プレフューズ73 発掘interview【1】 ~ WARPレコーズ特集

「手当たり次第にサンプルのシーケンスを組んでいくことで、自然と曲の流れが見えてくるんだ」 (スコット・ヘレン/2003年インタビュー)

2000年代に入ってジャンルが細分化する一方、それらをボーダーレスに展開するアーティストが現れた。今や孤高のトラック・メイカーとして君臨するスコット・ヘレン=プレフューズ73だ。ヒップホップに電子音楽のスピリットを注入し、サイケデリックな世界を紡ぎ出し続ける彼。サンレコにおける記念すべきスコット・ヘレン初インタビューだ。


[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2003年5月号のものです]


近年、よりアブストラクトでエレクトロニカ的要素を持ったヒップホップが話題になっている。そんなシーンの立役者の1人、スコット・ヘレンのソロ・プロジェクトがプレフューズ73だ。各方面から話題となった前作と同様、新アルバム『ワン・ワード・エクスティングイッシャー』でも、チョップされた膨大なサンプルが見事に絡み合いビビットな輝きを放つトラックを披露。また、数々の名義でジャズ、インスト、エレクトロニカなどフリーフォームな活動を行っている彼ならではのサウンドの幅広さも聴きどころと言えよう。朋友トミー・ゲレロ、ダブリー、Mrリフなどもゲストとして参加したアルバム制作作業についてスコットに話を聞いた。


アルバムで使われているビートは、大量の「没ビート」の上に成り立っている


■さまざまな名義でバリエーション豊かな作品を出していますが、それらを使い分ける意味はどこにあるのでしょう?


スコット  名義を使い分けるのは異なったスタイルの音楽をやりやすくするためだね。こうすることで1つの名義に縛られることなく音楽の方向性を大胆に変えることができるのがいいよ。プレフューズ73はビート指向のヒップホップ、サヴァス+サヴァラスはライブ指向でボーカルも取り入れるといったように使い分けている。ヒップホップは大好きだけど、反面ヒップホップ以外のさまざまな音楽を追求したいという欲求も僕の中にある。だから名義を使い分けて自分の中に住むさまざまなアイデンティティに折り合いをつけようとしているのかもしれない。


■また、さまざまなアーティストとコラボレーションしていることでも知られますね。今作でもトミー・ゲレロ、ダブリー、Mrリフなどが参加していますがどういったつながりなのでしょう?


スコット  彼らはみんな以前からの知り合いや友達なんだ。互いが互いのやっている音楽を認め合っている仲で、そうした仲間を集めて作品を作ってみたんだよ。あと作品に参加させることで彼らの音楽をサポートすることにもなるからね。


■では、今作の制作期間と場所を教えてください。


スコット  制作期間は1年くらいだったね。レコーディングの大半はアトランタにあるスタジオでやったけど、バルセロナの自宅スタジオでも少し作業をしている。初めはバルセロナで作業を開始して、昨年の8月にアトランタへ渡ってからは、"ほんとうにリリースするつもりがあるのか"と言われるくらいぎりぎりまで作業を続けたよ。あとアルバム制作期間中は、作業に専念するためにもなるべく世間と連絡を絶ち、独りで居る時間を多く持つようにしたんだ。


■締め切りまで作業を続けていたのは作品に満足しきれてなかったから?


スコット  それもある。僕が使うビートは大量の"没ビート"の上に成り立っているわけで、例えばビートを20個作っても、そのうち実際に使うのは1本だけといった具合なんだ。とても作業効率が悪い上に膨大な数のビートと常に格闘しているからミックスでどれを使ってどれを捨てるかなど悩みの種も尽きないよ。ちなみに今回のアルバムの収録曲数が多い理由の1つは作ったビートの数が以前に増して多かったこともある。もし作ったビートを全部使っていたとしたら、優に100を超える曲が収まった怪物アルバムができていたはずだ。



MPC2000XLを使い込むほど、本物の楽器に近い感覚になるよ


■アトランタとバルセロナのレコーディング環境を詳しく教えてください。


スコット  今住んでいるのはバルセロナで、楽器や機材のほとんどはこちらにあるよ。プレフューズ73では楽器をほとんど使わないけど、ほかのプロジェクトで使用する楽器がバルセロナの自宅スタジオにはかなりたくさん置いてあるんだ。そこからアトランタに持ち込んだ機材はAKAI PROFESSIONAL MPC2000XL、MOOG Minimoog Voyager、AV
ALON DESIGN VT737SP、あとはターンテーブルくらいだ。つまりアルバムの大半の作業は限られた機材だけで行ったわけさ。


■VT737SPはお気に入りのアウトボードなのですか?


スコット  そうだね。MPC2000XLのサンプルを通して音を加工するのに使っているんだ。俺の場合、サンプリングしたサウンドの加工は最近流行りのDSPやプラグインなどを使ったデジタル・アプローチを避けるようにしている。それはもっとナチュラルでオーガニックなアプローチを模索したいからだ。そしてそうしたナチュラルなプロセッシングに威力を発揮する道具がVT737SPであり、Minimoog Voyagerであると言えるよ。


■Minimoog Voyagerは具体的にどういった使い方をしたのですか?


スコット  外部の音をフィルターなどに通したり、ピッチ変更したりなどさまざまだ。特にMinimoog Voyagerの場合、できることがたくさんあるんで、作業を進めているうちに自分でも何をどうしたのか覚えきれなくなってしまうくらいなんだ。ただ、そういう具合だから2度とお目にかかれないようなサウンドを作り出せる可能性も多くある。それを残しておくためにも普段からサウンド加工しながら、できる限りサンプリングするようにしているよ。アナログ機材でサウンド・エディットを行う理由は、手作業による工程を経て作られたサウンドを使いたいと考えているためだね。常に自分にしかできないようなスタイルにこだわり、自分独自の方法論を作り上げたいと思っている。リスナーとしてはデジタルでも何でもありって感じだけど、サウンド・メイカーとしてはこうした部分に執着したいんだよ。


■トラックを構築していく流れについて、CDで聴いたところでは、プログラミングで緻密に構築されているというより感覚的にサンプルを組み上げていっているような印象ですが。


スコット  確かに感覚的な手法を採っているよ。特にサンプリングでは元ネタのランダム性を重視して何でもいいから取り込むんだ。俺の場合、取り込んだ後も完ぺきなループやブレイクビーツを探さず、MPC2000XLで手当たり次第にシーケンスを組む。目をつぶってひたすらパッドで打ち込みをするのさ。そうしていると曲の動きや流れが自然と見えてきてそれを曲の形に発展させていくんだ。もし、気に入らない箇所はこの段階から修正すればいい。その場合は曲自体のランダム性を大して損なわなくて済むからね。MPC2000XLの場合、クオンタイズをオフにしてドラムをたたくような感覚で打ち込んでいくと、あたかも楽器を演奏したかのような人間臭いランダム性が得られるんだ。使い込めば使い込むほど、本物の楽器に近い感覚で使えるようになると思うよ。中には異論を唱える人も居るが、少なくとも僕にとってMPC
2000XLは本物の楽器だね。


■MPC2000XLを楽器のように演奏しているからなのかもしれませんが、短いシンセ・フレーズやボイス・サンプルが挿入されるタイミングやセンスが抜群ですね。


スコット  こうした音楽センスは、さまざまな楽器を演奏したり、いろんなバンドの中で演奏したりした過去の経験を通して養われたと思うよ。いろんなタイプのミュージシャンとの演奏を重ねると"自分のパートをどこで演奏しどこで止めれば良いか"などの感覚が育つんだ。特に"抑制"を学んだことが今の音楽制作に役に立っている。やり過ぎないことはとても重要なんだ。音との音の"間"を大切にした音楽を作る方が、音が過剰に詰まった音楽を作るよりセンスが必要なのは言うまでもない。今作では以前の作品よりも"間"にすごく配慮したんだ。そういった点では、洗練させている音楽だと思うよ。






プリコンプやプリEQは好きなアプローチの1つだ


■エレピやブラスの音が多くフィーチャーされていますが、あれはサンプリングしたものですか?


スコット  RHODESのサウンドの大半は僕が自分で弾いたものだ。ただし弾くと言っても、長いフレーズやリードを弾いたりするわけじゃない。テクスチャーを加える程度のものだけだ。逆にブラスやホーンはすべてサンプルしている。管楽器に関して僕は全く演奏できないからね。


■また「Storm Returns」ではクリーン・ギターが入っていたりしますね?


スコット  あれはトミー・ゲレロが提供してくれたギター用に作った曲からの素材なんだ。あの曲ではそれをサンプリングしてゲートを通し、ギタギタに切り刻んで新たなメロディを再構築したんだ。ただメロディと言っても至極あっさりしたものだよ。ここではビート要素にするという点がミソで、ビートの上にギターを重ねるのが目的じゃない。ビートがぼやけた曲は明らかにプレフューズ73の方向性を外れたものだからね。


■サンプルの中には大胆にディレイやパンニングされているものがありますが、それらはどうやって行っているのでしょう?


スコット  ディレイはMPC2000XLの内蔵エフェクターでやっていて、ほとんどの場合エフェクトをかけてサンプリングし直している。パンニングについてはミックスの時点でDIGIDESIGN Pro Tool上でやったりすることもあるね。


■Pro Toolsでは、サンプルのエディットなどを行ったりしないのですか?


スコット  全くしないよ。Pro Toolsでは各トラックの音量レベル調整やパンニングなどMPC2000XL側でコントロールが難しい処理を中心に行っているだけだよ。具体的にはまずMPC2000XLで素材を8トラック以内にまとめてPro Toolsにパラで取り込み、ミックス・バランスを取っていくという具合だね。ここでは8トラックそれぞれに入れるパートには気を配らなければならないんだ。俺の場合、キック、ハイハット、スネア、ベースは必ずそれぞれ独立したトラックに入れ、残りのトラックに入れるほかのパートに関してはロー、ミッド、ハイの周波数レンジ・グループごとに振り分けるようにしている。こうすることでPro Toolsでの作業が楽になるんだ。


■パートを近い周波数のグループにまとめるのはEQがやりやすいからでしょうか?


スコット  その通りだよ。素材を取り込むときはVT737SPのEQで各トラックの周波数をそろえるようにするんだ。プリコンプ、プリEQという手法は僕が好きなアプローチの1つで、似た性質やレンジを持ったサウンドを1つの塊として扱えるようになるのはいいね。例えば、サンプリング・ビートものと生楽器もののサウンドの扱い方には大きな違いがあると思うんだ。トラックが生楽器主体の場合は、個々の楽器を考えながらミックスで配置していく感じだけど、サンプリング・ビートのものはEQで同じレンジにそろえた素材をグループとして配置していくといった感じになるよ。


■ところでライブも盛んに行われているそうですが、セットアップはどのようなものですか?


スコット  1人でやる場合はラップトップ・コンピューターとMPC2000XLを1台ずつ使うんだ。Pro Toolsでビートを再生し、それに合わせて上ものをMPC2000XLのパット演奏で加えたり、逆にPro Toolsで上ものを再生し、MPC2000XLでビートを演奏することもある。ラッパーと一緒にライブをやる場合は、2台のMPC2000XLをDJミックスしてバック・トラックを演奏しているよ。ステージで2台のMPC2000XLを操る場合、サンプルのロードなんかが大変なんだけど、ハラハラする分、興奮して演奏できるようになるね(笑)。


■最後に、今後の方向性についてはどう考えていますか?


スコット  現時点でやっていることをさらに進化させたいと考えているよ。今まで自分で追求し続けてきた音楽が今回のアルバム・レベルに到達するまでにはかなりの時間がかかっているんだ。だからこそもっと時間をかけてさらに進化させたいと思うよ。アイディアやインスピレーションってのはいつ湧いてくるか分からないものだからね。もちろんプレフューズ73はビート志向のユニットには変わりないよ。




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