Ado「Value」〜ポリスピカデリーによる制作インタビュー

Ado「Value」〜ポリスピカデリーによる制作インタビュー

 ストレートなギター・ロック・サウンドとAdoの生々しいサビの歌唱がエモーショナルに融合する「Value」は、2015年からボーカロイド・プロデューサーとして活躍しているポリスピカデリーが作詞・作曲を行ったナンバー。この楽曲のソング・ライティングの手法から制作に使用されたツールまで、本人に聞いた。

歌詞は“メロディが求めた言葉”をチョイス

——まずは、「Value」を作るにあたっての曲のイメージの着想について教えてください

ポリスピカデリー レーベルのスタッフの方と曲のイメージのやり取りをする中で幾つかキーワードがあり、そこから着想を得ながら作りはじめました。キーワードの中の1つに“未来感”というのがあり、その部分は少し考えましたね。トラディショナルだったりクラシカルだったりするものでなければいいかなと自分なりに解釈し、“未来感とも取れなくないな”というあんばいで進めていきました。普通に作ってさえいれば、Adoさんが歌えばAdoさんの曲になるっていう安心感がありましたから。

——「Value」は、サビ辺りからのギター・ロック感が魅力ですが、全編通してシンセも効果的に加えられています。

ポリスピカデリー 2、3年くらい前のUSエモっぽい感じというか、ああいった音楽の影響があるかもしれません。あの頃のエモ系のロック・バンドで、ヒップホップの要素……サンプリング・マシンやROLAND TR-808などのサウンドを取り入れた感じってあったじゃないですか? 例えば「Value」は後半でベースがエレキベースのサウンドからTR-808のサウンドに変わるところがあるのですが、そこはライブ中にベーシストがシンセ・ベースを弾きはじめるイメージ、と言いますか。

——Adoさんのサビの歌唱もエモーショナルです。曲の中にボーカリストが2人存在しているような歌い分けも面白いと思いました。

ポリスピカデリー 歌い方はAdoさんのアイディアです。Adoさんが歌えばカッコよくなるのは分かってはいましたが、Adoさんが歌入れした音源を聴いたとき、フレーズごとの温度差や緩急がものすごく細かく構築されていることに驚かされましたね。

——ポリスピカデリーさんの制作環境は?

ポリスピカデリー DAWはAVID Pro Toolsで、オーディオ・インターフェースはRME Bayface Pro FSです。モニターはスピーカーのADAM AUDIO A5Xと、ヘッドホンのSONY MDR-CD900ST、それと低域をチェックするためにAUDIO-TECHNICA ATM-M50Xも併用しています。ギターなどを除けば、ハードウェアは1つもありません。

「Value」制作時のAVID Pro Toolsのプロジェクト画面の一部。上段の青色のトラックがドラム関連、黄緑色のトラックがベース関連、ピンク色のトラックが上モノ関連、紫色のトラックがギター関連という具合に整然と並べられている

——それでは「Value」の制作フローを教えてください。

ポリスピカデリー 僕、普段からスマホに鼻歌とコードをメモ的に録っているんですね。あと、アレンジのアイディアをワーっとメモ帳に手書きしていて。そういうアイディアがなるべくたまった段階でPro Toolsを開くようにしています。DAWを開いて作業が止まると“俺、悩んでるな”って思ってしまって、それが精神的に良くなくて。それからDAWを開いてテンポを決めてリズム作りからスタートですね。リズムはサンプル・プレイバック音源を使うことが多く、使う音を決めたらパーっと並べていきます。で、そのあとは上モノに着手して。そうやってビートに上モノを乗せたものをワンコーラス作って、今度はメロディを乗せるんですけど、その前に歌詞を書いてしまいます。

——今回、歌詞はどういうイメージで?

ポリスピカデリー 「Value」もそうですが、普段から作詞をする際は、音や曲の流れに沿う言葉をチョイスするようにしているんです。言い方が難しいのですが、僕は“歌詞の内容”を軽視しているところがあると思っていて。それは、自分の伝えたいことよりも、“メロディが求めた言葉”のほうが上だぜ、っていう気持ちがあるからなんです。

上モノで大活躍のSerum

——Adoさんサイドに楽曲を一度確認してもらうタイミングがあると思うのですが、その際はどのくらい出来上がっているものを渡したのですか?

ポリスピカデリー ど頭から、Aメロ、Bメロ、サビ、サビ・ダッシュ。歌詞でいう“♪Value Value”のところをサビ・ダッシュとすると、そこまでをワンコーラスとして確認してもらいました。OKが出たらほぼお尻まで作って、ボーカルを入れてもらいます。Adoさんには、仮歌を入れて、コーラスもハモりもほぼ用意したトラックをお渡ししました。今回の仮歌は自分で歌いましたが、Synthesizer Vを使うこともあります。自分で歌う場合、“録り直したいけれど、夜中だから明日に持ち越そう”みたいなことも出てきますが、Synthesizer Vがあれば試したいことや思いついたことがすぐできますし、僕は自分の声が嫌いなので(笑)。で、Adoさんが歌入れしてきたものを聴いたら、もう、シンプルに“さすがっ!”ですよね。200%、Adoさんの曲になっていたというか。

——制作で使用した音源を教えてください。

ポリスピカデリー ドラムはTOONTRACK EZ Drummerが中心です。今回は『EZX POP PUNK』というポップ・パンク系のサンプルを使ったんですけど、これはパンク系で有名なプロデューサーが作ったもので、“まんま”なところがあるんです。今回はハイハットがキラキラしすぎていたので、STEINBERG Groove Agentの音源にしています。さらにスネアも別のサンプルを使いました。

——上モノ系はどんな音源を?

ポリスピカデリー 今回の上モノは、ほぼソフト・シンセのXFER RECORDS Serumによるものです。とりあえず立ち上げてプリセットを探せば、合う音が何かしらある。本当に大活躍でした。ほとんどのシンセ・サウンドと、あとは一部ベースもSerum。また、シンベはNATIVE INSTRUMENTS Massive XやVENGEANCE SOUND Avengerです。TR-808系サウンドはMassive Xですね。Aメロでは2種類のベースが使われているのですが、ライトに鳴っているほうがAvengerです。あとは、例えば声の素材にWAVES H-Delay、FABFILTER Pro-Q 3、NATIVE INSTRUMENTS Raumでクワイヤっぽく加工して、それをシンセ・パッドにうっすら混ぜて“生命感のあるパッド”を意識したサウンドを作ったりしましたね。

ほとんどのシンセ・サウンドに加え、一部ベースでも使用するほど大活躍だったというXFER RECORDS Serum。画像は“fastbell”という上モノのトラックの設定

ポリスピカデリーが“EQのファースト・チョイス”と語るほど信頼しているFA BFILTER Pro-Q 3。補正はもちろん、積極的な音作りにも活用しているそう。画像はシンバルのトラックにインサートされたもの

ギターはアンプ・シミュレーターで音作り

——ギターはご自身で演奏されたのですか?

ポリスピカデリー 自分で弾いています。オーディオI/Oに直挿しでライン録りしていて、NATIVE INSTRUMENTS Guitar RigやLINE6 Helix Native、PLUGIN ALLIANCE Friedman DS-40などのアンプ・シミュレーター・プラグインで音作りしました。また一部のギターにはARTURIA Tape Mello-Fiを挿しています。これによって、音がローファイになって少し揺れて、レトロな質感になるんです。あと最近、WAVES OneKnob Filterが良いことに気が付いたんです。ギターなどにかけるとおいしいところが持ち上がるんですよ。

一部のギター・トラックに使用されたARTURIA Tape Mello-Fi。往年のサンプラーMellotronの質感を再現するもので、「Value」では、ローファイな質感や独特の“揺れ感”を付加するために採用された

——EQやコンプなどで、今回の制作に役立ったものは?

ポリスピカデリー Pro-Q 3は、あると本当にありがたいEQです。波形で効果が確認できる可視性が良くて、納得感がある。作業をしすぎて耳がしんどくなったときや体調が優れないときなど、聴感に頼れないときもあります。そんなときに目で見えると安心感が違う。基本的にはどのトラックにも使っている、EQのファースト・チョイスです。ほかには、ドラムはプラグイン・コンプのPULSAR 1178やPro Tools純正のAir Kill EQなどで調整していきました。それと、PLUGIN ALLIANCE Brainworx BX_Townhouse Buss Compressor。ギターのバスによくかけていて、サクッと“まとめた感”が出せるので気に入っています。

——ミックスは別のエンジニアの方が手掛けられています。サウンドの方向性などはどう伝えましたか?

ポリスピカデリー Naoki Itaiさんにカッコよく整えてもらいました。ある程度プラグインを外したミックス用のファイルのほかに、エフェクトがかかった状態のラフ・ミックスを渡しているので、“大体こんな感じがやりたい”というのは伝わったと思います。この曲、ベースの音がけっこう多くて不安だったんです。レイヤーしているところもあるし、一瞬だけ出てくるのもあったり、サビではエレキべースを使ったりもしていて。エレキとシンベは重量感が違うので、そういう部分の調整もかなり助けていただきました。

——制作を終えて、あらためてAdoさんはどういうシンガーだと感じましたか?

ポリスピカデリー 先ほども言いましたが、ワンフレーズごとの表情付けがすごくて、うねりが生まれるというか……とにかく表現力がすごいです。これは僕の想像なんですけど、ボカロの曲を歌ってきた方だからこそ、ああいう表現ができるんじゃないかなと思います。一般的なシンガーの方と比べても、“自分がどう歌を乗せるか”を考える能力と、“私に任せなさい”“私ならこう歌います”というアイデンティティがすさまじいなと思います。

——『残夢』への参加は、ポリスピカデリーさんにとってどういうプロジェクトとなりましたか?

ポリスピカデリー ものすごく濃いアルバムの中で、素直な自分を出せたことが良かったと思っています。ほかの作家さんは強烈な方ばかりなので、僕自身もそこに乗っかって、“無理して奇をてらっちゃったぞ”みたいなことにならなくて良かったな、と(笑)。ただ逆に、強烈な作家の方たちが並ぶ中で、自分の曲はファンの方々にどう捉えられるんだろうという心配もありました。でも皆さん超優しくて、SNSでも良いことばかり書いてくれるのでありがたい。それと僕、2015年に初音ミクが表紙のサンレコ(2015年9月号)を読んでボカロの曲を作るようになったんですよ。それで始めた活動が今回のプロジェクトにつながって、こうしてサンレコで話をしている……なんかそれも良かったなあって思います。

Release

『残夢』
Ado
ユニバーサル ミュージック:TYCT-69310(通常盤/初回プレス) ※初回プレス分のみの封入特典:『残夢』トレーディング・カード(6種類のうち1枚をランダムに封入)、価格:3,520円(税込)

Tracklist

❶抜け空 作曲/編曲:雄之助 作詞:牛肉 ❷ 行方知れず 作詞/作曲/編曲:椎名林檎 ❸ DIGNITY 作曲:松本孝弘 作詞:稲葉浩志 ❹ ショコラカタブラ 作曲/編曲:TAKU INOUE 作詞:かめりあ ❺ クラクラ 作詞/作曲:meiyo 編曲:菅野よう⼦×SEATBELTS ❻ アタシは問題作 作詞/作曲:ピノキオピー ❼ リベリオン 作詞/作曲/編曲:Chinozo ❽ オールナイトレディオ 作詞/作曲/編曲:Mitchie M ❾ 向⽇葵 作詞/作曲:みゆはん 編曲:40mP ❿ 永遠のあくる⽇ 作詞/作曲/編曲:てにをは ⓫ MIRROR 作詞/作曲:なとり ⓬ ルル 作詞/作曲:MARETU ⓭ 唱 作曲/編曲:Giga & TeddyLoid 作詞:TOPHAMHAT-KYO(FAKE TYPE.) ⓮ いばら 作詞/作曲:Vaundy ⓯ Value 作詞/作曲/編曲:ポリスピカデリー ⓰ 0 作詞/作曲:椎乃味醂

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