
ミキシング・エンジニアとして、ボブ・パワーは故ジェイ・ディーがフル・プロデュースしたコモン『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』などヒップホップ史にさんぜんと輝く名作を残している。メディアにはあまり登場しない彼だが、ここでは制作機材や重低音サウンドの秘けつについて語った2006年の貴重なインタビューをお伝えする。人格者として知られる彼のパーソナリティも垣間見える内容だ。
[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2006年5月号のものです]
Interview:Hashim Bharoocha Photo:Mayumi Nashida Support:D.O.I.
1990年代のニューヨークを中心とする"黄金期"のヒップホップを知る者にとって、ボブ・パワーの名は半ば伝説と化している。ア・トライブ・コールド・クエストの2nd『ザ・ロー・エンド・セオリー』(1991年)で確立した極端に低域を強調した音像は、その後のヒップホップ・サウンドを定義付けたと言っても過言ではない。その後はジャズ・ミュージシャンとしてのバックグラウンドを生かし、ディアンジェロ、エリカ・バドゥといったニュー・クラシック・ソウル勢、オゾマトリ、シチズン・コープなど幅広い音楽性のアーティストのミックスを手掛けている。今回はそんな彼のこれまでの歩みやプライベート・スタジオについて話を聞く貴重な機会を得た。
僕のバックグラウンドは完全にミュージシャンなんだ
■25年前の1981年は何をしていましたか?
ボブ・パワー そのころ僕は29歳でサンフランシスコに住んでおり、ジャズ・ギタリストとしてスタジオでたくさんのセッションを行っていた。一方でスタジオ・ミュージシャンとしてのキャリアを援助するために、1年のうち3〜4カ月はテレビの音楽を手掛けてもいた。その間に修士号も取ったよ。
■エンジニアの勉強をしていたのですか?
ボブ・パワー いや、違う。音楽の学位を2つ持っているんだ。クラシック理論と作曲の音楽学士号、ジャズの修士号をね。だから、僕のバックグラウンドは完全にミュージシャンなんだ。
■ヒップホップとの出会いは?
ボブ・パワー 1982年にニューヨークに引っ越したんだ。僕はテレビ関係のスコアでエミー賞のノミネートを受けたこともあったけど、またエンジニアの世界で底辺から始めることにした。そこで、Calliopeというスタジオで働き始めたんだ。ある日、"エンジニアが2週間休暇を取るから、代わりにミックスをやってくれないか?"と誘われて、勉強になるチャンスだからやってみようと思った。そのときに手掛けたプロジェクトが、ヒップホップ・バンド=ステッツァソニックの1st『On Fire』。彼らと仲良くなって、エンジニアリングの基本に興味を持つようになったんだ。
■自分のミックスのどの部分が、ここまでヒップホップ関係者に愛されたのだと思いますか?
ボブ・パワー トライブの『ザ・ロー・エンド・セオリー』は革新的な作品だった。ヒップホップにおける『サージェント・ペパーズ』とさえ言われている。それは、今まで誰もやったことのない方法で構築されたサウンドだったから。サンプルを組み合わせて、まるで本当にミュージシャンが演奏しているかのような音像を作り上げたんだ。サンプルはすべて違うレコードから取っていたのにね。そのセンスにメンバーのQ・ティップ、アリの才能が反映されている。次の3rd『ミッドナイト・マローダーズ』(1993年)収録の「ザ・チェイス・パート2」で、Q・ティップは"Bob Power, are you there?"とライムしたんだ。以降、僕は数多くのヒップホップ作品にかかわるようになった。その歌詞で評判が広まったからなんだ。
■当時、何かリファレンスにしたサウンドはあったのですか?
ボブ・パワー いや、無かった。歴史を作っているときというのは、そのことを意識していないものだよ(笑)。僕らは単純に面白いと思ってレコーディングしていただけなんだ。『ザ・ロー〜』が多くの人にとって傑作なのは、音楽的に優れていたことは言うまでもないけど、ヒップホップとして初めて音の分離感が優れていて、全体の音像に鮮明さがあったからではないかな。トラックの音が鮮明ではないときも、"鮮明ではない音"を作ろうとしていたことをはっきりとリスナーに伝えることができた。
■あのアルバムのブーストされたベース・サウンドは、その後のヒップホップの音像を決定付けるものでした。
ボブ・パワー 覚えているのは、Q・ティップが僕の後ろに立って、"もっとボトムを上げろ"と言い続けていたこと(笑)。そうして作業していくうちに、僕は彼らが求めているサウンドを理解するようになった。カー・ステレオがジープを揺さぶるようなサウンドでなければ、ヒップホップではないよ。最近はミッド・レンジを強調したサウンドが多いけど、それはヒップホップとは呼べない。
■ローエンドの表現のために多用した機材やテクニックがあれば教えてください。
ボブ・パワー あのアルバムのミックスはNEVE 8078で行ったけど、大きなボトムを演出する上でNEVEのEQカーブはあまりにもワイドなんだ。100Hzを上げると200Hzも少し上がるし、50Hzも上がってしまう。だからEQにはAPI 560を多用していた。すごくビッグでファットなボトムがあるんだ。あとは一般的なテクニックだけど......例えば、あるチャンネルにループを走らせていて、曲のベース・ラインを強調したいのに、ピアノやほかの楽器の音がそのループに一緒に入っていたとしよう。そのときはループにインサートでEQをかけるのではなく、別チャンネルにバス送りにするんだ。そして、新たなチャンネルに極端なローパス・フィルターをかける。それをオリジナルのループとミックスすると、ベースの音がデカくなったように聴こえるんだ。これでループに直接EQをかけたときに生じる、不要な音の変化も避けられる。
■ミックスにはどれくらい時間をかけますか?
ボブ・パワー 曲によるよ。シンプルなヒップホップ・トラックだったら、半日で完成できる。でも、手抜きはしない。"ヒップホップだからそんなに時間かけなくていいよ"と言う人もいるけど、僕はそうは思わない。音楽は作り手にとってすごく大事なものだから、ジャンルに関係なくケアとリスペクトが必要なんだ。僕が求めてるのはいいクオリティ。早さよりも質が大事なんだ。
▲ボブ・パワーのプライベート・スタジオにあるアウトボード類。左のラック上より、TASCAM CD-RW2000、TUBE-TECH PE 1C×2、GML Model 8200、API 2500、PENDULUM AUDIO ES-8、AVALON DESIGN AD2022、右段上よりKORG DTR-1、Wavestation A/D、E-MU Proteus 2 XR Orchestral、Proteus 2000、AKAI PROFESSIONAL S3000、KURZWEIL K2000、ROLAND XV-5080、KORG TR-Rack、VOCE Micro-B、Electric Piano、EMAGIC Unitor8、ベース・プリアンプAGUILAR DB 680、ヘッドフォン・アンプのRANE HC 6
※ボブ・パワーが手掛けた作品①
ア・トライブ・コールド・クエスト
『ロウ・エンド・セオリー』
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