【会員限定】ヒップホップにおけるサンプリングの流れを作ったプロダクション・デュオFNZのキャリア

マイケルミューレ、アイザック・ザック・デ・ボニ

ここ数年、ヒップホップのトラック・メイクにおいてサンプリングが再び脚光を浴びている。2023年のヒット曲ジャック・ハーロウ「Lovin On Me」、ドレイク「First Person Shooter」などは、いずれもサンプリングを取り入れて制作されている。この流れを作ったのがマイケル・ミューレ(写真左)とアイザック“ザック”デ・ボニ(写真右)からなるプロダクション・デュオのFNZだ。彼らのキャリアについて語ってもらった。

ラジオをきっかけにマイアミへ移住

 現在のヒップホップのヒット・チャートを賑わせるプロダクション・デュオFNZは、ヒップホップ・ミュージックが誕生の礎となったサンプリングの手法に、現在のテクノロジーを織り交ぜたアプローチを取り入れている。彼ら独自の制作スタイルについて、デ・ボニはこう説明する。

 「時には昔ながらのサンプリングで最高なサウンドができることもある。でも、今の技術を使えば1970年代のレコードからボーカルだけを抜き出し、CELEMONY Melodyneでメロディを変えたりオリジナルにないハーモニーも足したり、サンプルからドラムを消したり、あらゆる方法で素材を加工できる。従来のようにサンプルに何かを付け足すだけではないサウンドを作り出すんだ」

 彼らがヒップホップ・シーンで躍進を遂げたのは2020年以降だが、作品クレジットに彼らの名が登場したのは2009年頃。ミューレは「長いこと僕たちの仕事が高い評価を受けることはなかった」と認める。ヒップホップをこよなく愛するオーストラリア出身の2人は、どのようにしてヒット・プロデューサーとしてのチャンスをつかんだのだろう。

 「僕にとっての始まりは1999年だった」とミューレは回想する。彼はテレビで見たビースティ・ボーイズのDJミックス・マスター・マイクに衝撃を受け、自身もバトルDJの道を志し、DMC World DJ Championshipsにも参加したことがある。バトルDJ熱が落ち着いた後はビート・メイキングに興味を持ち、AKAI PROFESSIONAL MPC2000を買って、DJプレミアやジ・アルケミストのビートを研究していた。

 デ・ボニはミューレとは違い、幼い頃からピアノを演奏していたが、兄弟の友人からIMAGE-LINE FL Studioを教えてもらいビートを作りはじめた。その後、友人を通じてミューレと知り合い、AKAI PROFESSIONAL MPC4000やDIGIDESIGN Digi 002、YAMAHA Motif Rackでビートを作りはじめた。“Finatik'n Zac”という名で活動をスタートした彼らは、次第にオーストラリアのパースで人気を得ていった。同時期にデ・ボニはパースにある専門学校でスタジオ・エンジニアとしてのスキルを磨いた。だが、彼らには拠点をアメリカに移す夢があった。

 「パースにある“グルーヴFM”というラジオ局でアメリカの大物プロデューサーにインタビューをする企画があった。その中の1人がジム・ジョンソンで、友人が彼に僕らの曲を紹介してくれたけど、その後は連絡が取れなくなってしまった。でも、本当に事を成したいならジムに会いにマイアミまで飛ぶ必要があると思って、機材をパッキングして飛行機に乗ったんだ。それが2009年初めのことで、会ったときジムはすごく驚いていたけど、その3カ月後に契約を交わすことができた。パースとマイアミを行き来しながら、2010年の終わりにはアメリカに移住したよ」

10年をかけてヒット・メーカーへと成長

 ジム・ジョンソンはピットブル、アッシャー、リュダクリスやエイサップ・ロッキーなどを手掛けるプロデューサーだ。2人は彼のアシスタントとしてスタジオに出入りするようになって、2012年頃には制作にも関わるようになったが、ヒット曲に恵まれない時期が続く。

 「マイアミに居た時期は腕を磨き、機をうかがうための時間だった。いろんなアーティストとセッションを重ねたけど、まだ学習の段階だったね」とミューアは振り返る。2016年頃に彼らはLAに移住し、名前も新たにFNZとして、自らのアイデンティティを築いた。きっかけはデンゼル・カリーの作品にエグゼクティブ・プロデューサーとして関わったことで、FNZの名はそこから広がった。そして、転機はカニエ・ウエストとの仕事だった。2019年作『Jesus Is King』収録の「Everything We Need」をはじめ、彼のオペラ作品で披露されたシングル「Wash Us In The Blood」にも関わった。

 当時をミューレはこう回想する。「10年間の研鑽の結果がようやく身を結ぼうとしていて、そこから雪だるま式に話がつながっていくようになったよ」

 この出来事がきっかけで彼らは2023年の大成功へと結実した。コダック・ブラック、ヤング・サグ、トリッピー・レッド、マシュメロ、リル・ウェイン、オフセット、ニッキー・ミナージュの作品で彼らの名前がクレジットされた。その中でも特筆すべきはザ・キッド・ラロイのデビ ュー作『ザ・ファースト・タイム』やドレイクの「First Person Shooter feat. J Cole」(『For All The Dogs』収録)、トラヴィス・スコットの「Thank God」などがある。フューチャーとの初仕事と「Wait For U feat. Drake & Tems」は、2023年グラミー賞のベスト・メロディック・ラップ・パフォーマンスを受賞した。

 FNZのクレジットはコ・ライターもしくはコ・プロデューサーだが、内容は2つに分かれる。1つはアーティストと共にスタジオに入り最後まで立ち会う方法で、もう1つがアーティストやほかのプロデューサーに素材を提供するだけというやり方だ。

 「ドレイクのようなアーティストは同じ場所で作業を進めるのは難しい。でも、彼と長年の付き合いがあるビニールズやオズのようなプロデューサーと良い関係があるから、僕らはサンプルを彼らに渡し、彼らがそこにドラムやほかに気に入った素材を足してドレイクに聴かせている。一方、ザ・キッド・ラロイやエイサップ・ロッキーは一緒にアイディアを考えるところから始めるよ」

FNZの2人

FNZの2人(写真奥)とラッパーのタイ・ダラー・サイン(写真右)、手前がシンガーのザ・キッド・ラロイ

 FNZがサンプルを加工したり曲のアイディアを練るのはLAにあるプライベート・スタジオだ。「毎朝マイケルを拾ってスタジオに行き、1日に15本くらいのアイディアを捻り出している」とデ・ボニが説明する。スタジオのメインDAWはABLETON Live、オーディオI/OにはFOCUSRITE Saffire、モニター・スピーカーはJBL PROFESSIONAL LSR6332とYAMAHA NS-10M StudioのほかにもKRKのサブウーファーを設置。楽器はアップライト・ピアノにRHODES MKI Suitcase Seventy Three、MELLOTRON M4000D Miniとギター、シンセはSEQUENTIAL Prophet-10などがある。ピアノの録音は「ここ数年は2台のAPPLE iPhoneをピアノの両脇に立てて録るようになったね」とデ・ボニは説明する。

スタジオ

LEDライトをつけるとクラブ的のような雰囲気にもなる彼らのスタジオ。ピアノ上部の壁には調音素材が設置されている

YAMAHA NS-10M Studio

YAMAHA NS-10M Studioはサウンドの微調整のために欠かせないアイテム

JBL PROFESSIONAL LSR6332

ラージ・モニターのJBL PROFESSIONAL LSR6332。大音量でのモニター用であり、このほか低域チェックのためにKRKのサブウーファーも用意

アウトボード類

スタジオにあるアウトボード類。パワー・サプライ系以外はUNIVER SAL AUDIO Apollo 8とDBX 21X15S、DBX 160 Aなどがある。オーディオI/OはApollo以外FO CUSRITE Saffireもある

鍵盤系の楽器

彼らが所有する鍵盤系の楽器。MOOG Subsequent 37(写真上)とMELLOTRON M4 000D Mini(写真下)

RHODES MKI Suitcase Seventy Three

RHODES MKI Suitcase Seventy Threeの上に置かれているシンセサイザーはSEQUENTIAL Prophet-10

10トラック未満の特異な制作スタイル

 マイアミで活動していた頃の彼らは録音用にAVID Pro Toolsを使い、プロダクション用にはさまざまなDAWを試していたが、デ・ボニいわく「Liveのオーディオを自在に加工できる機能が、僕たちの制作にとってはすごく使い勝手が良かった」とのことで、加工を中心とした方法と、ゼロから曲を作る方法の割合は半々だったという。彼らが作り上げるトラックは驚くほどミニマルで、仕上がったセッションのサイズは今時のスタンダードから考えるとありえない10tr程度だ。サンプリングでの制作について、記憶に残るセッションをミューレが説明する。

 サンプリングでの制作について、記憶に残るセッションをミューレが説明する。 

 「ジャック・ハーロウの「Denver」に使ったサンプルはダグラス・ペンの曲「Do You Know」で、この出来は素晴らしかった。ドレイクの「First Person Shooter」はジョー・ワシントン&ウォッシュ「Look Me in the Eye」のサンプルが楽曲前半で使われ、スノッアー・ティデマンドの「Redemption」のオーケストラを切り取って加工したものが楽曲の後半に使われている」

 サンプルを使わない例は、ザ・キッド・ラロイの「Where Does Your Spirit Go?」(『ザ・ファースト・タイム』収録曲)、カニエ・ウエスト 「Keep My Spirit Alive」(『ドンダ』収録曲)など。これらはデ・ボニが弾いたピアノを加工して制作を進めた。

アップライト・ピアノ

スタジオにあるアップライト・ピアノ。弾いているのはアイザック“ザック”デ・ボニだ。最近ではAPPLE iPhoneで録音することが多いそうで、デ・ボニが弾いた音をサンプルのように扱って曲を作ることもある

 FNZが目指しているのは仕上がりに近い形のループを提供し、そこにドラムとボーカルを足してミックスすればリリースできるということだ。2人は楽曲制作の作業についてミューレが説明してくれた。

 「サンプルは大体の場合、ABERRANT DS P Digitalisでサウンドを劣化させている。時にはドラム除去用のプラグインのワシャワシャした効果を使って、ネタをスムーズにつないだりもする。ドラムの除去やボーカルを抽出すると、人工的なエフェクトが自動でかかるから手動でエディットすることも多い。あと、1970〜1980年代のサンプルでピッチを加工すると、それまで目立たなかった帯域が逆に気になったりするから、EQやほかのエフェクトでの処理も行っている」

 「レトロでありながら今風でもあるサウンドを目指すことが多い」と付け加えるのはデ・ボニ。「ソフトなサンプルに対してハードなROLAND TR-808のヒットを入れてコントラストをつけたりする。なるべくテクニカルな見方をしないで、アイディアを形にするためなら何だってするよ。結果的に良いサウンドになるなら何の問題もないからね」

 もう一つ、彼らの制作で特筆すべきは最後のプロセスだ。1度ドラムを足して各トラックのタイミングを見極め、必要に応じてWAVES SoundShifterで楽曲のキーを調整し、最終的にドラムを取り除く。その理由をデ・ボニが最後に説明する。

 「これはほかの人とのネットワークを築くという意味が大きい。プロデューサーが作業できる余地を残すことで、最終的に僕らのネタが生きてくる。それに彼らが僕らのループに対してどんな反応をするのかにも興味がある。僕らの顧客が得意なのはドラムで、僕らが得意とするのはそれ以外の音楽なんだよ」

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