Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』の楽曲のミックスを数多く手掛けたD.O.I.氏。ここでは、D.O.I.氏のプライベート・スタジオであるDimonion Recordingsを訪問。収録曲のミックスの手法や、スタジオでの使用機材を紹介していこう。
Text:Kanako Iida Photo:Takashi Yashima
パラレル処理をすると縁取りしたみたいになる
ーCreepy Nutsのミックスはどのように進めていますか?
D.O.I. 数年前は対面でも行っていたのですが、最近は今までの経緯も踏まえてこちらである程度作業してから、松永君とLINEでテキスト・チャットをしつつAUDIOMOVERS Listentoで音を共有して微調整しています。
ー今回のミックスではどのようなツールを使いましたか?
D.O.I. 基本的にはプラグインですが、ハードウェアはNEVE 1073や1081、UREI 1176、SSL Fusion、MCDSP APB-8、BRICASTI DESIGN M7などを使いました。あと去年サブウーファーのADAM AUDIO Sub10やモニター・スピーカーのATC SCM25A Proを入れた効果も大きかったです。
ーモニターを変えた効果はどのような部分で感じました?
D.O.I. 20Hz以下をハイパスなどでうまく処理すると急にローが出たりするのですが、Sub10だとそれがすぐ分かります。今はイアフォンやヘッドフォンが進化して低価格帯でもサブベースまで再生できるものが多く、そうなると従来の環境では精査できないので導入しました。SCM25A Proは一聴すると低音が多い感じもしますが、それがちょうどヘッドフォンでのリスニングに合います。モニター・ヘッドフォンはPSB SPEAKERS M4U 1とAPPLE AirPods Maxを使いました。
ーアウトボードはそれぞれどのように活用したのですか?
D.O.I. FusionはマスターにインサートしてEQやステレオ・イメージを少しいじったり、HFコンプで痛い所を削ったり。基本位相が整って音が前に来るので全曲通しました。APB-8はプラグインで調整できて内部ではアナログ処理されるので、ベースのコンプなどに使います。リバーブはプラグイン含め最低6〜7個挿しますが、M7は通すだけで奥行きが出て奇麗にレイヤーになるので必ず使います。EXPONENTIAL AUDIO M7 Controlで操作するのでほぼプラグイン感覚です。
ーR-指定さんの声を前に出すために施す処理は?
D.O.I. 音数が多いときは1073や1081、1176に通してハイエンドを少し足しますが、基本はパラレル処理が多いです。テンプレートを作って2〜30本のAUXトラックやマスター・フェーダーを引っ張ってきているのですが、その中でボーカルをコンプしたりひずませたりするものが6本くらいあるので、リード・ボーカルをAUXで送ってパラレルで足していきます。パラレル処理をすると縁取りしたみたいになるんです。ボーカル以外では、ドラムだと『Mix With the Masters』で見た手法が面白くて、チャンネル・シミュレーターのWAVES NLSを10個直列でインサートしたチャンネルにバスを送るんです。試したらすごく良かったので、「フロント9番」ではキックとスネアとトップ・マイクを送ったドラム・バスを複製して、その1つをNLSを10段がけしたトラックに通して少し混ぜています。
「フロント9番」ミックス・ポイント
Point:パラレル処理でドラムの縁取り
違和感を1個だけ放置するようにしている
ー「堕天」の懐かしさがあるような質感はどう作りました?
D.O.I. 曲調的にアナログっぽい方がいいと思って、正確性や安定感のなさを出すためにテープ・シミュレーターのUNIVERSAL AUDIO Studer A800で縦の位相、LEAPWING StageOneで左右の位相を少しずらしました。普段は個別トラックでしっかりEQしますが、ここではまとまりを出すためにマスターや楽器ごとのバスで大きくEQやコンプをして、各チャンネルではローカットなど最低限の処理だけしています。あとは、位相をいじったことでキャンセルされたキックをオールパスEQのKILOHEARTS Dispenserで補正しました。
「堕天」ミックス・ポイント
Point 1:位相をずらして不安定に
Point 2:マスターのEQ処理
ー生楽器もふんだんに使った「2way nice guy」では特に低域が心地良く感じましたが、どのような処理を?
D.O.I. ベースはキックでトリガーしてサイド・チェインしています。あとはうっすらひずませてEQして、APB専用プラグインMCDSP Royal Muでコンプしていますね。キックはSONNOX Claroで中域を削ってPLUGIN ALLIANCE ShadowHills Mastering Compressorでコンプしました。あとLIQUIDSONICS ReverberateにLEXICON PCM 80のIRを読み込んで使っています。1990年代のヒップホップでPCM 80のプリセットがドラムによく使われていて、松永君がその年代のヒップホップも好きだと言ってたので使いました。
「2way nice guy」ミックス・ポイント
Point:キックと共存するベース
ー「2way nice guy」をはじめヒップホップとポップスが混ざったような質感が多いですが、どう調整するのですか?
D.O.I. 自分は勝手にやってもヒップホップみたいになるので、ポップス寄りのアプローチがいいときは最近聴いた中で近い感じを探しますね。サンレコのレビューで挙げるようなものや目立っていて面白いことをしているものを参考にします。
ー生楽器と打ち込みのバランスはどう取るのですか?
D.O.I. 今はSpliceなど処理された奇麗な音がオケで多く使われるので、生音は録り音を重視してなるべく生の質感を生かすEQやコンプをします。生楽器のダイナミクスは意外と少ないので、ひたすらボリュームを調整してダイナミクスの動きをより強調します。打ち込みはすごく処理された音ばかりなので何もしないことも多いです。“何もしない”という選択肢を持つのが一番難しいかもしれないですね。サボってるんじゃないかと思われちゃうし(笑)。
ーミックスする上でこだわりのポイントはありますか?
D.O.I. ミックスして“これでバッチリ”となってから少し時間を空けて聴いたときに“ちょっとここだけ大きいな、小さいな”と思った違和感を1個だけ放置するようにしています。気持ちが盛り上がった中での作業の結果そうなったはずだから、提出しておかしいと言われたら直そうと。経験上そういうときに限って良い感じの違和感になって好成績なことが多く、ゲン担ぎの意味もあります(笑)。ちょっとずつの違和感が“新しい”とされるポイントだと思うので、新譜を聴いて盛り上がる自分の基準を正解とするしかないんです。
ーD.O.I.さんから見て、Creepy Nutsのサウンドの面白さはどのような部分で感じますか?
D.O.I. いろいろな世代のミックスをさせてもらっていますが、ブーンバップ期とトラップ期の人は明らかに感覚が違うんです。でも松永君と話すと日本のレジェンド・ヒップホップの人たちに対する憧れがすごく強いんですよね。彼らが持っている若い感性とレジェンドが持っている個性的なニュアンスの独特なハイブリッド感がCreepy Nutsの魅力です。
ーCreepy Nutsに感じるブーンバップ的な音の特徴は?
D.O.I. アナログ・レコードに対する思いや古い音楽をディグするような感覚ですかね。若いのに日本語ラップの黎明(れいめい)期からの地続き感があるのがすごく面白いです。
ー『アンサンブル・プレイ』の仕上がりはいかがですか?
D.O.I. 今世界で最も市場シェアがあるのはアメリカのヒップホップだと思いますが、売れるが故に型が決まってきちゃう。でも良くも悪くもそこまで大きいマーケットになっていない日本語ラップは自由度が高く、特に若い世代はいろいろな振り幅でやっていると思うんです。そういう意味でCreepy Nutsは日本のヒップホップが持ついろいろな個性の一翼を担っている感じがして、今回も独自の世界観や方向性があるアルバムだと思いました。すごく昔のものに引っ張られている感じもするし、今の要素も入っているし。そのまぜこぜ感がアルバムやCreepy Nutsのキャラクターになっていると思います。
◎Creepy Nutsインタビュー前編/後編(会員限定)
◎DJ松永のプライベート・スタジオをレポート!(会員限定)
Release
『アンサンブル・プレイ』
Creepy Nuts
ソニー:AICL-4275(通常盤)、AICL-4274(ラジオ盤)、AICL-4272〜4273(ライブBlu-ray盤)、AICL-4270〜4271(Tシャツ盤)
Musician:R-指定(rap)、DJ松永(all)、高尾俊行(ds)、soki-木村創生(ds)、磯貝一樹(g、E.sitar)、大神田智彦(b)、真船勝博(b)、前田逸平(b)、西岡ヒデロー(tp)、宮内岳太郎(tb)、東條あづさ(tb)、栗原健(sax)、川口大輔(all、k)、村田泰子ストリングス(strings)、大樋祐大(p)
Producer:DJ松永、R-指定、川口大輔
Engineer:D.O.I.、高根晋作、川島尚己、神戸円、小坂剛正、村上宣之、公文英輔
Studio:E-NE、Sony Music Studios Tokyo、Daimonion Recordings、Endhits、SOKI、3rd Eye