DVD/Blu-ray発売記念!ボブ・クリアマウンテンが語る映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』

映像の変化に合わせてサウンドの配置や遠近感が刻々と変わるミックスを求められたのさ! 日本のプレミア試写会用の音響をチェックしてくれと監督から電話がかかってくるのを心配しているよ。

映像の変化に合わせてサウンドの配置や遠近感が刻々と変わるミックスを求められたのさ! 日本のプレミア試写会用の音響をチェックしてくれと監督から電話がかかってくるのを心配しているよ。

[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2009年1月号のものです]


Text:Paul Tingen  Translation:Peter Kato


日本でもようやく公開がスタートした映画『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』は、
バンドの大ファンと公言してはばからないマーティン・スコセッシ監督が、彼らのライブ映画を撮りたいと申し出たことで実現したものだ。『タクシー・ドライバー』や『グッドフェローズ』、そして何よりコンサート映画の傑作『ラスト・ワルツ』で知られるスコセッシ監督は、ストーンズのライブを、独特のそして極めて高品位なカメラワークで映像化し、その出来映えは評論家のみならず多くのミュージシャンからも大絶賛されている。しかし、我々はここでこの映画のサウンド面に注目することにしよう。映画、そしてそのDVD版、さらに同名のCDにいたるさまざまなフォーマットの録音/ミックスを担当したのは、巨匠ボブ・クリアマウンテン。ストーンズとの付き合いは1979年のヒット曲「ミス・ユー」のミックスから始まり、彼らのライブCD/DVDのミックスも多く手がけている。だから、この映画の依頼を受けたとき、彼は"いつも通りの仕事で、最大でも数カ月のプロジェクトだな"と思ったという。しかしその読みは大きくはずれることになる。数カ月どころか断続的ながら1年半もの間、未知の試みに挑戦する日々が続いたのだ。結果としてロサンゼルス、ニューヨーク、トロント、ロンドンにある6つのスタジオを行き来しながら、曲によってはミックスを15回もやり直すなど、普段のストーンズのプロジェクトとはまったく異なる仕事を強いられたのだ。


ストーンズは"ニューヨークのバンド"


映画『シャイン・ア・ライト』はニューヨークにあるビーコン・シアターで撮影/録音された。スコセッシ監督によるとストーンズは"ニューヨークのバンド"であり、ビーコン・シアターはニューヨークでビジュアル的にも音響的にも、そして歴史的にも最適な劇場であるとの理由からロケーション場所として選ばれたのだ。


撮影と録音は2006年10月29日と11月1日の二晩かけて行われた。映画とDVDに使われた素材は、1日目に行われたビル・クリントン元大統領のスピーチを除き、すべて2日目に撮影/録音されたものだという。CDに使われた素材についても、ほとんどは2日目に録られたものだが、3曲だけ1日目に演奏されたものが使われている。


ボブ・クリアマウンテンは、ロサンゼルスにある自身のスタジオ"ミックス・ディス!"から電話を通してこの映画のプロジェクトで自身が果した役割について詳細に語り始めた。


「音楽の出来、オーディエンスの反応とも、2日目の方が良かった。1日目のオーディエンスは比較的おとなしかったんだ。金持ちや有名人などのセレブが多過ぎた上、その多くがボディ・ガードを引き連れていたからだと思う。ちなみに録音のアプローチそのものは、これまでに手がけたほかのライブと大して変わりはない。監督と数回打ち合わせしたところ、とにかくすべてを録音してほしいとのことだったのでね。マイクはライブPAの連中がセットしたものをそのまま流用させてもらった。スネアにSHURE SM57、キックにBEYERDYNAMIC M88、ミック・ジャガーのボーカルにワイアレスのSM58、ギター・アンプにSM57など、セオリー通りのものばかり。それから客席に向けたオーディエンス・マイクが10本ほどセットされていた......ほとんどはNEUMAN
Nのマイクだったと思う。2本がステージから客席に向けてセットされていたほか、残りのマイクも劇場のさまざまな場所から客席に向けてつり下げられていた。マイクプリについてはPAのものとは別に、ミックのボーカルやスネア、キック、オーバーヘッドの各マイク用にAPOGEE Mini・MPマイクプリを持ち込んで使った。Mini・MPは市場に出回っているマイクプリの中では最高のものだと思うけど、その事実を知る人は少なくて、生産中止になってしまったんだけどね......」


それらのマイクで拾われた信号は、ステージ上のスプリッター・ボックスへと送られ、FOH、ステージ・モニター、そして録音用のモービルへと送られるようになっていた。


「録音はリモート・レコーディング・サービシズという会社がサポートを務めくれて、すべてを24ビット/48kHzのDAWシステムに録音してくれた。あと、彼らもマイクプリを持ち込んでくれたので、モービルへと送られてくる信号はすべてライン・レベルのものとなった。これにより拾うノイズの量が減り、サウンドの高域がクリアになったね。ただし、セッティングという観点からすればかなり面倒だった。マイクプリのレベル設定をする際、ステージにだれかを派遣して、"チャンネル4をもっと上げてくれ......いや、それじゃ上げ過ぎだ"といった調子だったから(笑)。オーディエンス・マイクを含め、チャンネルは合計70~80ほどあったんだが、すべてをそんな調子でセッティングしたよ」


録音に際して、エフェクトの類は一切使われていない上、いったん曲の演奏が始まると何も触らないようにしたという。


「曲の途中でセッティングが急に変化すると、ミックスのときに大変な思いをするからね。レベルについてもかなり控えめにしたよ。ちなみに私は本番中、モニター・ミックスを作っていた。こちらはEQやエフェクトを使いながらだ。私が作ったモニター・ミックスは、映画用カメラから送られてくる確認用のビデオ映像を録画していたスタッフへ送られた。そのビデオ映像のリファレンス音声として私のラフ・ミックスが同時に録音されたわけだね」


映像と音声の完全な一致


ロサンゼルスにあるミックス・ディス!に戻ると、ボブ・クリアマウンテンは録ってきた素材をスタジオのDAWシステムへと移し、72ch入力のSSL SL40
00G+コンソールを使って、12月と翌2007年1月の2カ月をかけてコンサート両日の模様を5.1chサラウンドとステレオの2つのフォーマットへとミックスしていった。かなり直感的かつラフな感じに行われたこのミックスは、即座にスコセッシ監督へ提出されたという。長きにわたって培ってきた知識と経験、また、ストーンズの作品を幾度となく手がけてきた実績から、彼はそのミックスの方向性が正しく、監督の方から大きな修正や変更を要求されることはないだろうとの自信があった。しかし事はそう簡単には進まなかった。なぜならニューヨークで映画の編集を進めていたスコセッシ監督から求められた最初の指示は、ミキシング・アプローチを根底から覆すものだったのだ。"すべてのサウンドをカメラ搭載マイクが拾っているかのような感じにミックスしてほしい"......スコセッシ監督は自ら"マイク・オン・カメラ"と呼ぶ、映像と音声とを完全に一致させるミキシング・アプローチを求めてきたのだ。


「ライブDVDのミックスはよく手がけているけど、大抵はライン・カット......コンサート会場のカメラをスイッチングでリアルタイム編集した映像を見ながらの作業となる。編集後の最終的な映像を見ながら作業をすることはほとんど無いんだ。でも、この映画は違った。監督は"スクリーンに映る映像の音声をそのまま耳にしたい"と強く主張したんだ。スクリーンいっぱいにロン・ウッドのギターが映っていれば、ミックスでは彼のギター・サウンドを強調してほしいし、キース・リチャーズがスクリーンいっぱいに映るシーンでは、そのギター・サウンドをセンターに持ってくるようにって具合だ。つまり、映像の変化に合わせて観る者のリスニング・ポジション、言い換えればサウンドの配置や遠近感が刻々と変わるミックスを求められたというわけさ!」


そのため、ニューヨークのスコセッシ監督から送られてくる映像はラッシュではなく、曲ごとのファイナル・カット、あるいはファイナル・カットに近い状態のものとなった。


「チャーリー・ワッツを背後から撮影しているカメラが2台あったんだけど、それらで撮られた映像も時折使われていた。ステージから客席へと向かうアングルになるので、客席からの視点とは逆転することになる。だから監督のリクエストに従えば、そのカットにギター・プレイヤーが映っている場合、ギター・サウンドについてもステレオ・イメージを反転させなければならない。もちろんドラムについてもね」


アナログ・コンソールでミキシング作業をしていたボブ・クリアマウンテンは、これに対応するため"パン・バス"と名付けたシステムを工夫して作り上げた。信号をコンソールからDAWへと送り、DAW側でオートメーション・パン処理によるL-C-Rのサブ・グループ分けをした後、再びコンソールへと戻すシステムだ。


「あまり1つのパートを前面に出し過ぎると音楽として成り立たなくなってしまうから、ある程度の音楽性を保つことにも配慮しなければならなかったんだ。その兼ね合いは難しかったね。正直な話、自分が施した処理を観客に意識してもらいたくはない。バンドと共にステージに立っているかのような体験をしてもらいつつ、サウンド全体が音楽としてもきちんと成り立つようにするのが、最大の課題だったんだから。ちなみにミックスを手がけているときに『ラスト・ワルツ』を観て多くのヒントを得たよ。実際、あの映画のサウンド・ミキシングには感心させられたし、とても勉強になった。極端なことは何もしていないものの、パンニングが絶妙で非常に効果的だと感じたんだ」


映画館サウンドの悪夢


スコセッシ監督の指示を反映したサラウンド・ミックスを1曲ずつ仕上げていったボブ・クリアマウンテンだが、すぐに次なる問題に直面することになる。ニューヨークに送ったサラウンド・ミックスが使いものにならないと酷評されたのだ。巨匠がこれまで受けたことのないような厳しい評価である。一体何があったのだろう?


「"高音域がやせて中域ばかりが目立つ、とても耳障りなサウンドだ"と言われた......驚いたよ、自分のスタジオのシステムには精通しているし、ここで聴くミックス・サウンドはとても優れていたからね。5.1chシステムにはDYNAUDIO ACOUSTIC
S BM15とKRK S12サブウーファーを使っていたので問題無いはずだった。しかし、いろいろ調べているうち、原因はやはり再生システムにあることが分かった。監督たちは一般の映画館で使用されているTHX Dolby 5.1chシステムでミックスを聴いていたらしい。そこで試しにロサンゼルスにあるシュリー・ランジングという映画館を借りて、監督たちが使っているのと同じTASCAM DA-88テープにコピーしたミックスを再生してみた。すると監督が言うようなひどいサウンドが聴こえてきた......不思議に思ったよ、一体何が起こってるんだ?とね」
その原因はひと言で言えば、映画館向けとホーム・シアター向けとのスピーカーの違いだった。


「両者のサウンドはがくぜんとするほど違う。私はホーム・シアター向けのシステムと同様に調整されたスピーカーを使って仕事をしていたんだ。原因が分かると、私はロサンゼルスにある映画製作用のミキシング・ステージで、それまでに手がけたミックスをプラグインのEQで修正しながら、映画館でもちゃんと聴こえるサウンドになるようEQカーブを調整していったんだ。それ以降、私は自分のスタジオで5.1chミックスをしたものをニューヨークに送るとき、そのプラグインでEQカーブの補正を施していった。このアプローチのメリットは、後でDVD用の5.1chサラウンド向けにあらためてミックスをする必要が無くなるということだね。プラグイン処理さえ解除すれば、すぐにホーム・シアター向けサウンドに戻る......つまりDVD版で耳にする5.1chサラウンド・サウンドは、私が自分のスタジオで仕事をしながら聴いたミックス・サウンドそのものなんだ」


NYで映画のファイナル・ミックス


2007年夏、映画向け5.1chサラウンド・ミックスを全体の半分ほど仕上げたころ、ボブ・クリアマウンテンはスコセッシ監督から残りのミックス作業をニューヨークでやらないかと誘われた。その方が双方のコミュニケーションが取りやすいとの理由からだ。そこで彼はニューヨークへと赴き、バッテリー・スタジオでさらに6週間にわたるサラウンド・ミックス作業に入った。ちなみにCD用のステレオ・ミックスもこの時期にミキシングされたという。「ニューヨークに出向いて作業はかえって複雑になった。バッテリー・スタジオのコンソールのチャンネル数が、私のスタジオのSSLより8本も少なかったからだ。ずっとチャンネルをフルで使用していたので、ニューヨークでは何本かのチャンネルをまとめたり、サラウンドのリターン用にSSL AWS900をレンタルしなければならなかった。ニューヨークでの一連のミックス作業を終え、監督の承認を得ると、私はアシスタントのブランドン・ダンカンに命じてすべてのミックスのステムを作らせた。ミキシング・ステージで、ファイナル・ミックスを仕上げるためだ」


ボブ・クリアマウンテンがファイナル・ミックスを仕上げるためにニューヨークへと戻ってきたのは9月のことだった。サウンドトラックというミキシング・ステージで行われたこの作業には、スコセッシ監督が撮ったほとんどの映画でサウンド・ミックスを手がけてきたトム・フレイシュマンも参加した。2人は大きなEUPHONIX System 5デジタル・コンソールを駆使し、バッテリーとミックス・ディス!の両スタジオで作られたステム・ミックスをミキシングしていったという。


「ギター、キーボード、ボーカル、ドラムスのステムがあり、それらを素材として持ち込んだ。現場で私とトムはそれぞれコンソールの両側に分かれ、監督の指示に従って音量などの微調整を施していった。トムはステージから客席を眺める映像に合わせたドラム・サウンドの反転、バック・ボーカルの移動なども担当した。いずれもアナログ・コンソールで処理するのが難しいものばかりで、デジタル・コンソールを使っていなければ大変な作業になっていただろう」


いつまでも続くフォーマット地獄


映画用のファイナル・ミックスが終わった数カ月後、ボブ・クリアマウンテンはDVD用のサウンドの準備をするためにテッド・ホールと共にサンタモニカのパシフィック・オーシャン・ポストに向かった。そこでは映画用の5.1chミックスに施したEQカーブ補正の解除、ステレオ・ミックスの下準備が行われた。ステレオ・ミックスの課題としては、自宅にサラウンド再生装置を所有していないリスナーにもサウンドの配景や遠近感が刻々と変化する"マイク・オン・カメラ"体験を味わえるようにすることがあったという。
それからしばらくすると、今度はIMAXシアター用のサウンドを仕上げるためトロントへと赴いた。異なるフォーマットを対象にしたミックスを手がけるたび、彼はそれぞれのフォーマットの表現方法の違いに戸惑った。


「5,1chからステレオ・ミックスを作るのには"Lt-Rt"と呼ばれる処理をするのが普通だ。これは1980年代から90年代にかけて開発されたアナログ・エンコーディング技術"Dolby Pro Logic"をベースにした処理なんだが、今回試してみるとオーディエンス・サウンドがモノラル化したり、ほかのサウンドもバランスが微妙に変化するなど、結果としてミックス・サウンド全体がかなりモノラルっぽくなってしまった。そこでその方法をあきらめ、5.1chからステレオへとダイレクトにダウン・ミックスした。一方のIMAXシアター向け処理だけど、こちらはトロントにあるIMAX社のスタジオで1週間ほどかけて5.1chミックスをIMAXミックスへと直していった。IMAXはサブウーファー無しの5chフォーマットなので、5.1chミックスのサブウーファー・チャンネルに入っている信号を、ほかの5本のチャンネルにミックスし直さなければならないんだ......」


いつ終わるともしれないミックスの日々。ボブ・クリアマウンテンがこのプロジェクトで最後に手がけたのはCD『シャイン・ア・ライト』向けのステレオ・ミックスだった。こちらの作業は2007年1月、ミック・ジャガーとともにロンドンのタウンハウス・スタジオで行われた。


「映像と一緒に楽しむDVDのステレオ・ミックスなら、映像のアップとともに音声が大きくなる処理に違和感は感じないけど、音だけのCDではそうはいかない。だからCD向けにリミックスしなければならなかった。実はCD用ミックスは自分のスタジオで事前に仕上げていたから、正確にはミックとやったのは私が仕上げたミックスのリミックスだった。いずれにせよ、私は自分で仕上げたオリジナル・ミックスをミックに聴かせるためにタウンハウスへと出向いたんだけど、そこで耳にしたサウンドが私のスタジオで耳にするサウンドとあまりにも違ったため、EQを修正しなければならなくなった。しかも、私のスタジオのEQがEシリーズのものだったのに対し、タウンハウスのSSLはGシリーズだったため、ちょっとトリッキーな作業となった......Gシリーズのサウンドがそれほど好きじゃないという個人的な好みもあったしね。いずれにせよ、タウンハウスでの作業を終えると、CDのミックスはDVDのステレオ・ミックスとは完全に違うものとなっていた。CDにはDVDに収録されていない曲も入っているし、それぞれ違った楽しみ方ができると思うよ」


プレミア上映のため世界中を巡る


映画『シャイン・ア・ライト』のワールド・プレミアは2008年2月7日、ベルリン映画祭において行われた。評論家のレビューは映画を絶賛するものがほとんどで、"映画祭の開幕を飾るのに相応しいオープニング・コンサートである"と賞賛したもあった。しかしボブ・クリアマウンテンの仕事は、そのワールド・プレミアで完全に終わったわけではなかった。その後もスコセッシ監督の要望により、映画のプレミア試写会が行われる会場の音響システムをチェックするため、世界中の映画館を巡るのに時間を割かなければならなかったのである。


「監督はサウンドにとてもこだわっていた。世界中どこの映画館でも自分の狙い通りのサウンドが再生されることを頑固なまでに主張したんだ」
ミキサーに要求される水準を超えた仕事をしたことに対する感謝の印として、ストーンズの面々はボブ・クリアマウンテンを共同プロデューサーとしてCDにクレジットした。しかし本稿を執筆している現在も、彼は自分の仕事が完全に終わったという確信を持てずにいる。12月に日本で行われるプレミア試写会の音響システムをチェックしてくれと、スコセッシ監督から電話がかかってくることをいまだに心配しているといった具合なのである......。
だが、撮影が行われたコンサートから約2年の大忙しの日々を終え、彼はようやく自身の仕事を振り返る余裕ができたようだ。


「すべてのサウンドがライブ録音されたことを忘れないでほしい。ロン・ウッドがミスをし、本人が修正を強く望んだ4秒ほどのギター・ソロ部分を除き、オーバーダブは一切していない。一方、エディットに関しては少々やっている......まあ、エディットと言ってもキースがミスしたコード・ストロークをカット/ペーストで修正したりと、その程度のことに過ぎないが。いずれにせよ、録音素材の修正は最小限にとどめている。昨今のアーティストの多くはコンサートで録ったライブ素材をスタジオに持ち込んで手を加え、"何週間もかけたライブ・アルバム"を作り上げている。それが今日の業界の常識になっているけど、それに対して映画『シャイン・ア・ライト』は、ストーンズのショウをほぼそのままにとらえている点でユニークだ。そして連中が撮影当日に披露してくれた演奏は実に素晴しい出来だった。私はあの映画を110回は観ているけど、いまだに楽しめる。比類なき体験が味わえる素晴らしい映画だと思うよ」



ボブクリが語る『シャイン・ア・ライト』におけるミキシング・テクニック


◉Vocal


ストーンズの曲のミックスで難しいのは、多くの楽器サウンドが中高域に集中している点だ。しかし幸運にもミック・ジャガーのボーカルはギター・サウンドを切り裂くような感じの音質で、とてもミックスしやすい。ボーカルの音量をそれほど上げずとも、ちゃんと歌を聴かせることができるんだ。ミックは自分のボーカルに天然のコンプレッサーをかけるような歌い方をしていて、私の方でもUREI 1178を多少かけている。ディエッサーは使っていないけど、その代わりにSSLのEQとコンプレッサーをパッチしてディエッサーとして使っている。これだとスレッショルドをオートメーションと組み合わせながら設定できるので、フレーズごとにディエッシング効果のかかり具合をコントロールすることができるからね。また、ミックのボーカルにはスラップ・ディレイをかけてもいる。ちょっとした刺激を与えるため、100~130ms程度のものをROLAND SDE-3000やYAMAHA D5000などで左右にかけたんだ......。ちなみにD5000は、これまでに作られたものの中で最高のディレイだと思っている。
曲中のボーカルとMCとのギャップを埋めるため、ミックのボーカルにはさらにAUDIO EASEのAltiverbもかけた。曲が終わると観客の反応を強調するためにオーディエンス・マイクで拾ったサウンドを上げるのが普通なんだけど、そうすると会場に響いているボーカルのアンビエンスが加わってしまう。だから通常のボーカルに多少のリバーブとスラップ・ディレイをかけ、この2つのサウンドの差を埋めたんだ。もちろん、ミックのボーカルだからこそできたことだ。


◉Guitar & Bass


キースとロン以外にも、ミックがアコギとエレキ、また、バック・シンガーのひとりブロンディ・チャップリンが時折アコギを弾いている。アコギに関しては2本のDI出力を別々のトラックに録った。これだけ多くのギター・サウンドをミックスに適切に配置することができたのは、パンニングとEQを駆使したためだ。そのほかにこれといった特別なテクニックを使った覚えはない。ミキシングをしているときは、その時々で適切な処理をするだけなので、後になって何をしたか覚えていないことが多い。言ってしまえば、サウンドが正しく聴こえるようになるまでノブを回すだけといった単純作業だ。例えばギター・サウンドを耳にしながら"この周波数はボーカルとケンカしてしまう"と判断すればそうならないようにその場でEQを調整するまでで、それがすべてとも言える。特別な秘密は何もない! ステレオ空間では、キースを右、ロンを左に配置した。観客から見た2人のステージ上の立ち位置を忠実に再現したわけだ。曲によっては、ギターにもミックのボーカルにかけたのと同じスラップ・ディレイやリバーブを多少使用したと思うけど、エレキギターにコンプレッサーはほとんどかけていない。私はエレキギターの豊かなダイナミック・レンジをできるだけ保ちたいと考えている方だからね。一方、アコギに関してはEMPIRICAL L
ABS Distressor EL-8をかけたと記憶している。また、ベースについてはFOCUSRITE Red 3でちょっとコンプをかけながら70Hz辺りの低域を持ち上げた。


◉Drums


ドラムに関してはかなりストレートなアプローチで臨んだ。まずスネアとタムにコンプを少々かけ、全体の高域を強調するような処理をした。EQについては、サウンドをドラムらしいパワフルなものにすることを心がけた。一方、チャーリーのキックはとてもダイナミックで、彼はその音量をかなり意図的に変えていると思われる。まるでジャズ・ドラマーのようなドラミングだ。ロックの場合、こうしたドラムのミックスはかなりトリッキーになる......例えば平歌では適切な音量で聴こえていても、ほかのセクションでは大き過ぎたり小さ過ぎたりすることが往々にして起こるからだ。だからチャーリーのバスドラに関してはサンプルを録り、DIGID
ESIGNのSound Replacerというプラグインを使ってオリジナルのキックの上からミックスした。チャーリーのキックのサウンドはとても素晴らしいので、サンプルを使うなら本人のたたいたものしかないと思ったのでね。Sound Re
placerには、ユーザーが指定したレベルに応じて重ねるサンプルの音量をリミットする機能があるから、例えばダイナミクスの50%などといった具合に補正する度合いを指定して使うわけだ。そうした意味ではコンプレッサーと似ている。いずれにせよ、キックが確実に聴えるようにするのにとても重宝したプラグインだった。


Release


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