第1回〜EVE AUDIOベルリン本社を訪問

EVE AUDIOSCシリーズ/TSシリーズ
各メーカーが続々と新しい技術を投入し、しのぎを削っているスタジオ・ニアフィールド・モニター。そんな中、Musikmesse 2012に颯爽(さっそう)と登場し、DSPを搭載したモダンな仕様とシャープなルックス、スピード感あふれる音質で一躍注目を集めているスピーカー・メーカーがEVE AUDIOだ。ADAMのCEOを務めたローランド・シュテンツ氏が新たに立ち上げた同社。その成り立ちや技術的背景を探るべく、ドイツ・ベルリンにある本社を訪ねた。

 “東欧のNEVE”と呼ばれたRFZの跡地にEVE AUDIOを設立


世界屈指の音楽都市=ベルリン。EVE AUDIOの本社は、市内中心部から車で20分ほど南東に下った、放送局や研究施設が立ち並ぶ一角にある。この地区は旧東ベルリンにあたり、無骨な外観の建物内に入ると、一転してモダンなオフィスがしつらえられていた。EVE AUDIOのラインナップがそろう近未来的なショールームで、まずシュテンツ氏の生い立ちから話をうかがった。東ベルリンに生まれ、幼少からバイオリンを習っていたという氏。一方で電子回路の自作にも熱を上げ、両者への好奇心のコンビネーションから音楽制作用機材に興味を持ったという。「しかし、当時の東ベルリンではSTUDERやSONYなど西側のメーカーの機材は手に入れることができませんでした。そのような状況では、電子回路を自分で作ることが普通だったのです。当時は面倒だと思っていましたが、いま考えてみれば、良い勉強になりました(笑)」

▲東ベルリン出身のローランド・シュテンツ氏。旧東ドイツの国営企業RFZで音響機材の開発を担当し、東西ドイツの統合後はHi-Fiオーディオ機材メーカーに勤務。その後、スピーカー・メーカーADAMの立ち上げにかかわりCEOを務めた後、2010年に経営学修士を取得。2011年5月にEVE AUDIOを設立した ▲東ベルリン出身のローランド・シュテンツ氏。旧東ドイツの国営企業RFZで音響機材の開発を担当し、東西ドイツの統合後はHi-Fiオーディオ機材メーカーに勤務。その後、スピーカー・メーカーADAMの立ち上げにかかわりCEOを務めた後、2010年に経営学修士を取得。2011年5月にEVE AUDIOを設立した
工作に必要なパーツの入手方法からも、冷戦時代のベルリンの様子がうかがえる。「東西ドイツの流通は禁止されていた上に貨幣価値の差も大きく、もちろん、壁の向こうに行くことも簡単にはできませんでした。一部のパーツは東ドイツでも作られていましたが、重要な部品は正規ではないルート……例えば、親類からクリスマス・プレゼントの中に欲しい部品を入れて送ってもらったりしていました」その後、大学で通信工学を学んだシュテンツ氏は、1983年に“東欧のNEVE”とも呼ばれた録音/放送機材の製作会社RFZに入社。技術者としてのキャリアを積んでいく。「RFZは大規模な国営企業で、ラジオやテレビなどに必要な技術開発を一手に担っていました。例えば磁気ヘッドから中継車に至るまで、いちから作っていたのです。加えてミキサーやマイク・プリアンプ、マイク、スピーカーなどの開発も行っていました。壁が壊されて東西ドイツが統一された直後の1990年にRFZは解散したのですが、私はそのときまで働いていました」実は、現在のEVE AUDIOの社屋はRFZがあった場所にあり、1974年に建てられたという建物内にはオフィスに隣接して広大なプロダクション・ホールも併設。そこで製品のチェックやパーツの管理、梱包作業などを行っている。「当時は約3,500人がここで働いていました。このオフィスは運良く、ほとんどこのままの状態で見つけることができました」
▲ベルリン郊外にあるEVE AUDIOの本社。ショールームでは各モデルを切り替えて、APPLE iPhoneからレコードまであらゆるソースによる試聴が可能。天井の照明/プロジェクターが近未来的な雰囲気を醸し出す ▲ベルリン郊外にあるEVE AUDIOの本社。ショールームでは各モデルを切り替えて、APPLE iPhoneからレコードまであらゆるソースによる試聴が可能。天井の照明/プロジェクターが近未来的な雰囲気を醸し出す
▲オフィスに併設するスペースで検品を行っているところ。販売される各国に合わせた電圧(手前に見えるテーブルは、日本での良好でない電源環境を想定した90Vのセクション)での駆動テストや、実際に音を入力しての周波数スウィープなどを入念にチェックする ▲オフィスに併設するスペースで検品を行っているところ。販売される各国に合わせた電圧(手前に見えるテーブルは、日本での良好でない電源環境を想定した90Vのセクション)での駆動テストや、実際に音を入力しての周波数スウィープなどを入念にチェックする
▲RFZ解散後は舞台装置や映画の看板が作られていたという広大なスペースに、在庫やパーツを保管。作業場の壁には当時のペイントが残り、右上に見えるリフトは現在も稼働するという ▲RFZ解散後は舞台装置や映画の看板が作られていたという広大なスペースに、在庫やパーツを保管。作業場の壁には当時のペイントが残り、右上に見えるリフトは現在も稼働するという
▲清潔で明るい雰囲気のオフィス ▲清潔で明るい雰囲気のオフィス

歴史的にも価値のある無響室でスピーカーをチューニング


RFZの解散後、ベルリンでHi-Fiオーディオ機材メーカーのA.R.E.S. ELECTRONICSを経営していたクラウス・ハインツ氏と出会ったシュテンツ氏は、1998年に共同でADAMを設立。モニター・スピーカーの開発/販売に乗り出す。「電子工作をしていたころからスピーカーに興味がありましたし、また私は今でもバイオリンを弾くので、演奏者としても音響に関心を持っています。そんな私にとって、モニター・スピーカーの開発は優先度の高い仕事だったのです」ご存じの通り、特徴的なリボン・ツィーターを採用したADAMのスピーカーは確かな音質が世界中のエンジニアに支持され、短期間で大きな成功を収めた。同社でCEOを務めたシュテンツ氏が、“さらなる技術探求の場”として2011年に設立したのが、EVE AUDIOなのだ。オリジナルのスピーカー・ブランド立ち上げのコンセプトとして、シュテンツ氏は次のようなことを考えていたのだという。「私はADAMで主に開発を担当しており、最終的な音響デザインにはあまり関与していませんでしたが、EVE AUDIOではすべての段階にかかわれます。例えば“エア・モーション・トランスフォーマー”という技術を応用したリボン・ツィーターも、独自の工夫をしながら開発を進めることができ、最終的な音響デザイン、例えば周波数特性などにもADAMとは違った理念を取り入れることができました」氏は「EVE AUDIOを立ち上げたときは、誰も新しいモニター・スピーカーのメーカーなど期待していませんでした」と続ける。「ですから、自分で新しい市場のポジションを作るしかなかったのです。加えて、以前に私が手掛けたADAMの製品との差別化も図らなければなりませんでした。両者の違いを明確にするため、リボン・ツィーターのさらなる開発を進めるとともに、LEDリングで囲まれたノブを使ってDSPをコントロールするユーザー・インターフェースの採用、バスレフのダクトをリアに配するなどの変更を加えました。もう1点は、デザインに統一性を持たせることによって、一目でEVE AUDIOの製品であると分かるようにしました。新たにスピーカー・ブランドを立ち上げるにあたっては、音質的に優れていることはもちろんですが、インパクトと説得力を兼ね備えたプロダクト・デザインも必須だったのです」EVE AUDIOのスピーカーの最大の特徴は、全モデルにDSPを搭載している点だ。「DSP搭載のスピーカーというと、音質面を懐疑的に見る人もいるようですが、EVE AUDIOの製品は、24ビット/192kHzで動作するBURR-BROWNの高品位なADコンバーターを搭載しており、クラスDのアンプ部はDSPから直接信号を受け取る構造なので、ロスが少なく、原音に忠実な再生が可能になっています」現在EVE AUDIOでは4名の技術者がスピーカーの開発にあたっているが、「開発作業は常に計測と耳で聴くことの繰り返しでしかできません」とシュテンツ氏は続ける。「ここで言う“耳で聴く”とは、“さまざまな空間で聴く”という意味合いも含まれています……面白い場所をお見せしましょう」そう言われて案内されたのは、オフィスから徒歩10分ほどの建物内にある無響室。天井と四方の壁には分厚い吸音材が張り巡らされ、金網状の床の下にもグラスウールの入った袋が敷き詰められている。一般に“無響室”と聞くと、研究施設のようなクリーンな空間を想像するが、この部屋は随所にハンドメイド感があふれる、一種異様な雰囲気の空間となっている。「ここは1960年代に作られた部屋で、実際にRFZで使われていました。解散後は閉鎖されていたのですが、私はここに無響室があることを知っていたので、EVE AUDIOを構えた後に安く借りることができました。70Hzまでは音が空間の影響を受けない構造になっており、ここで指向性のテストなどを行っています」
▲オフィスから10分ほど歩いた建物の中にある、1960年代に作られたという無響室。9×9×9mの室内に厚さ1.4mのグラス・ウールが敷き詰められており、開発段階のスピーカーはここでテストしている ▲オフィスから10分ほど歩いた建物の中にある、1960年代に作られたという無響室。9×9×9mの室内に厚さ1.4mのグラス・ウールが敷き詰められており、開発段階のスピーカーはここでテストしている
▲無響室の床は金網になっており、足を踏み入れると宙に浮いたような感覚。その下には天井と同様のグラス・ウールが敷き詰められている ▲無響室の床は金網になっており、足を踏み入れると宙に浮いたような感覚。その下には天井と同様のグラス・ウールが敷き詰められている
 

DSP搭載の狙いはユーザーによるチューニングの正確性


EVE AUDIO製品のもう1つの大きな特徴と言えば、ADAM以来シュテンツ氏のアイデンティティともなっているリボン・ツィーターだ。「エア・モーション・トランスフォーマーの技術は、1970年代にドイツ系アメリカ人オスカー・ハイルが考案したアイディアが基になっています。最新の素材を活用したメンブラン(膜)を折りたたんだ構造になっており、ダイアフラムに仕込まれた導体に信号電流が流れるとそこに磁界が作られ、折り畳まれた部分を互いに振動させるという原理です。この方式の利点は、まず反応スピードがとても速いこと。もう1つは素材の特性上はっきりとしたレゾナンスを持たないので、メタル・ドーム式のツィーターと比べて周波数ピークが出にくいというメリットもあります」そのリボン・ツィーターと組み合わせられるSilverConeウーファーは、独自に開発したハニカム構造のダイアフラムが採用されている。「グラス・ファイバーの二層構造の間にハニカムが挟まれています。この構造を用いることにより、ユニットをより硬く、軽くすることができます。コイルを含めたウーファー全体を軽く仕上げ、能率を良くすることが重要でした。アンプから伝えられるパワーを、できるだけ効率的に音に変換することを求めていました」
▲ADAM以来シュテンツ氏のアイデンティティともなっているリボン・ツィーター。“エア・モーション・トランスフォーマー”と呼ばれる、メンブラン(膜)を折りたたむ独自の構造により、スピード感がありつつ耳に痛くない高域を実現 ▲ADAM以来シュテンツ氏のアイデンティティともなっているリボン・ツィーター。“エア・モーション・トランスフォーマー”と呼ばれる、メンブラン(膜)を折りたたむ独自の構造により、スピード感がありつつ耳に痛くない高域を実現
▲EVE AUDIO独自のSilverConeウーファー。ハニカム構造のダイアフラムを2層のグラスファイバーでコーティングしており、強度を確保するとともに軽量化に成功。軽く仕上げることでウーファーの効率が上がるという ▲EVE AUDIO独自のSilverConeウーファー。ハニカム構造のダイアフラムを2層のグラスファイバーでコーティングしており、強度を確保するとともに軽量化に成功。軽く仕上げることでウーファーの効率が上がるという
しかしこうした優れた基本性能も、適切にセッティングされなければポテンシャルを発揮することは難しい。シュテンツ氏は「EVE AUDIOのスピーカーにDSPを搭載した最大の狙いは、音質的なアドバンテージよりも、ユーザーが使用環境に合わせて精細にチューニングできるようにしたかったからなのです」と説明する。「フィルターをデジタル化することで、左右のスピーカー・ユニットの設定を完全に同じ状態にセッティングできることが重要でした。これがアナログ回路になると、見た目は同じノブの位置だったとしても、可変抵抗器の不正確さによって、どうしても違いが出てしまいますから」チューニング用のフィルターは、Low/Highに加え、デスクトップに設置することを前提とした“Desk”が用意されているのもユニークだ。「机の上にスピーカーを設置する場合、天板からの反射は避けられません。ですが、影響を少なくすることは可能です。この際、主に影響がある200〜400Hzは中域の評価に大きくかかわります。この帯域が多過ぎると、人間の脳は中域全体を“聴こえない”と解釈してしまうからです。Deskフィルターには2つの働きがあり、ノッチ・フィルターで200〜400Hzを削りつつ、もっと低い80Hzを持ち上げて音像のバランスを取っています」このDeskフィルターの設定は、スピーカーの機種によってチューニングが異なるという。「スピーカーの筐体が大きくなるほどノッチ・フィルターの周波数は低くなります。例えば小型モデルのSC204の場合は300Hzですが、SC307は160Hzに設定しています。ブーストする80Hzはどのモデルも同じですがね」
▲EVE AUDIOのスピーカーの最大の特徴であるLED付きのDSPノブ。Low/High/Deskの各フィルターを、左右のユニットで音の違いがないよう正確に調整できる ▲EVE AUDIOのスピーカーの最大の特徴であるLED付きのDSPノブ。Low/High/Deskの各フィルターを、左右のユニットで音の違いがないよう正確に調整できる

3ウェイ/4ウェイ・モデルや小型サブウーファーが登場


昨今はFOCAL Twin6 Beなど3ウェイ・モデルを使うクリエイターも増えてきたが、EVE AUDIOもSC305/307をラインナップ。同じ口径のユニットが2基装備されているが、中低域/低域の働きを切り替えられるユニークな仕様だ。「音の広がり方の特性の問題からそうする必要がありました。横置きにする場合、私としては、ローが出るウーファーを外側にした線対称のセッティングをお勧めします。また夏には4ウェイ・モデルのSC407/SC408を発売します。大きなスタジオのメーター・ブリッジの上にスピーカーを置く場合、横置きタイプの方がユニットを低くセットでき、リスニング・ポジションの最適化やステレオ・イメージの向上に貢献すると思います」さらに今年のMusikmesse 2013では、SCシリーズと同様にDSPによる調整が可能で、ボディ底面にはドロンコーンを装備したユニークな設計の小型のサブウーファーTS107/TS108を発表し、2.1chシステムへも積極的な姿勢を見せている。「実は今日、TSシリーズ用のリモート・コントローラーが出来上がってきたばかりなんです。これ1つで2.1chシステム全体のチューニングや、サブウーファーのON/OFFなどの調整ができるので、すごく便利だと思いますよ」EVE AUDIOはスピーカーの生産を他の国で行っているが、製品はすべてベルリンに戻して検品し、出荷している。シュテンツ氏は「やはりドイツの会社として“ジャーマン・エンジニアリング”の質を保つ必要がありますから」と続ける。「ベルリンは、歴史の面でも“技術者の街”と言えます。昔からAEGやSIEMENS、TELEFUNKENなど街中にさまざまな工場がありましたし、このようなクラフツマンシップにあふれた面白い街に住んでいることを誇りに思います。これからも、設計段階からユーザーが使用する空間のことを常に考慮に入れ、“音の真実”に近づくことができるスピーカーを作っていきたいですね」
▲7インチ・ウーファーを搭載した3ウェイ・モデルSC307。トライアンプ構成となっており、2基のウーファー・ユニットは任意で中低域/低域の出力を切り替えられる ▲7インチ・ウーファーを搭載した3ウェイ・モデルSC307。トライアンプ構成となっており、2基のウーファー・ユニットは任意で中低域/低域の出力を切り替えられる
▲4ウェイ・モデルSC408。8インチ・ウーファー×2とミッド・レンジ用の5インチ・ユニットを搭載し、トータルでの出力は800W、周波数特性は32Hz~21kHzとなる ▲4ウェイ・モデルSC408。8インチ・ウーファー×2とミッド・レンジ用の5インチ・ユニットを搭載し、トータルでの出力は800W、周波数特性は32Hz~21kHzとなる
▲4月にフランクフルトで行われたMusikmesse 2013では、“ThunderStorm”の名が冠された小型サブウーファーのTS107(写真)/TS108が正式にリリース。DSPとともにボディの底面にはドロンコーンを備え、使用環境に合わせた柔軟なセッティングが可能になっている ▲4月にフランクフルトで行われたMusikmesse 2013では、“ThunderStorm”の名が冠された小型サブウーファーのTS107(写真)/TS108が正式にリリース。DSPとともにボディの底面にはドロンコーンを備え、使用環境に合わせた柔軟なセッティングが可能になっている
▲取材当日に届いたTSシリーズ用のリモート・コントローラー。SCシリーズも含めた2.1chシステム全体でのフィルター調整やサブウーファーのON/OFF切り替えなどができる ▲取材当日に届いたTSシリーズ用のリモート・コントローラー。SCシリーズも含めた2.1chシステム全体でのフィルター調整やサブウーファーのON/OFF切り替えなどができる

Line Up


11_EVEAudio_ProductFamily_whiteBG+shadowEVE AUDIOの現行ラインナップ。フルレンジ・モニターのSCシリーズとサブウーファーのTSシリーズがあり、SCシリーズは2ウェイから4ウェイのモデルをそろえる。リボン・ツィーターは各モデル共通で、最小の2ウェイ・モデルSC204は4インチ・ウーファーを搭載、最大の4ウェイ・モデルSC408は8インチというように、各モデルの番号はユニット数とウーファーの口径で表されている。全機種にDSPが搭載されており、フィルターなどの設定は各モデルに最適化されている