さまざまなイベントやコンサートで
ライブ録音や中継を行っているSCI
その中継車の全容に迫る!
一見、結びつくことがなさそうな自動車と音楽制作。しかし世の中には、クルマを音楽制作に活用する事例があります。車内をレコーディング・スタジオにしたり、燃料電池自動車の水素燃料電池を楽器の電源として使ったり、カー・ステレオでミックス・チェックを行ったりと“各車各様”です。ここでは録音中継車が登場。一体どんなシステムが搭載され、どのように運用されているのでしょうか。現場でオペレートを行っているSCIモービル録音部の日高智将氏、そして録音中継車のシステム・コーディネートを手掛けているオーディオモバイルの原田崇氏に話を聞きました。
SCI 1号車
ライブ・レコーディングや中継を行う、SCIの録音中継車。荷台部分にミキシング・ルームを構築しており、車ごと全国各地で行われるイベントやコンサートへ赴むくことができるのが特徴だ。現在、SCIでは1/4/6/7/8号車の5台が稼働中。上の写真は4tサイズの中型録音中継車、1号車だ。全長は約8.4m、ミキシング・ルーム内はオペレーターを含む4名ほどが搭乗して作業ができる空間になっている。長時間の作業が行えるように空調設備も整っており、荷台上部に室外機が積載されているのが見える。
メインのシステムはSSL System T。車内にはコントロール・サーフェスのS500が鎮座している。System Tの心臓部T80 Tempest Engineは、車外からのみアクセスできるマシン・ルームに搭載。1号車は屋外でも稼働するため、熱対策としてマシン・ルーム内にも空調設備が整えられている。
ステージからは、多チャンネルを扱えるネットワーク・オーディオ規格のDanteで録音中継車に音声が送られる。配信やモニター用に音作りをする際は、基本的にSystem T内のエフェクトを使用するが、必要に応じて車内に用意されたアウトボードや乗り込みエンジニアのアウトボードなどを柔軟にルーティングすることが可能だ。
微細な振動も機材の大敵
——まずはSCIの事業内容について教えてください。
日高 SCIの主力事業はライブ・レコーディングです。コンサートやイベントにおけるレコーディングのシステムを、録音中継車を用いることで現場に構築するということがメインとなっています。アーティスト側のエンジニアを用意しないような現場であれば、我々がオペレートすることもありますが、乗り込みで作業されるエンジニアも多く、割合としては五分五分というところです。
——録音中継車は、その名前のとおり中継も行うのですよね?
日高 はい。映像の生配信がある現場では映像中継車が来ているので、そちらに録音中継車で作った2ミックスを送ることになります。
——録音中継車はどのように製作されるのでしょうか?
日高 一から録音中継車を作る技術はSCIも持っていないので、コーディネートをオーディオモバイルの原田さんへお願いしています。
原田 ベースになっているのは、街中に走っているようなトラックと同じです。ただ、最初のベースとなる車両の荷台には何も乗っておらず、運転席部分の“キャビン”と荷台を載せる“シャーシ”で構成されています。そこから、荷台部分に作るスタジオの骨格となるフレームを作り、次に外板を決めるんです。1号車の外板素材は鉄とアルミニウムですが、4号車にはFRPという繊維強化プラスチックを採用しました。
——FRPの採用は軽量化のためですか?
原田 はい。車は積載重量というものが決まっているんですが、さまざまな機材を載せる中継車はどうしても重くなってしまうんです。できる限り、外枠が軽くなるように、かつ強度も担保できるようにFRPを採用した車も出てきています。
——録音中継車は精密機器を多く載せて移動することになりますが、振動などの対策も行われているのでしょうか?
原田 移動時はもちろん、アイドリング時の微細な振動も機材に大きな影響を与えるため、防振は重要になりますね。多くの中継車では、車を支えるサスペンション部にエアサスペンションを採用しています。エアサスペンションは圧縮した空気を利用するもので、通常の金属製のバネを使ったサスペンションなどと比べると柔らかく、衝撃を吸収して振動を抑制してくれるんです。また、コンソールのエンジンを組み込んだマシン・ルームのラックにも防振ゴムを入れており、二重での対策を行っています。
——一般的なスタジオを造るのとは違ったノウハウが必要なのですね。
原田 通常のスタジオを造る際は建築基準法がかかわってきますが、録音中継車においては道路交通法が問題になるというのもポイントですね。映像中継車は似た仕様のものが作られていたりしますが、録音中継車は1台として同じものがない印象です。各社で求めるものも違いますし、SCIにおいても車によってサイズや搭載しているコンソールなどの機材も変わり、用途も違ってきます。各車が個性を持っているというのも、録音中継車の面白いところです。
Danteで128ch入力まで対応
——ステージから録音中継車にはどのように信号が届くのでしょうか?
日高 音声の伝送はすべてDanteネットワーク経由で行われます。音声中継車とステージにCISCOのネットワーク・スイッチを置き、その間を光ファイバーでつないで10Gbpsのネットワークを確立しています。舞台袖に機材を持ち込んで録音作業を行う場合もありますが、録音中継車はコンソールやレコーダー側のプリセットができており、ネットワーク・オーディオであれば多チャンネルをケーブル1本でつなぐだけでセットアップできるのがメリットです。
——モニターやFOHのI/OボックスからDanteに変換して引っ張ってくる?
日高 MADIでもらう場合はネットワーク・ブリッジのFOCUSRITE RedNet D64Rを使用し、Danteで中継車まで引っ張ります。アナログの場合は、音質の優れたADコンバーターのSSL Net I/O SB I16を使用しますね。あえてDanteから一度アナログに変換して、Net I/O SB I16を介して取り込むこともあります。
——基本的にはDanteで運用しているということですね?
日高 アナログのマルチケーブルを使うこともありましたが、今はデジタル伝送やネットワーク・オーディオの現場が多いですね。ちなみに1号車ではアナログで128ch、Danteで256chの入力に対応しています。
——ステージのPAが用意しているマイク以外に、SCIが立てるマイクもあるのでしょうか?
日高 録音用にオーディエンス・マイクを立てることはあります。リスナーの声や、会場のさまざまな場所の響きを録っておくことで、後々パッケージにするときにより良い作品にすることができると思うんです。使用するのはAKG C414やNEUMANN U87、ショットガン・マイクのSENNHEISER MKH 416-P48U3がメインで、小さい会場では6~8本、大きい会場では10〜20本近くを立てています。
——車内でのミキシングはどのように?
日高 コンソールはSSL System Tで、マシン・ルームにエンジンのT80 Tempest Engin e、車内にコントロール・サーフェスのS500を置いています。エフェクト処理は基本的にSystem T内で完結する想定ですが、車内にあるUREI 1176とNEVE 33609をインサートすることも可能です。また、気に入っているアウトボードを持ち込まれる乗り込みエンジニアの方もいるので、その際はパッチ盤から柔軟にルーティングが行えます。
——ライブ録音のシステムは?
日高 APPLE Mac ProとAVID Sync HD、HD MADIを積んでいて、Pro Toolsへマルチトラックで録音しています。バックアップとして、レコーダーのTASCAM DA-6400も2台使っていますね。
——モニター・スピーカーはYAMAHA NS-10 Mが用意されていますね。
日高 一応常設としてNS-10Mは置いていますが、自分の使い慣れているスピーカーを持ち込まれるエンジニアも多いです。最近はGENELECのスピーカーを持ち込み、GLMシステムで測定して音響補正をされる方もいらっしゃいますね。
人間関係が何より大事
——車内にはメインのエンジニア以外に常駐するスタッフもいるのですか?
日高 レーベルの方などが同席して、リアルタイムにチェックを行うこともあります。ライブDVD制作のために後日すべてを聴き直すよりも、その場で聴きながら歌や演奏のチェックをしておくほうがはるかに楽ですし、ライブの次の日にテレビで映像が流れる場合もあるので、放送用のセレクトもスピードが求められるんです。
——ステージ側の様子はどうやって確認をしていますか?
日高 舞台袖にスタッフを配置して、“楽器を持ち替えた”“アーティストがステージから移動した”など、舞台上の様子を録音中継車側へ伝えてもらいます。エンジニアは卓の操作などをしているため常にステージの映像を見ているわけではありませんし、事故を防止するために伝達役も用意しているんです。
——録音中継車でオペレートするにあたって、大切なことは何でしょうか?
日高 アーティストや多くのスタッフがずっと公演を続けてきたツアーでも、僕らは最終日だけに参加して録音することが多いんです。僕らはライブ現場に場所を借りてお邪魔する立場で、だからこそ、会場の舞台チームやPAチームと良好な関係を築けるようにコミュニケーションをしっかり取るようにしています。現場の雰囲気が悪くなってしまうと、せっかくの良い演奏もうまく録れなくなってしまいますから。人間関係が何より大事ですね。
Close up!
小型録音中継車の4号車も活躍中
2tサイズの小型録音中継車、4号車も紹介しておこう。全長は約5.7mとなっており、1号車と比べるとコンパクト。インタビューにある通り、繊維強化プラスチックのFRPを採用した外板で作られている。加工のしやすさを利用して、凹凸のデザインが施されていた。内部は深緑色の壁、天井にはダーク・ブラウンの拡散材があり、落ち着いた雰囲気のデザインだ。メインのシステムはYAMAHA DM7で、現状はDM7 Compact×2台となっているが、将来的にはDM7+DM7 Compactという組み合わせで運用するとのこと。