RISA TANIGUCHIのプライベート・スタジオ|Private Studio 2025

触れたらすぐ音が出せるようにスタンバイ。居住空間と制作環境がシームレスにつながる

 世界を舞台に活躍するDJ/プロデューサーのRISA TANIGUCHI。その重厚なサウンドの制作拠点となっているプライベート・スタジオは、居住スペースと制作スペースが一体となった環境に構築されている。

平面図

マンションの一室に設けられたTANIGUCHIの制作部屋。デスク対向に位置するクローゼットは、ベース・マネジメントの重要な役割を担う。隣接しているリビングにはDJ機材や電子ピアノを設置

制作へのスピーディな導入を徹底

 部屋のコンセプトとして「生活スペースの一部に制作機材を置いて、生活の中で作れるようにしている」ことを挙げたTANIGUCHI。

 「使うものは机の上に必ず置いておいて、ハードウェア・シンセやABLETON Pushなども電源を付けたままにしています。そうじゃないと、“電源を付けなきゃ”と思うだけでやる気がそがれてしまうので、頭で考えなくてもすぐアイディアを出せる状態にしているんです」

デスク

制作の必須ツールが整然と並ぶデスク上。右に置かれたAPPLE MacBook Airの画面を正面のディスプレイに映している。左には、ABLETON PushとMoveがスタンバイ。ディスプレイに立ち上がっているLiveも含めてABLETONのツールが制作の主軸となっている。

 ワインエキスパートとしての顔も持つTANIGUCHIは「この部屋では制作から食事、ワインの勉強まですべてが完結しているんです」と話し、こう続ける。

 「私は結構自分にムチを打って音楽を作るタイプなので、生活スペースと音楽スペースを分けたら曲を作らなくなると思って(笑)」

 この制作部屋に隣接しているリビングもTANIGUCHIの音楽活動における重要なスペースとなっている。部屋の中央にはDJ機材がセットアップされており、その奥に置かれた電子ピアノのYAMAHA CLP-775は活動を続ける上での心の支えになっているようだ。

 「DJ機材はPIONEER DJ XDJ-RXで、DJ用のモニター・スピーカーは以前から使っていたKRK Rokit5です。もともとずっとクラシック・ピアノをやっていて、いかに譜面通りに弾くかという世界だったんですけど、今ではなぜかテクノを作っていて、その気分転換でピアノを弾くような感じになっています(笑)。国内外でDJをやる中で“自分でも曲を作れないとダメだ”という地点が10年前くらいにあって、そこから曲を作りはじめたんです。今も大変なことや壁にぶち当たることがたくさんあるので、このピアノがあるおかげで続けられています」

PIONEER DJ XDJ-RX

DJ用マルチプレイヤーのPIONEER DJ XDJ-RX。USBメモリー内のオーディオ・ファイル再生だけでなく、DJミックスの録音にも対応。「USBを挿すと2ミックスのWAVデータとしてDJミックスがレコーディングできるのが気に入って購入しました」と話す

YAMAHA CLP-775

電子ピアノのYAMAHA CLP-775はこだわりの逸品。「実家では毎日アップライト・ピアノを昼間弾いていたんですけど、今は音が出せないので、意を決して電子ピアノを買って。生ピアノに近いタッチと値段のバランスを考えて決めました。音が出ない分、夜でもピアノを弾けるんです。そんな経験は人生で初めてで“こんなに幸せなんだ!”って思って」と喜びを語る

裏技的な“押し入れベース・トラップ”

 以前の環境では音出しが難しかったことが、現在のスタジオを造るきっかけに。

 「制作作業はほぼヘッドホンのAUDIO-TECHNICA ATH-SX1Aを使っているのですが、音響周りを整えようと思ってモニター・スピーカーのADAM AUDIO A7Vを入れました。そうすると、リリース済みの自分の曲でさえ聴こえていなかった音が聴こえてきて。ただ、ルーム・アコースティックを調整していないので、音をガッツリ出すとモコ付くんです。なんですけど......これは裏技で、制作中にふとクローゼットを開けてみたら“低音が消えてる!”と気付いて。それ以来、クローゼットを開けた状態の“押し入れベース・トラップ”を使っています。デスク横の有孔ボードやブラインドでも吸音/拡散できて、ちょうど良くベース・トラップのような役割をしてくれています」

AUDIO-TECHNICA ATH-SX1A

モニター・ヘッドホンとして10年以上愛用しているというAUDIO-TECHNICA ATH-SX1A。イヤー・パッドの側圧や低音が出るのにこもった感じがしないサウンド面などを含めて気に入っているという

ADAM AUDIO A7X

このスタジオへの転居をきっかけにモニター・スピーカーとして採用したADAM AUDIO A7X。その選定理由については「低域がモコッとしないでちゃんと出るのと、好きなプロデューサーが使っているメーカーだったからです」と話す

ABLETONの制作ツールをフル活用

 ここからは制作機材に着目していこう。ここでは、ABLETONLiveを軸に構築されたシステムが展開されている。

 「パソコンはM1チップを搭載したAPPLE MacBook Airで、オーディオ・インターフェースのRME Fireface UFX IIを導入してからだいぶ制作がはかどるようになりました。ABLETON MoveやPush、NOVATION BassStation、ROLAND JD-XIのオーディオをFireface UFX IIに入力して、常にそれらをミキシング・ソフトのRME TotalMix FXでルーティングしてあるんです」

CALDIGITのドッキング・ステーション

コンピューターはM1チップ搭載の2020年製MacBook Air。USB-Cポートの少なさをカバーするために、CALDIGITのドッキング・ステーション経由でSSDとHDDを接続している。SSDは2台体制で運用し、1台はMacのタイムマシン専用、もう1台は月1回、重要なデータを手動バックアップしている。ほかに「Liveの自作クリップを保存しておくユーザー・ライブラリーとPackはSSDからブラウズしています」とTANIGUCHI

NOVATION BassStation II、ROLAND JD-XI

デスク横に二段構えされたハードウェア・シンセのNOVATION BassStation II(上)とROLAND JD-XI(下)。これらは常に電源が入れてあり、触るとすぐに音が出るようになっている

RME Fireface UFX II

ディスプレイ台下にはオーディオI/OのRME Fireface UFX IIを配置。PushやMove、シンセ類のオーディオ信号を入力している。25鍵のMIDIキーボードAKAI PROFESSIONAL LPK25 Wirelessは制作スタイルにフィットしているようで「メロディを弾くタイプの曲を作らないので25鍵が使い勝手が良いんです」と話す。写真左上のマイクはAKG D5。声ネタの収録のために使うことがあるという

 続けて、Liveでの楽曲制作の工程をさらに深掘りしてみた。

 「基本的にLiveのセッションビューを開いたら、サイド・チェイン用のゴースト・トラック的なテンプレートが出るようにしてあります。テクノは毎回やることが大きく変わるわけではないので、面倒くさくならないような基本のテンプレートを幾つも作っておいて取っ掛かりをなるべく簡単にしようとしてますね。打ち込みは基本的にマウスとコンピューターで完結しますが、LiveのセッションビューをPushでコントロールすることもあります。PushはMPE対応しているので、一つの楽器として置いています。FXでちょっとおどろおどろしいのを作りたいとか、チューンから外れた音を出してみるとか、新しい表現方法ができる。自分が意識してこういう音を出したいというときはキーボードで作って、枠から外れて新しいアイディアが欲しいときはPushですね」

Push

「一つの楽器として置いている」というPushは、ラップトップ用スタンドで傾斜や高さを付けて配置。基本的にスタンドアローン・モードで使用。「スタンドアローン機能で作ったデータを内蔵ストレージに保存しておいて“そう言えば、あれ良かったな”というときに取り出してあらためて録音する“保存ボックス”みたいにも使えます」と教えてくれた

 そのほか、年1回程度行っているというライブ・セットで使われる機材類は棚に美しくディスプレイ。ケーブル類は、突っ張り棒を支柱にした先述の有孔ボードにかけられている。

 「よく使うケーブルは壁収納をしようと思ってここにかけています。“手の届く所全部が楽に済むように”もここの大きなコンセプトの一つかも知れませんね」

突っ張り棒

突っ張り棒に取り付けた有孔パネルをケーブル類の収納スペースとして活用

制作部屋の棚

制作部屋の棚には、レコードや書籍のほか、MIDIコントローラーのNOVATION LaunchPad XLやリズム・マシンのARTURIA Drumbruteなど、TANIGUCHIがライブ・セットでも活用するという機材が並べられている。ARTURIA DrumBrute Impactはアイディア出しに使ったり、ドラムに生感を足したりするのにも活用するとのこと

Equipment

Computer:APPLE MacBook Air

DAW:ABLETON Live

Audio I/O:RME Fireface UFX II

Speaker:ADAM AUDIO A7X

Headphone:AUDIO-TECHNICA ATH-SX1A、SHURE SRH1440

Other:ABLETON Move、Push(Groove Gear)、AKAI PROFESSIONAL LPK25 Wireless(MIDI Keyboard)、NOVATION Bass Station II(Synth Bass)、PIONEER DJ XDJ-RX(DJ Player)、ROLAND JD-XI(Synthesizer)、YAMAHA CLP-775(Piano)、etc.

Close up!

アイディア出しの初期段階で何も考えずに使える音楽制作ツール

ABLETON Move

スタンドアローンで動作する音楽制作ツールABLETON Move。電源を入れて自動的に音色がロードされ、スピーディにアイディアを形にできる。バッテリー駆動対応、スピーカー内蔵といった仕様からも、場所を問わずにトラック・メイクを楽しむことができる

 ABLETON Moveは使うたびにどんどん良さに気付いて。Moveがあるおかげで使わなくなった機材が本当に増えちゃいました(笑)。アイディア出しの最初の段階で何も考えないで使うのがメインで、漫画を読みながらでも触れるぐらいの感覚です。ドラムを組みたいときにも、ステップ・シーケンサーで適当にフレーズを作って、良いフレーズができたらオーディオで録るようにして使ったりもしています。

 Profile 

RISA TANIGUCHI:東京出身のDJ/プロデューサー。世界中を飛び回って培ったDJスキルと中毒性ある楽曲プロデュース・センスで、クリス・リービング、アメリー・レンズ、シャーロット・デ・ウィットといった世界中のトップ・テクノ・プロデューサーから絶大な信頼を寄せられている。

 Recent Work 

『Look At Hatred』

RISA TANIGUCHI

(MOOD)

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