ジャズ/ソウル/ヒップホップが交差するニューヨークの音楽シーンにおいて注目を集める日本人キーボード奏者、BIGYUKI。ロバート・グラスパーやローリン・ヒルをはじめとする大物アーティストたちから絶賛され、ア・トライブ・コールド・クエストやJ・コールなどのアルバムに参加するなど世界的に活躍している。そんな彼が、10月13日に4年ぶりとなるフル・アルバム『Neon Chapter』をリリース。国内ツアーのために帰国中のBIGYUKIに、最新アルバムの制作背景などを中心にインタビューした。
Text:Susumu Nakagawa Photo:@ogawa_photo(メインカット)
今後の制作スピードを上げるという意味でも、さらにLiveを使えるように勉強し始めた
ー昨年12月にリリースされたEP『2099』は、チルな雰囲気の楽曲が多い印象でしたが、最新アルバム『Neon Chapter』はエレクトロなビート・ミュージックが軸としてあるように感じます。
BIGYUKI もともとフル・アルバムを作ろうとしていた途中で生まれたのが『2099』で、『Neon Chapter』はその延長線上にありました。『2099』の制作当時は、コロナで世界がひっくり返っている中ということもあり、音楽的に心地良いもの、チルなものを作りたいと思っていたんです。だけど、『Neon Chapter』のときは“もっと突き抜けたい!”という気持ちが強く、皆がコロナ禍で我慢しているものを一気に放出して“次のステージへ行くぞ!”という思いを込めています。なので『Neon Chapter』では暗闇だった状態から、出口の光が見えて、そこに向かっていくようなイメージが強いんです。
ー拠点とされているニューヨークがロックダウンになるまでは、ライブを中心とした活動が主だったのでしょうか?
BIGYUKI はい。2020年3月にロックダウンが始まるまではツアーでずっと出ずっぱりだったので、それを言い訳にあまり制作をしていなくて。ロックダウン以降、かなり音楽制作に集中しましたね。今まで忙しいことを理由にやってこなかったことをやろうと思ったんです。その中の一つが、“ABLETON Liveをもっと使えるようになる”ということでした。
ーそれまでは、Liveをインストールしたものの、あまり使っていなかったような状態だったのですか?
BIGYUKI それまでは、自宅で演奏を録音するときだけLiveを立ち上げる、という最低限の使い方でした。自分は演奏家/パフォーマーなので、演奏を記録してくれたり、思い付いたアイディアを具現化してくれたりする人が必要なんですが、それだと相手の都合もあるのですぐ作業に取りかかれないケースも多いんです。だから、自分でもある程度できるようになりたいということで、前からLiveを使っていました。今回のロックダウンをきっかけに、これからの制作スピードを上げるという意味でも、さらにLiveを使えるように勉強し始めたんです。なので『Neon Chapter』は、自分がこれまでで一番Liveを駆使した作品となっていますね。
ーLiveでは、どのような作業を行われたのでしょうか?
BIGYUKI まず自分としては、Liveで一定のクオリティのデモを作れるようになろうと考えていました。なのでロックダウンが始まって以来、毎日自分にノルマを課していましたね。4小節だけでもいいので、日記みたいな感じで1日1個は絶対何かしらのアイディアやフレーズを録りためていたんです。そして、それらを発展させたり、つなぎ合わせたりしてできた曲が今作にも入っています。例えば4曲目の「OH」などがそうですね。ドラム・ループなどは、ほぼWebサービスのSpliceからサンプルをダウンロードして組み立てていきました。
ーということは、「OH」は今作の中でもLiveを駆使したという意味では思い入れの強い楽曲になりますね。
BIGYUKI そうですね。「OH」は自分自身で終始プログラミングして作ったので、そういう意味では一つの課題をクリアしたというか、卒業作品のような感じです。これからの曲の作り方において、さらに幅が広がったんじゃないかなと思います。今まではサポートしてくれる人が居ないとできなかったことも、自分でやってみて、初めて納得できる曲が作れたという感じです。やはり、これまでの作品と『Neon Chapter』において決定的に違うのは“曲作りのプロセス”ですから。中でも「OH」や3曲目の「Tired N Wired (feat. Miho Hatori、Jonathan Mones)」辺りは、自分でも満足できる形にできてうれしいですね。
Live@Billboard Live TOKYO(2021年10月6日)
エンジニアのポール・ウィルソンとは最初から最終的なイメージを共有できていた
ー今作では、ほとんどの楽曲において共同プロデュースやミックスを手掛けているポール・ウィルソンさんの影響も強いのでは?
BIGYUKI 強いです。特に8曲目「LTWRK」は、2019年くらいからポールとじっくり育てていた曲。彼はもともとシカゴのフット・ワークが好きで、そのリズムを取り入れているんです。サンプリングもかなりしていますね。ポールが素晴らしいのは、さまざまな音楽ジャンルにおける歴史的な造詣が深いところ。音楽が発展していく流れを知った上で、新しいサウンドを理解している人間なので、一緒に制作していて非常に勉強になります。
ーポールさんとの出会いは何がきっかけでしたか?
BIGYUKI 2017年に出したアルバム『Reaching For Chiron』です。一緒に曲を作ったとき、自分がシンセを弾いてポールがMIDIキーボードでドラムを打ち込む作業が楽しくて。ライブの臨場感のようなテンションを保ちながら曲を作れる相手だなって昔から思っていました。いつか彼と作品を作りたいなと考えていて、それが今作につながったんです。
ーBIGYUKIさんとポールさんの間で、大きな役割分担などはありましたか?
BIGYUKI 基本的には自分がピアノやシンセの演奏をして、ポールがプログラミングやミックスを行うといった感じです。ただ、今回は自分がLiveでプログラミングした曲も多々あります。先ほど話した「OH」や「Tired N Wired (feat. Miho Hatori、Jonathan Mones)」のほかにも、「MMM」や「Storm (feat. Topaz Jones、Miho Hatori、Blaque Dynamite)」などがそうです。ポールの天才的なプログラミング・センスが遺憾無く発揮されている曲は、「LTWRK」や「Watermelon Juice (feat. Paul Wilson)」 ですね。
ーミックスでは、ポールさんにどのようなことをリクエストされましたか?
BIGYUKI 今回ポールにミックスを頼んだ一番の理由というのが、制作の段階から一緒にやっているため、楽曲の最終的な完成イメージを共有できていたから。そういう意味で、すごく安心して任せられました。エンジニアによっては、自分の持つ楽曲イメージとは全く違うものを考えていることもあります。その場合、自分のイメージを伝えるのにかなり苦労することがあるんです。そういう意味で、ポールとは楽曲イメージのすり合わせはもう既にできている状態だったので、最終的には微調整をするだけでした。なので特に大きなリクエストなどは無かったです。
既成概念をぶっ壊すようなものをどんどん作っていきたい
ー現在、BIGYUKIさんは“アメリカのジャズ/ヒップホップ・シーンの最前線で活躍する日本人”として語られることも多いと思いますが、このことについてはいかがでしょうか?
BIGYUKI 自分が日本人またはアジア人であるからこそ、黒人音楽を演奏する上ではその歴史的背景を知っておく必要はあるんじゃないかな。自分はそういったフィルター無しで、単純に“格好良いな”という興味からスタートしたので、逆にそんな自分を通して生まれる音楽が、アメリカやヨーロッパでは新鮮に聴こえているのではないのでしょうか。
ー10月に行われる国内ツアー終了後の予定は?
BIGYUKI 10月末から1カ月ほどアントニオ・サンチェス、ホセ・ジェイムズとヨーロッパ・ツアーに出ます。向こうではオフの日もあるので、その間いろいろな人に会いたいし、面白いものを吸収したいですね。ライブ・パフォーマンスの見せ方も考え直していて、例えばLiveを使って何か即興性のあることができないだろうか、というのも考えています。
ー今回は久しぶりの帰国となったようですが、何か思うことはありますか?
BIGYUKI 自分は渡米をきっかけにさまざまな音楽に触れることができたのですが、今はインターネットのおかげで日本に居ながらにして、海外の音楽をリアルタイムに聴くことができます。だからこそというのも変ですが、ぜひ若い人には何かピンと来る音楽があったら、直接その場に行ってみることも、今後の人生やキャリアを作っていく上では面白いんじゃないのかな?と思うんです。日本の若い世代がこれからどういう音楽を作るのか楽しみだし、既成概念をぶっ壊すようなものをどんどん作ってほしいな。そして自分もそうであり続けたいですね。
Release
『Neon Chapter』
BIGYUKI
UCCU-1653(ユニバーサル)
Musician:BIGYUKI(p、k、prog、他)、ポール・ウィルソン(prog、他)、中村恭士(b)、エリック・ハーランド(ds)、クレイグ・ヒル(sax)、アート・リンゼイ(poet)、ハトリミホ(vo)、マーク・ジュリアナ(ds)、他
Producer:BIGYUKI、ポール・ウィルソン
Engineer:ポール・ウィルソン、ブレア・ウェルス
Studio:クレジット無し