
ミキシング・エンジニアとして、ボブ・パワーは故ジェイ・ディーがフル・プロデュースしたコモン『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』などヒップホップ史にさんぜんと輝く名作を残している。メディアにはあまり登場しない彼だが、ここでは制作機材や重低音サウンドの秘けつについて語った2006年の貴重なインタビューをお伝えする。人格者として知られる彼のパーソナリティも垣間見える内容だ。
[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2006年5月号のものです]
Interview:Hashim Bharoocha Photo:Mayumi Nashida Support:D.O.I.
1990年代のニューヨークを中心とする"黄金期"のヒップホップを知る者にとって、ボブ・パワーの名は半ば伝説と化している。ア・トライブ・コールド・クエストの2nd『ザ・ロー・エンド・セオリー』(1991年)で確立した極端に低域を強調した音像は、その後のヒップホップ・サウンドを定義付けたと言っても過言ではない。その後はジャズ・ミュージシャンとしてのバックグラウンドを生かし、ディアンジェロ、エリカ・バドゥといったニュー・クラシック・ソウル勢、オゾマトリ、シチズン・コープなど幅広い音楽性のアーティストのミックスを手掛けている。今回はそんな彼のこれまでの歩みやプライベート・スタジオについて話を聞く貴重な機会を得た。
音楽がそのアーティストにとってどれだけ大事かを忘れてはいけない
■この25年で最もエポックメイキングな機材は何だと思いますか?
ボブ・パワー MIDIとDAWだよ......そんな答えでもいいかな(笑)。MIDIの誕生によって、レコードを作るために12年間音楽の勉強をしたり、高価なリズム・セクションを雇って高いスタジオで録音する必要もなくなった。DAWの利点は説明するまでもないよ。小さな箱の中にスタジオがある。両方とも音楽を民主化させた。1つの面白い結末は、頭の中でいいアイディアを持っている人がたくさんいるはずだから、新しいテクノロジーの出現によって優れた作品が増えると思うかもしれないけど、昔とさほど状況は変わってないということ。好き嫌いは別として、"これは本当に優れた作品だ"と言えるものは、今でも少ない。
■では、インターネットを活用した音楽作品のダウンロード販売が業界にもたらす功罪について、どのような意見を持っていますか?
ボブ・パワー インターネットの問題点は2つしかない。まずは、アーティストが血と汗と涙、心と魂、お金を注ぎ込んで作ったものを無断で手に入れる権利は誰にも無いよ。違法のダウンロードに関しては、それが僕の意見。それに反対できる意見はないと思う。レコード会社が金をもうけ過ぎているというなら、自分のレーベルを始めればいい......もう1つの問題点は、MP3に慣れてしまうと、それがいい音だと思うようになってしまうこと。音のディテールを見落とすようになってしまうんだ。
■最新のリファレンス作品を教えてください。
ボブ・パワー 一切聴かない。リファレンスCDがあると、逆に混乱してしまうんだ。その曲に合ったミックスをして、自分の本能に従うことが大切。少し音が明る過ぎたり、角があると感じたら、自分で調整すればいい。
■同業者の視点から見て、素晴らしい仕事をしていると思うエンジニアはいますか?
ボブ・パワー たくさんい過ぎて、言えないよ。それに、誠実な思いで作品を作っていて、素晴らしいプレゼンテーションであれば、それは"いい音楽"だと思う。ストラビンスキーは"2種類の音楽がある。いい音楽と悪い音楽だ"と言った。デューク・エリントンは"自分にとっていい音楽に聴こえたら、それはいい音楽なんだ"と言っている。
■今後、機会があれば手掛けてみたいアーティストはいますか?
ボブ・パワー カナダ出身のファイストという女性シンガーがいるんだけど、素晴らしい声の持ち主なんだ......どのアーティストと仕事をしても勉強することが多いし、感動させられる。ブランフォード・マルサリスのような経験豊かなジャズ・ミュージシャンでも、2週間前までストリートにいたゲットー出身のラッパーでも、何かを教えてくれるんだ。それが音楽の素晴らしいところだよ。
■これまでの自身のエンジニア/プロデューサー人生を振り返っての率直な感想は?
ボブ・パワー 僕は決してお金持ちではないけど、さまざまなジャンルで、素晴らしい人たちと作品を作ることができた。振り返ると笑みを浮かべたくなるよ。
■あなたのキャリアにおいての座右の銘は?
ボブ・パワー "真実を語って、何も恐れるな"というのが1つのモットーだ。あと、エンジニアは一週間に百時間以上も働かされるけど、音楽がどれだけそのアーティストにとって大事かを忘れてはいけない。作り手と同じように愛とリスペクトをもって接するべきなんだ。25年間働いてきて疲れ切っているエンジニアには、"スタジオに入って、初めて自分のバンドのレコーディングしたときのこと覚えている?"と言うんだ。リスペクトが大切なんだよ。だから、ミュージシャンにはまず"あなたはどんな作品が作りたいのですか? 僕はどう手助けできる?"と話しかけるようにしている。
▲コンピューターやI/O類は消音ケースに収納。上よりクロック・ジェネレーターのAPOGEE Big Ben、AD-8000、DIGIDESIGN Sync I/O、192 I/O×2。 スタジオのメインDAWであるPro Tools SoftwareとAPPLE Logic Proは、最下段のPower Mac G5で駆動される
※ボブ・パワーが手掛けた作品③
エリカ・バドゥ
『バドゥイズム』