折坂悠太の4thアルバム『呪文』インタビュー 〜エンジニア大城真と語る制作秘話

シンガーソングライター折坂悠太が、4thアルバム『呪文』を6月26日(水)にリリースした。コロナ禍の影響を受けた前作『心理』からの進化を遂げた本作は、“重奏”という形態で共に活動してきたミュージシャンたちを制作陣に迎えつつ、変拍子やロックギター、ソウルなどを新たに取り入れたサウンドが耳を引く。今回は、同作の録音で使用されたオルフェウス・レコーディングスタジオにて、折坂本人と、近年彼の作品を手掛けるエンジニアの大城真氏にインタビューを行った。2人の言葉を聞くことで、このアルバムがどのように制作されたのかを深く理解することができるだろう。

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オルフェウス・レコーディングスタジオにてアルバム『呪文』を振り返る折坂悠太

2024年の空気感を純度高く落とし込みたかった

──2023年にドイツでレコーディングをされていましたが、今作『呪文』の制作は帰国後に取りかかられたのでしょうか?

折坂 そうですね。もともとは、帰国後にドイツで録音したものをアルバムにしようと思っていたんです。しかし、いざアルバムにするとなったときに、ドイツで録った曲と帰国後に新しく作った曲との空気感がどうしても合わなくて……。結局それらを一つの作品にまとめるよりも“2024年の空気感”を純度高く落とし込みたかったので、ドイツで録った曲は一旦置いておいて、新たに今作を構築したという感じです。録音は今年の2月に行いました。 

大城 レコーディングの視点から言うと、ドイツでは歌もバンドも一緒に録るスタイルでやっていましたが、今回は歌だけ別で録る形になりました。そのため、折坂君のモードがだいぶ違っているように感じます。ドイツでは歌もバンドと一緒に一発録音しているので、そのときの現場感が結構あったと思いますね。

折坂 やっぱりバンドで一発録りしたときはライブと同じような感じになるので、グルーヴに関してはそれが一番だと実感しています。しかし日本に帰ってくると、日本の風に吹かれて、もう少し思い通りに歌を録りたいという気持ちが出てきました(笑)。 

──スタジオに関しては、小岩にあるオルフェウス・レコーディングスタジオと大城氏の日本のスタジオ、中村公輔氏のスタジオ、そしてaLiveがクレジットされています。

大城 歌録りに関しては、「ハチス」と「正気」はオルフェウスで、「スペル」「人人」は中村公輔さんのところで録りましたよね?

折坂 そうです。中村さんのところでは2曲ですね。

大城 ほかは僕のところでやりました。「正気」だけはこっち(オルフェウス)で一発録りなんですよね、歌も合わせて。

リハーサルスタジオでのセッション風景

オルフェウス・レコーディングスタジオ501のコントロールルーム。ラージにはPMC MB2、ニアフィールドにはFOSTEX NF04Rを備える。ここでは主にバンドの録音が行われた

折坂 小岩でレコーディングしたのは、このスタジオが初めてなんですよね。いつも録っているスタジオは閑静な住宅街のような場所が多いのですが、ここは繁華街の真ん中で、ご飯屋さんがいっぱいある地域なのですごく楽しかったです(笑)。

大城 レコーディングが終わった後、新小岩の飲み屋みたいなところに行けるのが良かったですね。“今日のお昼何にしよっか?”っていうときに選択肢がいっぱいあるみたいな、そういう感じ。

折坂 そして、どれもめちゃくちゃ美味しかったし(笑)。

大城 カレーとか。ネパール料理屋さんで結構良いところがありましたよね。

折坂 そういうのは結構、レコーディングの雰囲気に直結しますよね。本当にバカにできないです。良いバイブスが歌に出るんだと思います。

レコーディング風景。マイキングする大城氏(写真左)と折坂悠太(同右)

──先ほど“2024年の空気感を落とし込みたかった”という話でしたが、これについて詳しく教えてださい。

折坂 曲が出来た時期は結構バラバラなんですが、例えば今回の中で一番とっぴなアレンジは「努努」になるのかなと思います。「努努」は私一人で考えていたというより、バンドでスタジオに入って作曲セッションのようなことをやったんです。ギターリフを私が弾き始め、みんながそれに合わせてくるという形で、なんとなくそこで形になったものを整理していくというスタイルでした。「無言」という曲もそのときにできた曲です。

──同曲では、間奏で登場する“のこった のこった”というフレーズや、後半に8分の6拍子に変わる点などが印象的です。

折坂 当時の仮タイトルは「相撲」でした。それにちなんでいたかどうかは忘れましたが、サックスとエレキの掛け合いがバトルしているような感じだなと思って、“のこった のこった”というフレーズを考えたのかなと思います。曲後半における拍子転換のアイディアについては、もともとギターリフの部分とは別にあの曲が存在していたので、それらをガッチャンコした感じですね。

大城 実は、後半は曲調が変わるのでミックスも少し変えています。若干ですが、ベースなどが気持ち出てくるような意識でミックスしているんです。

折坂 ボーカルは大城さんのスタジオで録ったのですが、“のこった のこった”の部分だけは、オルフェウスのスタジオに専用のボーカルマイクを立てて。

大城 SHURE SM57を立てましたね。

折坂 エレキを弾きながら、そこだけは叫ぶように録音したのを覚えています。

日本にある大城氏のスタジオでの一枚。『呪文』のボーカルレコーディングは、このスタジオを軸に行われた

アルバムの中でも特に「スペル」は伝えたいことが詰まっている曲

──「スペル」のボーカルはほかの曲よりも倍音が立ち、前面に出ているような印象を受けます。

折坂 「スペル」のボーカルに関しては、特に力が入っていたと思います。この曲では大城さんと多くのやり取りやテイクを重ねましたから。ボーカルが立って聴こえるのは、おそらくミックスのやり取りの最後に、“もう一声、上げてください”と伝えたからです。

大城 そうそう、思い出した(笑)。それが一つの要因だと思います。実際にボーカルを上げていく中で、私も“大丈夫かな……?”と思いながらも、”大将が良いって言ってんだから良い”って感じでフェーダー上げた感じでした。

折坂 今この曲を聴くと、全体のバランスの中でもボーカルが結構立っていると感じる部分もありますが、それは歌詞を聴かせたかったからです。要はこの曲がアルバムの顔と言ってもいいくらい、伝えたいことが詰まっている曲なんですよ。だから私は非常に執着してしまったと思います(笑)。

──テレビドラマ『天狗の台所』主題歌にもなった、「人人」についてはいかがでしょうか?

大城 この曲だけは、aLiveという深沢にあるスタジオで録音しました。あそこのドラムブースは結構広いので、部屋の響きで遊ぶ余地があるんですよね。ちなみにこの曲ではスネアにスナッピーを付けていたため、タムっぽい感じの音になっています。それが結構ドラムブースの反響を引き出していて。またエレキギターはアンプを2台使い、山内(弘太)君がパンニングのエフェクトをかけているのでステレオ感も出ています。

折坂 改めて聴くと、だいぶ変わったアレンジになっていると思います。ガットギター、コントラバスなどアコースティックでオーガニックな楽器隊ですが、山内さんのギターだけが電子的で違うことをやっているという構成になっているんです。

大城 折坂君が京都に行ったときに、さらに電子音っぽいギターを重ねましたよね。

折坂 あれは、私が山内さん家のパソコンを借りて録音したものです。

大城 僕がもらった素材は結構デッドな音でした。ちなみにベルリンにある僕のアパートは天井がすごく高く、100年くらい前の古い石造りの建物なのでよく響くのですが、実は一回そこでリアンプしているんです。なので、そのギターにはベルリンにある僕の部屋の響きが少し入っているんですよ。それで奥行きを少し足しているというか。

折坂 じゃあ、ベルリンの空気感が若干あそこに入っているんですね(笑)。

インタビュー中の風景。終始和やかなムードで『呪文』の制作について振り返っていた

マーヴィン・ゲイのスタイルを意識したパンニング 

──トレモロギターから始まる「信濃路」は、Lchから出てくる笛のようなギターの音色が非常に印象的でした。コンガやラジオの音のようなものも入っていて、実に興味深いインストです。

大城 この“信濃路”って飲み屋の名前なんですよね?

折坂 そうなんですよ。

大城 僕は大衆居酒場が大好きで、そういうところでヘベレケになっているのがすごく好きなんです。そのため、この曲では酩酊(めいてい)している気持ちでミックスしていました(笑)。

折坂 バッチリです(笑)。歌入りの楽曲には制約があると思っています。本当はもう少し変な音色や効果音などで遊びたい気持ちがあるのですが、歌がある場合、それらを一曲に収めるのが難しいと感じているんです。そのため、あえて何も決めずにスタジオで遊んでみようということをときどきやっていて、それがインストのテーマにもなっています。笛のような音色のギターについては、全部山内さんのギターのリバース音です。あとからエフェクト加工したのではなく、リアルタイムで演奏しています。メインのトレモロギターは私が弾いていて、あれはGibson SGモデルのリア・ピックアップで録音したものです。

大城 私の自作楽器もフィーチャーしてくれましたよね。

折坂 そうなんです。特筆すべき点ですね。曲中に入っているラジオっぽい音は、大城さんの発明品を使わせてもらいました。

大城 Amazonなどで売っている、10秒ほどしか録音できない非常にローファイなボイスレコーダーモジュールがあるのですが、それを改造しています。具体的には録音の長さを調整できるつまみとスピーカーを新たに設け、コンパクトな箱に収めているんです。機能としては、その箱に向かってしゃべると一定の時間を置いて再生されるというものです。これを使って塩田さん(フォトグラファーの塩田正幸氏)と折坂君が話しているのを録音しました。そしてこのモジュールを2つ用意し、簡易的なルーパーとして用いているんです。

折坂 まず片方のモジュールが録音された会話を再生し、もう一つのモジュールがそれを録音して再生。すると今後は最初のモジュールがまたそれを録音して再生するという感じで、変な伝言ゲームのようなものが再現できました。段々音が劣化していき、最終的にはめっちゃローファイな音になっていくんです。作品を作るときに、譜面に表せる要素だけではつまらないと思っているので、そういったモジュールなど目の前にある面白いものはなるべく貪欲に取り入れたいと思っています。

大城氏が自作したレコーダーユニット(モジュール)を録音する様子

──リード曲「ハチス」は、サックスやストリングス、ソウル調のアレンジが心地良い楽曲でした。

折坂 「ハチス」は「スペル」と対をなすくらいの位置づけで、今回のアルバム全体にとっても重要な曲です。このアルバムは「スペル」で始まり、「ハチス」で終わるという構造になっているんですよ。以前、このアルバムについての打ち合わせを大城さんとしたときに“最近ソウルばかり聴いています”と大城さんに伝えたのですが、その点においては「ハチス」という曲が一番それを物語っているのかなと思います。

大城 そうですね、パンニングはマーヴィン・ゲイの曲のスタイルを真似ています。あの時代のモータウン曲をいろいろ聴き返していて、ストリングスのミックスの仕方が現代とは異なることに気づきました。当時のモータウンを聴くと、ストリングスとブラスセクションがL/Rにくっきりと分かれているような音像が多いんです。なので「ハチス」においてもそういう感じでやろうとしていたのですが、うまくはまらなかったので、結局はもう少し全体に広がるような配置にしました。ストリングス担当の波多野(敦子)さんがある程度パンニングの方向性を定めてくれていたのですが、それをさらに整理してほかの楽器と被らないような工夫をしています。

折坂 ハラ(ナツコ)さんのサックスは、もう一つのボーカルのような立ち位置にあるように感じます。ライブでもそういう位置の印象で、それがすごく良いと思いますね。面白いなと思ったのは、曲調やパンニング、ドラムやベースのパターンを当時のソウル風にしようとしても、やっぱり全然違うんですよね。でもそれが面白いなと思いました。みんなそれぞれやってきた音楽が違うため、例えばカッティングギター一つにとっても違いが生まれるというか……だからこそ、そこに変なオリジナリティが出てきたんだと思います。そういうのも含め、「ハチス」は面白い曲になりましたね。

大城 ミックスは結構苦戦しました。なかなか決まらなくて。困ったときに使う技があって、マスターにうっすらリバーブをかけるとまとまった感覚が出せるんです。個人的にはこれは反則というか、初心者がやりそうな技だと思ってあまりやらないのですが(笑)。ちょうどその時期くらいにセールで買ったUNIVERSAL AUDIO UADプラグインのバンドルにHitsville Reverb Chambersというのがたまたま入っていて、それがデトロイトにあるモータウンミュージアムの屋根裏に設置されたリバーブチェンバーを忠実にエミュレートしたものだったんで、かけてみたら“これだ!”と思い最終段に使いました(笑)。

今はビンテージのマイクNEUMANN U47が欲しい 

──今回このアルバム『呪文』を振り返って、今どのような印象がありますか?

折坂 一つはここ、オルフェウスが良かったですね。いい感じの小岩のスタジオで、バイブスが良かったです。

大城 ベルリンのスタジオとはまた違う感じで良かったですね。ベルリンにはベルリンの良さがありましたが、こちらはレコーディングだけでなく、終わった後に会話ができる機会が多かったように思います。ストイックになりすぎなかったというところがやっぱりよかったですね。

折坂 「スペル」のボーカル以外、基本的に制作面で煮詰まることが少なかったです。対して喧嘩もなかったので、良かったんじゃないかなと思います。細かい反省点はありますけど、全体的には風通しの良い爽やかなレコーディングだったなという気がしますね。

──今回4作目となるアルバムでしたが、次回作については既に何かアイディアを?

折坂 いろいろ考えていて、一番楽しい時期でもあります。最初は宅録から始めたんですよ……バンドも居なくて、基本的には自分のギターと歌を多重録音するというところからのスタートでした。なので、今またそれに近い形でやってみたいと思っています。あと、音楽の好みがバンドサウンドからシンプルな弾き語りに変わっているのもあるため、一人の演奏形態に戻るというのを今の時点では考えていますね。なので最近マイクが欲しいなと思っていて、特にビンテージのNEUMANN U 47が欲しいんです。今回のレコーディングでは、U 47を手に入れるにはどんな仕事をしたらいいのか?なんて考えることもありましたね(笑)。少なくとも、次回作の音楽性には大きな変化が出てくると感じています。 

Release

『呪文』
折坂悠太

(ORISAKAYUTA)

Musician:折坂悠太(vo、g)、山内弘太(g)、宮田あずみ(b)、senoo ricky(ds)、yatchi(p)、ハラナツコ(sax)、宮坂遼太郎(perc)、波多野敦子(strings)、他
Producer:折坂悠太
Engineer:大城真、中村公輔、他
Studio:aLive、オウフェウス、プライベート

 

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