TAKU INOUE最新作『FUTARI EP』インタビュー 〜なとり、春野、SARUKANIなどが参加した“ラブソング”テーマのEP制作裏側

TAKU INOUE

星街すいせいとのユニット“Midnight Grand Orchestra”や、anoへの楽曲提供でも知られる音楽プロデューサー/作編曲家/DJのTAKU INOUE。彼が約3年ぶりの新作EP『FUTARI EP』を完成させた。本作は「Overdose」のヒットで知られるなとりをはじめ、にんじん(ロクデナシ)、春野、SARUKANI、なるみやなど多彩なゲスト陣とともに、これまであまり語られることのなかった“ラブソング”をテーマに描かれているという。ここでは、EP全体を通じて感じられる繊細な音作りや実験的なアレンジ、その背景にある制作哲学や技術的なディテールについて、TAKU INOUE本人に伺った。

ギターもベースも、自分で弾く割合が一気に増えました

──まずは『FUTARI EP』の完成、おめでとうございます! 率直な感想は、いかがですか?

TAKU ありがとうございます。なんとか出来上がりました。いつもですけど、アルバム完成した後は素直に喜ぶことは少ないというか……。“あれもやれたな”とか“こういうやり方もあったな”とかっていうのは、やっぱり出てきますね。でもまあ、その時点でのベストは尽くしたので、楽しんでもらえたらうれしいです。

──約3年ぶりのEPリリースということですが、作りはじめたのはいつ頃ですか?

TAKU いつだったかな……。2022年くらいから曲自体はいくつか作っていて、存在はしていたんです。ただ、その頃はMidnight Grand Orchestraの活動とか、クライアントワークも多くて、ずいぶん延び延びになってしまいました。

──ある一定の短期間で一気に作ったというより、長期に渡って分散して作られたという感じですね。

TAKU そうですね、ギュッと集中してやったという感じではないです。実際、2022年の暮れくらいには「ピクセル(feat. なるみや)」と「ハートビートボックス(feat. 春野 & SARUKANI)」はできていました。「ライツオフ(feat. なとり)」「トラフ(feat. にんじん from ロクデナシ)」「FUTARI」は、去年から今年にかけてできた曲です。期間としてはバラバラですね。

──EP全体におけるテーマなどはあったのでしょうか?

TAKU 今回は“ラブソングをやろう”と思って取り組みました。これまで真正面からあまり触れてこなかったジャンルなんですよね。自分で“ラブソングを作ろう”と思ったこともなかった。でもせっかくソロでやるなら、毎回何か新しいことに挑戦したい。なので今回は、“対になる存在=FUTARI”というテーマでラブソングに挑戦しました。

──前回が『ALIENS EP』だったのに対して今回は『FUTARI EP』と、タイトル面においてもコントラストがありますね。

TAKU そうなんですよ。実は別のインタビューでも言われて気づいたんですけど、“ALIENS”は不特定多数で、“FUTARI”はいきなり個人的なところにフォーカスしているんです。対比になっていて面白いなと自分でも思いました。

──音楽的な進化として、この3年の間に何か感じることはありましたか? 

TAKU 今作では、ギターやベースを自分でかなり弾いています。前作でも生音は一部使っていましたが、今回はその割合が明確に増えました。打ち込み中心だった前作に比べて、より“自分の手で鳴らす”感覚が強くなっていますね。

仮詞を添えて渡したら、なとりくんが全部拾ってくれた

──「ライツオフ」の制作はどのように進んだのですか?

TAKU まず自分がワンコーラス作り、“こんな感じどうですか?”ってなとりくんに送ったんです。仮の歌詞もざっくり当てていたんですけど、“自由に書いてもらって大丈夫です”というスタンスで渡しました。そしたら彼がしっかり要素を拾ってくれて、結果的にほとんどの歌詞をなとりくんが書いてくれましたね。言葉のセンスも音へのハマり具合も完璧で、何も言うことがなかったです。やりとりも一度で済んで、曲全体もスムーズに仕上がりました。

──イントロで登場するジャズバンドのサウンドはどのように?

TAKU あそこはすべてサンプル素材で構成しています。いろんなサンプルを組み合わせていて、ピアノだけは自分で弾いたものを重ねました。SpliceやLoopcloudを使うことはありますが、メロディ系のサンプルってほかの人と被りやすいのが苦手なので、独自に収集したライブラリから選ぶことが多いです。YouTubeのContent IDに引っかかるのも怖いですし、何よりオリジナリティを出したいので、サンプル選びにはかなり気を使っていますね」

──この曲のギターとベースについては『サンレコTV vol.9』で詳しく教えていただきましたので、ここではそのほかの楽器……例えばピアノソロで参加された永山ひろなおさんの演奏について教えてください。

TAKU サビ後のピアノソロのところは、最初に僕が打ち込みで土台を作ってから“ここだけ演奏してください”と永山さんにお願いしました。2テイク送ってもらって、その中から選んで使っています。演奏データはいつもMIDIで送ってもらっていて、音色は僕の方で選びました。この曲では確かSPECTRASONICS Keyscapeを使ったと思います。

──ドラムは生演奏ですか? 

TAKU サビ以外のAメロなどでは、本当は生ドラムを録りたかったんです。でもスケジュールの都合でお願いできなかったこともあって、今回はあえて打ち込みで再現しました。使ったのはNATIVE INSTRUMENTS Kontaktライブラリのドラム音源で、確かソウルドラムっぽいキットを使ったと思います。

ブレスのおいしいところを残すために、ディエッサーはあえて使わない

──続いて「トラフ」についてお聞きしたいのですが。ドラムンベースっぽいビートから始まって、サビでジャージークラブに変化する流れが印象的です。

TAKU そうですね、ちょっと変な曲ではあるんですけど(笑)。まずはロックっぽいモチーフで始めたいと思って、イントロとAメロの雰囲気を固めていきました。で、サビではガラッと展開を変える構成にしようという構想が最初からあって、何を持ってくるか考えたときに、“ジャージークラブをやってみよう”と思ったんです。以前は他のプロジェクトで触れていましたが、今回は正面からしっかりトライしてみました。

──4つ打ちよりも“引っかかり”があって新鮮ですよね。

TAKU の展開で普通に4つ打ちにすると、引っかかりがなくて埋もれてしまう気がしていて。だからこそ、ジャージークラブにして正解だったと思います。ワンコーラス作った段階で“なんかすごい変な曲ができたな”とは思ったんですけど(笑)、気持ちよさがあったので、そのまま進めました。

──この曲もそうなんですが、作品全体的にギターのカッティング音がすごく“パキパキ”しているのが印象的です。

TAKU それは自分でもすごく好きで、トランジェントが立っていて楽曲の中でもしっかり抜けてくれるんですよね。そういうギターサウンドを意識して選んでいて、音作りでも“抜けの良さ”を狙って調整しています。

──ちなみにギターは何をお使いですか?

TAKU 基本的にはFENDER American Professional II StratocasterとGibson ES-135を曲によって使い分けています。どちらもすごく“パキパキ”に鳴ってくれるので、かなり気に入って使っていますね。

──普段のルーティングはどのように? 

TAKU MOTUのオーディオI/O、828Xに直で入れて、細かい音作りはプラグインで行っています。

──ボーカルの録音はどのように行われたのですか?

TAKU 録音は基本的に青葉台スタジオで行っていて、エンジニアはいつもお願いしている吉井(雅之)君です。今作も彼にお願いしました。ただ、なるみやさんだけはご自宅で録音してもらい、データを送ってもらう形でしたね。ほかの3人はスタジオ録音で、僕も立ち会ってディレクションしています。マイクは完全に吉井くんに任せているので、正直何を使ったかは覚えてないです(笑)。録音後はエディットされた状態の音源データを受け取り、そこから僕がミックスしています。

──今作では、ブレス成分が多めに入ったボーカルサウンドが多い印象でしたが、こういったボーカルをミックスする際のコツは?

TAKU EQプラグインのWaves API 560を使って高域、大体8〜16kHz辺りを大胆に持ち上げて、ブレッシーな質感を強調しています。ディエッサーは使っていません。というのも、歯擦音だけでなく“おいしい部分”まで削れてしまう気がして苦手なんです。代わりに、全部手作業でボリュームオートメーションを書いて調整しています。すごく地道な作業ですが、ここは毎回妥協せずやってます。僕の中で“ボーカルにディエッサーを使わない”というのは強いこだわりですね。

Waves API 560

Waves API 560は、APIの伝説的な10バンドグラフィックEQ、API 560 をモデリングしたプラグイン

──ボーカル処理をする際は、どのようなモニター環境で行っていますか?

TAKU ULTRASONE Signature MASTER MkIIというヘッドホンを使ってます。音もすごく好きだし、長時間付けていても疲れないので気に入ってるんですよね。テンションが上がるような鳴り方をしてくれるのもポイントです。サブベースも基本的にはこのヘッドホンで確認しますが、もう一つ使っているのがミニスピーカーのSONY SRS-Z1PC。低音そのものは聴こえませんが“ベースのラインが見えるかどうか”で判断していて、それがしっかり出ていればOKっていう基準で調整しています。

──サブベースに用いるサチュレーションプラグインは?

TAKU よく使うのはSoundtoys Decapitatorですね。あとは、Softube Saturation Knobもすごく良いです。WavesのSmack Attackもお気に入りで、本来はこれトランジェントシェイパーなんですけど、インプットを上げると良い感じにサチュレーションがかかるので、サチュレーター的な使い方をすることもあります。

waves smack attack

Waves Smack Attackは、トランジェントシェイパー・プラグイン。主にドラムやパーカッションなど、アタック成分の強い素材のアタックやサステインを直感的かつ詳細にコントロールできる

ルーツはNirvana。コード進行はシンプルでもいい

──「ハートビートボックス」では、SARUKANIさんのビートボックスの完成度が高かったとのことですが、制作やミックスで難しかったことはありましたか?

TAKU 意外とそんなに苦労してないんです。もちろん『トラフ』みたいに試行錯誤した曲もありますけど、やりたいアイディアが明確に見えていれば、作業自体はスムーズに進みます。でもその“最初のアイディア”を出すのが一番大変で、方向性に迷ったときはもう直感に頼るしかないですね。最終的には“なんとなくこっちがしっくりくる”っていう感覚を信じてます。例えばBメロのコード進行で2パターン迷ったら、両方作って時間をおいて聴き直します。そのうえで、少しでもグッときた方を選ぶっていうのが、僕の判断基準です。

──余談ですが、コード進行に関して好みはありますか?

TAKU コード進行に関して言うと、僕のルーツはオルタナティブロックなんです。Nirvanaが大好きだったし、日本だとMO’SOME TONEBENDERとか。だから、複雑なコード進行よりもシンプルな進行が好きなんですよね。 クライアントワークスでは、転調やテンションコードが前提みたいな曲も多いですけど、自分のソロ作品ではできるだけ素直に、自分が気持ちいいと思える進行を使いたいと思っています。

──コードに関して言うと、今作ではどの曲がこだわりですか?

TAKU 今回のEPで言えば、「トラフ」は印象的ですね。ほぼワンパターンのコード進行なんですけど、それでも展開のつけ方やアレンジで十分にドラマを生み出せると思っていて。海外の音楽ではそういうスタイルの曲も多いですし、僕自身もソロ作品では感覚優先でシンプルな進行にこだわりたいと思っています。

──そのほか、今作において特にこだわったポイントはありますか?

TAKU 今回はあえてサンプリングレートを48kHz/32ビットに落として制作しました。Midnight Grand Orchestraの制作時は96kHzでやってたんですけど、マスタリング後との音の差がちょっと気になっていて。それなら最初からマスタリングを見越した環境でやった方がいいんじゃないかと思い、48kHzでスタートしました。結果的に、自分の耳とのギャップも少なくなった気がしますね。

──今作のマスタリングはどこで? 

TAKU マスタリングはいつも青葉台スタジオの澤本(哲朗)さんにお願いしています。何度もご一緒していて、仕上がりもすごく好みなんです。僕は基本的に音楽的なことはミックスでやり切る主義なんですけど、マスタリングでは“展開の見せ方”に関してよくリクエストを出します。例えば“Aメロからサビにかけてもっと盛り上げてほしい”とか。最近だと“抜きサビ”みたいにサビで音数を減らすアレンジも多いんですが、それでも“盛り下がった”と感じさせないように、音量バランスや押し出し方をマスタリングで調整してもらっています。「トラフ」は3回くらいマスタリングをやり直してもらって、Bメロの音量を少し下げることで、サビがより引き立つようにしました。展開の伝わり方って、一番大事だと思っているので、そこは妥協せず詰めてますね。

“やってみたい”と思ったら、まず飛び込んでみてほしい

──今作について、リスナーへ伝えたいことはありますか?

TAKU 全体的にJポップの枠から外れすぎないように意識して作っているので、リスナーの方には純粋に“曲として楽しんで”もらえたらうれしいです。でもその中に“ちょっと変な曲にしたい”という気持ちも込めていて、それはこのEPに限らず、僕の音楽全体に通じるテーマでもあります。耳を澄ませて聴いてもらえたら、“なんでサビでいきなりジャージークラブになるの?”みたいな、いろんなツッコミどころが見つかると思うんですよね(笑)。そういう“引っかかり”を、音楽を作っている人たちにもぜひ楽しんでもらえたらうれしいです。

──コロナ禍以降、DTMer人口も増えてきていますね。

TAKU 音楽を作る人が増えるのは大歓迎です! 今はAIもどんどん進化してきていますけど、やっぱり“作ること”自体がすごく楽しいんですよね。だから、“やってみたい”と思ったら、迷わず飛び込んでみてほしいです。

──今回の『FUTARI EP』の初回生産限定盤を購入すると、5曲入りのリミックスCDが付属します。

TAKU 原口沙輔、tofubeats、Musicarus、PAS TASTA、Hylenと、リミキサー陣は本当に豪華で、インターネットミュージック好きにはたまらないメンツがそろっていると思います。“思った通りに仕上げてくれた人”もいれば、“そう来たか!”という意外性のあるアプローチをしてくれた人もいて、聴いていてすごく楽しかったですね。特に沙輔君のリミックスは何が出てくるか分からない感じが面白くて、もう完全にお任せしました。初回生産限定版を手にしてくれた方には、ぜひリミックス盤もじっくり楽しんでもらえたらうれしいです。

TAKU INOUE「FUTARI EP Disc2」

TAKU INOUE『FUTARI EP Disc2』は、2025年6月25日リリースのTAKU INOUE 『FUTARI EP』初回生産限定盤に付属するリミックスCD。原口沙輔やtofubeatsなど、TAKU INOUEと縁の深い気鋭アーティストたちが、EP収録の人気楽曲に新たな解釈を加えた内容となっている

Release

『FUTARI EP』
TAKU INOUE

TOY’S FACTORY:TFCC-81126(通常盤)/TFCC-81124〜25(初回生産限定盤)
2025年6月25日(水)発売
*各種サブスクリプション・サービスにて配信中
初回限定盤:リミックスCD付き2枚組、ブックレット封入

Musician:TAKU INOUE(g、b、prog)、なとり(vo)、にんじん[from ロクデナシ](vo)春野(vo、chorus direction)、SARUKANI(human beatbox、arrangement)、なるみや(vo)永山ひろなお(piano solo)
Producer:TAKU INOUE
Engineer:吉井雅之、澤本哲朗、TAKU INOUE
Studio: 青葉台スタジオ、Midorino Studio、他

 

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