルに作ってくれました。クリスは今ではドレイクの仕事で有名なように、ヒップホップに強いマスタリング・エンジニアっていうイメージがあるけど、彼が作るレンジが広くて、なまめかしく、そしてたっぷりした音はROTH BART BARONにも合うんですね。単にきれいに整えるのではなく、彼のキャラクターがある。スピーカーから音が出たとき、自分の曲なのにうれしくなっちゃいます。

 

アルバムのラストにはボーナス・トラック的に「霓と虹」をヴァンパイア・ウィークエンドの創設メンバーであるロスタムがリミックスしたトラックが入っています。どのような経緯で実現したのでしょうか?

三船 僕が一方的にファンだったんです。ロスタムの1stアルバム『Half-Light』には励まされたというか、勝手に恩を感じていて、ずっと好きだって言い続けていたら、彼の新譜『Changephobia』のスペシャル・パッケージ用に僕が彼の「Kinney」という曲をリミックスさせてもらえることになって。最初は僕が一方的にリミックスする形だったんですけど、ちゃんとコラボしたいってことで、僕らの曲も彼にリミックスしてもらうことになりました。

 

サウンドに対する徹底的なアプローチと“ALL STREAMING”という無謀な試み……今作からは日本の音楽シーンを変えていきたいという気迫を感じました。

三船 はい、いつもそれが伝わるといいなと思っているんです。よく外国の友人から、“韓国の音楽シーンは大きく変わったのに日本のサウンドってどうしてこんなにひどいんだ”って、結構ストレートに言われるんです。僕自身もそれはバンドを始めたときからずっと感じていたから、少しでもそれを変えたい……できれば大きくひっくり返したいなと思っていた。だから今回のいろいろな試みを感じ取ってもらって、僕らの遺伝子を引き継いだ子たちが現れたらうれしいですね。

 

では、今後の野望は?

三船 言えない野望もたくさんあるんですけど……取りあえずがんばって2022年もアルバムを1枚出そうかなと(笑)。今、僕は30代なんですけど、まだ身体も元気だし、若い心も持っているので、老いぼれないうちに作れるものを作りたい。歳を取って安定に走る前に、全力で出し切っていくのが楽しいんだろうなって。ゆるく生きるのは性に合わないので、アイディアが湧き出るうちは、投げられるボールをたくさん投げておきたいです。

 

インタビュー前編では、 アルバムの制作過程を有料で生配信するプロジェクトを行ったきっかけやプリプロ作業の詳細について伺いました。

Release

『無限のHAKU』
ROTH BART BARON
(SPACE SHOWER MUSIC) PECF-91038(初回限定生産盤CD+Blu-ray)、PECF-1187(通常盤CD)、PEJF-91039(LP)

Musician:三船雅也(vo、g、syn)、西池達也(k)、岡田拓郎(g)、マーティ・ホロベック(b)、工藤明(ds)、竹内悠馬(tp、flugelhorn、sax)、太田垣正信(tb)、須賀裕之(tb)、本間将人(sax)、吉田篤貴(vln)、地行美穂(vln)、梶谷裕子(viola)、徳澤青弦(vc)、ドクダミドリ(theremin)
Producer:三船雅也
Engineer:前田洋佑、三船雅也、池田朋宏
Studio:FREEDOM STUDIO INFINITY、DUTCH MAMA、サウンドバレイ、芸森

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