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クレイジーケンバンド『火星』ミックス&マスタリングの秘密 〜高宮永徹が語る現代的サウンドの作り方

クレイジーケンバンド最新アルバム『火星』

アナログ機材のウォームな感じよりも現代的でスピードのある音を目指した

クレイジーケンバンド(以下CKB)『火星』のミックス&マスタリングを手掛けた高宮永徹は、ハウスやブラック・ミュージックを得意とする練達のDJであり、横山剣とはソロ作『GROOVE TRAX』(1995年)へのリミックス提供からの仲。『好きなんだよ』(2021年)や『樹影』(2022年)といったCKBの近年のアルバムにも参加し、辣腕を振るい続けている。その高宮に『火星』の音作りを伺うとともに、プライベート・スタジオの様子を披露していただいた。

高宮のプライベート・スタジオ。メイン・コンピューターはAPPLE Mac Miniで、プラグインを使った処理からアウトボードでの音作りまで、幅広く行える空間だ

Pro Toolsのセッション・インポートを活用

──CKBの歌は、ラージ・スピーカーでの大音量モニター+ハンドマイクで録音されているので、オケがボーカル・トラックに大きくかぶっていることと思います。

高宮 そうですね。ボーカル・トラックをソロで聴いても、曲の大まかな内容が分かるくらいかぶっています。当初は、取り除いたほうがいいのかな?と思って悪戦苦闘したんですけど、完全に取るのは無理だし、かぶりとマルチトラックのオケは微妙な位相差こそあれ同じ内容なので、問題ないかなと。ただ、やっぱりハンドマイクなので手コンプがかかるというか、口とマイクの距離が動くんですよね。その距離感の違いをボリューム・オートメーションでそろえるのが、技量の求められるところです。

──『火星』のミックスはどんな工程で?

高宮 まずは、録ったパートから順に送ってもらうんです。“今日は、この4曲のドラムとベース”“今日はギター”っていうふうに、どんどん送ってもらいます。録りの現場では日々、複数の曲が並行してアップデートされていくので、僕も届いた素材でラフ・ミックスを作って次々と更新していく。1曲ずつ仕上げるようなやり方じゃないんですよ。

──混乱しそうなほど複雑な工程ですね。

高宮 それは本当に気をつけなければいけなくて、ゴチャゴチャにならないようにデータを管理しています。ただ、剣さんのチームがデータを整理してから送ってくださるので助かっていますね。やり取りは、レコーディング用にAVID Pro Toolsのセッションを作成し、それで行っています。セッションを開くと、どこをどう触ったのかがトラック・ネームの日付やクリップの色で分かるようになっていて、更新された情報をPro Toolsのセッション・インポート機能でミックス用のセッションに取り込むんです。そうやって各段階で作ったミックスを剣さん側に送ってフィードバックをもらい、反映させていくという工程なので、レコーディングがほぼ終わった段階でミックスの仕込みもあらかた完了している感じです。その後、DUTCH MAMA STUDIOのStudioBを押さえていただいて最初の2~3日でチェックして細部を直し、後半の2~3日で剣さんとParkさん、場合によってはギターの小野瀬(雅生)さんにもお越しいただき、より細かい調整を行っていきます。

──今回のミックスはPro Tools完結で?

高宮 そう。アウトボードも少しは使いましたが、基本的にはイン・ザ・ボックスでいこうと決めていました。剣さんがパキッとした音を求めていると聞いていたので、アナログ機材のウォームな感じよりも、今っぽくてスピード感のある音にしたいなと。

デスク周り。AVID Pro Toolsはネイティブ動作で、モニター・スピーカーはADAM AUDIO S3AとYAMAHA NS-10M Studioを使用。手前のCASIO SA-46はミックスに音階的な判断が必要なときに使う。その右手にはRUPERT NEVE DESIGNS Portico 5042(テープ・シミュレーター)やHERITAGE AUDIO Baby RAM(モニター・コントローラー)などの姿が

ラックの上から2段目には、『世界』や『樹影』などのアルバムに使われたサミング・ミキサーAMS NEVE 8816の姿が。その下にはFERROFISH A32(AD/DAコンバーター。オーディオI/Oとして使用)があり、S/P DIFアウトがRME ADI-2 Pro FS R Black Edition(ヘッドホン・アンプとして使用)に送られている。ラック中央のSOLID STATE LOGIC The Bus+(バス・コンプ)は、長らく同社XLogicのバス・コンプを愛用していたことから購入。「使い道が広いので、近々手元のラックに移そうと思っているんです」と高宮は言う。BLACK LION AUDIO Bluey(コンプ)も絶賛の一台で、そのほかVINTECH AUDIO 273(マイクプリ/EQ)やAMEK System 9098 EQなど、ギターやベースの録音に使うアウトボードも設置

こちらはクラシックな製品がメインのラック。上からDRAWMER DS 201(ゲート)、YAMAHA E1010(ディレイ)、DRAWMER 1960(チャンネル・ストリップ)、KORG SDD- 3000(ディレイ)、FOSTEX 3180(リバーブ)、DS 201、LEXICON PCM 80(マルチエフェクト)、ROLAND SDE-2000×2台(ディレイ)、EX・PRO PD-1(電源ディストリビューター)がマウントされている

プリマスターをアナログ・テープに録るために使用しているオープン・リール・デッキ、OTARI MX-5050 B III。テープはRECORDING THE MASTERSの現行品を使っている。「アタックのスピード感はテープ・コンプでなまるんですけど、原音から倍音構成が変化するからか、テープに録った音にEQなどを使うと、かかりやすい感じがあるんですよね」と高宮。主宰するレーベル=Flower Recordsの作品には、このMX-5050 B IIIを活用しているという。

──録音やミックスのレートは?

高宮 32ビット・フロート/96kHzです。演奏力の高いミュージシャンが集まっているから、フェーダーでバランスを取っただけで方向性が見えてきました。特に、前作の『世界』から加入したドラマーの白川(玄大)さんがすごくて。テクニックもリズム・キープも圧倒的で、例えばスネアの音量、音色にも全くバラつきがないんですよ。

──フェーダーでバランスを取っただけでも聴けてしまう演奏に対して、どのような発想で音作りを加えていくのですか?

高宮 ジャンル感が指針になるかもしれません。CKBの音楽には、いろんなエッセンスが入っていますよね。曲によってボッサだったり、ディスコだったり、ファンクだったりして、どういう世界観で作っているのかが伝わってくるので、それがヒントになっているのかなと。そして剣さんもグルーヴィな音楽が大好きだから、しっかり踊れる音になっていないと納得してもらえないところはあると思うんですよね。

──踊れる音と言えば、「Rainbow Drive」のサチュったキックが最高です。

高宮 実は今回、従来よりもサチュレーターを活用したんです。低音楽器、高音楽器を問わず最も頻用したのはFABFILTER Saturn 2で、DRAWMERの1976みたいにマルチバンドで音作りできるから、イメージする状態に近づけやすいんです。

『火星』のミックスではサチュレーターが多用され、中でも最も活躍したのが、このFABFILTER Saturn 2だ。真空管やテープなど、さまざまなスタイルのサチュレーションを使用することができ、マルチバンド処理も可能。「エグめのひずみから微弱なものまで、幅広い設定が行える」と高宮は話す

すぐに手が伸ばせるラックには、API 5500やELYSIA Xfilter(以上EQ)、DRAWMER 1976(サチュレーター)が設置されている

TDR Infrasonicは衝撃のプラグイン

──高宮さんは今回、マスタリングも手掛けています。ミックスを客観的な視点で磨き上げるのがマスタリングだとすれば、両工程を1人で担うことをどう考えますか?

高宮 責任重大だと思います。自分のミックスを冷静に判断するのは難しいことですし、マスタリングを見越してミックスするような余裕もありません。剣さんもParkさんも、すごく耳が良いんです。だからもう、僕としてはまずミックス。それをキチっと追い込むことが重要なんです。マスタリングはミックスの結果ありきですから。

──マスタリングは、どのような環境で?

高宮 STEINBERG WaveLabでやっています。Pro Toolsから気分を変えられるし、Wave Labにはオーディオモンタージュという環境があって、クリップごとに個別のエフェクト・チェインが挿せるんです。

──エフェクト・チェインの内容は?

高宮 僕、あまりテンプレート的なものを使わないんですよ。毎回、そのアルバムのキーとなる曲に時間をかけるんですけど、その曲のチェインが出来上がったら次の曲のクリップにコピーして、プラグインを調整したり入れ替えたりして進めていく感じです。今回、使った中で衝撃的だったのはTOKYO DAWN RECORDSのTDR Infrasonic。ローカット用のプラグインなんですが、カットによって失われた量感を倍音の増強で補うような効果が見られるんです。すごく良いので、CKB以外のプロジェクトでも活躍していますね。最近は、実機をモデリングしたプラグインよりも、TOKYO DAWN RECORDSのような新規性の高いものに引かれます。

TOKYO DAWN RECORDS TDR Infrasonicは、ローカットしつつも低域のエネルギー感を維持できるプラグイン。高宮をして「衝撃的」と言わしめるクオリティで、アルバムのマスタリングに多用された

──仕上げは、やはりリミッターですか?

高宮 リミッターは2つ使っていて、まずはSOFTUBEのWeiss DS1-MK3です。2dBくらいのゲイン・リダクションを50%ほどのミックス・バランスでかけて、その後段に微調整用のEQなどを挿し、FABFILTER Pro-L 2でリミッティングしています。

──CDとストリーミング・サービスで、マスターを作り分けましたか?

高宮 『好きなんだよ』や『樹影』ではストリーミング用に別途、マスターを用意しましたが、前作と今作に関しては双方に同一のマスターを使いました。ストリーミング用のマスターは、ラウドネス・ノーマライゼーションの中にうまく収めるという意味では良いんでしょうけど、剣さんが表現したい音って、そういうことじゃないと思うんです。もっとガッツがあってラウドな音が好きだと思うので、たたかれてもいいから突っ込んでみようと。それにより、CDとストリーミングではアルバム全体のダイナミクスが違って聴こえるのですが、ラウドネス上の制限ではなく音の世界観のほうを取りました。

──ラウドネス・ノーマライゼーションをオフにして、マスター本来の抑揚で聴いてほしいものですね。

高宮 何はともあれ、無事にリリースされて安心しています。さっきも触れましたが、今回はドラムの白川さんが入って、ツアーを経てからのレコーディングだったので、バンド全体のグルーヴが抜群だと思うんです。1人でも多くの方に届くことを願っています。

高宮が愛するヘッドホン、AUDIO-TECHNICA ATH-A700。本人いわく「もう5台目か6台目で、最後に開けたデッドストックがこの個体なんです。ミックスにもマスタリングにも非常に使い勝手が良いので、調子の悪い個体を知り合いに修理してもらおうかと思っているくらいです」とのこと

Release

『火星』
クレイジーケンバンド

ユニバーサル ミュージックジャパン:UMCK-1775(通常盤)

Musician:横山剣(vo、cho、hand clap、station announce)、小野瀬雅生(g、vocoder、electric tom、syn、cho、narration)、洞口信也(b、cho、hand clap)、中西圭一(sax、fl)、新宮虎児(g、k)、高橋利光(k、syn、org、glockenspiel、cho、hand clap)、河合わかば(tb)、澤野博敬(tp、flugel horn)、スモーキー・テツニ(vo、perc、cho)、Ayesha(vo、cho)、白川玄大(ds、cho、hand clap)、Park(prog、b、p、syn、cho、etc)、谷田歩夢(cho)、藤井彩羽(cho)、ヨメサンパーク(cho)、おと(cho)、りと(cho)、ここな(cho)、しおり(cho)、さえ(cho)、かほ(cho)、しん(cho)
Producer:横山剣、Park

Engineer:高宮永徹、川上章仁、林田涼太、岩本有紀
Studio:DUTCH MAMA STUDIO、いろはスタジオ、Double Joy Recordings、プライベート

 

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