Ovallの所属事務所origami PRODUCTIONSが運営するレコーディング・スタジオ、big turtle STUDIOS。そのAコントロール・ルームが7.1.4chのマルチスピーカーを擁するDolby Atmos対応スペースへと生まれ変わった。ここでは音響設備の紹介に加え、関係者へのインタビューもお届けしよう。スタジオを運営するorigami PRODUCTIONSの代表を務める対馬芳昭、ハウス・エンジニアのyasu2000と藤城真人、今回のリニューアルでディレクター的な役割を担ったE.A.R.のスピーカー・ディベロッパー/サウンド・デザイナー中島寛之に聞く。
- Text:Taichi Tsuji Photo:Chika Suzuki
Dolby Atmosに対応するなら、なるべく早く
そう思ってリニューアルを決めました
空間を左右対称にするためのルーバー
──なぜDolby Atmos環境にリニューアルしたのですか?
対馬 2021年にAPPLEからApple Musicの空間オーディオ対応に関するお知らせをもらったんです。最初はピンとこなかったのですが、説明を読むうちに合点がいき、yasuに情報共有したんですね。そしたら、あれよあれよという間に世界中のスタジオがDolby Atmos化していったので、国内ではまだ事例が少なかったけれど、やるなら早めに動き出そうと思いました。音楽ストリーミング・サービスが日本では遅れて受け入れられたのと同じで、後になって必ず来るような気がしたからです。実際、最近では国内でも徐々にDolby Atmosスタジオが増えていますよね。
中島 僕も僕で、新しくて面白いことができそうだな、という直感がありました。それで、名古屋の友人がやっているResoという建築会社に声をかけて、みんなでスタジオ造りをすることになったんです。この部屋の天井には大きくて太い配管が露出しているので、どこにスタジオの正面を持ってくるかという配置から考えはじめました。
yasu2000 それで、L/C/Rのスピーカーを設置したときに左右対称となる位置として、現在のところを正面に決めたんですけど、唯一の問題は配管でした。完全な左右対称にすべく、対になる配管を作ろうかという話も出たのですが、結構なコストだったので天井にルーバーを走らせることにしたんです。
──デスク周辺の天井に設置されている木製の羽板ですね。
中島 配管を覆って天井にするという考えもありましたが、開放感がなくなってしまうし天井高を稼げなくなるので、ルーバーが良いだろうと考えました。
対馬 このルーバーのおかげで、対称性はもちろん拡散の効果も得られるんです。
中島 建物の壁を生かすようにしたのも特徴だと思います。設計士の方の考えだと、普通は軽鉄か垂木で骨組みを作って、その間にグラス・ウールを入れて、石膏ボードを貼って、表面をどうしましょうかという話になるんですよ。でもそうすると、グラス・ウールの密度が低い場合に中空のような部分ができてしまいます。そこが共振の原因になるため、なるべく建物の壁を生かす形で設計していくことにしました。
対馬 最初に話していたのは、あまりガチガチに吸音したくないということ。吸音しすぎると、気分が悪くなってしまうんですよね。だから、ある程度は反射を残しつつも、輪郭はちゃんと見えるように一次反射面を中心に抑えていく方向性でした。
中島 既存のレコーディング・スタジオに倣った場所にしたければ、ほかの業者に依頼されていたと思うんです。でもyasuから送られてきたリファレンスの写真は、エレクトリック・レディやアビイ・ロードといったスタジオのものだったし、origami PRODUCTIONSはソウル、ジャズ、ヒップホップのグルーヴを重んじているので、スタジオ造りのフォーマットに従う必要はないだろうと。それに、Dolby Atmosミックスだけでなくレコーディングにも使いたいと聞いていたので、居心地の良さというか雰囲気も重視しました。
yasu2000 隣の部屋を併用すれば、ドラムやギター・アンプ、ボーカルのマイク録りとベースのライン録りで、バンドの一発録りができるんです。リニューアル後もレコーディングを続けたかったし、スタジオの何をどうアップデートさせていくかは、事前のプランニングだけでは完全には分からないだろうと思っていました。使いやすいスタジオにするためにも、工事の2週間は現場に立ちながら、その場で決めていったこともたくさんあります。
iLoud MTMがピッタリの選択肢
──確かにレコーディングを行うとなると、ミュージシャンやスタッフの方々、楽器類などで過密になりそうですし、スタジオの使いやすさは必須ですよね。
yasu2000 だからこそ、Dolby Atmos用のスピーカーにIK MULTIMEDIAのiLoud MT
Mを取り入れたんです。マイク・スタンドに設置することができるので、ステレオ作品のレコーディング時など、使わないときはほかの場所に移動させやすい。そして、2基のミッドウーファーでツィーターを挟んだMTM構造だから、点音源のように聴こえるんですね。11台のスピーカーの音がリスニング・ポイントに一点集中してくれるイメージで、40Hzまでという低域特性も選定のポイントでした。L/C/Rに関しては、口径の大きなiLoud Precision MTMを採用しています。曇りのないハイファイ傾向のサウンドで、粒が細かいような音もよく見えるんです。これらのスピーカーは、すべて200Vで動かせるように電源周りもアップデートしました。スピーカーに限らず、ユニバーサル電源の機材は基本的に200Vで駆動させています。
──新生big turtle STUDIOSの仕上がりについて、どのような感想をお持ちですか?
藤城 以前はスピーカーのすぐ横に壁があったので、今は格段にモニタリングしやすくなりました。壁との距離を十分に取れているので、あまり吸音せずに済んでいるのだと思います。ミュージシャンたちも、ここへ入ってきたときに気持ちが制作に向くのではないでしょうか。ルーバーのおかげで開放感があって、前よりもスペースにゆとりができたし、ウッディで落ち着いた配色。心穏やかに制作に向かえる、という部分も、すごく向上したと思います。
中島 今回は、みなさんとセッションして、この空間を作り上げていったような感覚です。またスタジオの方々が、そのときどきの趣向に合わせてアップデートしていけるような余白も残しているつもりです。今後の進化にも期待ですね。