EVE AUDIOSCシリーズ/TSシリーズ

各メーカーが続々と新しい技術を投入し、しのぎを削っているスタジオ・ニアフィールド・モニター。そんな中、Musikmesse 2012に颯爽(さっそう)と登場し、DSPを搭載したモダンな仕様とシャープなルックス、スピード感あふれる音質で一躍注目を集めているスピーカー・メーカーがEVE AUDIOだ。ADAMのCEOを務めたローランド・シュテンツ氏が新たに立ち上げた同社。その成り立ちや技術的背景を探るべく、ドイツ・ベルリンにある本社を訪ねた。
“東欧のNEVE”と呼ばれたRFZの跡地にEVE AUDIOを設立
世界屈指の音楽都市=ベルリン。EVE AUDIOの本社は、市内中心部から車で20分ほど南東に下った、放送局や研究施設が立ち並ぶ一角にある。この地区は旧東ベルリンにあたり、無骨な外観の建物内に入ると、一転してモダンなオフィスがしつらえられていた。EVE AUDIOのラインナップがそろう近未来的なショールームで、まずシュテンツ氏の生い立ちから話をうかがった。東ベルリンに生まれ、幼少からバイオリンを習っていたという氏。一方で電子回路の自作にも熱を上げ、両者への好奇心のコンビネーションから音楽制作用機材に興味を持ったという。「しかし、当時の東ベルリンではSTUDERやSONYなど西側のメーカーの機材は手に入れることができませんでした。そのような状況では、電子回路を自分で作ることが普通だったのです。当時は面倒だと思っていましたが、いま考えてみれば、良い勉強になりました(笑)」





歴史的にも価値のある無響室でスピーカーをチューニング
RFZの解散後、ベルリンでHi-Fiオーディオ機材メーカーのA.R.E.S. ELECTRONICSを経営していたクラウス・ハインツ氏と出会ったシュテンツ氏は、1998年に共同でADAMを設立。モニター・スピーカーの開発/販売に乗り出す。「電子工作をしていたころからスピーカーに興味がありましたし、また私は今でもバイオリンを弾くので、演奏者としても音響に関心を持っています。そんな私にとって、モニター・スピーカーの開発は優先度の高い仕事だったのです」ご存じの通り、特徴的なリボン・ツィーターを採用したADAMのスピーカーは確かな音質が世界中のエンジニアに支持され、短期間で大きな成功を収めた。同社でCEOを務めたシュテンツ氏が、“さらなる技術探求の場”として2011年に設立したのが、EVE AUDIOなのだ。オリジナルのスピーカー・ブランド立ち上げのコンセプトとして、シュテンツ氏は次のようなことを考えていたのだという。「私はADAMで主に開発を担当しており、最終的な音響デザインにはあまり関与していませんでしたが、EVE AUDIOではすべての段階にかかわれます。例えば“エア・モーション・トランスフォーマー”という技術を応用したリボン・ツィーターも、独自の工夫をしながら開発を進めることができ、最終的な音響デザイン、例えば周波数特性などにもADAMとは違った理念を取り入れることができました」氏は「EVE AUDIOを立ち上げたときは、誰も新しいモニター・スピーカーのメーカーなど期待していませんでした」と続ける。「ですから、自分で新しい市場のポジションを作るしかなかったのです。加えて、以前に私が手掛けたADAMの製品との差別化も図らなければなりませんでした。両者の違いを明確にするため、リボン・ツィーターのさらなる開発を進めるとともに、LEDリングで囲まれたノブを使ってDSPをコントロールするユーザー・インターフェースの採用、バスレフのダクトをリアに配するなどの変更を加えました。もう1点は、デザインに統一性を持たせることによって、一目でEVE AUDIOの製品であると分かるようにしました。新たにスピーカー・ブランドを立ち上げるにあたっては、音質的に優れていることはもちろんですが、インパクトと説得力を兼ね備えたプロダクト・デザインも必須だったのです」EVE AUDIOのスピーカーの最大の特徴は、全モデルにDSPを搭載している点だ。「DSP搭載のスピーカーというと、音質面を懐疑的に見る人もいるようですが、EVE AUDIOの製品は、24ビット/192kHzで動作するBURR-BROWNの高品位なADコンバーターを搭載しており、クラスDのアンプ部はDSPから直接信号を受け取る構造なので、ロスが少なく、原音に忠実な再生が可能になっています」現在EVE AUDIOでは4名の技術者がスピーカーの開発にあたっているが、「開発作業は常に計測と耳で聴くことの繰り返しでしかできません」とシュテンツ氏は続ける。「ここで言う“耳で聴く”とは、“さまざまな空間で聴く”という意味合いも含まれています……面白い場所をお見せしましょう」そう言われて案内されたのは、オフィスから徒歩10分ほどの建物内にある無響室。天井と四方の壁には分厚い吸音材が張り巡らされ、金網状の床の下にもグラスウールの入った袋が敷き詰められている。一般に“無響室”と聞くと、研究施設のようなクリーンな空間を想像するが、この部屋は随所にハンドメイド感があふれる、一種異様な雰囲気の空間となっている。「ここは1960年代に作られた部屋で、実際にRFZで使われていました。解散後は閉鎖されていたのですが、私はここに無響室があることを知っていたので、EVE AUDIOを構えた後に安く借りることができました。70Hzまでは音が空間の影響を受けない構造になっており、ここで指向性のテストなどを行っています」


DSP搭載の狙いはユーザーによるチューニングの正確性
EVE AUDIO製品のもう1つの大きな特徴と言えば、ADAM以来シュテンツ氏のアイデンティティともなっているリボン・ツィーターだ。「エア・モーション・トランスフォーマーの技術は、1970年代にドイツ系アメリカ人オスカー・ハイルが考案したアイディアが基になっています。最新の素材を活用したメンブラン(膜)を折りたたんだ構造になっており、ダイアフラムに仕込まれた導体に信号電流が流れるとそこに磁界が作られ、折り畳まれた部分を互いに振動させるという原理です。この方式の利点は、まず反応スピードがとても速いこと。もう1つは素材の特性上はっきりとしたレゾナンスを持たないので、メタル・ドーム式のツィーターと比べて周波数ピークが出にくいというメリットもあります」そのリボン・ツィーターと組み合わせられるSilverConeウーファーは、独自に開発したハニカム構造のダイアフラムが採用されている。「グラス・ファイバーの二層構造の間にハニカムが挟まれています。この構造を用いることにより、ユニットをより硬く、軽くすることができます。コイルを含めたウーファー全体を軽く仕上げ、能率を良くすることが重要でした。アンプから伝えられるパワーを、できるだけ効率的に音に変換することを求めていました」



3ウェイ/4ウェイ・モデルや小型サブウーファーが登場
昨今はFOCAL Twin6 Beなど3ウェイ・モデルを使うクリエイターも増えてきたが、EVE AUDIOもSC305/307をラインナップ。同じ口径のユニットが2基装備されているが、中低域/低域の働きを切り替えられるユニークな仕様だ。「音の広がり方の特性の問題からそうする必要がありました。横置きにする場合、私としては、ローが出るウーファーを外側にした線対称のセッティングをお勧めします。また夏には4ウェイ・モデルのSC407/SC408を発売します。大きなスタジオのメーター・ブリッジの上にスピーカーを置く場合、横置きタイプの方がユニットを低くセットでき、リスニング・ポジションの最適化やステレオ・イメージの向上に貢献すると思います」さらに今年のMusikmesse 2013では、SCシリーズと同様にDSPによる調整が可能で、ボディ底面にはドロンコーンを装備したユニークな設計の小型のサブウーファーTS107/TS108を発表し、2.1chシステムへも積極的な姿勢を見せている。「実は今日、TSシリーズ用のリモート・コントローラーが出来上がってきたばかりなんです。これ1つで2.1chシステム全体のチューニングや、サブウーファーのON/OFFなどの調整ができるので、すごく便利だと思いますよ」EVE AUDIOはスピーカーの生産を他の国で行っているが、製品はすべてベルリンに戻して検品し、出荷している。シュテンツ氏は「やはりドイツの会社として“ジャーマン・エンジニアリング”の質を保つ必要がありますから」と続ける。「ベルリンは、歴史の面でも“技術者の街”と言えます。昔からAEGやSIEMENS、TELEFUNKENなど街中にさまざまな工場がありましたし、このようなクラフツマンシップにあふれた面白い街に住んでいることを誇りに思います。これからも、設計段階からユーザーが使用する空間のことを常に考慮に入れ、“音の真実”に近づくことができるスピーカーを作っていきたいですね」




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