“映像の音”の質を世界基準にするために
響きに徹底的にこだわった地下スタジオ
無尽蔵と言えるほどに数多くの映画、アニメ、配信ドラマなどの劇伴やCM音楽を手掛けている音楽家の岩崎太整が、プライベート・スタジオを新しくしたという。いかなるシステムが構築されているのか、完成して間もない新拠点=CUT UP STUDIOにお邪魔した。
徹底的に追い込んだ音響
岩崎の新ホーム=CUT UP STUDIOがあるのは、都内の住宅街の一角。岩崎いわく「もともとは建築会社用に造られたボロボロの物件だった」とのことだが、1階の入口を入ると、その言葉とは真逆のカフェ・バーのような雰囲気に圧倒される。1階がロビー・スペース、地下1階がスタジオの2フロア構造だ。
「本格的なレコーディングは外のスタジオでやるので、ここで録るのはデモの歌やちょっとした楽器程度です。ブースもありません」
スタジオ造りに取り組んだ理由を尋ねれば、映像作品に関わる際に、音楽のみならず、セリフや効果までを担える環境を求めたのだとか。音に関わる部分に包括的に取り組むことで、映像音楽、さらには作品自体をより豊かにできるという信念があるからだ。
「作曲家としてのみ仕事を受けると、その役割が主なのでセリフや効果にまでこだわることができません。さらに言えば、越権行為にも思われかねません。であれば、最初から包括して仕事を受けられればいいなって。ただそのためには、ときに作家の看板を降ろさなければならないこともあります(笑)」
スタジオの音響デザインは、さまざまな作品で岩崎と仕事を共にしているmolmolのエンジニア佐藤宏明によるものだ。
「彼と僕のイデオロギーは近く、ルーム・アコースティックには徹底的にこだわりました。そもそも部屋の響きが調整されていなければ、たとえ高いスピーカーを買っても、あまり意味がありませんからね。といっても、具体的に奥義のようなものがあるわけではないんです。測定をしっかりして調整を丁寧にやることが大事。要は、なるべくフラットに鳴るように調整する。もちろん、吸音したり、つり天井にしたりと作業は大変ですけどね」
独自のセンスを感じさせる楽器類
ここからは、スタジオの機材システムについて伺っていこう。「機材をなるべく減らしていきたい」という岩崎の言葉を反映するように、スタジオ内は、88鍵のMIDI鍵盤が置けるように設計した特注のパソコン・デスクを中心に、シンセやアウトボードが整然と並べられたシンプルな空間。パソコン・デスク前に映像用のモニターもセットされており、このぜいたくな環境で「データの書き出しの最中など、息抜きでゲームをしたり、バスケの試合を観たりしている」というからうらやましい。デスク両脇にはモニター・スピーカーATC SCM25A Pro MK2がセットされ、その足下にはサブウーファーSCS70 Proが鎮座している。
「SCM25A MK2はニアフィールドですが、ラージ・スピーカー的にも、“ヘッドホンの中に入り込んだ”ようにも出音が感じられるのが良いです。ツィーターを僕の耳と同じ高さに調整して、シビアなモニタリングができるよう注力していて。パソコン用ディスプレイに角度を付けているのも、スピーカーの響きを遮らないようにするためなんです」
DAWシステムは、20年近く使い続けているAPPLE Logic Proがメインで、オーディオI/OはRME Fireface UFX III。システムの中心はAPPLE Mac Miniだという。
「僕はよく、録音しながら世界各国を回る旅をしているのですが、Mac Miniは小さいのに新チップが高性能なので、“旅に持って行けるな”と購入しました。MacBook Proだと、譜面を書くときに画面が小さいんですよね」
アウトボード・ラックには、電源類のほかにコンプ、マイクプリ、EQ複合機のAVALON DESIGN VT-737SP、NEVEのマイクプリ1272など、岩崎のセンスが生かされたアナログ機材がセットされた。さらに独自の審美眼を感じさせるのが、スタジオ内で確認できる楽器類。SEQUENTIAL Prophet-6やMOOG Moog Oneといったツボを押さえたアナログ・シンセのチョイスに加え、BOGNER創設者のラインハルト・ボグナーがブランド創設前にFENDERのギター・アンプをモディファイして作ったたというアンプやKORGのシンセ・ベースSB-100など、珍しいビンテージ機材の数々も取材陣の目を楽しませてくれた。
ルーム・アコースティックに徹底的にこだわった施工と、合理的な機材セレクト。そこに遊び心のある楽器たちが加わったこのスタジオで、岩崎は日々、理想のサウンドを追求している。CUT UP STUDIOの出来栄えについて岩崎は「良いものは良く、悪いものは悪く聴こえるスタジオ。ここで“完璧な映像の音”を目指していきたいですね」と手応えを感じている様子だ。この場所で生まれたサウンドが、今日も何らかの形であなたの耳に届いているに違いない。
Equipment
Computer:APPLE Mac Mini
DAW:APPLE Logic Pro、AVID Pro Tools
Audio I/O:RME Fireface UFX III
Speaker:ATC SCM25A Pro MK2、SCS70 Pro(Subwoofer)、IK MULTIMEDIA iLoud MTM
Headphone:DENON AH-D5200
Other:AVALON DESIGN VT-737SP(Compressor/EQ/Mic Preamp)、NEVE 1272(Mic Preamp)、MOOG Moog One(Synthesizer)、SEQUENTIAL Prophet-6(Synthesizer)、KORG SB-100(Synthesizer)
Close up!
レコーディングの旅に連れ出せる相棒
世界中を旅しながらレコーディングを行うことが多いので、M4チップでハイスペックになり、小さくて旅に持ち出せるのが良いですね。ノートだと譜面を見るときにディスプレイが小さいな、など考えて、思い切ってMac Miniにしちゃいました。
Profile
岩崎太整:映像作品の劇伴やCM音楽を数多く手掛ける音楽家。代表作に、第45回日本アカデミー賞最優秀音楽賞、第36回日本ゴールドディスク大賞サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した映画『竜とそばかすの姫』、Netflix『全裸監督』シリーズなど。
Recent Work
『ジブリパークの音響世界 powered by au』