上原ひろみ『Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2024』〜ジャズライブ音響の舞台裏に迫る

上原ひろみ『Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2024』のライブ・サウンドに迫る【コンサート見聞録】

2023年にスタートした新プロジェクト“Hiromi’s Sonicwonder”として行う1年ぶり2度目の国内ツアーから、世界が認めるジャズ・ピアニストのライブ・サウンドに迫る

2023年に映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックを手掛けるなど、世界デビューから20年を超えてなお躍進し続けるジャズ・ピアニストの上原ひろみ。同年に発表したアルバム『Sonic wonderland』を制作した新プロジェクト“Hiromi’s Sonicwonder”とともに、2024年12月から2度目の国内ツアーを敢行した。ツアーのPAエンジニアを務めた山内俊治の話からライブ・サウンドに迫っていこう。

DATE:2024年12月19日(木)
PLACE:すみだトリフォニーホール 大ホール
PHOTO:広瀬誠(ライブ)、小原啓樹(機材)
※上掲の写真は12月12日に行われた大宮ソニックシティ公演の模様

ホールの反射を生かし自然な音になるポイントを探る

 山内はブルーノート・ジャパン所属のPAエンジニアであり、上原が国内ツアーを行う際は帯同してPAエンジニアを務めている。

 「もともとはひろみさんがデビュー当初からブルーノート東京によく出演していたので担当していたのと、ひろみさんの調律師の方とも仲が良くて。そうしたつながりからアジア/オセアニア・ツアーのPAを頼まれるようになり、国内ツアーも任されるようになったのが5年近く前です」

 今回話を聞いたのは、東京都墨田区にあるすみだトリフォニーホール 大ホールでの公演前。クラシック向きで生音でも十分な反響があるホールというイメージだが、出音の調整はどのような点を意識したのだろうか。

 「反射をしっかりと利用する方向で考えていました。音量を出しすぎてワシャワシャとならないギリギリのところを探しながら、自然な音になるように心がけています。ホールにはどうしても反射が付きものなので、基本的には出音の鳴りを聴きながら落とし込んでいく。それはどこの会場でも変わらないです」

 メイン・スピーカーには、NEXOのSTMシリーズを採用。そのサウンドを「自然で、すごくバンド感を出しやすい。ラインアレイからババッと全部出る感じじゃなく、得意な帯域がモジュールで分かれていたりするのが面白いです」と語る。また、モニターはメンバー全員がウェッジ・モニターを使用。ジャズ・ライブの場合、イヤモニを使うことは少ないそうだ。

FOHのPA席付近から見たステージ全景。3階席への出力を補うため、会場常設のスピーカーも補助的に使用しているそう

FOHのPA席付近から見たステージ全景。3階席への出力を補うため、会場常設のスピーカーも補助的に使用しているそう

L側のスタックされたメイン・スピーカー。最下段にサブウーファーNEXO STM S118×2台をセットし、その上には左側にベースの帯域を担うベース・モジュールのSTM B112×4台、右側上段にフルレンジ・スピーカーのSTM M46×4台と、その下に近距離用としてSTM M28×2台を配置している。スタックのそばで縦置きしているのは、前列の客席を補うためのPS15

L側のスタックされたメイン・スピーカー。最下段にサブウーファーNEXO STM S118×2台をセットし、その上には左側にベースの帯域を担うベース・モジュールのSTM B112×4台、右側上段にフルレンジ・スピーカーのSTM M46×4台と、その下に近距離用としてSTM M28×2台を配置している。スタックのそばで縦置きしているのは、前列の客席を補うためのPS15

リップ・フィルとしてステージ上の最前面に4台配置したNEXO PS10

リップ・フィルとしてステージ上の最前面に4台配置したNEXO PS10

パワー・アンプのNEXO NXAMP4X4は、スタックのメイン・スピーカーなどに使用。ネットワーク回線にはDanteを用いている

パワー・アンプのNEXO NXAMP4X4は、スタックのメイン・スピーカーなどに使用。ネットワーク回線にはDanteを用いている

インタビューに答えてくれたブルーノート・ジャパン所属のPAエンジニア、山内俊治。FOHコンソールは、氏が「扱いやすいコンソール」と語るYAMAHA CL5だ

インタビューに答えてくれたブルーノート・ジャパン所属のPAエンジニア、山内俊治。FOHコンソールは、氏が「扱いやすいコンソール」と語るYAMAHA CL5だ

ピアノのメイン・マイクはKM 84。あえてハイを狙わないように

 ここからインプット周りを掘り下げていく。ピアノには上原が持ち込んだ3種類のマイクを使用していて、中でもメインと言えるのがNEUMANN  KM 84だ。

 「エンジニアリングも行うサイモン・フィリップス(編注:上原の“ザ・トリオ・プロジェクト”にも参加するレジェンド・ドラマー)の助言もあったのかな?と思います。ピアノのタッチが強い方なので、現行モデルのKM 184だとハイが立ちすぎてしまい、KM 84の甘く柔らかい音の感じが合っているのかなと。僕もあえてハイのほうは狙っていません。ロー、ミッドを狙っている中に流れてくるハイで帳尻合わせしているというか、ハイが強くなりすぎると左手の演奏までしっかり表現できない。ひろみさんは鍵盤全体を使って演奏するので、バランス良く録れる位置を狙っています」

上原の使用するYAMAHAのグランド・ピアノとNORDのキーボード。写真左から上原(p、k)、アダム・オファリル(tp)、アドリアン・フェロー(b)、ジーン・コイ(ds)の順に位置している

上原の使用するYAMAHAのグランド・ピアノとNORDのキーボード。写真左から上原(p、k)、アダム・オファリル(tp)、アドリアン・フェロー(b)、ジーン・コイ(ds)の順に位置している

ピアノのマイキング。スタンドで立てたNEUMANN KM 84(ロー/ハイ)のほか、クリップ・マイクのDPA MICROPHONES 4099(ロー/ハイ)、サウンド・ホールにSHURE KSM137をセットしている

ピアノのマイキング。スタンドで立てたNEUMANN KM 84(ロー/ハイ)のほか、クリップ・マイクのDPA MICROPHONES 4099(ロー/ハイ)、サウンド・ホールにSHURE KSM137をセットしている

 2台のNORDキーボードについては、生音との混ざり具合に注意しているとのこと。

 「しっかり作り込んできた音色があるので、それは生かしたい。内蔵エフェクトも上手に使っていたりするんです。けれど派手な音にはしたくなくて。生楽器とラインものとが変な混ざり方にならないよう、少しだけこちらでもリバーブを足したりしています。それもやっぱり会場の空気感と合わせるためですね」

ピアノの上に配置したNORD Nord Lead A1。「Sonic wonderland」のイントロをはじめ、シンセの音色で使用

ピアノの上に配置したNORD Nord Lead A1。「Sonic wonderland」のイントロをはじめ、シンセの音色で使用

ステージ・キーボードのNORD Nord Electro 6D

ステージ・キーボードのNORD Nord Electro 6D

 バンドの音作りについては、ドラムのジーン・コイのエピソードを教えてくれた。

 「ヘビーなキックを出したがらないんです。やっぱりジャズ・ドラマーだから、基本的には生音に近づける。演奏のレンジもすごく広いので、こちらも生ものを扱うという意識で取り組んでいます」

 FOHコンソールはYAMAHA CL5。アウトボードは使わず、内蔵エフェクトのみでさまざまな処理を行っている。ライブ中も微調整は欠かさないそうだ。

 「あまり触ると嫌がるミュージシャンもいますが、やっぱり調整しないと成り立たないので。例えば調律したばかりのピアノと、ライブ途中のピアノでは音がすごく変化します。あらかじめ持ち上がってくる帯域を把握しておいて、音量感を出したいときはEQでそこを削らないといけないし、ただあまり切りすぎてもカリッとしてしまう。そのバランスを取るようにというのは常に考えて調整しています」

 最後に、ライブの見どころを聞いた。

 「一体感ですよね。音を奏でる瞬間にみんなが寄り添う……集中して一つになる感じが、高揚感があって気持ち良いです。僕はその意図をくむというか、“おっ、そう来たか!”と思いつつ、笑いながらPAしています(笑)。決まりごとがないから楽しいんですよ」

 MCでトリフォニーホールを“宇宙船みたいで好き”と表現した上原。重力から解放されたかのような4人のアンサンブルに、客席が心地良く包み込まれた一夜であった。

アダム・オファリルのトランペット用に立てられたSENNHEISER MD 441。このほかにオファリルは、各種エフェクターを手元に用意し、リアルタイムで自らの音をさまざまに加工していた

アダム・オファリルのトランペット用に立てられたSENNHEISER MD 441。このほかにオファリルは、各種エフェクターを手元に用意し、リアルタイムで自らの音をさまざまに加工していた

ジーン・コイのドラム・セット。キックはSHURE Beta91(イン)とBeta52(アウト)、スネアはSM57(トップ/ボトム)、ハイハットはAKG C480、オーバーヘッドはAKG C414(L/R)などで、山内いわく「自分がコントロールしやすいマイク」として選んでいるとのこと

ジーン・コイのドラム・セット。キックはSHURE Beta91(イン)とBeta52(アウト)、スネアはSM57(トップ/ボトム)、ハイハットはAKG C480、オーバーヘッドはAKG C414(L/R)などで、山内いわく「自分がコントロールしやすいマイク」として選んでいるとのこと

アドリアン・フェローのベースはMAYONESの5弦ベース。ベース・アンプはMARKBASS Little Mark 800で、DIとBEYERDYNAMIC M 88のマイキングで収音している

アドリアン・フェローのベースはMAYONESの5弦ベース。ベース・アンプはMARKBASS Little Mark 800で、DIとBEYERDYNAMIC M 88のマイキングで収音している

アドリアン・フェローのエフェクター。左からT.C ELECTRONIC SCF Stereo Chorus+(コーラス)、STRYMON Flint(トレモロ/リバーブ)、T.C ELECTRONIC Shaker Vibrato(ビブラート)、MARKBASS MB Octaver Raw Series(オクターバー)、Morley EOV Opti cal Volume Pedal(ボリューム・ペダル)

アドリアン・フェローのエフェクター。左からT.C ELECTRONIC SCF Stereo Chorus+(コーラス)、STRYMON Flint(トレモロ/リバーブ)、T.C ELECTRONIC Shaker Vibrato(ビブラート)、MARKBASS MB Octaver Raw Series(オクターバー)、Morley EOV Opti cal Volume Pedal(ボリューム・ペダル)

モニター・コンソールのYAMAHA DM7

モニター・コンソールのYAMAHA DM7

 MUSICIAN 

上原ひろみ(p、k)、アドリアン・フェロー(b)、ジーン・コイ(ds)、アダム・オファリル(tp)

 MUSIC 

  1. XYZ
  2. Utopia
  3. Go Go
  4. Sonic wonderland
  5. Reminiscence
  6. Up
  7. Yes! Ramen!!
  8. Hiromi Solo(Spectrum)
  9. Balloon Pop

 STAFF 

主催:ホットスタッフ・プロモーション
企画/制作:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
協力:ユニバーサル ミュージック/ヤマハ
後援:スペースシャワーTV

関連記事