増村和彦のプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

自然の中で生まれるグルーヴ。大分に誕生した大人の遊び場

 バンド“森は生きている”のメンバーとして活動し、解散後はGONNO × MASUMURA、水面トリオなどのユニットのほか、優河、柴田聡子らの作品に参加するドラマー/パーカッショニストの増村和彦。故郷の大分に構えたStudio Aoyamaが現在の活動拠点だ。

入口から突き当たりにある広い部屋を作業スペースにしている。ピアノとドラムの間は引き戸で区切ることも可能

理想の鳴りを求めてDIYで改装

 2016年に東京から大分に移った増村。スタジオを設けたのはそれからしばらく後、2020年のコロナ禍がきっかけだったそう。

 「当時は月1以上ってくらい頻繁に東京と大分を行き来していたんですが、いきなり東京に行けなくなってしまって。“じゃあ、何しよう?”ってなったときに、録音しかすることがないなと。その頃、周りのみんながBandcampに曲をアップしはじめたりしていて、自分も多少はDAWを扱っていたので良い機会だから録音してみようと思ったんです」

デスク周り。コンピューターはAPPLE iMacで、DAWのPRESONUS Studio Oneが立ち上がっている。スピーカーJBL PROFESSIONAL Model 431 2M IIのパワー・アンプにはLAB.GRUPPEN E4:2を活用。MIDIキーボードのARTURIA Minilab MK II、ベース録りに使うDIのRUPERT NEVE DESIG NS RNDIなども用意する

デスク下にある2台の電源トランスは、オーディオ・ケーブル・ショップ“PRO CABLE”で購入したもの

ROLAND Juno-106。「“何でここにJuno-106があるの?”って感じで、みんなが使ってくれるのが面白いかなと(笑)」と話す増村。ソロ作『Seven Wages』でも用いている

 最初は妻が経営するカフェの休日を利用して、店内に機材を並べて録音していたが、「毎回片付けるのが面倒くさすぎて(笑)」と感じていたこともあり、スタジオとして利用できる空き家を探しはじめたという。すぐに物件は見つかったが、古い木造の一軒家だったため部屋鳴りの調整に苦労したと語る。

 「一つだけ条件として、建物の周りに何もなく、いつでも音を出せるということは付けていました。機材を入れていざ録音してみたところ、ドラムにショート・ディレイがかかったみたいな音で。要するに、音が響きすぎていたんです。だから1回機材を出して、DIYで天井をぶち抜いたり(笑)、90°で交差した壁が反響に良くないと聞いて角に布団や吸音材を張ったりと、デッドにするためにトライ&エラーの連続でした。今の状態にたどり着くまでに2年くらいかかっています。思いつきでいろいろ試せるのは田舎ならではだと思いますね」

DIYで板を抜いて布を張った天井

 Studio Aoyamaで録音した素材は、さまざまな作品に使用されている。

 「最近だと、柴田聡子さんの『Your Favorite Things』や優河ちゃんの『Love Deluxe』のパーカッションは、僕が一人で録音したものです。東京に行かずにできることは増えました。あとは逆にみんなが大分に来てくれるきっかけにもなるかなと。旅行だけだと予算的に厳しくても半分仕事としてなら来やすいだろうし、ゲスト・ルームも用意しています。田舎の家だからデカいんです(笑)。春はタケノコが採れるし、夏はすぐ近くの川で毎日水浴びしてます(笑)」

デスク脇にあるパーカッション類。増村は「フロア・タムをちょっと動かすだけでパーカッションを録れるようにもしています。イスを中心にさまざまな作業ができるようにしたかったんです」と語る

ミックスの面白さに気が付いた

 一人でレコーディングするにあたって、エンジニアリング面はどのように習得していったのだろうか?

 「葛西敏彦さんは僕がこれまで最も一緒になったエンジニアで、いつもいろいろなことを教えてくれます。ドラムのトップ・マイクの録り方は葛西流をちょっとアレンジしたものです。一度スタジオに来てくれて、“机の場所を変えたほうがいい”とか“この部屋だとドラムは真ん中で録ると良い”とか、基礎的なアドバイスをしてくれました。あとはやっぱり岡田拓郎の影響が大きい。機材のチョイスも含め、その2人に一番影響を受けています。またGONNOさん、芦田(勇人)君、水面トリオ、笹倉慎介さん、谷口(雄)などスタジオに来てくれたミュージシャンのやり方も参考にしています」

マイクは左から、ASTON MICROPHONES Spirit×2本、SENNHEISER MD 421、AUDIO-TEC HNICA AT4081、SHURE SM57×2本、AUDIO-TECHNICA ATM25、SENNHEISER E602-II。Spiritは葛西敏彦と岡田拓郎の薦めで購入したマイク。増村は「Spiritを買ってから一気に録音が開けたような感じです」と語る

アメリカから取り寄せたドラムのLUDWIG Club Date

16chミキサーのMIDAS Venice 160。RME OctaMic IIを入手するまでは多チャンネル入力に使用

ヘッドホンは、左がBEYERDYNAMIC DT 770 Pro(80Ω)、右がSONY MDR-CD900ST。録音時はMDR-CD900STを用いていて、DT 770 Proは、「密閉感がすごいです。ミックスだけでなくリスニングでも使っています」とのこと

 DAWはPRESONUS Studio One。最初に購入したオーディオ・インターフェースに付属していたことがきっかけだった。

 「大分に帰ってすぐ、ちょっとしたデモを録ろうと思っていた頃にGONNOさんと一緒に作業するようになって、たまたまGONNOさんもStudio Oneだったんです。“Studio Oneはすごく音が良いですよ”と聞いて、じゃあ同じだしこれでいいかなっていうシンプルな理由です。今でも満足していますよ」

オーディオ・インターフェースはRME Fireface UCで、ドラム録りでの入力チャンネルを増やすために8chマイクプリのOctaMic IIを併用。Fireface UCは増村いわく「岡田(拓郎)が使っていたのと、GONNOさんが録り音を“無味無臭ですよ”と言っていて、自分のプレイ・スタイル的に合いそうだなと思いました」

 これまでにない変化として、昨年Bandcampに発表したソロ作品『Seven Wages』をきっかけに、ミックスに興味が出てきたという。

 「ミックスに爆ハマりして、“何で俺は、今までこんなに面白いことに手を出していなかったんだろう”って。制作中のソロ・アルバムでは、2023年末から年をまたいで2月くらいまで、時間さえあればミックスしていました。その後で壁にぶつかってちょっと置いたり再開したりしつつ、ようやく完成間近というところです。最初はUNIVERSAL AUDIOのUADネイティブ・プラグインで、コンプを使い分けたりするのだけでもめっちゃ楽しかったです。岡田には、“増くんがLEXICONって言ってる!”みたいに言われています(笑)」

 「ただ特に打楽器は倍音が命みたいなところがあるので、EQはできれば使いたくない。最近は録り音が良いことが一番というのを痛感しています。拙くてもいいから、自分の作品は自分でミックスをやりきりたいですね」と話す増村。最後にStudio Aoyamaを「大人の遊び場です」と表してくれた笑顔が、今の充実を物語っているようだった。

キッチン部分に設置するYAMAHAのアップライト・ピアノ

FENDER Stratocaster、TAYLORのアコースティック・ギターなどの後ろには、ブラジルの民族楽器ビリンバウの姿も

マリンバのほか、あらゆるパーカッションを収納する楽器倉庫。デスクやドラムの部屋と壁を隔てた位置にあり、壁を取り除いて広いスペースにするというプランもあるそうだ

Equipment

Computer:APPLE iMac

DAW:PRESONUS Studio One

Audio I/O:RME Fireface UC

Speaker:JBL PROFESSIONAL Model 4312M II

Headphone:BEYERDYNAMIC DT 770 Pro、SONY MDR-CD900ST

Other:ASTON MICROPHONES Spirit(Microphone)、AUDIO-TECHNICA AT4081(Microphone)、ROLAND Juno-160(Synthsizer)、LUDWIG Club Date(Drums)、RME OctaMic II(MicPre))

Close up!

お守りのように持ち歩いている愛用楽器

増村所有のカシシ。南米やアフリカをルーツとするパーカッションで、最近は右手にカシシ、左手でほかの楽器を鳴らすという演奏をよく行っているそう

 振りものって、打点じゃなく“シュー”ってずっと音が鳴っているんですよ。そこにリズムの大事なところがあるんじゃないかなと。良い演奏をしていないとリズムがブレるので、リズムを覚えるのにすごく良い楽器です。東京に行くときはお守りのように、いつも持ち歩いています。

 Profile 

増村和彦:大分県佐伯市出身のドラマー/パーカッショニスト。GONNO x MASUMURA、Okada Takuro、ツチヤニボンド、ダニエル・クオン、水面トリオ、見汐麻衣、ポニーのヒサミツ、笹倉慎介、影山朋子など、さまざまなレコーディングやライブに参加する。

 Recent Work 

『Seven Wages』

増村和彦

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