2023年にシングル・リリースされ、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのハロウィン企画『ゾンビ・デ・ダンス』に使用されたことで国民的ヒットとなったAdoの「唱」。2ndオリジナル・アルバム『残夢』にも収録されたこの楽曲は、同じくAdoの代表曲「踊」を作ったGigaとTeddyLoidの2人によって制作されたものだ。Adoの曲のみならず、プロデューサー・ユニットとして数々の楽曲を共作している2人に、「唱」の制作について聞いた。
「Gola Gola」から受けたインスピレーション
——お二人はAdoさんの楽曲のみならずさまざまなトラックを共作されていますが、一緒に曲作りをするようになったきっかけを教えてください。
TeddyLoid 僕のアルバム『SILENT PLANET: INFINITY』(2018年)で、Gigaちゃん、Reolちゃんと「Winners」という曲を共作しているのですが、それを含めないと「踊」が初めてじゃないかな。僕、Gigaちゃんとプロデューサー・ユニットのようなことができたらいいなと考えていたんですけど、ちょうどその頃にGigaちゃんが“こんな話が来ているんだけど、一緒にやってみない?”と連絡をくれたのが「踊」の制作の話で。
Giga あとは、ミームトーキョーへ提供した曲(「THE STRUGGLE IS REAL」)も同時期くらいだったかも。
——TeddyLoidさんがGigaさんと組みたいと思っていた理由は?
TeddyLoid 自分以外で日本で一番すごいと思えるし、自分にないものをたくさん持っているんです。メロディ・センスも卓越しているし、展開もちょっと奇想天外。“この人とだったら面白いことができるだろう”って思えるんですよね。それに“トラック・メイカーとして一番のライバルになるだろうな”とも感じるので、だったら誘っちゃえと(笑)。一緒に制作するようになり、やっぱりお互いの得意分野を存分に発揮できるのが良いですね。
Giga 私の場合、自分だけで作っていると、音がけっこう固定されてしまう感じがしていて。Teddyはロックからエレクトロまで幅広いジャンルの曲を作るけれど、私はそんなにいろいろなジャンルはやらないから。だからそういった部分を補完してもらえている感じです。
——では「唱」について伺っていきます。インド風のサウンドが印象的なEDMですが、どういうアイディアから生まれたのでしょう。
TeddyLoid 作りはじめたころ、僕らの中でインド映画がトレンドだったんです。その流れでGigaちゃんやレーベルのスタッフの方と、“インド映画みたいに、サビで何百人もの踊り子が出てきて、バーンと歌う”みたいなイメージを話していました。それでGigaちゃんがリファレンスの曲……あれ、なんだっけ?
Giga 「Gola Gola」って曲です。昔、ニコニコ動画のMADとかではやったんですよ。その曲の陽気でダンサブルな感じだったり、みんなで合唱できるような感じからインスピレーションを受けました。
TeddyLoid 僕ら、世代的にニコニコ動画が共通のキーワードなんですよね。それでまず、Gigaちゃんが「唱」の骨組みを作ってくれました。僕らは2人ともABLETON Liveで曲作りをしているのですが、その骨組みをGigaちゃんがプロジェクト・ファイルごと送ってきて、僕がそこに新しい要素を足してまたファイルごと送り返して……といったフローで曲をブラッシュアップしていきました。
Giga 私が最初に送ったのはドラム・パターンみたいな、完成した曲とは全然違う形のもので。そこにTeddyがイントロやギターのフレーズなどを入れてくれて、それで今度は私が全体の構成を作って……って感じでした。そういうやりとりを何ターンか繰り返して、大体の構成ができたら私がボーカルのメロディを追加しました。
TeddyLoid だから僕らの制作において、2人ともLiveを使って作業できるということがとても重要なポイントなんです。Gigaちゃんは僕と一緒に曲を作るようになってからLiveに替えてくれて(笑)。
Giga Liveは使いやすいですね。トラック数も無限で、ループなどのオーディオ素材が扱いやすく、普段の制作においてもボーカル編集がやりやすい。ただTeddyからプロジェクト・ファイルが送られてくるたびに見たことのない音源が使われていて、私がその音源を持っていないから起動できなかったりするんですよ。結局買っちゃったりして(笑)。
——作ったフレーズをオーディオ化してやり取りするわけではないのですね。
TeddyLoid それがキモなんです。バウンスしちゃうとフレーズが決まってしまいますから。Liveには“半バウンス”みたいな状態でやり取りできるフリーズ機能があるので、フリーズさせてデータを送り合って、お互いが作ったフレーズやビートのMIDIノートを再構築しながら曲を作っていったんです。
「踊」も歌えたから、全然まだ行けるかな?
——お二人それぞれの制作環境は?
TeddyLoid 以前サンレコで取材をしてもらったとき(2023年1月号)からスタジオを引っ越していて、機材もアップデートしています。モニター・スピーカーはGENELEC 8341Aで変わらずですが、サブウーファーを追加しました。2基あると低音の位相感がバシッとそろうんです。オーディオ・インターフェースに関しても、RME Fireface UFX II (ver.FS)を新しく導入したんですよ。サウンドに色付けがないのが良いですね。僕らって音を加工することが多いんで、だからこそ、マイクで録るならなるべくフラットに録りたいし、アウトボードもいじりたいですから。で、このシステムをGigaちゃんに紹介しました。それと、お薦めのヘッドホンとしてULTRASONE Signature Mast
erをプレゼントしたりもしています。
Giga 機材については全部Teddyに教えてもらってますね。私が詳しくないっていうか、メカが苦手なので。それでスピーカーはGENELEC 8331AWだし、オーディオI/OはRME Babyface Pro FS。Teddyと同じメーカーです。ほかにモニターとしては、APPLE AirPodsと、昔から使っているAUDIO-TECHNICA ATH-A1000Zでもチェックしています。Signature Masterはまだ使ってないですが(笑)。
——シタールなどのサウンドも重要だったと思いますが、どういう音源を使ったのですか?
Giga 私は結構、サンプルをオーディオ・トラックに直接貼り付けて作っていくんですよ。Liveを使うようになってからサンプルをよく使うようになったんですよね。
TeddyLoid Gigaちゃん、2ミックスのドラムのループ素材をすっごい切り刻んで全く別のビートにしてきたりするんですけど、それが凶悪で(笑)。僕が使った音源はNATIVE INSTRUMENT Kontakt、XFER RECORDS Serum、REFX Nexus 4などですね。
——ダンサブルなビートもこの曲の大切な要素ですよね。
TeddyLoid 僕自身、国内外でDJをすることがすごく多いので、“自分がプレイできる曲”というのは意識しました。構成としては起承転結のメリハリを重視して、サウンドについては、めちゃくちゃ音圧高めに仕上げています。やっぱりエレクトロニックなダンス・ミュージックのクリエイターですから。
——歌について、Adoさんは“「唱」は歌うのがすごく難しかった”と話していました。
Giga 「踊」もサラッと歌ってくれたから、“全然まだ行けるかな?”って(笑)。でも、早口のところは難しいですよね。私は仮歌を自分で歌ったんですが、一発では歌えませんでしたから。もちろん“Adoさんが歌うとこうなるかな”と想像して作っているんですけど、いつもその1.5倍くらい斜め上の歌い方で上回ってくる。Adoさんって、フレーズごとに全然違う歌い方をしたりするじゃないですか。その辺りも自分で構成を考えながら録音しているのかな、と。「唱」はオペラ調になるところがあるのですが、仮歌では私は地声で歌っていたんです。でもAdoさんから戻ってきたら、全然違う曲になっていて、すごいなあと。だから一緒に創作している感覚なんです。
TeddyLoid ちなみに普段の制作では、Gigaちゃんはボーカル・エディットも超一流ですよ。やはりボーカロイド・プロデューサーとして、ボーカロイドのプログラミングを通ったうえでの処理をしているんですよね。“普通の人間の声ではこういう処理はしないよな”っていうオートメーションの書き方をする。それもめちゃくちゃ細かくて、僕はそういうところからも刺激を受けているんですよね。
社外秘のマスター・チェイン
——ミックスはどのように?
TeddyLoid 最終的な仕上げはGigaちゃんがやってくれたんですけど、やはりファイルを交換していくうちに、だんだん音像が出来上がっていく感じでした。2人でトラックを作り上げていって、最後に歌を乗せて、まとめて、っていう。だから腰を据えて、“さてミックスするぞ!”って感じではありません。
Giga トラック数としては200trくらいでしたね。ボーカルは、ダブル・トラッキングだったりコーラスだったりもあるので、計50trほどもらったと思います。それで各トラックの調整に大体丸1日かかります。でも聴こえ方が変わってしまうので3、4日かけてちょっとずつ調整していきました。
TeddyLoid サビのボーカルが広がるところもそうだし、コーラスのパンの位置とかもシーンによって違ったりするので。そういったボーカル・トラックのミックスの仕方もGigaちゃんはすごいんです。
——ミックスで使ったプラグインなどは?
Giga ボーカルのコンプはWAVES CLA Vocalsを昔から気に入って使っていますね。あとはTeddyがマスター・トラックにインサートするプラグインを教えてくれるんですけど、それで勝手に音圧が高くなる(笑)。
TeddyLoid 僕が作ったマスター・チェインがあるんです、内容は社外秘ですが(笑)。少し内容を明かすと、最近はマスターEQやリミッターのほかに、KAZROG KClip 3というクリッパーを挿していることが多いですね。リミッターの前でKClip 3でたたいて最後にまたリミッターで上げるイメージ。あとは「踊」も「唱」も、マスターにA.O.M.のリミッターを使ったかな? そんな感じです。
——アルバム全体を聴いてみて、どんな感想を持たれましたか?
TeddyLoid Adoさんが歌手として、自分の持ち味を存分に表現しているアルバムになったのかな、と感じました。さまざまなクリエイターが曲を提供していて、Adoさんはそのすべてを自分の色で歌いこなしている。そこはやっぱりすごいし、もう“最強の歌い手”というか“最強の歌姫”というか、そんなイメージですね。そして自分たちの曲に関しては、これはどのプロジェクトのときもそうなんですけど……“2人で作った曲は一番カッコいい”って本当に思ってます(笑)。
Giga 曲ごとにそれぞれのプロデューサーの世界観がしっかりあって、しかも、Adoさんの世界観もある。その中で「唱」に関しては、良い意味で何も考えずに楽しめるところも魅力なのかなって思っています。
——だからこそ、国民的ヒットと呼べるほど大勢の人に喜んでもらえているのかもしれません。
Giga 私、本当に外に出ないので“聴かれている”って実感があまりなかったんですけど、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行かせていただいて、“本当に流れているんだ”って思いました。
TeddyLoid 僕自身、長年ダンス・ミュージックを作ってきましたけど、自分の作ったダンス・ミュージックの曲でこれだけ一般層に広がったのは初めての経験なんじゃないかな。小学生くらいの女の子2人組が“ねえねえ、「唱」歌える?”と実際に口ずさんでいるのを見て衝撃的だったし、本当に世の中に広まっているのを実感しましたね。そういう意味では、ダンス・ミュージックの1つの到達点になったのかな。そんなふうに思っています。
Release
『残夢』
Ado
ユニバーサル ミュージック:TYCT-69310(通常盤/初回プレス) ※初回プレス分のみの封入特典:『残夢』トレーディング・カード(6種類のうち1枚をランダムに封入)、価格:3,520円(税込)
Tracklist
❶抜け空 作曲/編曲:雄之助 作詞:牛肉 ❷ 行方知れず 作詞/作曲/編曲:椎名林檎 ❸ DIGNITY 作曲:松本孝弘 作詞:稲葉浩志 ❹ ショコラカタブラ 作曲/編曲:TAKU INOUE 作詞:かめりあ ❺ クラクラ 作詞/作曲:meiyo 編曲:菅野よう⼦×SEATBELTS ❻ アタシは問題作 作詞/作曲:ピノキオピー ❼ リベリオン 作詞/作曲/編曲:Chinozo ❽ オールナイトレディオ 作詞/作曲/編曲:Mitchie M ❾ 向⽇葵 作詞/作曲:みゆはん 編曲:40mP ❿ 永遠のあくる⽇ 作詞/作曲/編曲:てにをは ⓫ MIRROR 作詞/作曲:なとり ⓬ ルル 作詞/作曲:MARETU ⓭ 唱 作曲/編曲:Giga & TeddyLoid 作詞:TOPHAMHAT-KYO(FAKE TYPE.) ⓮ いばら 作詞/作曲:Vaundy ⓯ Value 作詞/作曲/編曲:ポリスピカデリー ⓰ 0 作詞/作曲:椎乃味醂