来日記念!ラファエル・サディークが語る「ザ・ウェイ・アイ・シー・イット」

流行に乗ったおしゃれな音楽はやりたくない。 ブルージーなやり方でリスナーを感動させるのが好きなんだ。 リスナーの気に入る音楽さえ作れば。 メディアのフォーマットなんか関係ない

[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2009年4月号のものです]


Text:Richard Buskin Interpretation:Peter Kato


1950年代のサン・レコードで用いられたスラップバック・エコーであれ、1960年代のマッスル・ショールズ(アラバマ州のR&B系名ス タジオ)でリズム・セクション向けに施された独特な伴奏/アレンジ手法であれ、かつての伝説のサウンドを再現するアプローチは素晴らしい音楽制作方法の1 つだと思う。しかしながら特定の音楽スタイルのフィールを忠実に踏襲しながら、それを全く新しい楽曲に取り込むというアプローチもまた素晴らしい。ラファ エル・サディークの最新作『ザ・ウェイ・アイ・シー・イット』は、後者のアプローチを用いて作り上げられたアルバムだ。3部門でグラミー賞候補に挙がるな ど既に高い評価を受けているこの作品について、話を聞いてみた。


このアルバムは僕のキャリアの集大成的な作品だ


「このレコードを作っていたとき、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、アル・グリーン、ザ・フォー・トップスらのビデオを見ていた。すると連中の音楽を1つに融合してみたくなったんだ」と新作についてサディークは語り始めた。


「そしてそれを一度やり出すとハマッてしまい、昔よく聴いていたオールド・スクール系のシンガーたちのキャラクターに魅入られたかのようにその世界 から抜け出せなくなった。このアルバムは、僕が育ちながら聴いた音楽を通して僕がこれまでの人生で経験したことや、そうした音楽から受けた影響をまとめ た、僕のキャリアの集大成的な作品だ」


1966年にカリフォルニア州オークランドで生まれたサディークは、本名をチャーリー・レイ・ウィギンズという。幼少のころより独学でさまざまな楽 器を修得し、6歳までにはギター、ベース、ドラムを演奏するマルチプレイヤーになっていた。9歳になると地元のゴスペル・グループの一員として音楽活動を スタートさせるなど、その才能は早くから開花していたようだ。そんなサディークが"ラファエル・ウィギンズ"なる芸名でプロのミュージシャンとしての道を 歩み始めたのは、高校卒業の直後からだった。


プロとなってからもその才能はますます輝き、1986年には早くもプリンスの「パレード・ツアー」のサポート・メンバーに抜てきされたほか、さらに その2年後には兄弟のドウェイン・ウィギンズと従兄弟のティモシー・クリスチャン・ライリーらと共にR&Bユニット=トニー・トニー・トニーを結 成し、そのボーカリストとしてフロントマンを務めるようになる。2ndアルバム『The Revival』(1990年)により、メインストリームでの成功をおう歌することにもなったユニットだ。


1990年代半ばに"ラファエル・サディーク"へと改名すると、『ハイヤー・ラーニング』といった映画のサントラ向けにソロ・シングルを相次いでレ コーディング、しばらくはアーティストとしてのソロ活動が続く。一方、アン・ヴォーグのドーン・ロビンソンとア・トライブ・コールド・クエストのアリ・ シャヒード・ムハマッドらと共にアルバム『Lucy Pearl』を制作し、"ルーシー・パール"というこのアルバム限定のR&Bスーパー・ユニットで活動したのも、この時期だ。


サディークはこのころからメイシー・グレイ、TL
Cなどのほか、ザ・ルーツ、ディアンジェロといった、身内のアーティストたちのプロデュースにも乗り出し始める。2000年のグラミー賞に輝いたディアンジェロの「アンタイトルド」は、サディークが手掛けた曲でもある。


そしてその2年後の2002年、サディークは初のソロ・アルバム『Instant Vintage』を自身が立ち上げたプーキー・エンタテインメント・レーベルからリリースする。2004年には2枚目のスタジオ・ソロ・アルバム『レイ・ レイ』を発表。ブラックスプロイテーション・フィルムの時代をテーマにしたファンク・オリエントなアルバムだ。そしてそのころから制作サイドの仕事を本格 化させたサディークは、ホイットニー・ヒューストン、メアリー・J.ブライジ、スヌープ・ドッグといったビッグ・アーティストの作品にプロデューサー、ソ ングライター、ミュージシャンなどさまざまな形で関与するようになる。


リスナーを1つにするような音楽を作りたいんだ


『ザ・ウェイ・アイ・シー・イット』はそうした状況の中、サディークが新たなるインスピレーションを求めて、コスタリカやバハマ諸島を旅したことがきっかけで誕生したという。


「サーフィンをしていると、世界のさまざまなところから来たいろいろな人たちと出会うんだ」とサディークは回想する。


「そしてあるとき、彼らの多くが往年のソウル・ミュージックを聴いていることに気付いたんだ。だからだろうか、帰国して仕事に戻ると、このアルバム をどのようなものにすべきか、その方向性がごく自然と頭の中に浮かんできた。そして僕は幸いにも自分のスタジオを持っているので、その頭に浮かんだ理想の 音楽をじっくり時間をかけて追求できたんだ。すべての曲を納得できる形に仕上げるまでに4カ月ほどかかった」


サディークのスタジオはノース・ハリウッドにあるブレークスリーという独立したスタジオで、いわゆるホーム・スタジオではない。 DIGIDESIGN Pr
o ToolsとSSL XL 9000 Kを中核に、多種多様な最新機材とビンテージ機材を豊富に取りそろえたスタジオで、その中にはアビイ・ロードから購入したというキック用のマイクもある。


昔ながらのレコーディングを踏襲するということで、マイクやアウトボード機材のセッティングは自然とシンプルなものとなった。例えばマイキングを見 れば、ギターには個性豊かなサウンドを得るためにNEUMANN U47、また、このアルバムのためにサディークが特にこだわって購入した1960年代のLUDWIG製ドラム・キットのオーバーヘッドにはU47もしくは U67、キックにはAKG D12とC414、スネアにはハードなスラップ音が得られるスネア向けの定番マイクがそれぞれ使われるといった具合だ。ちなみにこのプロジェクトでは、ド ラム・キットのサウンドにさらなる温かみを加えることを目的にテープ・マシンが使われており、中古のAMPEXがそのために数台購入されたという。テー プ・マシン購入の際、エンジニアのチャールズ・ブルンガートはセールスマンのアドバイスに従い、プリアンプを取り除き、配線に手を加え、改造したテープ・ マシンをPro Toolsの前につないで使ったという。


「昔の曲のような2~3分の短い曲を歌いたいとずっと思っていた。人々がそれを聴き、また昔のような短い曲を聴きたいと思うようになればいいと願いながらね」とサディークが続ける。


「スタックスやモータウンのアーティスト、また、ザ・ビートルズなど、短い曲で人々の心を奪ったアーティストは少なからずいる。僕の場合、ほかの ミュージシャンが魅力を感じるだけでなく、いわゆる商業的な音楽が大好きな一般リスナーをも魅了する音楽を作るのが昔から好きだった。40~50代のジャ ズ・ファン、15~16歳の流行に敏感なティーン、クールな黒人ラッパーなど、幅広い層の人たちに支持され、リスナーを1つにするような音楽を作りたいと 願いながらこの仕事を続けてきた。音楽とは本来そうあるべきものだと思うし、聴く音楽によってリスナーが分断されてしまう最近の傾向は、間違っていると思う」


テイクの完ぺきさより作品に込めた魂の方が大切だ


「正直言うと、このアルバムを実際に作っていたときは、意図的に再現しようと狙いを定めたサウンドは特になかった」とサディークが続ける。


「ありのままの自分をそのまま出して作ったというのが本当のところだ。これまでの人生で自然と身に付いた音楽とでも言おうか、気が付くとこのアルバ ムのような音楽を自然と作っていたんだ。少なくとも、誰それの真似をするために無理に自分を曲げるといった具合では決してなかった。いつまでも目覚めたく ない素敵な夢を見ているような感覚だったよ。ちなみにアルバム・タイトルを"The Way I See It(僕の物の見方)"としたのも、そうした理由からだ。実際、このアルバムは僕がこれまでに作ったどのアルバムより、僕らしい作風の作品になったと思 う」


作曲については「ほとんどギター1本で、すべての曲を作った」のだという。


「最初にリフが頭に浮かび、次に歌を頭の中で思い描く感じで曲を作っていった。作曲については基本的にすべて1人でやったが、ほかの誰かと一緒にア イディアを交換しながら作ることが嫌いなわけではない。もし昔のスタックスやモータウンのようなスタッフ・ライターを何人も抱えることができたなら、僕は 毎週のように新しいレコードを作り上げていると思う。しかし音楽業界を取り巻く状況は変わってしまい、そんなぜいたくな環境で仕事をすることなどかなわな くなった。エンジニアのチャールズを除けば、1人部屋にこもり、1人で歌を歌いながらドラムをたたき、ギターをその上に重ね、ベースを弾き、ベーシックな ピアノ・パートを演奏し、ボーカルを録り、後でストリングスを録音するといった仕事のやり方に甘んじなければならないのが現実だ」


ボーカルに関して言えば、SHURE SM7に歌を吹き込むことで、サディークはその癖のないクリーンなボーカル・サウンドに独特の個性を与えている。サウンド全体がやや"とがった"感じに なったほか、厚みが増し、また、ディストーションのかかった感じの仕上がりとなった。ブルンガートの方でもレコーディング時にFAIRCHILD Model 670で、さらにミキシング時にもプラグインのMASSEY PLUGINS Tape-Headでボーカル・サウンドに質感を加えたという。


「自分自身のボーカルについては、誰もいないスタジオで1人で録る方が簡単でいい」とサディークが付け加える。


「ほかの誰かがスタジオにいると、感想やアドバイスを求めたりしてしまうからだ。その誰かが本当に正しい答えを返してくるとは限らないからね。ちな みに僕には完ぺきなテイクを録ろうとする傾向があるが、一方、完ぺきに狙い通りではなくても、そのテイクに2度ととらえられない良いフィールが感じられる 場合、そのままにしておくことも多い。たとえ音程が多少外れていてもね。実際、僕のレコードにそうした個所は幾つも存在する。完ぺきさを求めて作品を作っ ている訳ではないからね。作品に込められた"魂"が大切なんだ」


サディークは「僕は作品が完成したかどうかを見極める才能は、ある方だと思う」続ける。


「曲の完成時は、その時が来たら簡単に分かるんだ。僕の場合、制作中の曲を四六時中、深夜になっても聴き続けている。家に帰って制作中の曲を聴くの もプロデューサーとしての仕事の一環だと思っているからね。そして曲に心を揺さぶる何かを感じたら、それが完成のタイミングということにしている。マリネ 漬けした食材にマリナードの味が染み込んでいく感覚だ。こうしたアプローチを踏襲し続けていると、曲を再生して聴くだけで自分の心がその曲によってどのよ うに揺さぶられているのか把握できるようになり、リスナーの心もきっと同じように揺さぶられるだろうと確信できるようになる」


スティーヴィーに電話すると彼は珍しく1時間半で来てくれた


グルーブ感あふれるノリの良い演奏をサディークは好んでいるようだが、それはそのままこのアルバムの魅力の1つにもなっている。そしてサディークの 好むこうしたアプローチは、マーヴィン・ゲイ的な作風の「ネヴァー・ギブ・ユー・アップ」にゲスト参加し、一発でそれと分かる独特のハーモニカ演奏を披露 しているある大物アーティストと共通するものである。サディークがCJヒルトンと共作したこの耳当たりのよいミドル・テンポの曲には、スティーヴィー・ワ ンダーが参加しているのだ。


スティーヴィーが演奏に参加するところで、ボーカルを務めるサディークは途中で歌を中断し、"スティーヴィー・ワンダー氏をアルバムにお迎えしたい と思います。スティーヴィーどうぞ!"といったMCと共にリスナーに紹介しているが、スティーヴィー自身、1982年のアルバム『ミュージックエイリア ム』に収録された「ドゥ・アイ・ドゥ」の中で"レディース・アンド・ジェントルメン。私のアルバムにディジー・ガレスピー氏を迎えられたことをうれしく思 います"といった同様のMCを入れて、ゲスト参加した伝説のジャズ・トランペッターを紹介している。スティーヴィー絡みで同じような演出を凝らした点が面 白い。


「あの曲は、大物スターがそろい踏みしたような曲だった」とサディークが続ける。


「CJヒルトンもBルームでドラムとキーボードを弾いてくれたしね。ちなみに僕はベースとギターを担当した。ボーカルはCJと2人で分担し、それぞ れが自分が歌詞を作った平歌を歌った。"CJ、そっちが作った平歌はそっちで歌ってくれ。おれは自分の作った平歌を歌うから。早くやっつけてしまおうぜ" といった具合にね。ちなみに僕がスティーヴィーを紹介するMCの部分は、スティーヴィーがゲストとして参加するかどうかまだ正式に決定しないうちに吹き込 んだものだ。だからもしスティーヴィーがハーモニカを吹いてくれなければ、あのMC部分を消すか、ハーモニカ・ソロの部分を僕がスティーヴィーになりすま して口ずさむしかなかった」


サディークとスティーヴィーとは「昔から面識があった」のだという。


「もっとも、僕が電話しても、彼が家にいることは滅多になかったが......。しかし幸運にも今回ばかりはいつもと異なり、ゲスト参加の依頼のた めに電話をすると、本人が受話器を取り上げ"このバカが何か用か?"と返してきてくれた。それで僕は"いや、実はレコードを作っていて、ハーモニカ・ソロ を披露してほしいんです"とお願いした。すると"いつそっちに出向けばいい?"と聞いてきたので、"できれば1時間ほどで"と返した。時計を見ると昼の 12時半だった。彼は"1時間後か?"と聞き返し、"そう、1時間後にお願いします"と僕があらためてめてお願いすると、"1時間後かい?"と何度も繰り 返す......。もちろん彼ほどの大物ともなれば、誰かのために1時間で支度して現場に赴くなんてことは絶対にない。とりわけスティーヴィーなら、1時 間後に来ると言えば、2週間後に来ても早いくらいだ。だから大して期待していなかったのだが、その日はどうしたことか電話を切ってから1時間半後には僕の スタジオに来てくれた。スタジオに入るとスティーヴィーはしばらくキーボードをつま弾いていたが、一段落すると"それじゃ曲を聴かせてくれ"と言ってきた ので、僕はさっそく曲を披露した。するとスティーヴィーはすぐさまハーモニカ・ソロを吹き出し、終わると即座に"これでいいかい?"と僕に演奏の出来を確 認してきた。そして"見事です"と言う僕に対し、何度も"本当にこれでいいのか?"と念を押してくる。しばらくやり取りをした後、遠慮する僕を気の毒に 思ったのか"いや、もう一度だけ吹かせてくれ"と言って、結局もうワンテイク分吹いてくれた。レコードに残ったのは、その2回目のテイクの方だ」


このアルバムには大物ゲストがほかにも参加しており、目玉と呼べるウリが幾つもある。例えばジョス・ストーンのボーカルが堪能できる1970年代ソウル色の濃い「ジャスト・ワン・キス」。サディークによれば、ストーンはほぼ二つ返事で参加を快諾してくれたという。


「ジョスは昔の偉大な名曲を深く理解し、その真価を高く認めているからね。歌ってもらう交渉をするのに苦労することはなかった」


「サムタイムス」は僕なりの「風に吹かれて」なんだ


今回のアルバムの中でサディークが個人的に最も好きな曲の1つは、冒頭を飾る「シュア・ホープ・ユー・ミーン・イット」だという。


「あの曲をオープニング・ナンバーにしたのは、アルバムを聴くリスナーに、彼らがこれから出発する"音楽旅行"を意識してもらいたかったからだ」とサディークが説明する。


「例えるなら、男3人を相手にケンカをするときの効果的な戦術を使ったと言える。一番強そうな大男を最初に殴り倒せば、残りの2人は怖じ気づき、そ の2人には戦わずして勝てるという戦術をね。この業界で自分のやりたいことをやり続けるには、常に戦い続けなければならないと僕は思っている。だからこ そ、最も強そうな男に相当する「シュア~」を1曲目に持ってきたわけだ。自信作を最初にガーンと聴かせれば、リスナーの誰もが黙って残りの曲を聴くと思っ てね」


また同曲は、ザ・テンプテーションズに対するサディークの愛情が感じられる曲でもある。「エディ・ケンドリックス、ポール・ウィリアムズなどザ・テンプテーションズのメンバーが世に初めて出たときの様子を想像しながら作った曲だ」とサディークが説明する。


「彼らになり切ろうと、彼らのアルバムのジャケットを眺めたりね。一言で説明すれば、ビンテージ・モータウン・サウンドにスタックスのギター・ラインを加えた感じの曲だと思う」


また「100 ヤード・ダッシュ」については、「安酒場が似合うブッカー・Tのようなグルーブを持った曲だ」と言い、「ステイング・イン・ラヴ」については、「ジャクソ ン5のレコードをほうふつさせる曲だ」と説明する。モータウン風のエネルギーに満ちあふれた曲調だけでなく、自ら弾いたジェームス・ジェマーソンばりの ベース・ラインが、まさにジャクソン5といった雰囲気を醸し出している。ちなみにサディークが使用したベースはFENDER P-Bassで、DIのAVALON DESIGN M5を通してライン録りした後、プラグインのCRANE SONG Phoenix、WAVES PuigTec EQP-1Aなどでサウンドを整えたという。


「この「ステイング~」は、昔の彼女のことを思いながら作った曲だ」とサディークが続ける。


「一部はフィクションだが、事実に基づく部分もある」


虚実が入り交じった歌詞世界は「レッツ・テイク・ア・ウォーク」も同様らしい。"This place is cr
owded/Don't know 'bout you/I need some sex/Some sex with you(ここは人が多過ぎる/僕はキミのことを知らない/セックスしなければ/キミとセックスしなければ)"という、決して繊細ではないが、かといって何 かをストレートに伝えるでもない歌詞で始まる曲だ。


一方「サムタイムス」は、アルバムの最後を飾るのにこれほどふさわしい曲はないというほど魂を揺さぶる、感動的な曲である。内省的な歌詞を持つリズ ミカルなミドル・テンポの曲で、サディークによれば「自分の心をありのままつづった曲で、僕のこれまでの人生を1つの作品にまとめた集大成」とのことだ。 サディークのボーカルについては、かの偉大なるサム・クックの晩年のパフォーマンスをほうふつさせる魂が感じられる。


「実はあの曲のレコーディングが一番てこずった」とサディークが振り返る。


「あまりにもパーソナルな曲だからね。言ってみれば僕なりの「風に吹かれて」だ。サム・クックもボブ・ディランの「風に吹かれて」には感銘を受けて いたらしい。僕も最初にあの曲を聴いたとき、そしてディランが伝えようとしているメッセージを理解したとき、びっくりしたもんだ。"スゲエ!"と目からう ろこが落ちた気がした」


「No More Auction Block(競売はたくさんだ)」なる黒人霊歌にインスパイアされて作られたディランの「風に吹かれて」は、1963年のアルバム『フリーホイーリン・ボ ブ・ディラン』に収録されると、当時盛り上がりを見せていた公民権運動を後押しするプロテスト・ソングとして世間に広く知られるようになる。サム・クック はこの曲を聴いて感動し、とりわけ白人の若者が人種問題をこれだけ痛烈に批判した歌詞を書いたという点に驚いたという。感服したクックはライブでこの曲を 歌っただけでなく、返歌として「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を作ることになる。


それから約45年、変化は本当に訪れた。少なくとも多くの人がそう感じる、アメリカ初の黒人大統領の誕生という大きな変化があったことは事実であ る。そして「サムタイムス」がレコーディングされたのが、この歴史的な出来事のはるか以前だったにもかかわらず、曲の中には実に時宜を得たメッセージがリ フレイン部に込められているとサディークは主張する。
This road is strange, so strange it is(この道は変わっている、実に変わっている)
You know it really hurts inside yeah, sometimes(ときどき、心が本当に痛むときがある)
No matter how good you are to people you know(どんなに他人によくしても)
They'll make you cry sometimes yeah, sometimes(ときどき、他人から泣かされることがある)


「あの曲は若者たちだけでなく、すべての年代の人々に向けてメッセージを発信しているが、それだけではない。人生に対する僕の信念を表明した曲でもある」とサディークが続ける。


「下り坂を急激に転がり落ちるような厳しい局面が人生にはある。そしてそんな局面に陥ったとき、人は強い愛情による支えを必要とする。そうしたこと を歌った曲なんだが、必要なエネルギーとフィーリングを込めて歌うことがなかなかできなかった。結局、プロジェクトの最後の方まで納得できる仕上がりにす ることができず、アルバム収録曲で最後に手掛けた曲となった」


リスナーがレコードを買ったのはアーティストにほれていたからだ


1960年代末から1970年代初頭にかけて全盛を極めたクラシック・モータウン・レコードの多くと同様、『ザ・ウェイ~』はエネルギーに満ちあふれた作品であり、収録された2~4分の長さからなる13曲は、いずれもリスナーの心を最初から最後までとらえて離さない。


このアルバムは、サディークがコンサートで披露するパフォーマンスに上質の素材を提供することにもなった。実はサディークは、2008年11月と 12月にジョン・レジェンドのコンサートをサポートするのに先立って、昨夏にヨーロッパ・ツアーに出ており、既にそのツアーでアルバム収録曲を披露してい る。


「音楽とは、昔はそうしたものだった」とサディークが言う。


「つまり、リスナーがレコードを必死に買い求めたのは、リスナーがアーティストにほれていたからだった。対して現代のリスナーの多くはアーティスト にほれておらず、だからレコードを買うことにそれほど熱心ではない。そうなった責任は音楽業界側にある。例えば、ある女の子に熱を上げていれば、その娘の 欲しいものは何でも買ってあげたいと思うものだ。しかし昨今の音楽業界のリスナーに対する態度は、自分の好きな娘を本気で愛さず、小手先でだましているよ うなものだと思う。そんなことをし続ければ、彼女が去ってしまうのは当たり前だ。だから僕らは今一度、好きな娘を本気で愛し、彼女に対して誠実にならなけ ればならない。それにはまず、リスナーの目の前で演奏できる音楽を再び作り始めなければならないと思う。リスナーが本当に気に入る音楽さえ作れば、メディ アのフォーマットなんか関係ない」


『ザ・ウェイ~』はCDだけでなく、数枚の7インチ・シングルが入ったコレクターズ・エディションもリリースされているが、その背景にはサディーク のそうした考えがあったと思われる。いずれにせよメディアやフォーマットに関係なく、コンテンツである音楽は1950年代~1960年代ポップスに感じら れる歓喜と自由に満ちあふれている。それはサディークが未来にそのまま残し伝えたいと考えるフィーリングでもある。


「こうしたタイプのポピュラー・ミュージックをこれからも作り続けたいと思っている」とサディークは最後に語ってくれた。


「僕がこだわり続けたい音楽だからだ。もちろん多少の変化はあるかもしれないが、いずれにせよ流行に乗ったおしゃれな音楽はやりたくない。ブルージーなやり方でリスナーを感動させるのが好きなんだ」


Release



『ザ・ウェイ・アイ・シー・イット』ラファエル・サディーク(ソニー:SICP-2133)
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M:ラファエル・サ ディーク(vo、g、b、ac.p、clarinet、ds)、スティーヴィー・ワンダー(harm)、ジョス・ストーン(vo)、ジェイ・ Z(rap)、CJヒルトン(vo、ds、k)、ジャック・アッシュフォード(perc)、リバース・ブラス・バンド(horn)、グレッグ・カーティス (ac.p)、ボビー・オズマ(ds、perc)、ポール・ライザー(orch)、ロブ・ベーコン(g)、ポール・ベーカー(harp)、アグネス・ゴ チェフスキ(vl)、他
P:ラファエル・サディーク、グレッグ・カーティス、ボビー・オズマ
E:チャールズ・ブルンガート、マーロン・マルセル、ラファエル・サディーク
S:ブレークスリー



■ラファ エル・サディーク2009.6/26(金)〜7/1(水)ブルーノート東京に出演!
http://www.bluenote.co.jp/jp/index.html