好きなアーティストと肩を並べてDJがしたい
その思いが原動力となって曲を作っています
フロア仕様のダークでアグレッシブなテクノを手掛けるDJ/プロデューサー、RISA TANIGUCHI。国内屈指のインターナショナルDJの一人であり、現在は『Love Parade』の後継イベント『Rave the Planet』(ベルリン)でのギグを終えたばかりだ。プロデューサーとしては、これまでにKneaded Pains(UK)やTREGAMBE(ドイツ)、Octopus Recordings(USA)など各国の有力レーベルから作品をリリース。今年の5月と6月には、名門CLR(ドイツ)から『So Loud EP』と『Wakes From Coma EP』の2作を立て続けに発表した。以前より別名義でトラックのリリースはしていたものの、本場のテクノ・シーンを相手に曲作りを始めたのは、ここ5~6年だそう。それほどの短期間で、なぜ彼女は世界で活躍するようになったのか? 志の高さに裏打ちされた活動について、楽曲制作の面から紹介しよう。
クリップの保存機能が曲作りの要
──普段、どのような手順で楽曲制作を?
TANIGUCHI 曲によりけりですが、ワークフローにパターンはあって、必ずABLETON Liveのセッションビューからスタートします。一番よく使うのはMIDIクリップの保存機能。セッションビューで作成したMIDIクリップをユーザーライブラリのClipsフォルダにドラッグ&ドロップすると、そのクリップに含まれるMIDIデータや付随するプラグイン、オートメーション情報などが一括してALCファイルとして保存され、いつでも呼びだせるんです。これがすごく便利で、良いと思うものを保存しておけば、新しい曲を作りはじめるときの取っ掛かりにできる。テクノは基本的にループ・ベースの音楽なので、1~4小節くらいのアイディアをいろいろな音源やエフェクトで作って保存しておきます。アイディア出しの段階では深いことを考えずに、シンセやキックといった各楽器のフレーズをバンバン作りためていくんです。
──最初から曲を作ろうと意気込むのではなく、断片的なアイディアをMIDIクリップとして残していくのですね。
TANIGUCHI むしろ、そんなことばかりしています。夜にお酒を飲みながらでも気軽にできますし(笑)。アレンジメントビューにクリップを並べて曲を構成していくのは、まとまった時間があるときに“さあ、やるか”って気合いを入れてから始める感じです。というのも、空っぽのアレンジメントビューを前にして、1拍目からキックを打ち込んでハイハットを足して……とやっていくのが、個人的にしんどくて。だから、まずはセッションビューでフックになる強いアイディアを作って、アレンジメントビューに移るんです。
──作りためたクリップを組み合わせて、曲にしていくのでしょうか?
TANIGUCHI そういう場合もありますし、全くの無から作り出すこともあります。例えば「Wakes From Coma」という曲は、最初にレイビーなシンセ・リフを作って、それに何を足せばカッコいいのかイチから考えました。そうやって作っていく中で悩んでしまったり、何がマッチするのか分からなくなったりしたときに作成済みのクリップを合わせてみて、相性の良いものを探します。ただ、試しに組み合わせたものをそのまま使うことはなくて、曲に合わせて音色やオーディオ・エフェクトなどを調整します。
“ランブリング・ベース”で低域に奥行きを
──TANIGUCHIさんの楽曲には、ミックスの背景になるようなテクスチャー・サウンドが効果的に使われていますね。
TANIGUCHI 「Wakes From Coma」のテクスチャーは、タムのフレーズを元に作りました。2種類のタムを打ち込んだフレーズで、オーディオ・トラックに出力して録音してから、エフェクトをガンガンかけて原型をとどめないほど加工したんです。こんなふうに、もともと曲の中にあった音を加工して薄っすら鳴らすと、ほかの音となじむテクスチャーにしやすい。グラニュラー・シンセのような音源を使えば似た音を作れるのかもしれませんが、そうすると曲のテーマに沿わないというか、“機能として、ただそこにあるだけ”みたいな感じになってしまうのが腑に落ちなくて。だから自分で作った音の副産物を使いたいし、そうすることで“意味”が生じて曲の統一感が強まると思っています。
──テクスチャーは、ミックスに空気感のようなものを与えていると思います。
TANIGUCHI アンサンブルには絶対、すき間が必要だと思うんですが、ルーク・スレーター(Luke Slater)のような練達の曲は音数が少ない分、一音一音がとても洗練されているし、その域に達するのは至難の業です。私はまだまだ未熟なので、すき間を埋めるためというか、キックだけが目立ってアンバランスだなって思うようなところのために、テクスチャーを取り入れます。1つのフレーズから5種類くらいのテクスチャーを作ることもあります。
──空気感と言えば「Wakes From Coma」や「Emission」では、キックにリバーブをかけていますよね?
TANIGUCHI はい。それら2曲に限らず、キックには必ずリバーブをかけています。例えば「Wakes From Coma」のキックは、ハイハットの音で作ったアタックの成分とメインの太い4つ打ち、その4つ打ちから作り出したランブリング・ベースで構成していて、メインに少しだけ、ランブリング・ベースには深くリバーブをかけています。
──ランブリング・ベース(ゴロゴロ鳴る低音)というのは、4つ打ちの奥で鳴っている16分裏を含んだキックでしょうか?
TANIGUCHI そうです。あの曲ではメインの4つ打ちにエフェクト・チェインを挿して作っていて、16分裏の“ドド”っていう音はABLETONのDelayによるものです。チェインはABLETONのAudio Effect Rackで構成し、その中でドライ/ウェットのパラレル処理ができるようにしています。
──Audio Effect Rackは、複数のエフェクトを接続して使えるデバイスですね。
TANIGUCHI はい。Delay、Auto Filter、Reverbの順に接続しています。すべてABLETONの純正エフェクトで、Auto FilterはDelayがかかったキックの高域をばっさり切るため、Reverbは奥行き感を与えるために使いました。ランブリング・ベースのリバーブは高域まで伸びないようにするのが肝なので、Reverbの前段でハイカットを入れています。そのReverbに関しては、メインのキックをトリガーとするサイドチェイン・コンプをかけて、4つ打ちのタイミングでモヤモヤしないようにしている。ちなみに、ランブリング・ベースは独立したトラックで作ることもあって、メインのキックをオーディオ・トラックに録ってからエフェクトをかけるやり方、パターンをMIDIで打ち込んでメインと同じ音色を鳴らしつつエフェクトをかける方法などがあります。
──キックの素材はSpliceのようなオンライン・サービスで入手するのですか?
TANIGUCHI Spliceは使ったことがないんです。ユーザーが多いので、自分の選ぶサンプルがほかの人とかぶるような気がして。だからソフト音源で作ってしまうことがほとんどです。気に入っているのは、D16 GROUPのキック用シンセPunchBoxやABLETONのWavetable。Wavetableでキックを作ると、めちゃくちゃ鳴りの良いファットな仕上がりにできるのでお薦めです。
曲を出すこと自体がゴールではない
──セッションビューでアイディアを固めたら、クリップをアレンジメントビューに移して曲にしていくのですよね。曲の展開作りに決まった方法はありますか?
TANIGUCHI DJにとって望ましい展開、というのがあると思うんです。例えば、私は17小節目の手前や33小節目の手前で、いったんキックを抜くことが多い。後者の場合、次にキックが入る33小節目からのセクション、つまりポップスのバースにあたる部分が盛り上がります。展開作りの手順は、33小節目から始まるセクションや49小節目からの音数が多い場面を初めに作って、それを引き伸ばしたり、ループを足し引きしたりして膨らませていくことがほとんどです。ただ、偶数小節単位で進行する曲の一部に、奇数小節で終わるセクションを設けるようなイレギュラーな展開は、できるだけ作らないようにしています。やっぱりDJがプレイしやすい展開を作りたいし、自分がDJするときにかけたいもの、という視点以上に、自分の曲をかけてもらいたいDJのために作っている感覚が強いんです。
──曲作りの目的が明確ですね。
TANIGUCHI こういうコンセプトで、こういうアルバムを作りたい、って思うこともあるんですが、それよりは“このレーベルが、このアーティストがすごく好きで、彼らと肩を並べてDJしたい”という望みのほうが大きくて。私のキャリアはDJから始まっているので、自分の曲が世に出るだけでは満足できないんです。その先に、好きなDJがプレイしてくれるというのがないと、個人的にはあまり成功とは思えない。好きなDJに“この曲はかけやすくて、あの会場でプレイしたらすごく良かった”と思ってほしいからこそ作っているし、思ってもらえたら新しい作品のリリースにつながって、好きなレーベルのパーティでDJする機会に恵まれるかもしれません。とにかくDJが制作の原動力なので、作曲のお仕事が増えてギグができなくなってしまったり、増やせなくなってしまったりすると、それは自分のゴールじゃない。私の場合は、ギグか作曲のどちらかだけをやるようになったら、面白い曲が作れなくなると思います。両立は大変ですが、双方のバランスを保ちつつやっていくのが、自分には合っているのかなって思います。
Release
『So Loud EP』
RISA TANIGUCHI
CLR
『Wakes From Coma EP』
RISA TANIGUCHI
CLR
Musician:RISA TANIGUCHI(prog)
Producer/Engineer:RISA TANIGUCHI
Studio:プライベート