ミュージシャンとして生き延びるためのライブのやり方・稼ぎ方

『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年6月号特集「ミュージシャンとして生き延びるための2010年版ライブのやり方・稼ぎ方」の冒頭部をRittorMusic portで公開!

本稿は『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年6月号の記事をWeb用に加筆・修正しています。



Introduction 本当に"ライブで稼げる"のか?


まずは本特集全体で扱っていく事例に触れながら、"どうやってライブ活動を通じて稼いでいくのか"、その道筋を考えてみたい。音楽活動や生活に必要なお金を得ていくのは容易なことではない。しかし、新たな挑戦に賭けることで開ける道もある。ライブ活動はその"新たな道"となり得るのだろうか?


CDもダウンロードも不振の中でライブが注目されている


2007年にマドンナが1億2千万ドルの契約金で10年間のパートナーシップ契約を結んだことが話題となった、アメリカのエンターテインメント企業Live Nation。この会社はもともとマドンナのコンサート制作を手掛けていたプロモーターであったが、この契約内容にはスタジオ・アルバムの制作からスポンサー契約、ファン・クラブ運営、グッズ販売など、彼女の音楽活動全般が含まれていた。こうした包括的な契約は"360度契約"と呼ばれている。従来、アーティストが自身の活動の中心として契約する先は、"レコード契約"という言葉があるようにレーベルであることがほとんどであった。すなわち、アーティストはレコード=作品のリリースを活動の中心に据えていたわけだ。それが、CDの販売不振やダウンロードでの楽曲販売の伸び悩みにより、活動の軸足がライブ/コンサートに移り、その象徴としてこうしたライブ制作・興業企業との契約がしばしば取り上げられるのだ。
Live Nationはそのほかにもジェイ・Zシャキーラと360度契約を締結するほか、20年以上もライブ制作をサポートしてきたU2とも、アルバム販売権を除いた広範囲におよぶ契約を2008年から2020年までの長期で結んでいる。ちなみにマドンナが2008年8月から翌2009年8月まで行った『スティッキー&スウィート・ツアー』では約400億円の興行収入を記録。こうした規模からも想像は容易だが、従来の音楽産業の枠にとどまらないさまざまなアイディアや人材、コストが投入された規模の大きなビジネスとなっているのが現状だ。
他方、日本ではコンサートは儲からないと言われていた。海外ほど長期にわたるツアーが組めないため1会場・1公演当たりのコストがかさむこと、会場費が高いこと、PAエンジニアや照明スタッフ、楽器を扱うローディ、機材のトランスポートなどの人件費など、"儲からない理由"としてさまざまなことが言われている。バンドが1公演で手にするギャラは十数万円で、メンバー1人当たり3〜5万円程度という話もよく聞かれる。こうしたコンサートの収支を合わせるべくバックアップしてきたのがレーベル。ライブをアルバムのプロモーションと位置づけ、協力費などの名目でアーティストや所属事務所を支援し、帳尻を合わせてきたのが"かつての常識"であった。
しかし、経営不振に陥るレーベルが多い昨今、こうした協力関係が望めるケースは極めてまれだ。レーベルの中には事務所との関係を強化し、ライブを含めた360度契約を結ぶケースもあるが、もう一方ではもはや"レーベルに所属する"という形を取らないアーティストも増えている。いずれの場合にしろ、CDや配信などの作品売上げに加え、ライブそのもので収益を上げてアーティストの収入源の一つとするモデルが望まれているのである。
そうした試みにアーティスト自身が挑戦している例として、本特集のPart1では年間100本ものライブをこなす曽我部恵一に取材を行った。2000年のサニーデイ・サービス解散後(注:2008年に再結成)、ソロや曽我部恵一BANDとして再始動していく中でライブ活動を自ら再定義し、活路を見出していった彼の方法を探っていきたい。
ほかにもアーティスト自身がライブ活動の場として、既存のライブ・ハウスやホールとは異なる場所を求める動きも見受けられる。同じくPart1では、全国のカフェでソロ・ライブを始めた山田稔明(GOMES THE HITMAN)や、PA機材を自前で用意したクラムボン、ライブ・ハウスを独力で作り上げた新進バンド"世界の終わり"などの例を見ていくことにしよう。こうした動きの数々からは、アーティスト自身がライブの当事者であり、演奏や演出以外の面でも積極的にライブにかかわろうとする傾向が伺い知れるだろう。




飽和状態のライブ・ハウスからパートナーを見つける


こうしたミュージシャンたちの動きは、現在のライブ・ハウスのあり方と密接にかかわっている。2000年代初頭、東京都内にはたくさんのラ イブ・ハウスがオープンした。機材の低価格化によって設備導入のコストが下がったことがそれを後押ししたのだが、こうした状況を、発表の場が増えたと肯定 的にとらえることもできるだろうし、供給過多を引き起こしたと言うこともできるだろう。実際、少なくない数の店舗が日々のブッキングに苦心しており、特に 平日のスケジュールが埋まらないといった話はよく耳にする。
そんな中、多くのライブ・ハウスの営業を成り立たせているのは、本特集で詳述する"ノ ルマ制"という日本独特のシステムである。通常は、チケットの売上げから何割かをアーティストへ払い戻す"チャージ・バック制"を採るのがライブ・ハウス のシステムだが、ライブ・ハウス側が指定した枚数をバンド側に販売確約させるノルマ制をこれと組み合わせている場合も少なくない。
このノルマ制 は、バンド側の集客への動機づけとして機能していることや、アマチュア・バンドにも演奏する場所と機会を提供することができる意味もあり、単純に否定的に とらえることはできない。だが、この制度を単なる営業補償ととらえることで"スケジュールさえ埋まればいい"という姿勢のライブ・ハウスを生み出している 面もあり、音楽を生業にしたいと考えているミュージシャンにとって、決してプラスにならない出演形態を強いている場合もある。
しかし、ライブの会 場としてライブ・ハウスは欠くことのできないものであり、志を持ったライブ・ハウスやライブ・スペースはアーティストの活動をサポートしてくれることもま た事実である。Part 2ではさまざまな店舗を取材し、アーティストとともにライブを作り上げようとする取り組みを提示していきたい。




Tシャツがライブの収入源 "放送"も自分でできる時代に


東京ドームの米国法人代表として同社の自主興業を手掛け、ローリング・ストーンズの初来日公演を成功させた北谷賢司氏は、スタジアム・クラスのライブ・ビジネスの内部について触れた著書『ライブ・エンタテインメント新世紀』(ぴあ総合研究所/2007年)で、ライブの収入源として、チケット、マーチャンダイズ(グッズなど)、スポンサー、放映権の4つを掲げている。ここで注目しておくべきは、チケット以外にも収入源があり、これが現在のライブを文字通り "ライブ・ビジネス"として成立させていることである。先述した"360度契約"の中でも核となる部分だ。特に大きいのはマーチャンダイズ。Tシャツなど のアパレルは高い売上げをもたらし、パンク・バンドのライブでは、モッシュ&ダイブで汗をかくこともあってTシャツやタオルが飛ぶように売れると も言われる。国内でも"ライブで販売するTシャツが主な収入源"というバンドさえいるほどだ。
もう1つ、マーチャンダイズとのセットで注目しておきたいのは4つ目の"放映権"である。ライブはその場限りで、時間と場所が限定されるものであることは 今も昔も変わりはない。しかし、生中継するためのシステムや、それを追体験するライブ録音については、事情が大きく変わっていることに注目したいところ だ。ライブ録音に関して、かつては"モービル"と呼ばれる録音中継車などの大掛かりなシステムが不可欠であったし、ライブCD制作にもコストがかかってい た。しかし現在は録音機材のコストも下がっている上、配信などパッケージに頼らないリリース形態も一般化している。例えば、昨年行われた坂本龍一 『playing the piano』ツアーは全公演が翌日iTunes Storeで配信され、大きな反響を得ている。また、従来は敷居の高かった生中継も、Ustreamなどのネット上での動画ストリーミング・サービスが登 場してきたことにより、誰でも手軽にできるようになってきた。さまざまな映像メディアに携わる宇川直宏氏がUstreamを用いたサイト "DOMMUNE"で連日トークや音楽ライブ、DJを中継して話題を呼ぶなど、新たな試みが見られている。
Part 3では、カーネーションが始めたライブ配信サイト"LIVE CARNATION"や、柏原譲が韓国からライブを生中継した事例を元に、ライブを時間的にも空間的にも"その場限り"で終わらせず、さらに生かす方法を模索していきたい。
そ して最後に、ライブPAもスタジオ録音も手掛けるエンジニアのZAK氏に、ライブと録音について今考えていることをあらためて尋ねてみた。フィッシュマン ズやUA、前述の坂本龍一などのライブ現場でも、PA卓をオペレートしながら常にレコーダーを回してきた氏とともに、録音とライブとの狭間でこれからの音 楽のあり方を考えてみたいと思う。


ローリング・ストーンズやマドンナ、U2のようなスタジアム級のライブを行うことは、彼らのようなアル バム・セールスを上げることと同様にそう簡単ではない。しかし、アルバムの売上げが落ち込んでいると言われている中で、音楽制作だけしていて行き詰まりを 感じているクリエイターが、本特集を機にライブにも目を向けるようになり、それが活路となるのであれば幸いである。




この続きは5月15日発売の『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年6月号で!


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