古代祐三のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

kodai Private studio

ゲーム・ミュージック界のマエストロが “オールインワン”を標ぼうする創作の場所

 『湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE』や『世界樹の迷宮』など、数々のゲームの音楽を手掛けてきたサウンド・クリエイターで、ゲーム開発会社エインシャントの代表も務める古代祐三。3LDKのマンションに構えるスタジオは、制作の原体験に根差すものだ。

スタジオの間取り。コントロール・ルームを除く3つの部屋にプレイヤーを配置して、クリックを共有すればバンドの一発録りが可能だ

 

往年のゲーム機の音源を再現するソフト

 1990年代には、ハードウェア・シンセがズラりと並ぶプライベート・スタジオを自社の社屋の中に構えていた古代。後年、そこをゲームの開発室にして、アパートの一室で音楽制作をする期間が5~6年あったという。しかし、大きなスピーカーを鳴らしながら作りたいという思いがくすぶり続け、2013年に現在のスタジオを持った。「どうせきちんと造るなら、楽器の録音もできるようにしたかったんです」と話す。

 言葉の通り、ドラムやグランド・ピアノなどを鳴らせるライブ・ルーム、ギター・アンプ・ブース、そのブースに隣接する部屋の3つを併用すれば、バンドの一発録りやストリングス・セクションの録音が可能。各部屋はコントロール・ルームのパッチ盤を介してつながっており、オーディオやMIDIを送受信できる。 

STEINWAYのグランド・ピアノModel Bを常設するライブ・ルーム。約14畳で、ドラム・キットの演奏/録音も可能だ。音響設計を手掛けたのはアコースティックエンジニアリング。古代は調音パネルで吸音と反射のバランスを調整できるようにしている

ギター・アンプ・ブースは3畳ほどで、ROLAND JC-120を常設

 コントロール・ルームをのぞいてみると、STEINBERG Cubaseやアウトボードの数々が。そう、ここは古代が自身の制作の全工程をワンストップで行えるスタジオなのだ。「私の原点はNEC PC-8800シリーズでの曲作りなんです。パソコン内蔵のFM音源チップで作っていたから、ハードウェアのシンセを何台もつなぐような必要がなく、まさにオールインワンでした」と振り返る。 

「常に最新版にしている」というコントロール・ルームのSTEINBERG Cubase。立ち上がっているのはMAmidiMEmoだ。SEGA MEGA DRIVEをはじめ、NINTENDOのFAMILY COMPUTERやSUPER Famicomといった往年のゲーム機、そして古いコンピューターなどの音源チップをエミュレートするソフトで、製作者は古代祐三も親交があるitoken。液晶ディスプレイの後ろ側には、モニター・スピーカーADAM AUDIO A7Xの姿が

マスター・キーボードとしても使用しているアナログ・シンセKORG Prologue

デスク上のアウトボード。写真上のほうはUREI 1178(コンプ)、下のほうは左からAPI 550A×4(EQ)、PURPLE AUDIO 5C1 Action×2(コンプ)、TRIDENT AUDIO 80B×2(EQ)

デスク左の足元のラックにはVINTECH AUDIO 473(プリアンプ)、FOCUSRITE OctoPre MKII Dynamic(プリアンプ+コンプ)、APOGEE Rosetta 800(AD/DAコンバーター)、WARM AUDIO EQP-WA×2(EQ)、BEHRINGER RX1602(ライン・ミキサー)を設置

ラックの上から3段はパッチ盤。アウトボードの入出力やギター・アンプ・ルームのマイク回線、キュー・ボックスの入出力などが見られる。コントロール・ルームとほかの3部屋をつなぐ要だ。ラック最下段にはオーディオI/OのRME Fireface UFX II

コントロール・ルームのラックには、制作したゲーム音楽がテレビでどう聴こえるかを確かめるためのSONY KV-14DA1、CubaseからMIDIデータを受信するMEGA DRIVEのほか、SHEP 2254やUREI LA-22といった珍しいコンプも見られる。下から2番目と3番目はNEVE 3415マイクプリ2chをラッキングしたもので、古代はこれをメインに録音することが多い

 「社屋のスタジオにシンセを並べていた頃は、一生懸命パッチして、やっと録音できるみたいなワンクッションがストレスで、自分の本質的な作り方が一時的にできなくなってしまったんです。でも近年はDAWが発展し、パソコン1台で何でもできるようになってPC-8800の時代の感覚がよみがえってきました。だからこそ、プレイヤーの方々や生の楽器を交えてもワンストップでやれるようにしたかった。録音にもCubaseを使っているので、そこにすべてを集約できるのがオールインワンという本質ですね」 

ギター・アンプ・ルームに隣接する部屋では、先述のRHODESのほか、ROLAND MKS-80のような往年の音源モジュールやサンプラー、MXR 126 Flanger/Doublerなどのエフェクトが控えている

先のラックの下には、ROLAND V-Synth XTやMKS-20、YAMAHA Motif-Rack ESといった音源モジュールやコーラス・エフェクトのBOSS CE-300などがある

S950やS1100といったAKAI PROFESSION ALのサンプラー、NEVE VRコンソールのEQモジュール、ディレイのROLAND SDE-3000Aの姿が見える

 古代は本稿の取材の時期、自ら開発を手掛けるSEGA MEGA DRIVE向けの新作ゲーム『アーシオン』のための音楽制作を行っていた。活用していたのは、MEGA DRIVEをはじめとする往年のゲーム機や古いコンピューターの音源チップをエミュレートするフリーのソフト音源、MAmidiMEmoだ。 

 「CubaseのMIDIトラックに立ち上げて使用しています。チップと同様の挙動をしますし、いろいろなゲーム機の音を再現できるので、以前に比べて制作のプロセスが格段に良くなったんです。レトロなゲーム機の音楽をDAW上で作れるようになったのは、本当にここ数年だと思います」 

常設マイク。写真左からNEUMANN U 87 AI、AKG C 414 XLII、C 451 B、SENNHEISER MD 421-II、AUDIO-TECHNICA AT4050、ATM25、SHURE Beta 52A

なぜDAISOの300円スピーカーなのか

 CubaseのMIDIデータをMEGA DRIVEに送り、実際のチップを鳴らすこともあるという。「こういったチップチューンを作曲するときは、あえてDAISOの300円スピーカーを使うんです」と古代。 

 「私は音の質感に耳がいきがちなんですけど、作曲のときはもっと全体を俯瞰したほうが良いと思っていて。高性能なモニター・スピーカーでやっていると、どうしても細部を追いかけてしまって曲作りが進まなくなるので、小さいスピーカーで作るというのに行き着きました。DAISOを選んだのは『アーシオン』の音楽を作る中で、MEGA DRIVE当時の音が合うと思ったから。中域をメインに必要なところだけが見えて、作った曲をテレビのスピーカーで聴いてもイメージが変わらない。細部を調整する段階でモニター・スピーカーのADAM AUDIO A7Xから鳴らしてみて、同じように聴こえているとうまくいったということなんです」

MEGA DRIVE向けの新作ゲーム『アーシオン』の音楽制作で、作曲に活用しているDAISOの300円スピーカー。「低域が重要な音楽では作曲の段階からA7Xを使いますが、単体のFM音源でゲーム音楽を作るような場合はDAISOが適している。中域メインで、欲しいところだけが聴こえてくるから“木を見て森を見ず”みたいにならないのがいいんです」と古代

 今年の7月に発売された『湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE 6RR PLUS Original Sound Track』の収録曲のように、低域が充実した音楽は初めからA7Xで作るそう。 

 「その手の音楽で最もよく使うソフト・シンセはLENNARDIGITAL Sylenth1で、次にR
EVEAL SOUND Spire。あとREFX Nexus4も最高に良い。クライアントにうなずいてもらうための秘密兵器というか(笑)。音が細部まで精緻にできているから、細かいところが気になってしまう自分の癖を最初からクリアできるんです。Spliceも活用していますが、良いサンプルはほかの曲でも使われていることが結構あるので、YouTubeのContent IDが誤認識しがちなんですよね。だから使い方を考えなくちゃいけないなと思っています」 

ギター・アンプ・ブースに隣接する部屋に置かれたRHODES MKI Suitcase Seventy Three

 打ち込みでの作編曲から大音量楽器のレコーディングまで行えるオールインワンの制作環境。本文で言及した要素以外にも注目すべき点は多いので、写真もじっくりとお楽しみいただきたい。

Equipment

Computer:Windows

DAW:STEINBERG Cubase

Audio I/O:RME Fireface UFX II

Speaker:ADAM AUDIO A7X

Headphone:SONY MDR-CD900ST

Other:AMEK System 9098 Dual Compressor/Limiter、Channel in a Box(Channel Strip)、BBE 882I(Sonic Maximizer)、DBX 286A(Preamp)、FOCUSRITE ISA Two(Preamp)、KORG Prologue(Synthesizer/Master Keyboard)、RUPERT NEVE DESIGNS 511(Preamp)、STEINWA Y Model B(Grand Piano)、VINTECH AUDIO 473(Preamp)

Close up!

ゲーム機の音源チップをMIDIで鳴らす

MEGA DRIVEは、SEGAが1988年に発売したゲーム機だ

 制作したゲーム音楽が、MEGA DRIVEでどう鳴るかを確かめるときはMAmidiMEmoの製作者=itokenさんが作った特殊なケーブルを介して、オーディオI/OからMEGA DRIVEのシリアル・ポートにMIDIを送るんです。そうすると内蔵の音源チップを鳴らすことができます。

 Profile 

古代祐三:日本ファルコムのサウンド担当としてキャリアをスタート。『イース』『ソーサリアン』などのキャッチーでアグレッシブな楽曲がゲーム・ファンの間で絶大な人気を集める。国内のみならず海外からも評価が高い。

 Recent Work 

『湾岸ミッドナイトMAXIMUM TUNE 6RR PLUS Original Sound Track』

古代祐三

(U/M/A/A)

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