数は多くないかもしれないけど
ロイヤリティのあるお客さんを抱えて大事にする
そういう料亭みたいな感じなんです
2010年代の半ばにインディーR&Bのシーンから現れ、2018年にソロ・デビューを果たしたシンガー・ソングライターの小袋成彬(写真右)。全身これ芸術と言うべき音楽表現が宇多田ヒカルに評価され、共同プロデュース曲でも知られる彼は、ヒップホップやハウスの意匠を取り入れながら独自の進化を遂げてきた。『Strides』以来3年ぶり、通算4枚目のソロ・アルバム『Zatto』は、拠点とするロンドンで現地ミュージシャンらと共に録音した一枚。エレクトロニクスは影を潜め、生楽器が彩るジャズ&ソウル・グルーヴとなっている。ペトロールズ『乱反射』のプロデュース時に仕事をしたという敏腕エンジニア、ラッセル・エレバドによるアナログ領域でのミックスにも注目だ。本作をはじめ小袋の音楽に感銘を受けてきたDJ、Licaxxx(写真左)たっての希望で、彼女が聞き手にまわるインタビューが実現。かねてから友人だった2人の軽快なトークをご覧あれ。
楽器の音高やタイミングに留意して作曲
Licaxxx ジャズやソウル・ミュージックを感じさせるスタイルになったね。
小袋 前作はちょっとヒップホップ・モードだったけど、その後ハウスやテクノにハマって、自分でも作ってみようと思ってリズム・マシンやミキサーを買うじゃん? でも、いろいろやっているうちにウクライナで戦争が起きて、心理的に食らってしまってダンス・ミュージックが手につかなくなった。翌年にはイスラエルとガザでも戦争が始まったし、ロンドンではクラブが営業を自粛したり、少し経ったら寄付金を集めるパーティが開催されたりして、俺の友達も結構やっていたんだけど、なんか行く気になれなくて……どういう気分で踊ればいいの?って感じでダンス・ミュージックとの接し方が分からなくなっていた。それで俺、今はダンス・ミュージックを作りたいんじゃないのかもなと。実際、ウクライナ侵攻が始まったころからジャズやソウルがすごく響いてくるようになったし、ロンドンでブラックの友達ができたのもあって、それまでとは全然、ブラック・ミュージックの解像度が違ってきた。例えば、彼らが言う“フリーダム”って言葉にしても、自分の中での響き方が大きく変わったというか。本当に自由がないところから始まる人生もあるわけで、言葉に重みを感じると、自分がいかに恵まれてきたのかが分かるよね。
Licaxxx そっか……。話を聞いていると、私はまだ響ききっていないんだろうなって思った。そういう音楽をやらないとっていう気持ちに達していないからね。あと、ジャズをやるにはセッションしなきゃだよね?
小袋 そう。だから、楽器を練習しなおすよね。もともとギターは弾けたし。で、Spliceでドラム・ループを探してAPPLE Logic Proに入れて、まずはベースを付ける。今回、最初に思いついたメロディは大抵、ベースだったんだよ。その上にギターやピアノを入れると、歌はこの辺の音域かな?みたいなのが見えてくる。あと、基本的に同じピッチの音を2つ以上の楽器で同時に鳴らさないようにしていて。例えるなら、あるコードの構成音を1つずつ各楽器に振り分けて鳴らすような感じ。そういう1人セッションを続けていたら作り方が分かってきて、2~3週間で人に聴かせられるデモができたからバンド・メンバーを集めてセッションして、どういう感じになるのかが分かったら指示をして、一両日中にレコーディングして……という流れだった。
興味のなかったミックスを勉強した
Licaxxx 録音も自分でやったの?
小袋 録りのときはアンディ・ラムゼイ(ステレオラブのドラマー)がマイク・アレンジをしてくれたものの、立て終わったら“あとはよろしく”みたいな感じだったから、Logic Proのトランスポートや演奏者への指示は自分でやっていた。で、録り終えたら録り終えたで、ミックス・エンジニアにはデータを整理してから送るべきじゃん? それに、テイクを選んでエディットするにしてもミックス前提でやらないと仕上がりを想定できないから、まずはミックスを勉強して。全く興味のない分野だったけど、音の聴こえ方ってものには、少なくともベーシックなことがあるんだよ。例えば、キックは200~300Hz辺りを抑えないとボワつくとか、タムは70Hz近辺がよく出るとか、歌は4kHzを上げたら良い感じに立つとか。そういう基本を押さえた上で、自分なりに“これ以上は無理です”ってところまでラフ・ミックスを仕上げてラッセルに送った。でも1カ月くらい返信がなかったから“うわ~俺もここまでか”と思って、ほかを頼ろうとしていた矢先に“めっちゃええやん”って連絡が来て“マジか!”と。で、“1月にリリースしたいなら速攻で録れ”って言われて“押忍、やります!”みたいな(笑)。それで「Sayonara」とか、アルバムの終盤の曲は急きょ、みんなを呼んで作った。
音楽だけで食っていこうと思わない
Licaxxx アルバムは、ほぼ日本語じゃん? 今回、特にロマンティックだね。飾りすぎない言葉がいっぱいあるなと思って。
小袋 今回、歌詞はスラスラ出てきたな。ハウスを作っていたときのほうが辛かった。どんな言葉を乗せればいいか分からなくて。
Licaxxx 確かに、ダンス・ミュージックにあまり意味を求めることって……。
小袋 ないじゃん?
Licaxxx 要はボディ・ミュージックだからね。体が反応すればいい的な。ノリこそが大事だし、言語を超えた音の部分に何かを見出したい、みたいなさ。
小袋 分かるよ。めっちゃ分かる。ハウスを作っていたころに、歌詞に悩んでるの、めっちゃナンセンスだなと思っていて。ノリ一発で作るくらいのほうが良い反面、こんだけ歌えるんだったら歌が立つ音楽を作らないと俺じゃなくてよくね?ってなってた(笑)。
Licaxxx 小袋さんって、音楽をお仕事としてやっていない感じが強くて良いよね。やっぱり、みんなあるじゃないですか。食っていくためにはこうしなきゃ……とか。
小袋 俺、そういうの一切なくて。音楽だけで食っていこうって、そもそも思っていないから。売れたいと思ったこともないし。
Licaxxx でも“聴いてほしい”はある?
小袋 まあね。それはある。例えばレストランには、多くの人を笑顔にしたいっていうマクドナルドのような店もあるわけじゃん。俺、そういうタイプじゃないんだよ。え、こんなところにあるんですか?みたいな料亭というか。入り口を抜けたら錦鯉が泳いでいて、こんなにおいしい料理があるなんて、次は大事な人を連れてきていいですか?って言われるような店。そういう料亭をマクドナルドと比較して“売れてねぇな、あの料亭”とか言わないでしょ?(笑)。数は少ないけれど、ロイヤリティのあるお客さんを抱えているわけだしね。俺も、自分の音楽を好んでくれるお客さんがいて、彼らを大事にする。それを一生、続けていく感じ。そして、とにかく“音楽そのもの”で驚かせたいんだよ。
Licaxxx 私は多分、ファイン・ダイニングのポップアップみたいな感じ。間口は狭いけど、いろんなところに出ていく的な(笑)。
小袋 そういう店に行きたくなることもあるし、マクドナルドにも時々は行くし、でも自分が提供する側になったら受け手にどんな体験をしてもらいたいかとか、どういう想定やパッケージのレストランを作ろうとするかとかがすべてじゃない?……って、こんなこと考えてるの俺だけかな(笑)。
Licaxxx ちなみに、もう次のアルバムを作りはじめているの?
小袋 全然。いったん枯渇した。だから早くライブがやりたい。ライブをやって、どういう気持ちになるかに興味がある(編注:このインタビューを行ったのは、3月15日に始まった国内ツアーの約3週間前)。
Licaxxx 日本でライブするときのバンドって、メンバーは固まっているんだっけ?
小袋 いや、毎回違うんだけどね。でも、日本のジャズ・ミュージシャンだよ。
Licaxxx ロンドンで録った曲でも全く違うアプローチになりそうだね。
小袋 そう。だからマジで楽しみにしてる。
Release
『Zatto』
小袋成彬
(Nariaki Obukuro)
Musician:小袋成彬(vo、syn、perc、g)、アヨ・サラウ(ds)、ロゼッタ・カー(b)、アマネ・スガナミ(p)、チョー・マン・チェン(g)、ジョナサン・バウアー(tp)、小寺里奈&堀沢真己(strings)、ジェローム・ジョンソン(ds)、コラケール・アサフ(b)、ローリー・レッドファーン(electric piano、org)、イグナシオ・サルバドレス(sax)、サム・ジョンズ(ds)、ベンジャミン・クレイン(double bass)、ライル・バートン(p)、ジュリアーノ・モダレッリ(g)、ヴィヴァ・ムシマング(tb)、アヴィラ・サントー(perc)、フィリッポ・ガリ(ds)、アレック・ヒューズ(double bass)、フェドリコ・デ・ヴィッター(p)
Engineer:ラッセル・エレバド、アンディ・ラムゼイ、涌井良昌、デイヴィッド・シンプソン、クリストファー・スミス、アレックス・デターク
Studio:Analogypsy Studios、Press Play Studio、Higashi-Azabu Studio、The Crypt Studio
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