音好きが高じて辿り着いた究極のサウンド・ライブラリー
ビンテージ・シンセサイザーからサンプラー、エフェクターがひしめき合う、機材の楽園。数々のアニソンのヒット曲制作に携わるプロデューサーである佐藤純之介の仕事スペースであり、彼のライフ・ワークでもある機材研究をつかさどる空間を紹介しよう。
Text:Daisuke Ito(Caminari Inc.) Photo:Yoshika Horita
シンセを陳列したリビングと、ラック類を効率的に配置したスペースから成る
オーディオの視点を持った試聴環境
都心の高層ビルが建ち並ぶエリアから少し離れた閑静な場所にある佐藤の作業スペース。人の目を気にせずに音を出せて、かつ日当たりの良さを求めて選んだのが、1年ほど前に見つけたという現在のメゾネット・タイプの物件。階段を降りると広くて明るいリビングがあり、壁にはビンテージのシンセがズラリと陳列されていた。その奥にあるのが佐藤のワーク・スペースで、以前からモニタリングの環境を大きく変更した。以前はリスニング用のオーディオ・セットと制作時のモニター環境を別々に構築していたが、今回はオーディオ用として使っていたパッシブ・スピーカーを用いて一本化させたという。
「音楽を聴くときと音を作るときは、耳を使うポイントが異なるんですよね。テンポが速めのアニソンはオーディオ系のアンプだと立ち上がりが遅くなってしまう。でも、僕が関わる作品はオーディオが好きな人にも受け入れられる音にしたいから、オーディオのリファレンス用のモニターも必要なんです。あとは僕が好きなアナログ・シンセをAD/DAを介さずにフル・アナログの環境で鳴らせるようにしておきたかったのも大きいですね」
アナログだけでなくハイレゾにも精通する佐藤は、パッシブ・スピーカーの環境でもデジタルのハイスペックを表現できるよう、スーパー・ツィーターを追加していた。
メイン・デスク。メイン・モニターはパッシブ・タイプのPMC TB-5で、ハイレゾ音源の超高域再生のため、上部にスーパー・ツィーターのTAKE T Batpro IIを設置している。サブモニターはAURATONE 5C。ディスプレイの左下は佐藤が開発に携わったヘッドホン・アンプORB JADE Stage Model J 。デスク上ラックの左側にはRME Fireface UFX IIIとSOLID STATE LO GIC XLogic Alpha VHD-Pre、右側にE-MU E4 Platinumを設置。ヘッドホンは左がリファレンス用のFOSTEX P50RP、右はリスニング用のULTRASO NE Edition15 Veritas。ディスプレイに立ち上げられたプラグインの画面はWALDORF Microwave 1 Pl uginで、実機のひずみ感まで再現されて使い勝手も良く、最近のお気に入りとのこと
プリアンプ、ダイナミクス系のラック。左上段から往年のROLAND SIP-300、SIP-30に続いてLAVRY ENGINEERINGなどのAD/DA系、歌録りによく使うというTUBE-TECH MP1Aなど。右上はギターに使うTECH 21 Sansamp PSA-1、その下にあるラック左側のMOOG The Ladderは歌にも使うという。下段はドラムで使うAPI 512C、312、505-DIなど
普段の佐藤の仕事はアニソンの楽曲などのプロデュース業が多い。そのため人が作る楽曲のサポートや提案などが主だが、そんなときも佐藤が持つ豊富なシンセの知識が生きてくる。
「よくアレンジャーさんなどにソフト・シンセのキャプチャー画像を送ってもらって、僕が実機の音で差し替えるということもありますね」
シンセ・コレクターとして数多くの名機を所有する佐藤。故・坂本龍一のサウンドや機材の研究をしながら収集した5台のSEQUENTIAL Prophet-5や4台のFAIRLIGHT C MI、2台のROLAND Jupiter-8などのシンセだけでなく、こちらもビンテージのリズム・マシンやサンプラー、エフェクターなど、その量は膨大だ。「欲しい機材はほぼすべてそろえた」という佐藤だが、数年前にMOOG The Moog Synthesizer IIIを購入している。
「最初は使い方が分からず大変でした。バリエーションは少ないですが、音の説得力は別格です。このサウンドを今、どうやって使ったらよいのかと、あらためて富田勲さんの諸作を勉強して、ルーツに戻らざるをえなくなりました。それが自分にとって、すごくためになっています」
YMOへの憧れから購入を決意したというMOOG The Moog Synthesizer IIICは、2017年に25台限定で復刻されたモデル。音に圧倒的な存在感があり、単体で鳴らすようなSEで使用するという
FAIRLIGHT CMIは4台所有。下のコンピューターにはアート・オブ・ノイズのサインが入っている。特徴的なオーケストラ・ヒットなど、これでしかない得られないサウンドが必要になったときに起動させる
リビング・スペースに置かれたシンセ。上段左がO BERHEIM Prommer、SEQUENTIAL Pro-One、中段はProphet VS、下段がARP Odyssey、MOOG Grandmother。PrommerはLinn Drumなどで使うEPROMチップをプログラミングすることができる。Prophet VSは「1980年代の音がしてデジタル・シンセのなかでは一番好み」とのこと
上のSEQUENTIAL Prophet-5はREV3だが、フィルター部をREV1に改造している、続いてOBER HEIM Matrix-12、ROLAND Jupiter-8
ARP 2600 FSとE-MU Emulator II+、Emulator II 。Emulatorは時代によってロゴのフォントが違うのが分かる
貴重なOBERHEIMの2機種。上は1975年発売で佐藤と同い年のOBER HEIM 4Voice SEMで、YMO関連の機材として矢野顕子がライブで使用していた8ボイスの4ボイス版。圧倒的な存在感のサウンドを出力する。下が1984年発売のXpanderで、Matrix12の6ボイス・バージョン。こちらは「OBERHEIMのおいしい時代の音がする」とのこと
坂本龍一の研究家としても知られる佐藤。下から2番目のラックは1979年頃のYMOのライブでの坂本のシステムを完全再現したもの。ADVANCED AUDIO DESIGNS Model D 250、YAMAHA E-10 10、MOOG 12 Stage Phaser、ROLAND SBF-325、GE-810、SVC-350で、これらのエフェクトは主にSEQUENTIAL Prophet-5の音にかけている。一番下のラックは同じくYMOの散開コンサートからインスパイアを受けてくみ上げたシステムだ
アナログ・シンセのラック(中央)の上段には1990年代に発売されたOBERHEIM OB-MX。ドン・ブックラが設計に携わったモデルで、重厚なパッド系サウンドをよく使う。中央にはMOOG Minimoogの基板を取り出してLFOなどの機能を追加し、ラック・マウント化したSTUDIO ELECTRONICS Midimini。往年のMinimoogの分厚いサウンドを出力する。その下にはROLAND Jupiter-6をラック化したMKS-80などが見える。FIVE G と書かれた白い機材はTB-303をラック・マウント化したモデル
古き良き音源を今に生かす
佐藤にとってシンセの研究はライフ・ワークのようなもの。サウンドへの深い造詣があるため、最近ではサウンド・デザイナーとして、EV車のサウンドやSEなどの効果音の作成、劇伴の制作も行っている。その個性的な制作法を語ってもらった。
「昔のAKAI PROFESSIONALのサンプラー用のCD-ROMの音がすごく良いんですよ。これをソフト・サンプラー用の音源に変換して劇判の制作などでよく使っています。ニューウェーブやシンセウェーブ、シティ・ポップで求められるような“1980〜1990年代のニュアンス”を出すことができます。あと、E-MUのライブラリーの音も大好きなのでほぼすべて所有しています。例えばある音を再現しようとしたときも、パラメーターをいじる必要があるシンセとは違い、昔のリズムマシンやサンプラーの音源は、その音のままで再現できるというのがいいですよね」
歴代のサンプラーが並ぶラック(中央)。KURZWEIL K2500Rはプリセットの音が良く、E-MU E4 Pla tinumも「ライブラリーが素晴らしい」という理由で3台を所有。ラック・マウント型のE-mu EmaxとEmax IIはサンプリング用。これらの製品はメディアが旧式だが、現在でも使えるように工夫をしている。E4 Platinumは内部にSSDを搭載するほか、YAMAHA TX16WはTyphoon2000というOSで起動させ、ROLAND S-760、S750はUSBでブートさせている
リズム・マシンのコレクション。左上から時計回りにLINN ELECTRONICS Li nn Drum、SEQUENTIAL Drumtracks、KORG Drumlogue、OBERHEIM DX、SEQUENTIAL TOM、ULT SOUND DS-4、SIMMONS SDS5。このLinn Drumはデュラン・デュランが所有した個体で当時のメモ書きのテープが残っている。Drumtracksは「Linn Drumの兄弟機的な存在でタイトな音がする」という
名機と呼ばれる機材を収集し、各時代のサウンドをライブラリー化している佐藤のワーク・スペース。今後、こことは全く異なる趣を持つ、シンプルなレコーディング・スタジオSTUDIO VISIONをオープンする予定だと言う。最後に佐藤にこのスペースについて語ってもらった。
「僕はプレイヤーでも作曲・編曲家でもないのに、なぜこんなにたくさんの楽器を持っているのかというと、やはり単純に音が好きなんですよ。音作りの分析や解析が好きで、自分の好きなアーティストが使っていたものと同じ楽器を購入して音を出すと、当時にはこういう機材があったからこんな音になったんだとか、この順番でエフェクターを通していったからこの音になったんだと理解することができます。そうやっていろんな音作りを実践しながら蓄積したノウハウを、次の新しいプロジェクトに生かしていく。ここはそのための実験の場でもあるんです」
エフェクター類。MOOG Moogerfoogerのモデルが多く、STRYMONとMXRのペダルは空間系が多数。STRYMONはシンセに接続して使っている。オリジナルと復刻版のあるELECTRO HARMONIX The Clone Theoryは、「ニュー・オーダーのピーター・フックが好きで購入した」とのこと
エフェクターが収められたラック(中央)で使用頻度が高いのは、上のほうにあるEVEN TIDE H8000FW。ギター系エフェクトで派手な効果を探す場合、本機もしくはTC ELECTRONIC Fireworxを使う。下段のUREI 565 Filter Setは坂本龍一の影響もあって導入した1台で「これを通すだけで耳触りがよくなる」そうだ
ここ2~3年で気に入っているという“マシン・ライブ系”の機材。ユーロラックにはDOEPFER、WALDORF、MAKE NOISEなどの各種モジュールがマウントされる。右側から往年の名機であるARP Model 2600、MOOG Micromoogのほか、BEHRINGER Kobol Expander、ELEKTRON Digitone Keys DTK-1、ROLAND JP-8080、WALDORF M8 Voice、STUDIO ELECTRONICS Mi dimini、WALDORF 4Pole×2、ELEKTRON Model:Samples、Model:Cyc les、KORG Volca Kick。仕事モードから離れて音に浸ることができ、気分転換も含めて愛用している
Equipment
Computer :APPLE Mac Studio(M2)
DAW :ABLETON Live 、AVID Pro Tools
Audio I/O :RME Fireface UFX3
Speaker :PMC TB-2、AURATONE 5C Headphone:FOSTEX P50RP、ULTRASONE Edition15 Veritas
Other :E-MU E4 Platinum(Sampler)、ROLAND Jupiter 8(Synthesizer)、SEQUENTIAL Prophet-5(Synthesizer)、NATIVE INSTRUMENTS Kontakt(Software Sampler)、WALDORF Microwave 1 Plugin(Software Sampler)
Close up!
2種類のアンプでリファレンスを差別化
下よりオーディオ用のMARANTZ PM-11S 3、モニター時のMAR ANTZ DA04、LUXM AN M200はAURAT ONE用のアンプとなる
パッシブ・スピーカーはアンプのキャラクターやケーブルで音を繊細に調整できます。音を作るときのモニターはデジタル・アンプ、オーディオ系のリファレンスはピュア・オーティオのアンプと使い分けることで差別化しています。
Profile
佐藤純之介: 多くのアニメ・ソングの制作に携わるプロデューサー。ランティス/バンダイナムコアーツを経て、現在はフリーの音楽プロデューサーとして活動中。YMOやTM NETWORKをこよなく愛し、彼らの音作りを研究。シンセ・コレクターとしての一面を持つ。
Work
アニメ『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』
※音楽プロデューサーとして参加
Ⓒ空えぐみ・新潮社/「沖ツラ」製作委員会
特集|Private Studio 2025