岩崎太整のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

iwasaki taisei private studio

“映像の音”の質を世界基準にするために

響きに徹底的にこだわった地下スタジオ

 無尽蔵と言えるほどに数多くの映画、アニメ、配信ドラマなどの劇伴やCM音楽を手掛けている音楽家の岩崎太整が、プライベート・スタジオを新しくしたという。いかなるシステムが構築されているのか、完成して間もない新拠点=CUT UP STUDIOにお邪魔した。

パソコン・デスクを中心に、サラウンドに対応したスタジオ・スペース

徹底的に追い込んだ音響

 岩崎の新ホーム=CUT UP STUDIOがあるのは、都内の住宅街の一角。岩崎いわく「もともとは建築会社用に造られたボロボロの物件だった」とのことだが、1階の入口を入ると、その言葉とは真逆のカフェ・バーのような雰囲気に圧倒される。1階がロビー・スペース、地下1階がスタジオの2フロア構造だ。

 「本格的なレコーディングは外のスタジオでやるので、ここで録るのはデモの歌やちょっとした楽器程度です。ブースもありません」

スタジオ入口を入ってすぐのロビー・スペース。お酒のボトルなども用意され、カフェ・バーのようなおしゃれな雰囲気

地下のスタジオへと続く階段を見下ろしたところ

1階のロビー・スペースに設置されたTECHNICS SL-1200 MK5(アナログ・ターンテーブル)、YAMAHA RX-V585(AVレシーバー)。スピーカーはTANNOY Gold 5 

 スタジオ造りに取り組んだ理由を尋ねれば、映像作品に関わる際に、音楽のみならず、セリフや効果までを担える環境を求めたのだとか。音に関わる部分に包括的に取り組むことで、映像音楽、さらには作品自体をより豊かにできるという信念があるからだ。

 「作曲家としてのみ仕事を受けると、その役割が主なのでセリフや効果にまでこだわることができません。さらに言えば、越権行為にも思われかねません。であれば、最初から包括して仕事を受けられればいいなって。ただそのためには、ときに作家の看板を降ろさなければならないこともあります(笑)」

制作デスクは、88鍵のMIDIコントローラーARTURIA KeyLab 88 MKIIが設置できる大きさでありながら、奥行きが短くなるように特注したもの。メインDAWはAPPLE Mac MiniにインストールしたAPPLE Logic Pro。世界中を旅しながらレコーディングをすることが多い岩崎にとって、持ち運びできるのが便利なのだそう。パソコン用の32インチのモニター・ディスプレイに角度が付けられているのは、スピーカーの音を邪魔しないため。その横には息抜き用のSONY PlayStation 5もセットされている

MIDIコントローラーのARTURIA KeyLab 88 MKII。“シンセ・タッチで88鍵のもの”という条件に合わせて導入。コンパクトかつ88鍵のキーボードがセットできるものが市販されていなかったことから、デスクは特注で製作

 スタジオの音響デザインは、さまざまな作品で岩崎と仕事を共にしているmolmolのエンジニア佐藤宏明によるものだ。

 「彼と僕のイデオロギーは近く、ルーム・アコースティックには徹底的にこだわりました。そもそも部屋の響きが調整されていなければ、たとえ高いスピーカーを買っても、あまり意味がありませんからね。といっても、具体的に奥義のようなものがあるわけではないんです。測定をしっかりして調整を丁寧にやることが大事。要は、なるべくフラットに鳴るように調整する。もちろん、吸音したり、つり天井にしたりと作業は大変ですけどね」

スタジオに用意されたマイク。手前はFLEA MICROPHONES Flea 47、奥がBOCK AUDIO 195

独自のセンスを感じさせる楽器類

 ここからは、スタジオの機材システムについて伺っていこう。「機材をなるべく減らしていきたい」という岩崎の言葉を反映するように、スタジオ内は、88鍵のMIDI鍵盤が置けるように設計した特注のパソコン・デスクを中心に、シンセやアウトボードが整然と並べられたシンプルな空間。パソコン・デスク前に映像用のモニターもセットされており、このぜいたくな環境で「データの書き出しの最中など、息抜きでゲームをしたり、バスケの試合を観たりしている」というからうらやましい。デスク両脇にはモニター・スピーカーATC SCM25A Pro MK2がセットされ、その足下にはサブウーファーSCS70 Proが鎮座している。

 「SCM25A MK2はニアフィールドですが、ラージ・スピーカー的にも、“ヘッドホンの中に入り込んだ”ようにも出音が感じられるのが良いです。ツィーターを僕の耳と同じ高さに調整して、シビアなモニタリングができるよう注力していて。パソコン用ディスプレイに角度を付けているのも、スピーカーの響きを遮らないようにするためなんです」

メイン・スピーカーのATC SCM25A Pro MK2のセレクトの理由は「脳内で再生されているような、あるいはヘッドホンの中に自分が入っていったような感覚になる出音」とのこと。デスク前に座った際に岩崎の耳とツィーターの高さが同じになるように調整したACOUSTIC REVIVEの特注スタンドにセットされている

サブウーファーのATC SCS70 Pro。素材のチェック用として、取り回しの良さを優先したチョイス

 DAWシステムは、20年近く使い続けているAPPLE Logic Proがメインで、オーディオI/OはRME Fireface UFX III。システムの中心はAPPLE Mac Miniだという。

 「僕はよく、録音しながら世界各国を回る旅をしているのですが、Mac Miniは小さいのに新チップが高性能なので、“旅に持って行けるな”と購入しました。MacBook Proだと、譜面を書くときに画面が小さいんですよね」

アウトボード・ラックは、オーディオI/OのRME Fireface UFX IIIやコンプ、マイクプリ、EQ複合機のAVALON DESIGN VT-737SP、DSPアクセラレーターのUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite などで構成されたシンプルなもの。一番下の段には、NEVEのコンソールから抜き出したというマイクプリNEVE 1272が2基セットされている。Fireface UFX IIIを使用している理由は音質はもちろん、付属のミキサー・アプリTotalMix FXが気に入っているからだそう

 アウトボード・ラックには、電源類のほかにコンプ、マイクプリ、EQ複合機のAVALON DESIGN VT-737SP、NEVEのマイクプリ1272など、岩崎のセンスが生かされたアナログ機材がセットされた。さらに独自の審美眼を感じさせるのが、スタジオ内で確認できる楽器類。SEQUENTIAL Prophet-6やMOOG Moog Oneといったツボを押さえたアナログ・シンセのチョイスに加え、BOGNER創設者のラインハルト・ボグナーがブランド創設前にFENDERのギター・アンプをモディファイして作ったたというアンプやKORGのシンセ・ベースSB-100など、珍しいビンテージ機材の数々も取材陣の目を楽しませてくれた。

制作デスク右のシンセ・ラックにはSEQUENTIAL Prophet-6(上)とMOOG Moog One(下)をセット。奥にはサラウンド用モニターのIK MULTIMEDIA iLoud MTM。Prophet-6については、「Prophet-5が好きなんですけど、すぐにピッチが狂ってメンテが大変で。それで正統後継機を選びました」。Moog Oneは、“音がややこしい”のがお気に入りだそう

ギター・アンプ・ブランドBOGNERの創設者であるラインハルト・ボグナーが、FENDER Super-Sonicをモデファイしたというギター・アンプ。「パワーがありすぎるから、フルテンで使っちゃダメとお触れ書きがある(笑)」とのこと

KORGのアナログ・シンセ・ベースSB-100は、1970年代に発売された珍しい逸品。ケースと本体が一体化している

 ルーム・アコースティックに徹底的にこだわった施工と、合理的な機材セレクト。そこに遊び心のある楽器たちが加わったこのスタジオで、岩崎は日々、理想のサウンドを追求している。CUT UP STUDIOの出来栄えについて岩崎は「良いものは良く、悪いものは悪く聴こえるスタジオ。ここで“完璧な映像の音”を目指していきたいですね」と手応えを感じている様子だ。この場所で生まれたサウンドが、今日も何らかの形であなたの耳に届いているに違いない。 

Equipment

Computer:APPLE Mac Mini 

DAW:APPLE Logic Pro、AVID Pro Tools

Audio I/O:RME Fireface UFX III

Speaker:ATC SCM25A Pro MK2、SCS70 Pro(Subwoofer)、IK MULTIMEDIA iLoud  MTM

Headphone:DENON AH-D5200

Other:AVALON DESIGN VT-737SP(Compressor/EQ/Mic Preamp)、NEVE 1272(Mic Preamp)、MOOG Moog One(Synthesizer)、SEQUENTIAL Prophet-6(Synthesizer)、KORG SB-100(Synthesizer)

Close up!

レコーディングの旅に連れ出せる相棒

APPLE Mac Mini

 世界中を旅しながらレコーディングを行うことが多いので、M4チップでハイスペックになり、小さくて旅に持ち出せるのが良いですね。ノートだと譜面を見るときにディスプレイが小さいな、など考えて、思い切ってMac Miniにしちゃいました。

 Profile 

岩崎太整:映像作品の劇伴やCM音楽を数多く手掛ける音楽家。代表作に、第45回日本アカデミー賞最優秀音楽賞、第36回日本ゴールドディスク大賞サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した映画『竜とそばかすの姫』、Netflix『全裸監督』シリーズなど。

 Recent Work 

『ジブリパークの音響世界 powered by au』

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