宝塚サウンズアトリエを経て、都内スタジオを中心に多くのアコースティック音楽のレコーディングに参加。現在はレコーディング、ミックス、マスタリング、アナログ・カッティングだけでなく、機材テックやSR現場での音響監督としても活動。
受け取った感覚が、レコード針で再生したときに
うまく伝わるよう試行錯誤しています
『AH!!』のアナログ・カッティングを手掛けたPICCOLO AUDIO WORKSの松下真也。TOWA TEIへのインタビューでも語られた通り、その丁寧できめ細やかな仕事により、アナログへの並々ならぬ思いを持つTOWA TEIからも厚い信頼を得ている。ここでは、その松下のカッティング工程をじっくりとひもといていこう。
内側には内側の良さがある
── 『AH!!』のアナログ・カッティングのお話が来たのはいつごろだったんですか。
松下 去年の秋ぐらいにテイさんの“来年作ると思うけど、収録分数どれぐらいがいいかな”という相談から始まりました。
── 『AH!!』は、片面20分くらいですが、収録分数で音は大きく変わるのですか?
松下 変わりますね。30秒でも全然違います。収録分数を増やすと音量が入らなくなるんです。テイさんのラウドな曲はラウドに聴かせたいですし、テイさんもGOH HOTODAさんも低音を大事にしているので、低域をしっかり保ったまま音量感を入れられるようにしました。良いレベルで音圧を入れようとすると、あまり収録分数は長くできません。音量が同じでも外側で切れると音質面で有利で、ターンテーブルの回転数は一定なので、盤の外側と内側では円周の長さが異なるため、溝をトレースする線速度が全然違うんです。外側だと1秒間に使える長さが長く、低い周波数から高い周波数まで無理なく入れられます。収録分数が短ければあえて許容ギリギリまで入れることもできますし、クリーンに切ることもできます。だからアナログ盤を作るときは、収録曲の盤面振り分けがとても重要なんです。今は配信に重きを置くことが多いので、そこを考えて制作するのはなかなかないじゃないですか。でもテイさんとGOHさんは最終的な仕上がりが良くなるように最初から準備して作ってくれているので、ものすごくやりがいがあるんです。
──テイさんからは、アナログ盤の内側には低域を効かせなくていい曲を入れるようにしていると伺いました。
松下 僕は内側には内側の良さがあると思っていて。ちょっと高域が落ちてくるし、レベルも下がってきてローファイになるんですけど、それが良い雰囲気になる場合もあるから、必ずしもネガティブではないですし、最初からそれを意識して作ると通して聴いたときにストーリーとしてまとまりが良かったりもするので、そういう変化も含めて良いところはあると思います。
値より感覚で触るほうがブレない
── 『AH!!』のカッティング工程はどのように進めたのですか?
松下 GOHさんのところでアナログ盤用にマスタリングされたものが、デジタル化されずにアナログ・テープに入って、ここでもずっとアナログのまま作業を進めてカッティングを行いました。テイさんの曲は低域までしっかり入っているのですが、すごく緩急があるのでアナログ盤に乗せるのにすごく良いんです。
──今回のカッティングでは特にどのような部分にこだわって作りましたか?
松下 基本的に、テイさんの曲をGOHさんが仕上げて、音としてのメッセージが出来上がっているわけです。その受け取った感覚が、レコード針で再生したときにうまく伝わるように試行錯誤しています。そのためにも、できるだけ数値的なことを考えすぎないように心がけているんです。楽器同士の絡みやバランスなどをどう聴かせたかったのかを考えて、音を聴きながら大事な部分が消えないようにうまく乗せる感じです。アナログ盤の音の聴こえ方は再生位置によって変わるので、音を変える必要があると判断したら調整しますし、音を変えても印象は変わらないようになればいいなという感じですね。
── “音を変えても印象は変えない”というのは、イマーシブ・オーディオを手掛けるエンジニアからも近い話を聞きます。
松下 考え方は近いかもしれませんね。レコードは再生位置によって刻々と音が変わっていくので、その変化によって崩れてしまうような調整をすると崩壊するんです。細かい周波数特性を維持、補正するようなEQをするより、音楽的にこう聴こえたらいいなという感覚で触ったほうが再現性が高いことが多くて、そうやって作っていくと、再生時にバランスが変わっても伝えたいものは残ってくれて、ずっとブレないんですよね。あとは、ずっとやっていると迷走するので、最初に聴かせてもらって、ちょっと時間を空けて聴いてみると、変にバイアスがかからずに判断できたりしますね。
──カッティング作業では、一度にどのくらい作業を進めるのですか?
松下 実際に作業するときは一筆書きで、面単位でしかできないんですよ。だから1曲失敗するとやり直しです。デジタルの場合、オートメーションを書いて仕込みますけど、フル・アナログで曲ごとに設定を変えるときはリアルタイムで調整するので、毎回ライブ・マスタリングをしているような感じです。時間はかかるし、失敗したら材料のロスが出るし、面倒なことは増えますが、その一方で機材がしっかり良い状態で、マスターを作るときに完成形がイメージしてできている今回のような作品だと、デジタルにしたものとは違う、人の感覚でしか分からない良い部分があって、どんなに良いAD/DAコンバーターを使っても保持できない何かがあるんです。
──テイさんもいらっしゃってディレクションされたんですか?
松下 ここには来ていただいたのですが、“いいんじゃない?”と言ってくださって。GOHさんとはテープを再生しながらいろいろ試して、それを反映した試聴盤を送って聴いてもらいました。テイさん、GOHさんと一緒に仕事をしててすごく良いなと思うのが、お二人ともものすごく丁寧に仕事をする点です。完璧なものを作ったから触るな、みたいに言われないんですよね。同じベクトルを向いていれば高域が増えたりしてもよくて、伝えたいものがちゃんと乗っていればOKみたいな。でもそれが本質のような気もしています。テイさんの作ってる曲の低音は、豊かだけどブーミーじゃないし、クリーンなようでちゃんと倍音もしっかり入っていて絶妙なんです。だから気持ち良く作業させていただきました。
──最後に、今回アナログ・カッティングを手掛けた『AH!!』は松下さんにとってどういった作品になりましたか?
松下 フルアナログのプロセスで結果を出すってなかなか難しいんですけど、最初からみんながアナログ盤で良い状態が出るように、という一つの方向性があったので、これだけやったからいいでしょうじゃなくて、単純にいいものができた。1個1個が必要なプロセスでしたし、それが結果に結びつきました。そして、普通と違うやり方をやっているけれど、そういうことを感じさせずに単純に聴いていて良いと思える作品になったと思います。
『AH!!』アナログ・カッティングをたどる
第1工程 テープ・デッキ&アナログ・アンプ
①アナログ盤用にGOH HOTODAがマスタリングしたアナログ・テープを、テープ・デッキTELEFUNKEN M21で再生
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②再生したテープは、本体左のプレビュー・ヘッドを経由してから、写真右の再生ヘッドを通るようにセット。アナログ・カッティングでは音量の大きさに合わせて前後の溝の間隔を調整する必要があり、プレビュー・ヘッドで先に制御信号を送ってから音声信号が送られるようになっている
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③テープ・デッキの音声信号の増幅には、録音再生アンプのAMPEX 351を使用。松下は、現行品のテープの特性が生かしきれるよう現代に合ったモディファイを行っている。再生ヘッド〜アンプ間は、二重構造のシールドを持つトライアキシャル・ケーブルで接続
第2工程 マスタリング・チェイン
①自作のマスタリング・コンソール
ステレオ・イメージャーのような役割などを担う
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②NEUMANN PEV
M/Sで入力される。カッティングに必要なEQ処理を行う
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③PULTEC EQP-1タイプの自作EQ
L/Rで入力される。EQP-1タイプだが、ステレオで動作
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④NTP 179-170(コンプ&リミッター)
179-170をベースにサイドチェイン・フィルターやマスター・バイパスなどを入れたVCAコンプ
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⑤NTP 179-300(リミッター)
モジュール用にシャーシを自作
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⑥マスタリング・コンソール
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⑦自作のマスター・フェーダー
カッティング・アンプへ送る際の全体調整を行う
第3工程 カッティング・アンプ&カッティング・マシン
①マスタリング・チェインで処理された信号は、WESTREXの真空管式カッティング・アンプRA-1574Dへ送られる。松下は、より良い性能を得るため、別のパワー・アンプと組み合わせて、真空管とソリッド・ステートのハイブリッド式のカッティング・アンプとして動作させている
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②カッティング・ヘッドのWESTREX 3D Ⅱ AHを使い、アナログ盤に溝を掘っていく。ヘッドを取り付けている後方のボックスはサスペンション・ボックスといい、ヘッドを支えて溝の深さを制御する役割を担っている。松下はNEUMANN製のものを採用
Release
『AH!!』
TOWA TEI
MACHBEAT.COM:MBLP-2501(アナログ盤)
2025年6月6日(金)発売
*各種サブスクリプション・サービスでは現在配信中
初回限定クリアスカイブルーヴァイナル 180g重量盤
ジャケットアートワーク:横尾忠則
Musician:TOWA TEI(all、prog)、細野晴臣(b)、高橋幸宏(ds)、石野卓球(vo)、高野寛(e.sitar、ebow)、権藤知彦(flugelhorn、tb)、高田漣(g)、原口沙輔(prog)、る鹿(vo)、BAKUBAKUDOKIN(vo)、シャッポ(福原音/g、細野悠太/b)、MIYA(vo)、TAPRIKK SWEEZEE(vo)、VERBAL(MC)、他
Producer:TOWA TEI
Engineer:TOWA TEI、GOH HOTODA、小日向歩、松下真也、今本修、他
Studio: PICCOLO AUDIO WORKS、SUNSHINE、他