TK from 凛として時雨『Whose Blue』の“世界観を重視した独特のミックス・アプローチ”を染野拓に聞く

染野拓

インストだけでもカッコ良く聴こえるのが大事なので、 
オケを仕上げてから歌に取りかかります

『Whose Blue』で最も多くの楽曲のミックスを手掛けているのが染野拓だ。もともとTKの熱心なファンだという染野は、“TKさんの作ったミックスをプリマスタリング的に整えるのが自身の役割”と言う。TKの世界観を重視した、独特のミックス・アプローチについて聞いた。

音も情景の出方もほかの音楽と全然違う

──もともとTKさんのサウンドに憧れがあったようですが、どういうところが好きですか? 

染野 何て言うんでしょう……明らかに情報量が多いし、音も情景の出方もほかの音楽とは全然違うんですよ。個人的にエンジニアよりもアーティストが手掛けたミックスが好きで、“ここを一番聴かせたいんだ”っていうのが感じられるバランスにグッとくるんです。その意味でも、TKさんのように衝動が全部詰め込まれたようなミックスはほかにないというか。単純にその音が好きなんです。なのでTKさんが何の機材を使っているか、サンレコを読んでディグっていました。 

──では、同じものを使ったりとか?

染野 そうですね。今は変わっちゃいましたが、スピーカーはTKさんが前に使っていたFOCAL Solo 6 BE、オーディオ・インターフェースはAPOGEE Symphony I/O MKIIを僕も使っていました。 

デスク周りの機材

デスク周りの機材。モニター・スピーカーはAMPHION One 18、DAWはAVID Pro Toolsだ。ディスプレイ下にはAVID S3が置かれていた。デスク左手にはTC ELECTRONIC Clarity M、DANGEROUS MUSIC Monitor STのコントローラーを設置

デスク横のラック

デスク横のラックには、上からLYNX STUDIO TECHN OLOGY Aurora(N)(AD/DAコンバーター)、OZ DESIGN Ultimate Headphone Amplifier(ヘッドホン・アンプ)、TASCAM AV-P250(電源コンディショナー)、AMPHION FlexAmp1200(パワー・アンプ)、DANGEROUS MUSIC Monitor ST(モニター・コントローラー)、TRINNOV AUDIO ST2 PRO(音響補正プロセッサー)をマウント

ACOUSTIC REVIVE

スタジオのケーブルや電源などは主にACOUSTIC REVIVE製を使用。こちらは電源タップのRTP-6 Final。スピーカー・スタンドも同社のものを使っている

──『Whose Blue』では、TKさんから送られてくるステムを染野さんがミックスしています。ステムとしてまとまっているソースは、どのようなものでしたか?

染野 ドラムやベースは、ほとんどステレオ・ミックスになっていますね。ギターはフレーズにレイヤーがあったり、ソロの音量の上げ下げをしたりするので最大10trほど。ストリングスはシンセと分かれていて、あとはピアノですね。ボーカルは多くて10tr。全部で30~40trくらいですね。 

──ドラムは、キックもまとめられているのでしょうか?  

染野 はい。バラけすぎていると、何でもできすぎちゃう気がするんですよね。僕が普段ミックスを手掛けているアーティストの中には、ドラムをまとめて納品してくるトラック・メイカーもいるので、まとまっていることに不便は感じません。なのでTKさんにも“複数のトラックが混ざっていても大丈夫ですよ”と伝えて、こういうやり方をしています。TKさんの作品は昔から聴いているので、毎回データが届くたびにトラックをソロで聴いて、音の作り方をひも解いています。例えばドラムの音についても“これくらいコンプをかけないと、あの音にならないんだ”とか、毎回そうやって音作りの仕方を理解しながらミックスしています。ですから、こちらで整えすぎると、TKさんらしい音にならないというのもやりながら学びました。

── 当初と現在で意識に変化はありますか? 

染野 最初のころはより整える意識がありましたが、そうすると全体的に細かくなりすぎるきらいがあり、TKさんの衝動的な塊感が出なくなるんです。でも作品を追うごとに塊感が出るようになりました。 

──感覚がつかめたということですか? 

染野 そうですね。でも、前回これが成功したから今回も……ってことはあまりないです。TKさんにもその時々でトレンドがあり、処理の方法も毎回変わります。新しいプラグインを積極的に使うし、それがハマっていてカッコ良かったり。だから届いたデータに対して、今の自分の全技量で返していくというのがずっと続いている感じです。塊感が出るようになったのは、自分のミックス技術や応用力が向上したからです。以前よりもいろんなジャンルの仕事をするようになり、引き出しも増えたと思います。 

──引き出しが増えたことで、ミックス全般に対する考え方もアップデートされた?

染野 そうですね。昔は分解能が高いほど良いという潜在意識がありましたが、それも薄れてきて、今はバランスさえ取れていれば多少何かが聴こえなかったり、何かが聴こえすぎていてもいいんじゃないかというマインドになりました。なので、以前よりも無理をしなくなりましたね。それもあって、アーティストがやりたい部分とエンジニアとしてある程度の整理をするという部分が、うまく重なるようになったんだと思います。 

プリマスタリング的に整える

──現在の染野さんの考えが、今作のような衝動性を失わないミックスにつながるのですね。 

染野 まず、TKさんのラフ・ミックスがカッコ良いので、あまり手を加えたくないという気持ちがあり、僕の役割は“プリマスタリング的に整える”という位置付けと考えています。エフェクトのウェット感もTKさん本人のイメージがあるのであまり変えたくなくて、歌もウェットでもらうことが多い。例えば、ディレイも全部かかった状態です。 

──となると、染野さんは具体的にどういうことをやっているのですか? 

染野 そうは言ってもこれだけ詰め込んだ音数の中で、歌がどれだけ聴こえてくるかは大事ですから、毎回そのあんばいを一緒に探る感じがあります。もらったままの状態だと、ずっと音量が大きいということもあるので、サビの爆発感を高めるために、ほかのセクションを少し弱めたり。そういう細かいコントロールはオートメーションで表現します。あとは、例えばAメロなのに楽器の音数がすごいことになっていたら、取捨選択じゃないですけど、今はこの音が主役でこっちは脇役、というように役割付けをしたり、ウェットすぎるエフェクトを少しドライにしたり、逆にこっちで若干ウェットにするとかですね。最近のプラグインの性能に助けられています。

── 『Whose Blue』で染野さんがミックスを担当しているのは「Synchrome」「誰我為」「Scratch」「musique」「Whose World? Whose Blue?」です。各楽曲のミックスは基本的に同じプロセスですか? 

染野 「誰我為」と「Scratch」は割と前の時期に制作していて、ほかの曲とはやり方が違います。この2曲では僕がミックスしたものをTKさんのマスター・エフェクトに通してもらって、最終的に仕上げていました。 

──TKさんのマスター・エフェクトを使用したのは、なぜですか? 

染野 TKさんのマスター・エフェクトって割と積極的に音を変える設定なので、通すとTKさんの音になる感じがあるんです。自分でもある程度はそれに寄せることができましたが、最終的なところまでは到達できなくて。なので、自分のほうでは少し素朴というか、輪郭をしっかり付けるくらいのミックスにして、TKさんのマスター・エフェクトに入れたときにうまく鳴る状態に仕上げていました。そのほかの曲は、僕のほうでマスター・エフェクトを通すようになりました。

マスター・バス・チャンネルに挿したプラグイン

❶:「musique」のマスター・バス・チャンネルに挿したプラグイン。バス・コンプはUNIVERSAL AUDIO UAD Manley Stereo Variable Mu Limiter Compressorで−2dBくらいリダクションさせている。PLUGIN ALLIANCE Brainworx BX_Digital V3でサイドの広がりやMonoで歌の食いつきなどを調整。KUSH AUDIO Blyssで80Hzと1.5kHz帯を少しブーストさせてメリハリを出している

後段に挿したプラグイン

❷:❶の後段に挿したプラグイン。LEAPWING AUDIO DynOneはマルチバンドのパラレル・コンプで、引っ込みやすい帯域を安定させた後に、UNIVERSAL AUDIO UAD Chandler Limited Curve Bender Mastering EQで少しドンシャリ気味に戻している

後段に挿したプラグイン

❸:❷の後段に挿したプラグイン。ステレオ・イメージを調整できるLEAPWING AUDIO CenterOneで左右の音量を整えてから、SCHWABE DIGITAL Gold Clipへ送出。LAVRY ENGINEERINGのADコンバーターの特性を再現したプラグインで、“高域が出過ぎたときに良い感じに抑えてくれる”とのことで軽くかけている

──そうなった理由は? 

染野 TKさんが使っているモニター・スピーカーが変わったからなのかもしれませんが、マスター・バスの処理がクリーンになり、そのぶん各トラックでの色づけが増えた印象がありました。それによって、こっちでミックスを仕上げたときの誤差が少なくなりました。これなら僕のほうでもプリマスターを作って、そのままマスタリングへ出せる状態にできるなと。こちらで触れる余地が増えた感じですね。 

──染野さんはミックスの際、主にスピーカーでモニターするのでしょうか? 

染野 そうです。ヘッドホンはバランスを見るというよりも、ノイズ・チェックや突出しているものを探したり、歌が埋もれているときの原因を突き止めたりするときに使います。 

OLLO AUDIO X1(写真左)とFOCA L Clear Professional(同右)

OLLO AUDIO X1(写真左)とFOCA L Clear Professional(同右)。X1はハイミッドの硬さや立ち上がりが見えやすく、Clear Professionalは低域のチェックに使用。いずれもヘッドホン・アンプのOZ DESIGN Ultimate Headphone Amplifierに接続されていた

OLLO AUDIO S4Xはサブ機

OLLO AUDIO S4Xはサブ機として使用。DANGEROUS MUSIC Monitor STのヘッドホン・アウトに接続しており、染野いわく“元気のある音”

TEAC WS-A70

エンジニアの檜谷瞬六からお薦めしてもらい導入したというネットワーク・オーディオ・システムのTEAC WS-A70。ミックス・チェックでも使用している

──歌といえば「Synchrome」はヨルシカのsuisさんがフィーチャーされた楽曲でしたね。2人の歌の掛け合いが印象的で、しかも似た声質に感じました。 

染野 2人の息遣いというか倍音の感じが共通していたので、そこがキープされるように、ぶれないような処理をしました。そうすると、あの音数でもある程度抜けてくるし、レベルに頼りすぎなくても聴こえてきます。基音周辺の帯域はお互いのキャラが出るようにしつつ、ケンカにならないようにオートメーションで処理しています。 

──ボーカルに染野さんのほうでかけたプラグインはありますか? 

染野 ボーカルの処理はTKさん、suisさんの順で進めましたが、2人ともピーク感やレベルが似ていたので、同じプラグインを使っています。FABFILTER Pro-Qで不要なところをカットして、WAVES MV2は小さめの歌詞を拾い、OEKSOUND Soothe2で少しシビランスを整え、ボーカル・バスではテープ・シミュレーターのU-HE Satinをかけてまとめています。あと、サビなどで張ったときのピークだけをSCHWALBE DIGITAL Gold Clipで止めてますね。これはちょっと緩めにかかるのが良いです。あと、Satinの処理で少し腰高になったのでUNIVERSAL AUDIO UAD Neve 1081で100Hz辺りを少し持ち上げました。

Synchrome

「Synchrome」にてTKとsuisのボーカル・バスに使用されたプラグイン。U-HE Sat inは染野のお気に入りのテープ・シミュレーターで“高域を足したいときに使う”とのこと。隣はワンノブ系のプロセッサーWAVES Greg Wells VoiceCentric。ポリッシュさせる(つや出し)効果があり、染野は声が違うボーカルをまとめるときに重宝しているそう

歌を想定しないミックス

──歌以外のパートに関してはどんなサウンドを心掛けてミックスをしましたか? 

染野 この曲はロックですが、その中にポップスの要素があったほうがいいなと思い、サウンドも激しくなりすぎないように心がけました。TKさんのラフ・ミックスがカッコ良かったので、ほとんど触る必要はありませんでしたが、キックのロー感とベースは曲を通して安定させ、上モノで展開を作っていくイメージが良いなと思いました。やってみたらサビの推進力が出たと思います。キックの低域の鳴りだけをこちらで補強したところ、TKさんから“キック以外の皮モノが少し引っ込んだかも”とのことだったので、そこだけ追加のデータをもらってフォローしました。

──サビのパートは本当に楽器のせめぎ合いですが、これをどうやってうまくすみ分けていくのですか? 

染野 ボリュームやEQなどを使います。明るい音色やアタックが強いものは手前に聴こえるし、ローファイな音色なら奥に聴こえる、というように前後感を作っていますね。まず、インストだけでもカッコ良く聴こえるのが大事なので、まずオケを仕上げてから歌に取りかかります。 

──ということは、歌のポケットを想定せずに作っていくという。 

染野 歌を想定したミックスって“そのために仕上げた”印象になるんですよ。TKさんの場合、いろんな楽器が詰め込まれていますが、そこには鳴らしたい音が集結している。だからインストだけで成り立つバランスを取ることで、崩壊しづらくなると思うんです。その前にリズム隊の音だけでも1曲を通して聴ける状態にするのが大事で、次に上モノが入ったインストでも聴けて、その上に歌が入って一番良い状態になる。そのためには手前(インスト)の状態でまず完成されていないと、最終的に2ミックスになったときの説得力が出ないんですよね。

さらにクリップさせる方向で処理

──「musique」は具体的にはどういう感じのプロセスでしたか?

染野 この曲はkent watariさんのビート・トラックが入っていて、サウンドにもともと爆発力があったので、こちらでさらにクリップさせる方向で処理しています。普段はバンド系のサウンドよりもトラック系の音楽をミックスすることのほうが多いので、そういう処理は応用しやすかったです。

──この曲ではストリングスがひときわ奇麗に聴こえてきました。 

染野 帯域的にギターとバッティングするので、どれくらい残すかというのが毎回あります。この曲は特にラストのサビがエモーショナルで、爆発感が出たときでもストリングスが聴こえてほしいと思ったので、オートメーションで上げつつ、EQでぶつかりを避けています。ストリングスとギターがせめぎ合って難しいなと感じたとき、TKさんは“違うディストーションを使ったギターを試してみて”って別のデータを送ってくれることがあります。ご自身の中に明確なビジョンがありながらも、縛られ過ぎていないというか、柔軟さをいつも感じます。 

── 音同士のせめぎ合いの最たるものが「Whose World? Whose Blue?」のラストのサビでしたね。

染野 あの部分では、上モノをまとめたバスにボーカル・トリガーのサイドチェイン・コンプをかけていて、歌が鳴った瞬間に上モノがダッキングされるようにしています。そうすることで歌とオケの境界線がグッと出ますね。 

WAVESFACTORY Trackspacer

「Whose World? Whose Blue?」のラストのサビにて、ストリングスとギターの分離のためにオケ用エフェクト・バスに挿したWAVESFACTORY Trackspacer

──ミックスを終えての感想をお願いします。 

染野 今回は今までよりも広いスケール感の共存が割と良い感じにできたなと思っています。「誰我為」とか「Scratch」のようなバンドっぽいガツンとくる感じだけではなく、「musique」やそのほかの2曲だと塊感を出しつつも、シーケンスやストリングスを含めて、広がりや奥行きのある感じに仕上がったと思います。そこはTKさんのプリ・ミックスからも感じたことなので、その部分の解釈が一緒で、またそれを理解した上でミックスできたのがうれしかったですね。

染野のスタジオ全景

染野のスタジオ全景。天井と左右の壁にはBUSHMAN ACOUSTICSの吸音パネルを、正面にはVICOUSTICの調音パネルWavewoodを設置している

 

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