ビート・メイカー発掘インタビュー〜インドープサイキックス【4】

「DIGIDESIGN Pro Tools を使ったオーディオの"鬼エディット"は、頭の中のイメージを鳴らすための手段です」(D.O.I./2002年インタビュー)

DJ KENSEI、D.O.I.、NIK、現在もそれぞれ日本のビート・ミュージック・シーンの一線で活躍する3人のクリエイターが、1990年代後半から2000年初頭にかけて、インドープサイキックスの名の下に活動していたことをご存じだろうか。ヒップホップを出自としつつ、先鋭的なエディットと音色感覚でルーツ・マヌーヴァからヤン・イェネリックまでを飲み込み、世界レベルの音を日本より発信。エッジの効いたビートは、今聴いてもさまざまな示唆に満ちている。ここでは、彼らが2002年に残した2枚のアルバムの制作について、マニピュレートを務めたD.O.I.氏が、全曲解説も含めて語っている。


[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2002年7月号のものです]



1990年代半ば、東京のアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンから狼煙(のろし)を上げ、ブレイクビーツやダブ、そしてエレクトロニクス・ミュージックといった従来のカテゴライズさえも意味を感じさせないほどの変幻自在なプロダクションで、数々の先鋭的なトラックをリリースし続けてきたインドープサイキックス。我が国のヒップホップ・シーンをけん引するエンジニアD.O.I.と、DJ KENSEI、NIK による同プロジェクトだが、その認知度と高い評価とは裏腹に、これまでにリリースされた作品は12インチ・オンリーのものも多く、活動の全容をつかむのは困難であった。しかし今回、1998〜1999年のリリース作を収録した『MECKISH ("NITTIOATTA .NITTIONIO)』と、2000〜2001年にかけての道程を集めた『LEIWAND("NULL NULL.NULL EINS)』という近年のインドープの活動を総括するようなアルバム2枚が次々とリリースされる。



『LEIWAND("NULL NULL.NULL EINS)』全曲解説



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フランスのエレクトロニック・ミュージック・レーベル、アーティファクトのSHINJU-GUMIというアーティストから直接オファーが来て作ったリミックス。いわゆる楽器音はドラムだけで、それ以外は抽象音ばかりですが、さまざまな音素材をPro Toolsに直接取り込んで、それを使ってトラックを構築していくという制作方法です。鳴っていて気持ちいい音をひたすら追求しているという感じです。音数は多くてもシンプルに響かせたいので。


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遅いBPMにこだわっていた時期のもの。基本的にシンプルなトラックが好みなんですが、実はすごくトラック数を使っています。ここ2〜3年のインドープのトラック制作に関しては、ミックス・ダウンという段階はなくて、曲制作とミックスが混然一体となっています。もう音色マニア的な感じなので、後でというのが我慢できず、一音ずつその都度最終形にしていく惑じです。リズム・パートっぽく鳴っているディレイのかかった音CLAVIA DMI Nord Lead2を使って手弾きしたもの。シンセ音はテンポは意識しているのですが、ランダムな要素も欲しいので、決してカッチリと鳴っていません。


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アナログ・レコードのノイズをサンプリングしたような"プチプチ音"は、プラグインでサンプルを加工しまくって作ったものです。幾つかのサンプルを切り張りしているんですが、意図的にゼロクロスさせなかったりして独特の違和感を作っています。例えるならサンプルを自分で作っているような感覚ですね。『MECKISH』に入っている「D_P(opiate rework)」との違いを聴くのも面白いでしょう。


phasarw / KIT CRAYTON</strong></p><br><p> ポールの運営しているSCAPEの日本ツアーでキット・クレイトンが来日したときに実現したコラボレーション。キットもポールも国内盤が出ており、個人的にもすごく楽しみでした。取りあえず一緒に何かしらの作業ができればいいと考えていたんですが、想像以上でした。APPLE PowerBookを1台だけ持ってスタジオに来たんですが、彼がプログラミングしたMax/MSPのパッチを見ただけでやられましたね。ただコンピューター・プログラミングに詳しいだけじゃなく、キーボードを使って実際に演奏をしているのを見てミュージシャン的な素養もあるんだなと。そのパッチで鳴らした音を打ち込みで使うためにDIGIGRAM VXPocket経由でオーディオ・データをE-MU E4 Ultraに取り込んで、EMAGIC Logic Audioでシーケンスを組んでいます。このコラボレーションの後にも何度かキットとE-Mailのやりとりをしたんですが、エレクトロニカは世界中のクリエイターが独自のつながりを持っている。それほど大きくないシーンだけど、"狭いワールドワイド"(笑)という感じです。</p><br><p><strong>ESCAPE</strong></p><br><p> NIKEのDVD用としてトラックを作っているときにマーク・ロデュースさんという日本在住のジャズ・ドラマーに演奏してもらって、それをアナログ・マルチで録音した後、Pro Toorsにコンパートしてエディットしています。上モノはCLAVIA DMI Nord Modularを使ってリアルタイムで弾いたもの。Nord Modularを買ったばかりで、モジュラー・シンセの仕組みもある程度しか理解していなかったんですが、パッチングにしても通常のハードウェア・シンセではあり得ないことができて、すごく可能性を感じる機材です。</p><br><p><strong>sah w / ROBERT HENKE(monolake)


2000年10月に制作したトラックですが、モノレイクのロパート・ヘンケとのコラポレーションも印象深かった。Max/MSPにすごくハマっていた時期で、すべてをMax/MSPでできるようにならないとだめなんだと思っていたような部分があったんです。でも、ロパートから"Max/MSPは確かに自由度の高いソフトだけど、いろいろある可能性の中の一部でしかない"と言われて、意識的にも楽になれましたね。キット・クレイトンと同じくPowerBookだけを持ってスタジオに来たんですが、打ち込みのセッションみたいな感じでした。現代音楽を下数きにして、フリー・ジャズをやっているような感覚。本当にいろいろな音色がすごく微妙なボリュームで鳴っています. エレクトロニカに一番ハマっていた時期で、ビートも要らないと思っていたのもこのころ。ビートレスという感覚すら通り過ぎていて、"この曲って静かでいいな"と思っていたくらい(笑)。


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高域で鳴っているパンニングしている音など、メインで使っているのはソフト・シンセで鳴らしているサウンドです。インドープのトラックのメインでMax/MSPを使うことはほとんどないんですが、ランダムで音が鳴るパッチを走らせていて、面白い音が鳴っているなと思ったときにオーディオで取り込んだサウノドも使っています。


herb "the absolution(INDOPEPSYCHICS REMIX)


リキッド・ルームのレーべルから作品をリリースしているherbというアーティストの曲をリミックスしたもの。エンディング近くのループで使われているピアノ・サウンドが元曲に入っていたものです。上モノのサウンドはシンセっぽいんですが、全く別のサウンドを加工して作ったものです。鐘のような音色はTritonのプリセット音をプラグインで加工し、リアルタイムで演奏しています。あとベース・ラインも手弾きですね。この曲も1つの画面では表示できないくらいトラック数があって、本当にいろいろな音が小さめの音で入っている。こんなにこっそりといろいろなことをやっていてもだれも気付かないよって、後で聴くと悲しくなることがあります(笑)。


moxa w / JAN JELINECK


幾つかの名義(グラムやファーベンなど)を使い分けるヤン・イェリネックとのコラボレート曲で、制作は2001年9月に行ったもの。元となるリズム・トラックはインドープが作ったモノで、その上にヤンがPro ToolsにリアルタイムでMIDI入力してベーシックな上モノを打ち込んでいます。MACKIE.のミキサーにリパーブとROLAND RE-201だけをつないで、RE-201をディレイとして使いリアルタイムでつまみをいじりながらダブ・ミックスのように上モノをミックスしていました(コンピューター1台だけでトラック制作をしているような人でも2ミックスにするときは外部の卓を使ってライブ・ミックスしている人も多いらしい)。あと、ヤンもASR-10を普段から多用しているそうです。ASR-10のモジュレーションやピッチ・ペンドにはいろいろなパラメーターをアサインできるので、さまざまパラメーターをMIDIコントロール・チェンジで変化させたりできるんですが、ヤンもそうした方法で作業していました。ヤンも含めキット・クレイトンやロパート・ヘンケなどは、一緒に作集をするまでコンピューター・エキスパートというイメージがあったんですが、みんなミュージシャンとしての素養があって、抽象音でもすべてが音楽的なんです。彼らと作業することで、MIDIを使った効率的な音楽制作があるということに、あらためて気付きました。


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イントロからメインで鳴っているスクラッチのような音色ほミュージック・ソーのライブラリー音源をサンプリングしたもの。この曲で使っているコードで鳴っているエレピはTritonのプリセット音で、コードでサンプリングしてある音色を使ってリアルタイムで弾いたものをレコーディングしています。先にコード感のあるエレピを適当に入れてしまったので、その後にベース・ラインをリアルタイム入力するのが大変でした(笑)。プラグインなどですごく極端に加工しているサウンドもあるんですが、その対極としてプリセットそのままっていうのもアリだと思っています。振り幅を最大にしておくというか、音作りの過程が大切なわけではなくて、結果的に鳴っていて気持ちいい音で、曲に合うものならどんなサウンドでもいいんです。





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インドープサイキックス
『LEIWAND("NULL NULL.NULL EINS)』


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