エンジニアのzAk氏が語る『プネウマ』青葉市子+三宅純+山本達久+渡辺等 の収録とミックス

17歳でクラシック・ギターを弾き始め、19歳のときにアルバム『剃刀乙女』でデビューした青葉市子。1970年代からアメリカでジャズ・トランペッターとして活躍し、1981年の帰国後はCM音楽や映画音楽など多岐にわたっての作編曲活動を行ってきた三宅純。そんな2人が昨年11月と今年2月、代官山のライブ・ハウス“晴れたら空に豆まいて”において、初となるライブ・セッションを敢行した。11月はドラムに山本達久を、2月はさらに渡辺等も加えて繰り広げた演奏は、いつもの凜とした青葉の宇宙とも、絢爛な三宅の世界とも趣を異にするもの。青葉の歌とギターに、三宅のエレクトリック・ピアノとフリューゲルホルンがエモーショナルに絡み、山本の不可思議なドラミングと渡辺のベースやチェロが歌心たっぷりに煽っていく……もはや“壮絶”とさえ言いたくなるような演奏で、満員の来場者を熱狂の渦に巻き込んでいた。事前から珠玉のパフォーマンスとなることを予想したサンレコ編集部は、PAを務めたエンジニアのzAk氏に収録を依頼。テイクのセレクトやミックス作業を経た後、このほど『プネウマ』というタイトルのハイレゾ音源として配信を開始した。収録からミックスまでのプロセスをzAk氏に振り返ってもらうことにしよう。

ROLAND M-5000は96kHzに対応しているので、このクラスの卓では音が一番いい

──今回のライブ録音は2016年11月と2017年2月の2回にわたって行われましたが、11月の録音はPA卓の2ミックスを一発録りしたものだったのですよね。

はい。本当はPA卓のバスを使って幾つかのステムで録ろうと思ったんですが、バスの調子が悪かったので、仕方なく卓アウトのラインをSONY PCM-D100にDSD 2.8MHzで録りました。

──現場で“PAブースだと音が聴こえない……”とおっしゃっていましたが、どういうことだったのでしょう?

晴れたら空に豆まいては、PAブースが客席から一段上がったところにあるので、会場でどんな音が鳴っているのか分かりにくかったんです。

──それでヘッドフォンで頻繁にバランスを確認されていたのですね。でも、そのおかげで卓アウトを録った音のバランスが良かったのかもしれません。

それはあるかもしれない。あと、11月のライブの直前に、“世界音楽の祭典IN浜松”、そしてブルーノート東京と、(三宅)純さんのライブPAを続けて担当して、どういう音が出るのか知っていたのも大きかった。例えば純さんのRHODES MKII Suitcase 73がどれだけの音量で出ているかを知らなかったら大変。かなりの音量で本体のスピーカーを鳴らすんです。

──2月に行われた2回目のライブでは、PA卓にROLANDのデジタル卓M-5000を持ち込まれました。

会場の卓の調子が悪かったというのと、(渡辺)等さんが加わるから回線も増えるのと、あとデジタル卓ならステージ上にI/Oラックを置いて、モニターを含めた回線の取り回しがシンプルにできるから、客席エリアにPA卓を設置できるなと。

──持ち込む卓としてM-5000を選んだ理由は?

デジタル卓の中では使いやすいんです。今回のようなワンマン・オペレーションをする場合、使いやすさは重要。あとサンプリング・レートが96kHzに対応していて、このクラスの卓では音が一番いい。今回の市子と純さんのような弱音が重要な音楽だと、圧倒的に96kHzの方がいいですね。

──レコーダーとして同じROLANDのR-1000を用意されましたが、使うのは初めてでしたか?

はい。REACのネットワークにつなぐだけだったので簡単でした。A/DはI/OラックのROLAND S-2416で行う形になりますから、現場で聴いていた通りの音で録れてましたね。

PAおよび収録に使用されたROLANDのデジタル卓M-5000。zAk氏は右上に用意されたアサイナブル・セクションにある8つのボタンと4つのノブに、EQやエフェクターのオン/オフと送り量、さらにはリバーブの長さなどをアサインし、ライブ中に積極的にいじっているという。その上に置かれているのは11月の収録の際にも使われたSONY PCM-D100。また卓の右にはBRICASTI DESIGN M7の姿も見える

卓アウトをDSDで一発録りした素材に、24ビット/96kHzのマルチ素材を寄せていく

──2回のライブで録ったテイクの中から、「IMPERIAL SMOKE TOWN」「日時計」そして「ゆさぎ」がDSD一発録りの素材を、残りはR-1000で24ビット/96kHzの24trマルチで録った素材を使うことになり、その2種類を違和感の無いよう、1つのライブ・アルバムにしてほしいと編集部からzAkさんにお願いしました。方法としては、マルチで録った素材をDSDの音に近付けるようにミックスしていったのでしょうか?

マルチで録った素材のミックスは、AVID Pro Toolsで32ビット/96kHzのセッションを立ち上げて行ったんですが、作業の最初の段階で、DSDの2ミックスをPCMに変換したものをPro Toolsの別トラックに読み込んで聴き比べました。市子のギターがどんな音で鳴っているか、ボーカルがどれくらいのバランスで出ているか、あとは純さんのピアノの位置や(山本)達久のドラムの位置を確認したり。

──それにマルチで録ったものを寄せていった?

何となく寄せました。でも、僕の性格上結局はどっちでもいいやと。寄せてみるけど、音楽的にいいように聴かせたいというところに行くから。

──R-1000で録った素材をミックスのためにPro Toolsに立ち上げたときの印象はいかがでした?

自分で録ったものですから困ることはなかったです。ただ、プリのダイレクト・アウトじゃなくて、ポストフェーダーを録っておけば良かったなと。僕は普段ライブ録音をするときはポストで録るんです。EQの設定やフェーダーの動きもそのままに。

──ライブ現場でのEQは会場の音響に応じて施されたものだと思うのですが、それをそのまま録音してしまって問題は無いのですか?

無いです。僕はあまりEQをかける方でもないし、かけるときはプラス方向がほとんど。レコーディングのときもライブのときも欲しい音は変わらない。現場で僕がそうしたかったからそのEQになっているので、ミックスもそこから引き継いだ方が早い。今回はプリアウトを録ったので、ミックスの際は最初に作業した1曲でEQして、それをテンプレートとして残りの曲に施していきました。

──現場のPAでは外部エフェクターにSTRYMONのTime LineやBRICASTI DESIGN M7を使っていましたが、ミックス時にそれらのトラックは生かしましたか?

使いませんでした。あらためてスタジオでM7をPro Toolsに立ち上げて使ったのと、あとリバーブはUADのプラグインEMT 140 Classic Plate ReverberatorやWAVESの同じくEMT 140をシミュレートしたAbbey Road Reverb Platesを使っています。

──EQもプラグインですか?

そうですね。FABFILTERのPro-Q2やUADのNeve 1073、Neve 1081、Neve 88RS Channel Strip。あとSOFTUBEのConsole1にオールドNEVEのモードがあるのでそれで始めることも多かった。ざっくりまとまるというか、なじむからいいんです。

収録に使われたROLANDのREAC対応ハード・ディスク・レコーダーR-1000。24ビット/96kHz時は24トラックのレコーディングが可能 収録に使われたROLANDのREAC対応ハード・ディスク・レコーダーR-1000。24ビット/96kHz時は24トラックのレコーディングが可能

Pro Toolsで全体の音を整えた上で、WaveLabで64ビット/96kHzに仕上げる

──マルチで収録したマルチのミックスが完了し、11月の一発録りと並べるにあたって、マスタリング的な作業は行ったのですか?

まずはミックスしたものを1曲ずつ32ビット/96kHzで書き出し、一発録りの2.8MHz DSDもKORG AudioGateで32ビット/96kHzにして書き出して、それらを全部Pro Tools上に並べました。そこでそれぞれのレベルや質感を合わせた上で、あらためて曲ごとに32ビット/96kHz書き出し、それらを今度はSTEINBERG WaveLabに読み込んでレベルやEQの調整をしていきました。そこでの処理は64ビット/96kHzですね。

──なぜ二段階の作業を?

WaveLabでの作業をマスタリングととらえていて、そこに持って行くまではある程度下ごしらえをしておかないと……やるところまでやってから持って来いよ、というのがマスタリング・エンジニアのスタンスじゃないですか(笑)。

──ミキシング・エンジニアとしての仕事はPro Toolsでやり切って、あとはマスタリング・エンジニア……WaveLabに渡したという?

そうです。同じエンジニアなんですけど(笑)。

──今、ST-ROBOでは、それぞれのDAWのI/Oには何を使っていますか?

どのDAWでもD/AはANTELOPE AUDIO Pure2です。Pro Toolsを使うときはAVID HD I/OからAES/EBU経由で送って、WaveLabのときはUSB経由で。

──今回の配信用音源の最高スペックは32ビット/96kHzとして仕上げていただきましたが、24ビットとは違いますか?

全然違いますよ。純さんも教授(坂本龍一)も32ビットが好きですね。急にジューシーになる……果物で言うと、そこら辺のスーパーで売っているものより、ちょっといいスーパーのものになります。

──出来上がったアルバムは確かにライブ・アルバムではありますが、お客さんの拍手は全部カットしましたし、青葉さんも“ライブをやっているという感覚と、そのままアルバムのレコーディングをしているという感覚が半分ずつ”とおっしゃっていたように、スタジオ・ライブっぽい仕上がりに聴こえます。zAkさんとしては、一度現場でPAミックスをしたものを、アルバムとして仕上げたというのはどんな感覚だったのでしょう?

PAともスタジオとも、どっちとも言えない……中間ですかね。PAのときは何が起こるか分かっていない状態でミックスするわけですから、ずっと緊張感があって演奏を追いかける感じです。それに対して録音されたものをミックスするのは、何が起こったかは分かっていて、それをどういうふうに定着させるかという作業ですね。 プネウマ 『プネウマ』青葉市子+三宅純+山本達久+渡辺等(OTOTOYにてハイレゾ配信中)