空間オーディオを前提にしたルーム・デザイン。調音パネルやAVB導入で洗練された内観へ
ポップスから企業案件に至るまで、幅広く制作/プロデュースを手掛ける江夏正晃。先日行われた『東京楽器博2024』の企画制作=JSPAの理事も務める人物だ。そんな彼の新たなmRX Base-2スタジオが先日完成。限られた予算内で、物件探しから施工のコスト削減まで相当苦労したそう。こだわりと機能美の追求によって生まれたスペースを、江夏のコメントとともに見ていくとしよう。
スピーカー位置から計算したルーム設計
mRX Base-2はオフィス・ビルの地階にあり、同じフロアには江夏が代表を務めるmarimoRECORDSの事務所や撮影スタジオ&編集ルームも併設するなど、総面積はそれなりの規模となる。
レコーディング・エリアはコントロール・ルームを中心に、ドラム・レコーディングもできる録音ブース、シンセサイザー・ストレージ、サウンド・ロックで構成。中でもコントロール・ルームは「空間オーディオをやることが前提だった」と語るだけに、3m以上の天井高が確保されている。
「天井が低くなるとどうしてもスピーカーの配置に制限が出てしまうんですよね。そう考えると天井高は3mは欲しいものの、そういう物件がなかなかなくて。物件探しには苦労しました」
天井高に加え、コントロール・ルームの横幅も立体音響を前提に、スピーカーとリスニング・ポイントの距離から導き出したサイズだという。
「自分が作業しやすいサラウンド・サークルをいろいろシミュレートしてみて、最終的に直径3.6mになるように計算して部屋の大きさを決めました。とにかく空間オーディオ制作をするために7.1.4chの環境をしっかり作ろうと。今後、制作はますます空間オーディオにシフトしていくと思います」
調音&オーディオ・ネットワークの選択
スタジオ設計でとりわけ難敵なのが遮音だ。江夏はどのように対応していったのか。
「今回、設計/施工はATSの黒川(宏一)先生にお願いしました。そこで先生がいろいろとアイディアを出してくれて、コントロール・ルームと録音ブースの間にサウンド・ロックを作って録音ブースの遮音性能を上げるなど、すべてを完ぺきに遮音するのではなく、割り切るところは割り切り経済的な設計にしました」
さらにルーム・アコースティックにもアイディアが込められている。
「壁にVICOUSTICの調音パネルを使うことで、いつでも拡散と吸音をコントロールできるようにしました。これはモジュール式(595×595mm)で、自由自在に取り外しできるんです。パネルの色は豊富に用意されているので、差し色でオレンジのモジュールを入れてみたりして、デザイン性にもこだわりました」
もう一つ、江夏がこだわったのはAVBでの伝送システムだ。
「このスタジオは録音ブースやサウンド・ロック、さらには収録スタジオまで各部屋にEthernetケーブルが敷設されていて、AVB対応ツールを使えば自由にオーディオの出し入れができるようになっています。もちろんA/Dの前段まではこだわっていて、マイクやマイクプリは各種取りそろえています。入口はアナログでこだわりますけど、そこから先はデジタルで進めた方がクオリティも高くなると考えています。今回、スタジオの設計/施工はATS、ワイヤリングなどの工事はタックシステム、機材関連はジェネレックジャパン、シンタックスジャパン、ソリッド・ステート・ロジック・ジャパン、電源やケーブル類はACOUSTIC REVIVEに見てもらいましたが、皆さんのおかげで良いスタジオができたと思います」
オーディオ・インターフェースはRME Digiface AVBで、主にA/DにM-32 AD Pro、D/AにM-32 DA Pro IIを接続して効率的なオーディオ・ネットワークを構築している。シンプルさを追求することで結果的に見た目も洗練されるという、まさに機能美。最後に、スタジオのコンセプトである空間オーディオについて、江夏が再び熱く語ってくれた。
「音楽表現において、2chには限界があると思うんです。多チャンネルで制作すると音の出口がたくさんあるので、音を詰め込む必要がなくなると思うんですよ。なので、空間オーディオ環境で制作するとより自然な音作りができて、元の素材をしっかり生かすことができると考えています。最終的には聴き手にもバイノーラルで届けることができるし、映像コンテンツだけじゃなくて、ポップスもそれが普通になっていくんじゃないかと思っています。海外ではDolby Atmosのポップス作品もたくさん出てきていますしね。重要なのは、これから普通にスマホ+イヤホンで空間オーディオが楽しめるようになること。しかも、単にリバーブが深くなったような音像ではなく、エンターテインメントとしてもっと面白い表現ができるんじゃないかと思っています」
Equipment
Computer:Windows PC
DAW:STEINBERG Nuendo 13
Audio I/O:RME Digiface AVB
Speaker:GENELEC 8351B、8341A、8050B、7370A、etc.
Headphone:AKG Q701、etc.
Other:KORG Mono/Poly、Polysix、MOOG Minimoog、Multimoog、Prodigy、OBERHEIM Xpander、REON IIIC、ROLAND Juno-106、SH-101、SH-5、Jupiter-4、Jupiter-8、SEQUENTIAL Prophet-5、Prophet-6、Prophet-VS、STUDIO ELECTRONICS Midimini、SE-1、WALDORF Micro Wave、YAMAHA CS-30、DX7(Synthesizer)、etc.
Close up!
アナログ・モジュラー・シンセで直感的な音作りも楽しむ
REON IIICは、2019年にREONの荒川(伸)氏にカスタマイズして製作してもらったMOOG IIICモジュラー・シンセサイザーです。USB、MIDI対応などこだわりはたくさんあるのですが、一番はシーケンサーのステップ点灯にLEDではなく、MOOG IIICと同じくアナログのソケット・ランプを使っていること。音作りは無限大。もはや僕の手足になっているので、これでたくさんのライブもしましたし、多くの楽曲も制作しました。
Profile
江夏正晃:音楽家/DJ/エンジニア。プロデュースやFILTER KYODAIでの活動、CM音楽から自動車のサウンド・デザインまで手掛ける。全国劇場公開された浅田真央『Everlasting33』のサラウンド・ミックスも担当。著書は『DAWではじめる自宅マスタリング』など。
Works
『BULL & BEAR [BULL]』『BULL & BEAR [BEAR]』
FILTER KYODAI