江夏正晃(FILTER KYODAI/marimoRECORDS)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

江夏正晃(FILTER KYODAI/marimoRECORDS)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

空間オーディオを前提にしたルーム・デザイン。調音パネルやAVB導入で洗練された内観へ

 ポップスから企業案件に至るまで、幅広く制作/プロデュースを手掛ける江夏正晃。先日行われた『東京楽器博2024』の企画制作=JSPAの理事も務める人物だ。そんな彼の新たなmRX Base-2スタジオが先日完成。限られた予算内で、物件探しから施工のコスト削減まで相当苦労したそう。こだわりと機能美の追求によって生まれたスペースを、江夏のコメントとともに見ていくとしよう。

ワンフロアに事務所や映像スタジオなども併設しており、図面のレコーディング・エリアは3つの部屋+サウンド・ロックから成る

ワンフロアに事務所や映像スタジオなども併設しており、図面のレコーディング・エリアは3つの部屋+サウンド・ロックから成る

スピーカー位置から計算したルーム設計

 mRX Base-2はオフィス・ビルの地階にあり、同じフロアには江夏が代表を務めるmarimoRECORDSの事務所や撮影スタジオ&編集ルームも併設するなど、総面積はそれなりの規模となる。

 レコーディング・エリアはコントロール・ルームを中心に、ドラム・レコーディングもできる録音ブース、シンセサイザー・ストレージ、サウンド・ロックで構成。中でもコントロール・ルームは「空間オーディオをやることが前提だった」と語るだけに、3m以上の天井高が確保されている。

 「天井が低くなるとどうしてもスピーカーの配置に制限が出てしまうんですよね。そう考えると天井高は3mは欲しいものの、そういう物件がなかなかなくて。物件探しには苦労しました」

 天井高に加え、コントロール・ルームの横幅も立体音響を前提に、スピーカーとリスニング・ポイントの距離から導き出したサイズだという。

 「自分が作業しやすいサラウンド・サークルをいろいろシミュレートしてみて、最終的に直径3.6mになるように計算して部屋の大きさを決めました。とにかく空間オーディオ制作をするために7.1.4chの環境をしっかり作ろうと。今後、制作はますます空間オーディオにシフトしていくと思います」

コントロール・ルームのメイン・デスク。UC1、UF1、UF8×2台といったSOLID STATE LOGICのコントローラー・モジュールが埋め込まれており、ミックスは基本的に内部完結。DAWはSTEINBERG Nuendo 13で、「一番操作に慣れているのでNuendoを使っています」と江夏

コントロール・ルームのメイン・デスク。UC1、UF1、UF8×2台といったSOLID STATE LOGICのコントローラー・モジュールが埋め込まれており、ミックスは基本的に内部完結。DAWはSTEINBERG Nuendo 13で、「一番操作に慣れているのでNuendoを使っています」と江夏

オーディオ・インターフェースはRME Digiface AVB。そこにA/DのM-32 AD ProやD/AのM-32 DA Pro IIをつなげることで、オーディオ・ネットワークを構築。「Danteも候補だったのですが、RMEがAVB/MILANに対応するということで、将来的な運用も視野に入れてAVBを採用しました」と江夏

オーディオ・インターフェースはRME Digiface AVB。そこにA/DのM-32 AD ProやD/AのM-32 DA Pro IIをつなげることで、オーディオ・ネットワークを構築。「Danteも候補だったのですが、RMEがAVB/MILANに対応するということで、将来的な運用も視野に入れてAVBを採用しました」と江夏

各種マイクプリが組み込まれたラック。AVBでネットワークが組まれたこのスタジオだが、当然ながら音の入口=取り込み時のマイク&プリアンプは非常に重要。音源ソースに合わせて、SOLID STATE LOGIC、NEVE、AVALON DESIGN、AMEK、MILLENNIAを用意。それらはRME M-32 AD ProでA/Dされ、AVBネットワークに送られる

各種マイクプリが組み込まれたラック。AVBでネットワークが組まれたこのスタジオだが、当然ながら音の入口=取り込み時のマイク&プリアンプは非常に重要。音源ソースに合わせて、SOLID STATE LOGIC、NEVE、AVALON DESIGN、AMEK、MILLENNIAを用意。それらはRME M-32 AD ProでA/Dされ、AVBネットワークに送られる

VICOUSTICの調音パネルはモジュール式なので、任意に取り外しが可能。吸音/拡散させたい個所に貼り替えができる。上品なデザインも導入ポイントの一つだ。右下に見えるのは低域がたまりやすい場所に配置すると効果的なベース・トラップで、こちらも自由に動かして調音できる

VICOUSTICの調音パネルはモジュール式なので、任意に取り外しが可能。吸音/拡散させたい個所に貼り替えができる。上品なデザインも導入ポイントの一つだ。右下に見えるのは低域がたまりやすい場所に配置すると効果的なベース・トラップで、こちらも自由に動かして調音できる

7.1.4chのスピーカー・システムはすべてGENELECで、フロントは8351B(写真)×3台、サイドとリアは8341A×4台、ハイトは同じく8341A×4台、サブウーファーは7370A。前方にはステレオ用途で使う8050B×2台も設置する

7.1.4chのスピーカー・システムはすべてGENELECで、フロントは8351B(写真)×3台、サイドとリアは8341A×4台、ハイトは同じく8341A×4台、サブウーファーは7370A。前方にはステレオ用途で使う8050B×2台も設置する

調音&オーディオ・ネットワークの選択

 スタジオ設計でとりわけ難敵なのが遮音だ。江夏はどのように対応していったのか。

 「今回、設計/施工はATSの黒川(宏一)先生にお願いしました。そこで先生がいろいろとアイディアを出してくれて、コントロール・ルームと録音ブースの間にサウンド・ロックを作って録音ブースの遮音性能を上げるなど、すべてを完ぺきに遮音するのではなく、割り切るところは割り切り経済的な設計にしました」

 さらにルーム・アコースティックにもアイディアが込められている。

 「壁にVICOUSTICの調音パネルを使うことで、いつでも拡散と吸音をコントロールできるようにしました。これはモジュール式(595×595mm)で、自由自在に取り外しできるんです。パネルの色は豊富に用意されているので、差し色でオレンジのモジュールを入れてみたりして、デザイン性にもこだわりました」

 もう一つ、江夏がこだわったのはAVBでの伝送システムだ。

 「このスタジオは録音ブースやサウンド・ロック、さらには収録スタジオまで各部屋にEthernetケーブルが敷設されていて、AVB対応ツールを使えば自由にオーディオの出し入れができるようになっています。もちろんA/Dの前段まではこだわっていて、マイクやマイクプリは各種取りそろえています。入口はアナログでこだわりますけど、そこから先はデジタルで進めた方がクオリティも高くなると考えています。今回、スタジオの設計/施工はATS、ワイヤリングなどの工事はタックシステム、機材関連はジェネレックジャパン、シンタックスジャパン、ソリッド・ステート・ロジック・ジャパン、電源やケーブル類はACOUSTIC REVIVEに見てもらいましたが、皆さんのおかげで良いスタジオができたと思います」

 オーディオ・インターフェースはRME Digiface AVBで、主にA/DにM-32 AD Pro、D/AにM-32 DA Pro IIを接続して効率的なオーディオ・ネットワークを構築している。シンプルさを追求することで結果的に見た目も洗練されるという、まさに機能美。最後に、スタジオのコンセプトである空間オーディオについて、江夏が再び熱く語ってくれた。

 「音楽表現において、2chには限界があると思うんです。多チャンネルで制作すると音の出口がたくさんあるので、音を詰め込む必要がなくなると思うんですよ。なので、空間オーディオ環境で制作するとより自然な音作りができて、元の素材をしっかり生かすことができると考えています。最終的には聴き手にもバイノーラルで届けることができるし、映像コンテンツだけじゃなくて、ポップスもそれが普通になっていくんじゃないかと思っています。海外ではDolby Atmosのポップス作品もたくさん出てきていますしね。重要なのは、これから普通にスマホ+イヤホンで空間オーディオが楽しめるようになること。しかも、単にリバーブが深くなったような音像ではなく、エンターテインメントとしてもっと面白い表現ができるんじゃないかと思っています」

シンセサイザー・ストレージにはビンテージから最新のものまで、アナログ/デジタル・シンセがズラっと並ぶ。すべてを紹介するのは困難だが、赤バージョンのROLAND SH-101、SEQUENTIAL Prophet-5/Prophet-6/Prophet-VS、E-MU Emulator II、WALDORF Micro Wave、そして再評価の呼び声も高いOBERHEIM Xpanderも置かれていた

シンセサイザー・ストレージにはビンテージから最新のものまで、アナログ/デジタル・シンセがズラっと並ぶ。すべてを紹介するのは困難だが、赤バージョンのROLAND SH-101、SEQUENTIAL Prophet-5/Prophet-6/Prophet-VS、E-MU Emulator II、WALDORF Micro Wave、そして再評価の呼び声も高いOBERHEIM Xpanderも置かれていた

コントロール・ルームに置かれた鍵盤類。上は2010年代にリイシューされたMOOG Minimoog Model D、下はRHODES Mark II Suitcase Piano Seventy Three

コントロール・ルームに置かれた鍵盤類。上は2010年代にリイシューされたMOOG Minimoog Model D、下はRHODES Mark II Suitcase Piano Seventy Three

「今日はどのシンセを使って曲を作ろうかなって、1プロジェクトに1台以上は必ずハード・シンセを入れています。そうすることでモチベーションが上がるんです」と江夏

「今日はどのシンセを使って曲を作ろうかなって、1プロジェクトに1台以上は必ずハード・シンセを入れています。そうすることでモチベーションが上がるんです」と江夏

録音ブースは遮音性能を担保するために浮き床にし、十分な壁厚にしている。ここの壁にもEthernetポートが配置されており、AVBネットワークが生かされた部屋に仕上がっている

録音ブースは遮音性能を担保するために浮き床にし、十分な壁厚にしている。ここの壁にもEthernetポートが配置されており、AVBネットワークが生かされた部屋に仕上がっている

録音ブースに立てられていたSONY C-100。高域用/低域用の2ウェイ・カプセルを内蔵しており、江夏は「クセも少なく、ハイレゾ・マイクとしてとても秀逸で多用しています」と語る

録音ブースに立てられていたSONY C-100。高域用/低域用の2ウェイ・カプセルを内蔵しており、江夏は「クセも少なく、ハイレゾ・マイクとしてとても秀逸で多用しています」と語る

多彩に用意されたスピーカーへの出力は、ステレオ~空間オーディオの用途に合わせ、モニター・コントローラーのTACSYSTEM VMC-102IPでセレクトしている

多彩に用意されたスピーカーへの出力は、ステレオ~空間オーディオの用途に合わせ、モニター・コントローラーのTACSYSTEM VMC-102IPでセレクトしている

コントロール・ルームで江夏が使っているヘッドフォン、クインシー・ジョーンズ・モデルのAKG Q701

コントロール・ルームで江夏が使っているヘッドフォン、クインシー・ジョーンズ・モデルのAKG Q701

Equipment

Computer:Windows PC

DAW:STEINBERG Nuendo 13

Audio I/O:RME Digiface AVB

Speaker:GENELEC 8351B、8341A、8050B、7370A、etc.

Headphone:AKG Q701、etc.

Other:KORG Mono/Poly、Polysix、MOOG Minimoog、Multimoog、Prodigy、OBERHEIM Xpander、REON IIIC、ROLAND Juno-106、SH-101、SH-5、Jupiter-4、Jupiter-8、SEQUENTIAL Prophet-5、Prophet-6、Prophet-VS、STUDIO ELECTRONICS Midimini、SE-1、WALDORF Micro Wave、YAMAHA CS-30、DX7(Synthesizer)、etc.

Close up!

アナログ・モジュラー・シンセで直感的な音作りも楽しむ

 REON IIICは、2019年にREONの荒川(伸)氏にカスタマイズして製作してもらったMOOG IIICモジュラー・シンセサイザーです。USB、MIDI対応などこだわりはたくさんあるのですが、一番はシーケンサーのステップ点灯にLEDではなく、MOOG IIICと同じくアナログのソケット・ランプを使っていること。音作りは無限大。もはや僕の手足になっているので、これでたくさんのライブもしましたし、多くの楽曲も制作しました。

江夏用にカスタマイズされたREON IIIC。上部にあるのは、ライブ時に併用しているテープ・エコーのROLAND RE-201×2台

江夏用にカスタマイズされたREON IIIC。上部にあるのは、ライブ時に併用しているテープ・エコーのROLAND RE-201×2台

 Profile 

江夏正晃

江夏正晃:音楽家/DJ/エンジニア。プロデュースやFILTER KYODAIでの活動、CM音楽から自動車のサウンド・デザインまで手掛ける。全国劇場公開された浅田真央『Everlasting33』のサラウンド・ミックスも担当。著書は『DAWではじめる自宅マスタリング』など。

 Works 

『BULL & BEAR [BULL]』『BULL & BEAR [BEAR]』
FILTER KYODAI

特集|Private Studio 2025