昔の音楽のどこにノスタルジーを感じているのかを
イメージしながらミックスしました
ロック・バンドMUCCが、結成年を冠する17thアルバム『1997』をリリースした。そのレコーディングとミキシングを手掛けた原裕之は、これまでにL’Arc-en-Ciel、angela、FLOW、キズなどを手掛け、ロック系のサウンドを得意とするエンジニア。MUCCとは彼らの活動初期である2002年ごろより関わり、長年にわたり音作りをサポートしている。近年の作品ではミヤがエンジニアリングも手掛けていたが、今作で再び原がレコーディングとミックスを担当。その音作りについて、原が主宰するChofu Records LLCのスタジオにて話を伺った。
エンジニアにはできない主張の強さ
──MUCCと仕事を始めたころのミヤさんの印象は?
原 やりたいことが明確にあるという印象でした。まだ知識も技術も未熟でしたが、サウンド作りや機材に対してすごく興味があり、何でも試したいという感じでした。そのぶん時間もかかりましたが、僕も若かったし一緒に付き合いながらいろんな経験をさせてもらいました。それもあって、実体験で得た感覚をミヤ君は持っているんですよね。
──それであんなにも機材に詳しいんですね。
原 彼は興味のある機材はとりあえず買ってみるんですよ。良かったらどんどん使うし、僕にもオススメしてくれます。興味があるものに向かって突き進むのが彼の特徴ですね。
──近作はミヤさんがミックスを手掛けていますが、原さんからミヤさんにアドバイスをすることはありますか?
原 特にしていないですよ。長年レコーディングを一緒にやってきて、現在ではエンジニアリングの基礎があることも知ってますし。エンジニアリングが好きだからやれちゃうんだろうなと思います。曲を作って演奏もして、かつエンジニアリングまでやるのは大変だと思いますから。
── ミヤさんがミックスした作品の印象は?
原 純粋なエンジニアにはできない主張の強さを感じました。時には極端に聴こえることもあるけど、それはそれで面白いですよね。
──具体的にはどこでそう感じるのですか?
原 演出的な部分ですね。例えば、何かの楽器の音が急に大きくなるような時間軸の中での変化とか、そういう部分が明確なんです。例えば“ここはディレイを大きくしたい”と思っても、普通のエンジニアはミヤ君ほど大胆には上げられない。彼はギターを弾くときにたくさんのエフェクターを使い分けるのですが、ペダルを踏むような感覚でミックスの演出もやっているのかなと、作品を聴いて思いました。
──今回は原さんがレコーディングもミックスも手掛けることで、バンドとしての制作作業も以前と変わったと思います。
原 ミヤ君がエンジニアリングをやっていた前作のときは、スタジオのアシスタントとミヤ君で協力して録っていくという感じだったようです。ミヤ君のこだわりで楽器も録音機材も毎回入れ替えていて、作業の効率も大変だったみたいですね。なので、その部分を僕が請け負うだけでも、今回は演奏に集中することができてバンド側も楽になったんじゃないかなと思います。
── 今回の特集の撮影に際して、ミヤさんにレコーディング時の機材セットアップを再現してもらったところ、膨大な機材を使っていることが分かりました。
原 MUCCが所属する事務所がビンテージのマイクプリをたくさん持っています。1066や1073といったオールドNEVEのマイクプリが20chほどあり、それが録音の基本にあって、そこにスタジオ機材バンドと僕の機材も加えています。
──原さんは、レコーディングの現場にどのような機材を持ち込んだのですか?
原 一番よく使ったのはEMPIRICAL LABS のコンプDistressor EL-8で、どの楽器を録るときにも使用しました。また、同じEMPIRICAL LABSのLil FrEQはスネアやアコギを録るときに、細かくイコライジングするのに使ったりしました。HAに関しては、ビンテージのNEVEよりも細部のディテールまでキャプチャーしたいときはTHE JOHN HARDY COMPANY M-1で、ドラムの金物やアンビエンスに使いました。あとCHANDLER LIMITED Germanium Pre Amp/DIはベースやギター、ボーカルにも使用しました。Germanium Pre Amp/DIは中域に若干のクセがあって粘り気があるので、音を塊のようにしたいときに使っています。特に、広めのレンジのディストーション・ギターのまとまりを良くしたいときは重宝しました。
──ギター、ベースの録音に使用したマイクについて教えてください。
原 ギターは基本的に3回線で作るケースが多いですね。1回線目はSHURE SM57かBeta 56A、2回線目がSENNHEISER MD 421かミヤ君が所有するMD521、3回線目はROYER LABS R-121で、場面に応じてバランスも若干変えます。マイクプリはオールドNEVEが基本で、最近のマイクプリも使います。ベースのアンプ録りはAKG D112-MK2とNEUMANN U 47 FETで、ライン信号のブレンドはケースバイケースです。ラインはベーシストのエフェクト・アウトを使っています。
── ドラム録りには、どのようなマイクを使いましたか?
原 キックはSENNHEISER E 602。レコスタにはほとんど常設されないモデルですが、昔キック用のマイクをいろいろと試したときに個人的にヒットして以来、20年くらい使っていて、彼らの音楽性にはピッタリですね。あとは定番のNEUMANN U 47 FET、低域用にSOLOMON DESIGN LoFreqです。スネアはトップがTELEFUNKEN M80 SHで、ボトムはAKG C414、タムにはE 602もしくは今回はSENNHEISER MD 421 Kompaktも使いました。クラッシュはR-121で、トップに別途AKG C 480 Bを設置し、ハード・コンプレッションしつつ録っています。マイクプリはNEVEの1073と1066がメインです。
ボリューム感をどうやって収めるか
── 歌録りの多くはミヤさんのスタジオで行ったと聞いています。
原 そうですね。シングル「愛の唄」を含む3~4曲に関しては、僕がスタジオで立ち会って録りました。
── ミヤさんは、逹瑯さんの声について“ミドルに個性がある”と言っていましたが、原さんはどのように感じますか?
原 そういう側面はあるかもしれないです。生で聴くとボリュームがある声なのですが、マイクを通すと生のイメージより細めに感じてしまう。でも、これは男性ボーカルにはよくあることなので、そういうときは“ボリューム感をどうやって収めるか”がキモになるんですけど、そこは難しいですね。
── ボリューム感を収める?
原 生声が大きくても小さくても、オケに対するバランスを取ったら、音楽の中では同じ音量感になりますよね。その状況でどちらが“強く”聴こえるかと言うと、声のボリュームは小さくても太い声を出せるボーカリストのほうが有利な場合も多々あります。これはドラムにも言えますし、ギターも同じで、パソコンの小さいスピーカーで聴いてもアンプから大音量が出ているように迫力のある印象にするために、工夫が必要です。
── つまり、マイクなどの機材選びやセッティングによっては、録り音から量感が失われてしまということですか?
原 そうですね。なのでミヤ君が自宅で録ってきたものに対しても、彼とディスカッションしながらレコーディングとミックスが進んでいった感じです。
──逹瑯さんのボーカルへのプロセッシングの具体例を教えてもらえますか?
原 毎回曲のテーマが違って試行錯誤するので定番的なやり方はあまりないです。「LIP STICK」だと、FABFILTER Pro-Q 3で下処理をした後、SOUNDTOYS Devil-Locなどのひずみエフェクトで膨らませていて、再度コンプとEQで調整していくという感じです。
──今作は曲ごとに過去のいろいろな音楽がモチーフになっています。作品を聴くと、参照元の時代によってレンジ感が違っていて、その辺りも時代性を表現する上で重要な気がします。
原 ケースバイケースですが、そのモチーフが日本人アーティストの1980~90年代だとすると、今の耳にはちょっと物足りなく感じてしまうと思います。かといって、それをゴージャスに作り直すのも違うから、MUCCが昔の音楽のどこにノスタルジーを感じているのかをイメージしながらミックスしました。そういう意味ではおっしゃったようにレンジ感を曲によって伸び縮みさせることで表現している部分もあります。つまりアルバムを通しての統一感はないので、逆にマスタリングが大変だったんじゃないかと思います。
──バンド・メンバーの世代的に1990年代のサウンドがモチーフになった曲も多くあります。原さんは1990年代のサウンドを意識していたのでしょうか?
原 どうなんでしょうか。1990年代って僕自身がエンジニアの仕事を始めた時代でもあるけど、ディテールを再現するよりも、そのイメージを全体感で持たせようとした感じです。ミヤ君の中には明確なイメージがあるし、それをバンドで演奏すればMUCCというフィルターを通したものになるので、それに対して音を作っていく感じですね。
アナログの質感を得るサチュレーション
── 原さんがミックスする場合の進め方というのはありますか?
原 今回のようにレコーディングも担当していて、あらかじめ曲の方向性を理解している場合は、まずドラムから作り込んでしまいます。バンド・サウンドの場合はドラムの感触がある程度を決まると、次を進めやすいです。
── 以前までとミックスの進め方で異なる部分はありましたか?
原 今回メンバーはスタジオでのミックスに立ち会わず、完全にリモートで進めました。これは初めてのやり方で、最初は正直心配もありました。できたミックスを僕からミヤ君に送って、彼からLINEで修正の依頼が来て対応するという感じの作業を続けていくというのは、ちょっと新鮮でしたね。レコーディングのときに“これはこんなイメージです”ってミヤ君がぼそって言うんですよ。その話を思い出しつつミックスをしています。とは言っても、イメージを共有しながら録音を進めたので、ミックスの段階で迷うことはなかったですね。
──今回はアナログで録った素材とデジタルで録った素材が混在していたようですね。
原 僕よりもミヤ君のほうがその違いを気にしていましたね。アナログで録った音のほうが全体的にぬるい印象になりますが、僕の中ではその違いは特に問題だとは思っていませんでした。
──お互いの質感を近づければ良いと?
原 というよりも、元がデジタルとアナログでも気持ち良く聴ければそれで良いのではと。デジタルで録ったものでもアナログっぽいほうが気持ち良さそうなら、そういうミックスをすれば良いので。
──具体的にはどの曲でそういうミックスをしたのですか?
原 「蜻蛉と時計」ですね。AVID Pro Toolsで録った結構ヘビーなロック・テイストの楽曲ですが、アナログの質感を得るためにサチュレーション系のプラグインを多く使いました。チャンネルに複数のサチュレーション系プラグインをインサートするときは、後段の質感が強く出るので、それを踏まえながらひずみのバリエーションを作ります。例えばドラムなら点だった音の面積を大きくする感じで、先ほど話したボーカルのように、小さくても聴こえる音にしていくイメージです。
── 逆に「Guilty Man」はアナログで録られた曲ですが、この曲のミックスでこだわった部分はどこでしょう?
原 1990年代のグランジっぽさがある曲ですが、ドラムにはリバーブを一切使わず、コンプでひずませて倍音感を強めたルーム・マイクを使っています。ドラムは質感を作るために工夫をしていますが、それ以外は割とシンプルで、アナログの質感が生きています。ボーカルのディレイは概ねミヤ君が作っていて、“ここにつけたい”というのを緻密にオートメーションを書いて送ってくれるので、それを踏まえながらこちらで作業しています。
──ひずみギターは1990年代らしいミクスチャー・ロックの壁のような質感です。
原 ギターの質感は録る段階でミヤ君のイメージが明確にあるので、先ほど話した3本のマイクでそれをキャプチャーする感じですね。なので、プラグインで後から音を作っていくことはほとんどありません。
──「Daydream Believer」などはギターの距離感が絶妙ですが、こういったロック・サウンドはギターの聴かせ方がすごく重要ですよね。
原 ディストーション・ギターを聴かせるには、ギターそのものよりもほかの楽器をどうするかを考えます。ひずみギターは音量が安定しているので、そこに対してほかの楽器が出たり入ったりするようなダイナミクスや点で聴こえるような音では、ギターの音量を下げないと他の楽器が埋もれてしまう。そこでドラムやボーカルも膨らませて、ダイナミック・レンジもコントロールすることで、ギターをしっかり聴かせることができるようになります。結果的にはギターの印象が強くても全部が聴こえるサウンドになります。
── 「△(トライアングル)」はまるで1970年代のロックの質感でした。
原 あの曲に関してはミックスのテクニックというよりも、しっかりとデッドなドラムの質感を楽器で作ってから録っています。バンドもこういう音にしたいっていうのがちゃんとあって、ミックスで何をするわけでもなく、録るときからその音になっていたって感じですね。ミックスではダイナミクスのコントロールを少ししたくらいです。
だんだん音量を下げて作業する
──スタジオのモニター環境は?
原 モニター・スピーカーはADAM AUDIO S2V、ミニ・コンポがVICTOR EX-A1、あとヘッドホンはULTRASONE Edition 15でGRACE DESIGN M904のヘッドホン・アウトに挿しています。流れとしてはだんだん音量を下げて作業する感じで、S2Vで大体の音が決まってきたら、その後はミニ・コンポで音量の上げ下げなどの演出を作り、最後にヘッドホンで修正する流れですね。
──ミヤさんがリスニング環境としてBluetoothのイヤホンを重視していると話していました。
原 その辺は考慮しました。僕の基準で言えば、イヤホンでの聴こえ方にこだわるとセンターの音を大きくしたくなり、歌を大きくしたくなりますね。僕がBluetoothのイヤホンでミックスの修正をすることはありませんが、ヘッドホンでセンターの聴こえ方やディテールの部分は調整します。
──ローエンドのモニタリングはどうしていますか? ミックスでサブベースの扱いに関しては、ミヤさんともいろいろとやりとりがあったと聞いています。
原 ミヤ君が自分の車でミックスをチェックするらしくて、そこでのサブの出方に関してはその環境で聴かないと分からない部分はあったんですよね。ここではヘッドホンで確認するしかないですから。アルバムにはサブベースを入れている曲もあって、それが入ることでトータルの音圧が変わるので、ミックス的に少し難しい部分もありましたね。
──ミヤさんはこだわりも強いので、そういう部分にも対応が必要になるんですね。
原 彼は自分の音楽や世界観をすごく大事にしているので、それをこちらもどうにか形にしたいな思ってやっています。今回の作品は楽曲のバリエーションもあり、どれも違う曲だったので、大変ではありましたが、その分チャレンジもあって面白かったですね。
Release
『1997』
MUCC
(徳間ジャパン:TKCA-75271/通常盤CD)
Musician: 達瑯(vo)、ミヤ(g、prog、sampling、cho、tambourine)、YUKKE(b)、Allen “Michael” Coleman(ds、cho)、吉田トオル(p、electric piano、org、k、prog、cho)、JaQwa(prog)、足立房文(additional arrangement)
Producer: ミヤ
Engineer:原裕之、ミヤ、幾原梨緒、中林純也
Studio: aLIVE RECORDING STUDIO、Chofu Recording Studio、STUDIO SUNSHINE、Studio Sound DALI、Sixinc Studio2
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