1990年代の音楽に向き合うなら
和声の構造を探るのがマストだと思います
ロック・バンドMUCCが、結成年を冠した17thアルバム『1997』をリリースした。『壊れたピアノとリビングデッド』(2019年)から『新世界』(2022年)までの3枚のオリジナル・アルバムをミヤ(g)のレコーディング&ミックスで仕上げてきたMUCC。『新世界』ではアナログ・テープを全面的に導入してのプロダクションをこなしたが、最新作はメイン・エンジニアに旧知の原裕之を迎えて制作された。アルバムの工程について、ミヤに話を聞く。
音作りには2つのアプローチがあった
──『1997』の音は1990年代や2000年代のようなテイストでありながら、立ち上がりの速さや周波数レンジの広さなどに現代性を感じます。
ミヤ アナログ・テープで録った曲とAVID Pro Toolで録った曲があるから、音作りには大きく分けて2つのアプローチが存在するんです。テープで録ったものをどうやって鮮明にしていくか、そしてPro Toolsで録ったものをいかにして汚していくか。だから、テープで録っていなくてもアナログっぽく聴かせる方法、みたいなのも身につけることができました。絶対にテープじゃなきゃダメとは思わないし、それでしかできないのはカッコ悪いなって気もします。ただし、テープを使わないにしても、アナログ領域でやるほうが気持ち良くなる音っていうのはあって、例えばギター・アンプに立てたマイクのブレンドはアナログ卓でやります。ギター・アンプには、基本的にマイクを3本立てるんですけど、それらをSSLの卓で混ぜて1本にしてから録るんです。3本をPro Toolsにマルチで録ってブレンドするのもクリアに鳴らせるから良いんですが、どういう音像にしたいかですよね。自分が求める音像には、アナログでサミングしたロック・ギターの音色のほうがハマる。良し悪しじゃなくて好みの話です。
──ギターと言えば、「Guilty Man」のサビのディストーション・サウンドに不思議な広がりを感じます。
ミヤ あれはアナログ・テープによる広がりですね。同じフレーズのギターを2本録って左右に振っているだけなんですが、テープの揺れが影響を及ぼすことで、少し広がって聴こえる。揺れの影響は伸びのある音に分かりやすく現れるので、白玉のフレーズにしたんです。デジタル・レコーディングだったら、あんなに揺れては聴こえません。
──アナログ領域には、マジックがあると言われますよね。
ミヤ そうですね。ただ、SSLの卓にしても古くなってきているので、バス・アサインのボタンにガリが出るとか、録った後に“Aメロのシンバルだけ小さくない?”とかっていう問題が生じやすい。でも、例えばレベルの問題ならPro Toolsのクリップゲインで調整できるんです。もちろん、音像はほかの部分と少し違ってくるけど、トラブルをカバーできる点でもデジタルの技術が進化しています。だから、エンジニア的な目線で言えば、アーティストがそのとき一番かっこいいと思うものをパッケージすることに注力したい。トラブったときに“30分待ってください”って言うよりは“もうやっちゃえよ”みたいな感じのほうが俺は好きですね。
──今回、メインのエンジニアリングを自ら手掛けるのではなく、原裕之さんに依頼したのはどうしてなのでしょう?
ミヤ アーティストがエンジニアリングする良さというのはあると思うけど、専業のエンジニアにしか達することのできない領域もあります。自分でエンジニアリングするのに飽きたし、自分がやることによって到達できないエリアがあるのも分かったので、また勉強したいなと思って原さんにお願いしました。原さんは自身の会社を立ち上げて活動しているだけあって、日々アップデートしているし、音楽に対してすごく貪欲。だから、ご一緒すると勉強になるんですよね。
“良い音を悪くする精度”も上がった
──まずは録音について詳しく伺います。アナログ・テープで録った曲は何ですか?
ミヤ 「Guilty Man」「October」「空っぽの未来」「愛の唄」の4曲で、『新世界』のときと同じ手法です。
──aLIVE RECORDING STUDIOにあるテープ・レコーダーOTARI MX-80にATR MAGNETICSのアナログ・テープをセットしてレコーディングし、その録り音をMX-80のパラアウトから出力して96kHzでPro Toolsに取り込むのが基本でしたよね。
ミヤ 基本的にはそうです。テープで録った音を今のPro Toolsに取り込むと、テープの良さがあらためて分かるんですよ。要となった機材はBURL AUDIOのADコンバーターで、Pro Toolsに取り込んだ音でもテレコの再生音かと思うくらい鮮度が高い。違いが全く分からないほどで、音楽ラバーなエンジニアには絶対に体感してほしいです。DAWシステムの質が大きく向上したからこそ、テープをデジタル・アーカイブしたときにテープの素晴らしさを再認識できました。
──テープに録った4曲以外は、Pro Toolsに直接レコーディングしたのですか?
ミヤ はい。途中でテープ・レコーダーが故障してしまったので、Pro Toolsに切り替えたんです。故障していなければ、今回も全曲テープに録っていたと思いますが、実は以前から曲によってテープの音とPro Toolsの音を選んではいて……例えば「invader」はリズム・トラックにPro Toolsのほうを採用しているし、「不死鳥」や「蒼」はテレコが動いていたらテープに録っていたと思います。やっぱり記録媒体ごとにキャラクターがあるから、“この曲にはどのギターを使う?”っていうのと同じ感覚で選んでいる。今回の発見は、デジタルの音が思った以上に良くなっていて、“良い音を悪くする精度”みたいなのも向上していたことです。だから音作り次第で、テープ録音の曲と違和感なく並べられるんです。
──アルバムを通して聴いていると、アナログ録音かデジタル録音かというのは意外と分からないものですね。
ミヤ 分からないと思いますよ。ただし、作り手には分かるんです。例えば「Guilty Man」に入っている低音の密度の高さは、ほかの曲にはありません。でも、違う曲で録り音そのものに密度感が足りなかったら、デジタル領域でも増やすことはできる。音作りの仕方って、記録媒体によっても違ってくるんです。テープで録った音にはテープで録ったものなりの処理をするし、元がプラスだろうがマイナスだろうが結局はゼロ、つまりイメージするサウンドに向かっていくので、結果だけ聴いていたら記録媒体の違いなんて分からなくて当然です。
──どのようの媒体に録音するかで、レコーディング現場での動き方や録音の方法も変わってきそうです。
ミヤ ここ3年くらいはずっとアナログ・レコーディングで、一発録りでパンチインせずにやってきたから、Pro Toolsに戻っても頻繁にパンチインするようなことはなかったですね。基本的にノーパンチインでやっていました。テープを経験してからPro Toolsに戻ると、単純にスピードが上がるんです。だからミュージシャンとして進化できたのも、すごく良いことだなと。それに、3枚のアルバムを自らエンジニアリングして、同時に演奏もできたのなら、逆に演奏だけに集中して、再びエンジニアを呼んで作業すれば次のレベルに行けるんじゃないか?っていう欲が出てきて。
──でも、演奏に集中したいからといって、ほかのことをやらないわけではありませんよね?
ミヤ 演奏に集中しながらほかのこともやるし、ほかのことに集中するための演奏だったりもするので、すべてがイコールなんです。だから、例えば“エンジニアをやらないほうが演奏に集中できるから、早くアルバムが完成するんじゃないの?”って言われたら、それは違うというか。自分がどれだけ楽しんで、無意識で突っ走っているかが制作のスピードにつながってくるので、そうなれるようなセルフ・マネージメントをしないと物事がうまく運ばない。それに、楽しみながら作るのと早くやらなきゃって思いながら作るのとでは、出来上がってくるものが違ってきます。
音程でボーカルの前後感を表現する
──アルバムの曲一つ一つを見ていくと、ピアノがよく使われていますよね。
ミヤ 基本的にはaLIVEのSTEINWAYで、ピアノ音源は「Round & Round」くらいでしか使っていないと思います。ピアノ音源は音が良いんですよ。音が良すぎるんです。だからラウドなオケの中で立ってこない。チューニングが正確すぎるんでしょうね。一方、生のピアノって、いろんなところにネジがあるじゃないですか。それらは人間が止めているわけだから、厳密に言うと少しだけチューニングがズレていると思うんです。だからオケに入れても聴こえてくるというか、浮いてくる。コーラスと一緒で、ほんの少しズレているほうが個性が出てきます。
──コーラスと言えば、例えば「不死鳥」のサビでは重厚なハーモニーが聴けますね。
ミヤ 今回のアルバムでは、横と縦の広がりに加えて前後感も結構、意識したんです。前後感って、音程で表現できると思っていて、「不死鳥」ではサビでボーカルが前に出てくるように7声ほど積んでいます。でも、ハーモニーの美学ではないんですよ。ハーモニーの美学だったら、メイン・ボーカルもコーラスもきちんと聴こえるように積みますが、主張しないのにメインの聴こえ方に影響を与えるコーラスと今回のアルバムでは、横と縦の広がりに加えて前後感も結構、意識したんです。前後感って、音程で表現できると思っていて、「不死鳥」ではサビでボーカルが前に出てくるように7声ほど積んでいます。でも、ハーモニーの美学ではないんですよ。ハーモニーの美学だったら、メイン・ボーカルもコーラスもきちんと聴こえるように積みますが、主張しないのにメインの聴こえ方に影響を与えるコーラスというのがあって、例えばビートルズやファンク系の音楽に多い。今回ウチらがやっているのも、メイン・ボーカルに3度でついていくような字ハモではなく、もっとメインとは違うメロディのコーラス......裏メロと言っていいようなものです。
──そういったコーラスは、どのようにして作っていったのでしょうか?
ミヤ メイン・ボーカルのレコーディングが終わった後、自分でコーラスを歌って録って1本ずつ当てていって、しっくり来たものを選ぶという感じです。そのトライ&エラーが特に多かったのが「不死鳥」。もともとアレンジが難解な曲で、デモのマルチをもらって解析してみたら、場面によってはオーケストラの曲のように複雑な和声になっていたから、ちゃんとやらないと思うような仕上がりにならないなと。そういう和声の作りまで、きちんとアレンジされているのが1990年代の音楽なんです。日本のポップスではBeing系が特にすごい。あと、TRICERATOPSが昨年末から今年1月にかけて活動休止前のツアーをやっていて、大阪公演を見にいったときにコーラスに衝撃を受けたんです。革命的に聴こえる“積み”ばかりで。
──それこそ5度や7度のような音が使われていたのでしょうか?
ミヤ そういうイメージですね。もう感動しちゃって、コーラスに対してやれることはもっといっぱいあるなと。字ハモばっかやってる場合じゃねえわと思って。
──コーラスによって、メイン・ボーカルの聴こえ方が大きく変わってくるのですね。
ミヤ めちゃくちゃ変わってきます。例えば、悲しい感じのメロディをより悲しく聴かせることだってできると思います。コーラスに関連して話すと、小室哲哉さんがよくオクターブ下で歌っているのって、ピアノのような楽器が上のほうでメイン・ボーカルを追っているからだと思うんです。それによりメイン・ボーカルの印象が強くなるというアレンジ。1990年代の音楽に向き合うなら、和声の構造を探るのがマストだと思います。すごく高度だし、そこを真面目にやらないと復元できないんですよ。
──和声については「LIP STICK」の転調も印象的です。Cマイナーの平歌からサビではBメジャーに転調するのが、まずはインパクト大で、その後のG#メジャーのファンカラティーナ風アレンジも最高です。
ミヤ 「LIP STICK」は逹瑯の作ったメロディがモチーフになっていますが、もともとはサビで転調しなかったんですよ。でも、デモを聴いたときにサビがすごく良いと思ったので、しっかりと際立つようにアレンジしたいなと。それで自分が平歌を作り替えました。ただ、転調の仕組みについては説明できないというか、頭の中に流れたメロディが今の平歌なんです。だから感覚ですね。
山崎翼さんのマスタリングが素晴らしい
──1990年代や2000年代のテイストに超低域を加えているのがモダンです。
ミヤ 最初のほうで話した通り、近年は良い音で録れるようになったし、リスナーもイヤホンやヘッドホンでサブ帯域まで聴くことができます。だからこそ、より気をつけて作らないと、響きが悪くなってしまうんじゃないかと思うんです。生演奏において、サブをいかに自然に拡張するかというのがテーマでしたね。通常、サブを足すときって、オクターブ下のシンセ音を打ち込んで録り音に重ねることが多い。でも、そうすると一発録りの旨みが消えてしまうんです。音の強さや長さがさまざまな演奏に対して、一定の強さでシンセを足していくわけですからね。だから、なるべく安定した演奏を録音して、ミックスのときにプラグイン・エフェクトで低域を伸ばすことが多かった。よく使ったのはAVIDのPro SubharmonicとSAFARI PEDALSのBull Sub Machine。どちらもピッチによる音量のバラつきが感じられず、きちんと制御されていて良いんです。例えば「LIP STICK」のサブは、基本的にプラグイン・エフェクトによるものですね。
──超低域の確認はどのように?
ミヤ 自分の車に積んでいるMCINTOSHのスピーカーが分かりやすいです。「不死鳥」や「愛の唄」「Daydream Believer」などにもめっちゃサブが入っていて、ライブ・ハウスやクラブのようなシステムでも安定して鳴るように作っています。ただ、やっぱり一般的な環境で楽しく聴いてもらえるかどうかが重要なので、Bluetoothイヤホンでもヘッドホンでもスピーカーでも、なるべく印象が変わらないようにミックスするのが正解。そういうアプローチをしたいときに、アナログ・テープで録っておくと楽だったりするんですよ。さっき“音の密度が濃い”と言いましたけど、濃いものってあまり薄まらないんですよね。散らないというか。
──どのような再生環境でも、なるべく印象が変わらないようにするという点では、マスタリングも重要だと思います。『新世界』ではミヤさん自身が手掛けていましたが、今回はどなたが?
ミヤ 元バーニーグランドマンマスタリングで、現在はFlugel Masteringを主宰しているエンジニアの山崎翼さんにお願いしました。前田康二さんにマスタリングしてもらっていたころにアシスタントを務めてくださっていた方で、独立されていて。しばらく自分でマスタリングをやっていたんですけど、やっぱり刺激が欲しいし、ストレスも感じていたので“プロに任せたいな”と思っていたんです。それで好きなCDのクレジットを見て“良いな、この人のマスタリング”って思ったのが翼さんだった。偶然なんです。
──マスターが返ってきたとき、仕上がりについてどう思いましたか?
ミヤ 今の日本のマスタリングって、すごく保守的な傾向にある気がしていて、プリマスターから印象を変えないように音作りするエンジニアが多いと思うんです。マスタリングで変える必要はない、っていうのが俺はあまり得意じゃなくて。やっぱり、人が介して成立するのが作品じゃないですか。それぞれがプロフェッショナルで、それぞれのカラーがついて最終的に完成するというのが俺は一番好きで。だから、誰がやったか分からないようなマスタリングでは面白くないから自分でやっていたんですけど、翼さんに関してはカラーもあるし、さじ加減も良いし、すべての要素が自分でやるより上なんです。今回のアルバムには、すごくいろんな曲調やアプローチが詰まっていますよね。例えば、曲によってサブがあったりなかったり、一曲の中で何分以降にしかサブが入っていなかったりと、アレンジもさまざまです。翼さんとは、そういう細かい話もツーカーでできるし、“あそこはまとめないほうが包まれる感じで幸せになれると思う”といった提案もしてもらえる。彼女は、もはやアーティストなんですよね、完全に。実際、めっちゃ売れっ子になっているし、その理由が分かりました。
──作品とアーティストにしっかりと向き合うマスタリング・エンジニアなのですね。
ミヤ 音楽好きの仕事っていう感じがしますよね。あと、翼さんのスタジオって、音が驚くほどタイトで。だから、低音の様子とかギターの処理の具合とかも超シビアに分かるし、今回ばかりは自分でミックスしなくてよかったなと思いました(笑)。
──『愛の唄』以降の先行配信EPやシングルも、山崎翼さんがマスタリングを?
ミヤ いや、先行配信のタイトルは俺がマスタリングしているんです。だから聴き比べられるし、キャラクターが結構違うから面白いと思います。聴こえてくる楽器の質量感も全く違うので、そういうディテールまでチェックしてもらえるとうれしいですね。
Release
『1997』
MUCC
(徳間ジャパン:TKCA-75271/通常盤CD)
Musician: 達瑯(vo)、ミヤ(g、prog、sampling、cho、tambourine)、YUKKE(b)、Allen “Michael” Coleman(ds、cho)、吉田トオル(p、electric piano、org、k、prog、cho)、JaQwa(prog)、足立房文(additional arrangement)
Producer: ミヤ
Engineer:原裕之、ミヤ、幾原梨緒、中林純也
Studio: aLIVE RECORDING STUDIO、Chofu Recording Studio、STUDIO SUNSHINE、Studio Sound DALI、Sixinc Studio2
関連記事