三船雅也(vo、g)を中心に活動するフォーク・ロック・バンドROTH BART BARONが、12月1日に6枚目となるアルバム『無限のHAKU』をリリースした。4thアルバム『けものたちの名前』はGotchが主催するAPPLE VINEGER -Music Award-の大賞に選ばれ、5thアルバム『極彩色の祝祭』は蔦谷好位置が『関ジャム完全燃SHOW』にて2020年の年間1位に選ぶなど、作品ごとに評価が高まり、また2021年はBiSHのアイナ・ジ・エンドとのユニットA_oでポカリスウェットのCMソング「BLUE SOULS」を手掛けたことで広い層にも彼らのサウンド届くようにもなった。そんな追い風の中で制作された本作は、三船自身“最高傑作”と自負するほど、非常にクオリティの高い作品だ。制作の全過程を生配信する“ALL STREAMING”という、意欲的な試みとともに完成した新作について三船に振り返ってもらうことにした。
Text:Susumu Kunisaki
計160時間の配信で感覚がバグった(笑)
ー前作リリース以降、活動の幅が広がり多くのリスナーに知られる存在となりました。その流れに乗るぞという意識はありましたか?
三船 気合いを入れてマスター・ピースを作るぞというより、高く飛べるといいなというのを漠然と思いながら作っていました。みんなが作ってくれた空気があって、そこで新しく感じてくれた人に伝わる何かになればといいなと。作る上では、新しい人たちと出会って新しいアイディアが入ってきたのも大きかったですね。「BLUE SOULS」はCM用に作った曲だから監督の柳沢(翔)さんとのコラボレーションですし、HOWL SESSION -online-という配信ライブでいろいろなミュージシャンと一緒に演奏したのも楽しかった。そういう出会いを通じて全く違った自分が見えてくるし、それによって自分が変わっていく、拡張していくのも好きなんですよ。だからこのアルバムはROTH BART BARONの新しい幕が開けた感じですね。
ー前作も音の良さが評判になりましたが、今作もとても良い。特に低域の質感が素晴らしいですね。それは最初からイメージしていたのですか?
三船 工藤(明)君が新しいドラマーとして加わってから1年たったのと、2021年夏くらいからマーティ(ホロベック)がベーシストとしてライブに参加してくれたことで、リズムへの向き合い方が分かってきたので、そこを丁寧に作り込んだアルバムにしたいと思っていました。あと、前作『極彩色の祝祭』が完成したとき、Gotch(後藤正文)のプライベート・スタジオ(Cold Brain Studio)に行ってBAREFOOT SOUNDのモニター・スピーカーMicroMain 27で試聴させてもらったんです。すごく低域がちゃんと鳴るスピーカーで、『極彩色の祝祭』もいい音で鳴った。でも、そのときにほかのミュージシャンの音源も聴いたら、低域を良い環境で聴き分けている人と、何となくあいまいにしている人との違いが露骨に分かってしまって、ちゃんと高精細な顕微鏡で見える状態で絵を描かなきゃいけないなと思ったんです。
ー低域を高精細に見るために新たに用意した機材はありますか?
三船 僕のプライベート・スタジオのモニターはFOCAL Solo6 BEなのでもともとロー成分が見えるんですが、Gotchのスタジオでの体験を経てスピーカーの癖が把握できた。聴こえ方の目安というか予測ができるようになりました。あと、プリプロを行ったRITTOR BASEでGENELECのS360Aとサブウーファー7380Aを鳴らして確かめることができたのも大きかったです。
ーそのRITTOR BASEでのプリプロ作業から、最終のミックスまで、アルバム制作過程のすべてを有料で生配信する“ALL STREAMING”というプロジェクトを行っていましたよね。レコーディングの様子を伝えるドキュメント映像というのはよくありますが、大体は後で編集したものを見せる形です。生配信というのはあまり無いケースだと思うのですが。
三船 2020年はライブをほぼすべて配信したんです。いわばハレの舞台を共有していたので、2021年は逆に閉じた場というかクリエイティブの現場を見てもらおうと。レコーディング作業をずっと配信すれば、見ている人はこの作品を一緒に作った気持ちになるんじゃないかなと。結果的に160時間の配信になったんですけど(笑)、その時間を共有してくれた人たちにとって忘れられない作品になったと思います。
ー見せちゃいけないとか、見られたくないシーンというのは無かったのですか?
三船 配信をやり過ぎてそういう感覚がバグってきちゃって(笑)。もちろん、歌録りのときとかはちょっと抵抗はありました。でも、音楽のクリエイティブの現場に興味がある人が何かを感じ取ってくれればいいなと。そういうのをシェアした方が日本の音楽が良くなるんじゃないかっていう発想でした。背中を見てもらう……背中どころか横に居て見てもらって(笑)、一人でも感化されてくれないかなって。
ー160時間も生配信し続けていると、もはや見られているのを忘れてしまう感じでしょうか?
三船 いや、常にレンズの向こう側に誰かが居るというのは意識していました。ただ、意識し過ぎるとちょっとパフォーマンスが落ちるので、ちょっと失礼かもしれないけど、居ないものとして目の前のことにフォーカスする。そういう意味では集中力のスイッチが切り替わってよかったかなと。ただ、芸森スタジオでのレコーディングは、配信だけじゃなくて実際にお客さんを呼んで、みんながコントロール・ルームに入って見学してもらうということをやったんです。毎日12時間くらい作業しますから、お客さんの方が集中しっぱなしでちょっとかわいそうというか(笑)。でも、芸森はクリエイティブ以外にも人間がリラックスできる環境が整っているから、疲れたら外に出て自然に触れられる。そうやってみんなと一緒に居て、それぞれが吸収しているさまを見るは楽しかったですね。
デイヴ・スミスさんの作る楽器は元気になる
ーRITTOR BASEでのプリプロ作業の様子が配信されたとき、アルバム収録曲すべてのデモができていましたが、それらは三船さんが自宅で作っているのですか?
三船 はい、基本、どの楽曲もプライベート・スタジオで枠組みは作っておくというか、ほぼほぼ作っちゃうんですよ。それをレコーディングでオーバーライトしていく感じです。だから、デモで使っている音がそのまま本チャンに残っていることも多いです。
ーデモ制作はDAWを使って?
三船 はい、ABLETON Liveで作っています。Liveは3rdアルバム『HEX』を作っていたころ……2017年くらいから使っています。当時、ヒップホップというかトラックものがヒットチャートを占めるようになって、ギタリストの岡田(拓郎)君と“どうやったらバンド・サウンドを2020年代に通用する感覚で作れるか?”っていう話をして、岡田君はいろいろなエフェクターを買い、僕はLiveを使い始めた。Liveだとバンドのデモであってもトラック・メイクする感覚で作れるんです。例えば、今作でも「Ubugoe」とかはイントロのシンセのリフをずっとループさせながら、そこに対してさまざまなアプローチを重ねていく。いろんなものを取りあえずタイムラインでループさせながら、即興演奏的に曲を作っていけるんです。
ーLiveではソフト音源を鳴らしながら作るのですか?
三船 ハードウェアの音源を使うことが多いですね。さっき言った「Ubugoe」のシンセ・リフはSEQUENTIAL Rev2です。すごくシグネチャー感のあるつやっぽい鳴りですよね。ほかにはTEENAGE ENGINEERING OP-1はいつも使いますし、MOOG Sub37もかなり使いました。あと、シンセに聴こえるけどギターで出しているという音も結構あります。
ードラムの音については?
三船 今回、SEQUENTIAL Tempestを買いました。Tempestは電気が鳴っている感じ。解像度が高いっていう方向じゃなくて粘り気がある。Rev2もそうですけど、デイヴ・スミスさんが作る楽器は元気になりますね。
ーTempestはLiveからMIDIでコントロールするのですか?
三船 いや、あまりそういう使い方はしていなくて、工藤君に手でたたいてもらったり、自分でたたいたものを取り込んだりしています。ただ、ドラムについては打ち込み的に聴こえるものも生音をエディットしたもののことが多いですね。特に16分音符のハイハットはそうです。
ープライベート・スタジオでデモは、今回のアルバム用に何曲くらい作ったのですか?
三船 20曲くらいですね。でも、それ以外にもこれまで作った曲のストックが400くらいあって……。
ー400曲!
三船 はい(笑)。アルバムの制作を始めるとき、まずはその膨大なストックを聴き直す作業から始めるんです。実際、「EDEN」「月光」はストックとしてあった曲です。で、取りあえず50曲くらいに絞って、キーボードの西池(達也)さんとドラムの工藤君に渡して、演奏というか練習を3日間くらいやって、レコーディングに値する曲かどうかを検証し、最終的に録音する曲を絞り込みます。
ーその後にプリプロ作業に?
三船 そうですね。RITTOR BASEの解像度の高い音響システムで聴いて、音をちゃんとチューニングしてひとつひとつ丁寧に録っていく作業をしました。
ーその作業でもLiveを?
三船 はい、プリプロ作業まではLiveを使います。
ープリプロで録った音も本チャンに残っているのですか?
三船 残っていますね。デモと本番のレコーディングのちょうど中間的な位置付けで、そこで録った素材をプライベート・スタジオに持ち帰ってエディットし、今度はそれを外のスタジオに持っていってバンドの演奏を重ねていきます。
インタビュー後編に続く(会員限定)
インタビュー後編(会員限定)では、 スタジオでのバンド録音にこだわった理由や各パートのレコーディング過程、ミックスについて詳しく伺います。
Release
『無限のHAKU』
ROTH BART BARON
(SPACE SHOWER MUSIC) PECF-91038(初回限定生産盤CD+Blu-ray)、PECF-1187(通常盤CD)、PEJF-91039(LP)
Musician:三船雅也(vo、g、syn)、西池達也(k)、岡田拓郎(g)、マーティ・ホロベック(b)、工藤明(ds)、竹内悠馬(tp、flugelhorn、sax)、太田垣正信(tb)、須賀裕之(tb)、本間将人(sax)、吉田篤貴(vln)、地行美穂(vln)、梶谷裕子(viola)、徳澤青弦(vc)、ドクダミドリ(theremin)
Producer:三船雅也
Engineer:前田洋佑、三船雅也、池田朋宏
Studio:FREEDOM STUDIO INFINITY、DUTCH MAMA、サウンドバレイ、芸森