BITWIGBitwig Studio

さまざまなDAWが乱立し、それぞれがバージョン・アップしながら完成度を高めてきた中、久々に登場したドイツ・ベルリン発の全く新しいDAWソフトがBITWIG Bitwig Studio。時間軸にとらわれずオーディオ/MIDIを扱えるクリップ・ランチャー、プラグイン同士の連携から生まれる自由度の高いモジュレーションなど、後発ソフトならではの斬新な機能を装備し、クリエイターにとって取り回しの良い、クリエイティビティを刺激するDAWに仕上がっている。今回編集部はBitwig Studioをいちはやく導入した鈴木“Daichi”秀行に、この新しいDAWのみを使って楽曲の制作を依頼。各工程において、新機能がどのように役立つのか、音と連動しながら確認していただきたい。Photo:Takashi Yashima
Music & Text:鈴木“Daichi”秀行【Profile】サウンド・クリエイター、作編曲家、マルチプレイヤー。過去の日本レコード大賞にて絢香「Jewelry day」が金賞、mihimaru GT「ギリギリHERO」が最優秀作品賞を獲得するなどヒット作のアレンジを数多く担当。新しい機材やソフトウェアへのアンテナも鋭く、自身のStudio Cubicには膨大なツールをそろえる
Step 1
曲作りの進め方
僕がBitwig Studioを導入した理由ですが、まず“MIDIとオーディオを同じ感覚で扱える”点に興味を持ちました。最近はポップスの仕事でもブレイクでエフェクティブな連打を作ったり、ギミック的な要素を求められます。僕は普段、クラブ系の音楽はMIDIベースで制作しているのですが、これまでは、一度MIDIで打ち込んだリズムをオーディオで書き出し、別トラックに移して波形編集していました。その点、Bitwig Studioは両者をシームレスに扱えます。Bitwig Studioはマルチディスプレイに対応しており、僕は2台のディスプレイを使って、1台にメインのアレンジ画面、もう1台にミキサー画面を表示しています。Bitwig Studioには、一般的なDAWに近いアレンジャー・タイムラインと、フレーズをループ再生するクリップ・ランチャーという2つの時間軸が共存しています。アレンジャー・タイムラインをメインに、クリップ・ランチャーは入れ子的に1画面に収まっているので、STEINBERG Cubaseユーザーの僕にも親しみやすかったです。クリップ・ランチャーのクリップを再生するか、アレンジャー・タイムラインのクリップを再生するかはトラックごとに選択可能です。クリップ・ランチャーで再生したい場合は、各クリップの左上にある再生ボタンを押せば良いですし、クリップ・ランチャーとアレンジャー・タイムラインの間にある積み木のようなアイコンのボタンを押せば、通常のタイムラインに沿った再生に戻ります。クリップの再生はビートに沿っているので(再生開始のクオンタイズはOptionsメニュー>Default Launch Quantizationで変更可能)、細かいことを気にせずに曲構成を試せるのが良いですね。例えば小節の途中で切り替わったとしても、それが意外と良かったり。僕がBitwig Studioで最も面白いと感じたのは、こうした“偶発性”です。昨今のDAWは狙ったフレーズを正確に作れますが、ミスやひらめきの要素をなかなか作品に落とし込めませんでした。その点Bitwig Studioでの制作は、手を動かしていろいろなことにトライしつつ、偶然性を盛り込みながら楽曲を作れます。
マルチディスプレイに対応

共存するアレンジャー・タイムラインとクリップ・ランチャー

クリップ・ランチャーの再生

アレンジャー・タイムラインの再生に切り替え

Step 2
リズム・ループのエディット
では早速、Bitwig Studioを使ったトラック制作を見ていきましょう。僕は通常リズムから曲を作り始めるのですが、デモでは場面によってリズムの構成をガラッと変えています。ずっと同じパターンが続くのではなく、ブロックごとにジャンル感も含めて展開していくイメージでした。まずは画面右にあるブラウザーで付属のリズム・ループを試聴してみました。Bitwig Studioには3GBのサウンド素材が付属しますが、自社開発のものに加え、“Partner Collection”にはクラブ・ミュージックのダウンロード販売サイトBeatportやアナログ・シンセ・メーカーのJOMOXが監修したユニークなライブラリーも含まれています。ブラウザーでは目的のファイルの上にポインターを重ねると右側に再生ボタンが表示されるので、それをクリックすると試聴できます。ライブラリーは、EDMやダブステップなど音楽ジャンルとして新しいエレクトロニックなものが多く入っている印象でした。試聴しながら“オッ”と思ったループは、どんどんクリップ・ランチャーにドラッグ&ドロップしていきます。そのクリップをダブル・クリックするとセカンダリー・パネルに波形が表示され、“Onsets”を選択すると、自動的にトランジェントを検出してマーカーが打たれていることが分かります。Bitwig Studioはこのマーカー情報に応じてタイム・ストレッチを行うので、オーディオ・ファイルをベースにしたトラックでも制作中のテンポ変更は自在です。タイム・ストレッチのアルゴリズムは画面左のインスペクターから選べ、音質変化も少ない印象。ほかに市販のREX2ファイルも読み込んでみましたが、特に設定することもなく、曲のテンポに追従してくれました。このように、クリップ・ランチャーでクリップやテンポを切り替えながら、使用するリズムを選んでいきました。曲のイメージがはっきりとある場合はアレンジャー・タイムラインでの作業で良いのですが、どのクリップを使うか迷っている場合はクリップ・ランチャーの方が手っ取り早いです。Bitwig Studioはオーディオ・クリップの編集も自由度が高いので、ここで紹介しておきましょう。先述の“Onsets”を表示した状態で、マーカーの上のファイル名が表示されているタブをダブル・クリックするとクリップが分割されます。その上で、エディットしたいパーツを選択して左のインスペクターで“Reverse”ボタンを押せば波形が反転しますし、“Scale x2”を押せば長さが倍になって、グリッチっぽい効果が得られます。こうした細かなオーディオ・エディットが、クリップ単位で実現してしまうのです。
豊富なライブラリーが付属

トランジェントを自動検出

タイム・ストレッチのアルゴリズム選択

オーディオ・クリップ内での編集

Step 3
付属インストゥルメントを使ったリズムの構築
ではデモのリズムについて詳しく見ていきましょう。冒頭で鳴っているのは“Bleepology_Drum2_130bpm”という付属のループ素材で、要所を前項で解説した手法で波形編集しています。これに付属インストゥルメント“E-Clap”をMIDIで鳴らしたものと、単発のオーディオ・ファイル“JoMoX clap 2702”をレイヤーしました。Bitwig Studioのリズム音源はパートごとに分かれているのが特徴で、E-Clapは“Dirty Clap”というビット・レートを落としたような音色のプリセットを使用。付属のReverbで残響を付けた上で、EQ-2をシェルビングにして1.69kHz以上を持ち上げ、ザラッとした感じを強調しています。こうした“抜けがいいけど荒れた音”は、すごく今っぽいと思います。22小節目(0'42")からのブロックでは“JoMoX111bpm Metalnse”というループに、E-Snareの“Fat Snare 3”というプリセットを重ねています。音色はDistortionでひずませ、Transient Controlでアタックを出し、EQ-2で抜けを良くしました。Transient Controlはアタックを調整できるエフェクトで、効きが良く気に入っています。16分音符で刻むハイハットはE-Hatで、キックはE-Kick。元はROLAND TR-808っぽいパツンとしたキックなのですが、こちらもDistortionで太さを出し、頭がつぶれたところをTransient Controlの“Attack”で補いつつ、“Susutain”を調整して余韻をカットしています。このパートでは、さらにアタック感を出すために、さまざまなデバイスを複数格納できる“Container”のDrum Machineを加えています。ドラム・パッドが16個並ぶインターフェースですが、各パッドにはオーディオのサンプルだけでなく、先述したリズム系のインストゥルメントも立ち上げられるのがユニーク。これはパッドの右下にある“+”をクリックするだけで、簡単にアサインできます。E-SnareやE-Kickなどは単体でも打ち込めますが、それらをまとめてリズム・マシンのようにも扱えるわけです。またBitwig Studioはオーディオ&MIDIを混在させるのも簡単で、例えば打ち込みのドラムを波形編集したいと思ったときも、MIDIのリージョンを右クリックして、ポップアップ・メニューから“Bounce in Place”を選択すると、同じトラック内にMIDIとオーディオ・データが表示されるようになります。30小節目(0'58")からのダブステップっぽいパートは、ライブラリーからハーフで打っている“BP S2s Mdb Drum 140bpm 20”のループ素材を使用。EQ-5で9.17kHzから上を持ち上げて、ほかのパートと整合性を取っています。
ループ素材の波形編集

リズム用の付属インストゥルメント

さまざまなデバイスを格納できるDrum Machine

MIDI/オーディオが1トラックに混在

Step 4
ベース・ラインの打ち込み
ベースはBitwig Studio付属のソフト・シンセPolysynthをMIDIキーボードで手弾きして入力しました。音色は“Bass 1”というプリセットですが、ここではBitwig Studioならではの、ちょっと面白い機能を使っています。Bitwig Studioのデバイスは各パラメーターを自由に関連づけられるようになっていて、“●→”マークが付いているボタン(モジュレーション元)を押すと、対応するパラメーターのノブが青く反転します。その上で動かしたいパラメーターをドラッグすると、設定した幅で変化させられるようになるのです。ここでは“Vel ●→”のボタンを押した上で、Polysynthのフィルターの“Freq”が変化するように設定してみました。これで、シンセ・ベースを弾く強さ(ベロシティ)によってフィルターの開き具合が変化するようになり、フレーズが生き生きとします。このルーティングは自由度が高く、同じベロシティでオシレーターのピッチを動かしても良いですし、ほかのデバイスのパラメーターまで動かせます。言うなればデバイス全体がモジュラー・シンセのようなものです。さらに面白いのは、打ち込んだMIDIやオーディオのさまざまな情報をヒストグラム表示してくれるところ。クリップ内のVelocity/Gainなどの左にある三角ボタンをクリックすると数値の分布が表示され、Mean/Chaosなどのパラメーターを操作できます。ここでVelocityの“Chaos”の値を変えると、打ち込んだベースのベロシティがランダマイズされるので、より変化に富んだベース・フレーズが得られるというわけです。ほかにパンやピッチをランダマイズしても、ユニークな結果が得られるでしょう。あとBitwig Studioで良いと感じたのは、MIDIのアサインがやりやすいところ。動かしたいパラメーターを右クリック(Macはcontrol+クリック)するとメニューがポップアップするので、そこから“Learn Controller Assignment...”を選択します。すると、緑の枠が点灯を始めるので、手持ちのMIDIコントローラーの任意のノブを回すだけでアサインできてしまいます。これを手で動かしながらオートメーションを記録していけば、ループ・ベースの曲でも全体を通しての“流れ”を作ることができます。最後(1'46")はウォブル・ベースが出てきますが、これはPolysynthの“Dubstep Bass 2”というプリセットで、ノブを動かして“LFO 1 Rate”のオートメーションを書き、フレーズに動きを付けています。Bitwig Studioのオートメーションは、トランスポート部の“Automation Write”ボタンを押すだけで簡単に記録できます。
ベース・ラインのピアノロール画面

自在なモジュレーション

ヒストグラムの表示

MIDIラーンの割り当て

Step 5
付属ソフト・シンセの活用
次に上モノのシンセサイザーを見ていきましょう。イントロは4つの音色を重ねていて、1つめはPolysynthの“Light Pad”というプリセットにReverbをかけた上でChorusで広げています。もう1つはFM-4の“Red Arpy”というアルペジエイターが組み込まれたプリセットをベタ打ちして鳴らし、Delay-2でトバした後でFilterでやや曇った感じの音に仕上げています。ストリングスに使ったPolysynthの“String Ensemble”はLFO-1でオシレーターの“Mix”が動くようになっており、音に表情が付く設定。こちらも後段にDelay-2を挿して重厚感を出しています。Bitwig Studioのディレイは立ち上げただけで既にモジュレーションがかかっているような出音で、とても音楽的に感じました。10小節目(0'18")から出てくるシンセのシーケンスはPolysynthを立ち上げたままの音色で、後段にBit-8を挿して8ビット的な音色にしています。元のプリセットにディレイがかかっているのですが、減衰していく音にBit-8がかかって、偶然にプチプチしたノイズのように聴こえます。こちらもPolysynthのベロシティでフィルターのカットオフ・フリケンシーを動かしています。Polysynthはパラメーターこそ少ないものの多くのプリセットが入っており、“万能”という印象。インターフェースはシンプルで、何がどうなっているのか把握しやすく、扱いやすいシンセと言えます。音色自体はプレーンで、味付けは豊富なエフェクトで行うという考え方のようです。終盤に出てくるノイズは、Polysynthを立ち上げて“Noise”のノブをフルテンにし、ホワイト・ノイズ的な音色にしたものです。これをベタ打ちにした状態でサイド・チェイン・コンプをかけているのですが、その手順もシンプルです。まずPolysynthの後段にDynamicsをインサート。別途トリガー用のオーディオ・トラック“Audio 1”を作成してキックのオーディオ・ファイルを4つ打ちになるように置きます。このキックは発音される必要が無いので、トラック・フェーダーを下げておきます。後はDynamicsの“Source / Sidechain”から“Audio 1(Pre-Fader)”を選択してスレッショルドなどを調整すると、4つ打ちキックのタイミングでダッキングし、裏打ちのようなフレーズになります。このノイズのフレーズは、さらに後段にFilterをインサートしてカットオフのオートメションを書き、うねりを出しています。こうしたフレーズを普通のDAWで作ろうとすると、なかなか手間がかかるものですが、その点Bitwig Studioは手早く作業が完了します。
FMシンセも付属

音楽的な効き味のディレイ

ローファイ・サウンドを作り出すエフェクト

サイド・チェイン・コンプの設定

Step 6
ギター演奏のダビング
最後に、僕がギターを弾いてダビングしました。ルーティングは、デジタル・ギター・アンプKEMPER Profiling Amplifierをオーディオ・インターフェースANTELOPE Orion 32に直接入力して録っています。Bitwig Studioは録り音もクセが無く、全く問題ないレベルです。まずエレキギターのカッティングが入るのですが、これは先ほど説明したように、いったん録音した後にクリップの“Onsets”を表示し、要所で音を“Scale x2”で伸ばしてグリッチ的な音にしたり、連打などの波形編集を施してフレーズに変化を加えています。この状態で“Pan”をクリックすると、切り分けたクリップのパンを個別に設定でき、細かな動きをペンシル・ツールで書くよりも手軽に作れます。30小節目(0'58")からのディストーション・ギターはクリップ上で“Pitch”のオートメーションを書いて、アームを使ったような効果を出してみました。通常、連続可変のツマミなどを使ってオートメーションを書くと、ポイントがたくさん設定され過ぎて後から編集するのが大変だったりしますが、Bitwig Studioはポイントを良い感じで“間引いて”くれるので、後からの修正も楽です。最後のパートにはアコースティック・ギターのカッティングも入っていますが、これは録ったままで特にプロセッシングは行っていません。僕はアレンジしながら音を決め込んでいくので、特にミキシングという工程は設けず、アレンジが終わった段階で大体の音色バランスは取れた状態になっています。今回のデモでは、疑似マスタリング的にマスター・フェーダーにDynamicsをかけて音像にパンチを出し、EQ-5で全体像を整えた上でPeak Limiterでリミッティングしています。これでデモ・トラックが完成しました。
ギターのレコーディング

カッティング・ギターのパンニング

ディストーション・ギターのピッチ変化

作業を終えて〜鈴木“Daichi”秀行
Bitwig Studioでなければ得られない表現が
これからどんどん出てきそうです
今回はBitwig Studioのみを使ってトラックを作ってみましたが、予想していた通り、とても使いやすかったです。DAWとして基本的な機能は押さえられていますし、動作も軽い。今回は計27トラックを使いましたが、CPUメーターがほとんど振れないほどでした。あとオーディオの書き出しがメチャメチャ早かったです(笑)。アレンジャー・タイムラインとクリップ・ランチャーの併用に関しては、アレンジャー・タイムラインでの作業を基本としつつ、クリップ・ランチャーにフレーズのアイディアをためていくような使い方が良いと思います。アレンジの作業をしていると、“前のフレーズの方が良かったかな?”ということがよくあります。そのときクリップ・ランチャーにフレーズをストックしておけば、同じトラック内で再生するパネルを切り替えるだけですから、とても効率的です。今後の僕の仕事で、Bitwig Studioはダンス・ミュージック系のトラックを作るのに大活躍してくれそうです。僕は最近、作る曲のタイプによってDAWを使い分けても良いかなと考えています。Bitwig Studioはクリエイティビティを刺激する新しい機能がたくさん搭載されていますし、使い進めるうちに、このソフトでないと得られない表現もどんどん出てきそうです。とは言え、Bitwig Studioは難解なソフトではなく、曲作りや操作の基本概念は一般的なDAWと共通している部分も多いので、例えばポップスを中心に作っている人が、ダンス・ミュージックの意匠を取り入れたい場合も使いやすいと思います。これからは、作りたい曲のジャンルによって音源を選ぶように、DAWを使い分けても良いのではないでしょうか。
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※Introduction~Bitwig Studioの全容※インタビュー|クレイス・ヨハンソン~「Bitwig Studioは従来のDAWと一線を画した音楽制作が楽しくなるソフトです」
BITWIG
Bitwig Studio
オープン・プライス(市場予想価格:41,000円前後)
Mac:Mac OS X 10.7以上/Windows:Windows 7以上/Linux:Ubuntu 12.04以上/共通項目:2GB以上のRAM、5GBのハード・ディスク空き容量、1,280×768の画面解像度、インターネット接続環境/※Linux版はBITWIG本社での英語のみのサポート