2010年版 ネットで自分の曲を売る方法

『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年3月号特集「2010年版 ネットで自分の曲を売る方法」の冒頭部をRittorMusic portで公開!

本稿は『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年3月号の記事をWeb用に加筆・修正しています。


Introduction 2010年の音楽配信事情


"これからは音楽配信の時代だ!"。この数年間はそう言われ続けながらも、なかなか目に見えるような形での大きな変化を実感することはなかった。しかし、 2010年を迎えネット上では音楽に関連するする面白い現象が起き始めている。一つは、既存の配信サイトを通さずにリスナーに対して直接作品を届けようと するアーティストやレーベルの出現。もう一つはそうしたムーブメントを支えるネット上のツールやサービスが増えてきたことだ。この2つの現象は互いに密接 に結びつき、大きな渦となってアーティストとリスナーの新しい関係や、これまで全く想像できなかったような音楽流通のスタイルを生み出そうとしている。まさに大きな転換点を迎えようとしている、クリエイター側から見た音楽とネットの"今"を整理するのが本特集の目的だ。まずは今、音楽配信やネットで何が起こっているのかを概観してみたい。人間の7倍の速度で年を取る犬になぞらえてドッグイヤーと言われるネットの世界。配信もネットを媒介とする以上、急激な変化のまっただ中にあるのだ!




●DRMフリーのMP3やWAVならばリスナーへの直販も現実的に


CDの売上げが枚数/金額ともに低下の一途をたどっている中、まだそれに取って代わるほどには至っていないものの、音楽配信は徐々に一般的な存在となってきている。配信サービスがスタートしたばかりのころは、非可逆圧縮方式による音質劣化と、DRM(Digital Rights Management)によるコピー制限により、"CDの劣化コピー"と思われてきた。その状況が、近年大きく変わりつつあるのだ。


こうした変化はまずDRM廃止からスタートした。世界トップ・シェアを誇るAPPLEの配信サービス、iTunes Storeでは、2007年にDRM(コピー制限)がなく、従来のAAC 128kbpsから256kbpsに音質向上させたiTunes Plusを開始。現在アメリカではEMI、ユニバーサル、ソニーBMG、ワーナーの4大メジャーがiTunes Plusでの配信を行っている。これを契機に海外ではAmazon MP3をはじめ、DRMフリーの音楽配信サービスが増加。例えばクラブ・ミュージックに特化した配信サービスBeatportでは、そもそもがCD-RやコンピューターでのDJプレイを前提としているため、DRMという仕組みそのものが無い汎用的なフォーマットであるMP3やWAVで楽曲が販売されている。また、インディーズを中心にしていたMP3販売サイトeMusic.comが昨年後半からソニーやワーナーといったメジャー・レーベルの作品を取り扱うようになってきている。つまり、メジャー/インディーズを問わず、音楽配信全体がDRMフリー=コピー制限の無い形態へとシフトしてきているのが海外サイトの現状だ。


一方で、日本のメジャー・レーベルに関してはまだまだDRM付きの配信が主力である。先述したiTunes StoreにおいてもDRM付きの楽曲が大半を占め、大手レコード会社出資によるmoraなどの配信サービスではDRM付きのATRAC3やWMA(Windows Media Audio)といったファイルが採用されていることが多い。そしてAmazon MP3やeMusic.comのような海外のDRMフリー配信サービスは、権利関係上、原則的には日本からアクセスして利用できない。また、DRMを付加することが絶対条件となっているサイトに、インディーズ・レーベルや個人が楽曲を登録することはほぼできない。


これに対し、iTunes StoreはP63で述べるようにインディーズにも門戸を開いているし、昨年サービス名を"レコミュニ"から改めた配信サイトOTOTOYや、他のサイトへのアグリゲイターを兼ねたサービスであるviBirthなど、インディーズ中心の国内配信サイトはDRMフリーでの楽曲販売を積極的に行っている。つまりインディーズではDRM有無の選択権がアーティストやレーベルに委ねられているケースが多いのだ。


そして、DRMの無いMP3やWAVなどの汎用ファイルを販売するのであれば、もはや配信サイトですら不要ではないか、という発想も出てくる。自作曲の著作権をJASRACやJRC、eLincenceといった管理団体へ管理委託するのであればさまざまな手続きが必要となるが、自主管理という手段もある。あとはネット上での販売代金決済の仕組みさえあれば、コンピューターのシェアウェアのような感覚で音楽を販売することができる。海外ではレディオヘッドやナイン・インチ・ネイルズがこうしたスタイルで楽曲の販売を行ってきたが、国内でもP-MODELの平沢進が長年こうした販売方法に取り組んできた。さらに、今年1月1日、本特集PART1に登場いただくシンガー・ソングライターまつきあゆむが、既存の配信サイトを通さず自らの手で配信限定のアルバムをリリースして、ネット上で話題を呼んでいる。




●"自分で直接音楽を売る"という方法にネット・メディアの活用は不可欠


このようにネットを介して自分の曲を直接リスナーに売るための環境は整ってきている。しかし、サーバーに楽曲をアップすればそれを買ってもらえるのかと言えば、そうではない。自分の音楽を聴いてもらい、どこで買えるかも知ってもらわなければ買ってもらえるはずは無いからだ。CDに例えるなら、路上で手売りしているようなやり方では限界がある。より広く知ってもらうためには、店舗に並べる=配信サイトで販売するというのも有効な方法であることに代わりはないだろう。


他方で、ネット上のさまざまなサービスを駆使して宣伝していくという方法もあるだろう。言うまでもなくネットは"リンク"という形で簡単につながっていくのが特長。特に最近では、話題となっているミニブログ"twitter"をはじめ、リアルタイム性の高いWebサービスが多数登場しており、活況を呈している。今これらを使うことが音楽とどう関係しているのかは、P68で実例を交えて詳しく紹介していきたい。


こうしたネットの活用について、メディア・ジャーナリストの津田大介氏は、ネットで音楽を売りたいと考えるのなら自らが"ネットの世界の一員"として活動していくことが重要だと語る。


「これからのミュージシャンは、自分が作った曲をどう伝えていくかまで意識していかなければいけないでしょうね。もちろん全員がそうしろとは思わないし、ネットなんてどうでもいいと思っている人がいてもいい。でも、ネットを通じた新しい形のコミュニケーションに興味があるなら、そのソーシャル・メディアの一員となるべき。ネット上でほかのユーザーとも会話して、今話題になっていることへのレスポンスも出すということも重要だと思いますね。もちろん"聴きたい"と思ってもらったときに試聴してもらう環境は用意しておくべきで、MySpaceなどに試聴用音源をアップしておいて当然だし、twittermixiFacebookといったソーシャル・メディアのアカウントは全部取得しておくべきだと思いますね」


津田氏の発言はセルフ・プロモーションの重要性を示唆するものであるが、これは従来レーベルや所属事務所が担っていたことの一部を、アーティスト本人がやるべきだということだ。しかし、すべてをアーティスト自身がやる必要は無いとも氏は指摘する。具体的なアイディアは特集内PART2であらためて語っていただくが、事務的なことやITスキルの習得に必要以上の時間をかけ、音楽制作をする時間が無くなっては本末転倒である。それでも、ネットで楽曲を販売する以上、ネット上でのリスナーへの働きかけは不可欠であり、そのためのツールは潤沢にあるのが現状だ。




●ブロードバンド化で見えてきた高音質ファイルの直販


また、"配信は圧縮されているので音が悪い"という図式も次第に崩れてきた。320kbpsという高ビット・レートでのMP3配信や、WAVやAIFFなどの非圧縮PCMファイルでの販売も増えてきているのだ。レーベルからの直販で言えば、WARP Recordsが展開するBleep.com、日本ではcommmonsによるcommmonsmartなど、CDやアナログ盤、MP3ファイルなどに加えて24ビット・ファイルや96kHzなどのハイサンプリング・レート・ファイルが販売されている。また、前述のOTOTOYやviBirthなどの音楽配信サイトでもWAVでの高音質配信が展開されつつある。もはや"配信=音が悪い"という固定観念は崩壊しつつあり、CDをしのぐクオリティで音楽を届けられる新しい形態としての価値が見いだされ始めているのだ。特集のPART3ではOTOTOYを例に、こうした高音質配信の取り組みについて見ていきたい。


もちろんこうした流れにはインターネット回線の高速化(ブロードバンド化)が大きく影響している。本誌の読者であれば、OSやDAWソフトのアップデートのためにGB単位のファイルをダウンロードした経験を持っている人も多いだろう。もはやCDサイズ=700MB程度のデータをやり取りするのは、普通のこととなっている。


配信での音楽流通を考える上での最重要ポイントは、もはやDRMや圧縮対策ではなくなっている。今、アーティストがするべきことは、そうした"過渡期の遺産"を気にすることなく音楽を作り、どう届けるかに注力するという、ある意味では基本に立ち返った状態とも言えるだろう。



この続きは2月15日(月)発売の『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年3月号で!


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