大阪・梅田駅北側にあった貨物のコンテナヤードを再開発して誕生したエリア=グラングリーン大阪。都市の中心部に広大な公園を展開したことで大きな話題となっているが、エリア内には安藤忠雄が設計監修をしたVS.というアートスペースも作られた。“ネクスト・イノベーション・ミュージアム”というコンセプトのもと、アーティストがエキスペリメンタルな展示ができる環境を用意しているのが大きな特徴である。クリエイティブ・チーム“ライゾマティクス”を率いるアーティスト真鍋大度は、VS.の構想段階からアドバイザーとして関わり、9月の開館に際し個展『Continuum Resonance 連続する共鳴』を開催した。真鍋へのインタビューを現地の様子とともにお届けしよう。
音の時間的特性を3Dでマッピングし、オーディオ信号を生成するPolyNodes
ライゾマティクスとして数多くの作品を発表している真鍋だが、個人としての作品展示は実は珍しい。
「最初は回顧展というか、これまで個人でやってきた作品をまとめて展示してほしいというのがVS.側からのリクエストだったんです。でも、実際にこの場所に来て、安藤忠雄さんが設計監修した建築を見たら、この建物のために作品を作らないともったいないと思ったんです。そこでキュレトリアル・アドバイザーとして入ってくれた阿部一直さんともいろいろ相談して、建築から受けるインスピレーションに振り切った作品を作ることにしました。あと、僕は個人としてライブを結構やっていますし、曲を作るのは今の自分の活動の中で半分以上を占めているんですけど、アルバムのリリースとかがないので世間的に知られていないんです。なのでそういったところにフォーカスが行くような展示……“真鍋って音も結構やるんだ”っていう後味になるような作品を作りたいとも思いました」
音にフォーカスした作品を制作するにあたり、真鍋が使用したのはシナン・ボケソイと共同開発したPolyNodesというソフトウェアだ。
「ボケソイとは2003年くらいからいろいろなコラボレーションを行っていました。彼がCYCLING '74 Maxで音を作って、僕がJitterで映像を作るっていうライブとかですね。その後、彼はSONICLABというプラグイン・ソフトウェアを開発する会社を興し、今回その会社と一緒にPolyNodesを開発したんです」
PolyNodesは音の時間的特性を3D空間にマッピングし、それらを幾何学的構造として可視化するとともに、オーディオ信号を生成するソフトである。
「10秒くらいのサウンド・ファイルを読み込んで、まずは音の特徴に注目しMacro、Meso、Micro……大きいもの、真ん中のもの、小さいものの3パターンに分け、それぞれの頂点を3D空間に分布させるんです。その上で頂点同士を結んだ三角形を作り、元のサウンド・ファイルから切り出された音がその三角形の線上を頂点から頂点へと伝わっていって、頂点に到達したときにパラメーターが変化する。プレイバックのスピードだったりコムフィルターの周波数だったり、グラニュラー的なパラメーターが変化するんですが、そのパラメーターがさまざまな確率変数によってランダムに選ばれるようになっています」
乱数を使用した音響生成はヤニス・クセナキスに範をとったと真鍋は語る。
「乱数を使った作曲の元祖はクセナキスですよね。そして図形から音を生成するのもクセナキスの図形楽譜から影響を受けています。学生のころ彼の『音楽と建築』という本を読んでとても感銘を受けたので、今回、安藤さんの建築の中でPolyNodesを使ったジェネラティブなシステムを展開すると面白いのではと思ったんです」
ジェネラティブ=生成系のシステムは、クセナキス以降もブライアン・イーノなど多くのアーティストがさまざまなやり方でトライしているが、真鍋は現在のテクノロジーで、クセナキスがやろうと思っていたことがやっとできるようになったという。
「それこそオシレーターを数百基用意するのも今だったら簡単にできますし、アルゴリズムや確率論を使って、空間に対して音響的なアプローチで作曲をすることができる……今の技術を使うことで、今まで聴いたことがないような音像が作れるんです。もちろん、はやりのAIを使うとそれこそプロンプトだけでそれっぽい音楽が生成できます。あれはあれで衝撃的なすごさですけど、クラフトの要素が少ない。手をかけられる要素がなさすぎてつまらない……自分の作品っていう感じにはなかなかならないんですね。僕の場合、音楽は構造というか関係性を作る作業なので、ジェネラティブのほうに可能性を感じるんです」
生成音にインスパイアされたトラックをアンビエントとして加えていく
VS.で開催されている本展、最初の部屋には「PolyNodes Installation Debug Views」という作品が展示されている。音が3D空間にマッピングされている様子が壁面にプロジェクションされ、PolyNodesのシステムがどう働いているのかが分かりやすい。そしてその3D空間の中にセンサーで捉えられた鑑賞者の姿も投影されている。
「床にセンサーが置いてあって鑑賞者の位置を解析し、部屋の中の重心……そこにエネルギーが集まっていると仮定して、その情報を使ってPolyNodesのBlack Holeというパラメーターを動かしているんです。そうすることで音が線形に動くのではなく、そのエリアに近づくと急激に速くなったりとか、急激に遅くなるようにしています。そのほかにも人の数が増えるとそれに合わせてPolyNodesや空間オーディオのパラメーターが変化するようなシステムを開発しました。いわゆる即時的なインタラクティブ、鑑賞者が手を挙げたら音が変わるみたいなことじゃなく、鑑賞者の位置情報や動き方によってシステムの振る舞いが変わる感じです。手を挙げていきなりイベントが発生して音が鳴るみたいな作品って、曲というよりも効果音という感じなので作曲とはまた違うんですよね」
「PolyNodes Installation Debug Views」はシステムの動きを分かりやすくするため、PolyNodesが生成した音のみが鳴っているが、続く「PolyNodes Visualization」と「PolyNodes Augmentation」では、真鍋があらかじめ作成したサウンドも鳴らされていると語る。
「PolyNodesが出す音にインスピレーションをもらって、ハードウェアのシンセを足してかなり脚色しています。使ったのはMELBOURNE INSTRUMENTS Ninaや、リズム系だとERICA SYNTHS Perkons HD-01。それらを使ってベースというか、部屋のアンビエントとなるトラックを作り、PolyNodesはキーの指定ができるので、そのトラックにキーを合わせていきました。トラック自体はループで鳴っていますが、PolyNodesは常に音を生成しているのでずっと同じ音にはなりません」
そうやって作成/生成されたサウンドは、クラブ・ミュージック的な圧倒的な音量、そして信じられないくらいの解像度で展示室を満たす。スピーカー・システムとして導入されたのはイースタンサウンドファクトリーが新たに展開するブランド=BWVのものだ。
「イースタンサウンドファクトリーの佐藤博康さんにベースとなる音源を事前に渡して、“こういう音をマルチチャンネルで出したいんです”ってリクエストをして組んでもらいました。すごく音のいいシステムで、反応が速く、低域も20Hzくらいまで出る。実際に会場で鳴らしたらあまりにすごくて、ミックスをやり直したくらいです」
通常のアートスペースでは、映像など視覚的要素に関わる部分の設備が整っている反面、音響については物足りないことが多い。真鍋はVS.のアドバイザーとして、“音響システムの充実”を強く訴えたという。
「必ずいいものを入れてほしい……取りあえずMUSIKELECTRONIC GEITHAINのスピーカーを買って音楽を聴いてみてくださいと伝えました(笑)。実際、今回の「Synthesis of Body-Space-Music」を展示した天井がものすごく高い部屋には、天井部分にMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL906を12台設置しました。フロアに置いたスピーカーからの音だけでなく、天井のスピーカーを鳴らすことで、音でも広さ……空間を感じさせることができるんです」
空間オーディオの未来を見据えた新たなミキシング・ツール
今回の展示でのPolyNodesの音声出力は5.1chなどの水平方向のみのマルチチャンネルとなっているが、実はイマーシブ・オーディオ=空間オーディオにも対応しているという。
「まだリリースしていませんが、PolyNodesにはAPPLE Vision Pro版もあるんです。そもそもPolyNodesはVision Proのためのソフトを作るつもりで開発を始めたものなんです。近い将来、Vision Proを使って音像を見ながらミックスするような世界が来ると思っていて……例えば、空間内にトランペットが見えて自由に配置でき、ディレイ・オブジェクトを配置して、そこを通ったときだけエフェクトがかかるみたいな感じですね。Vision Proが登場して空間オーディオが大きく変わろうとしているんですけど、今はまだ良いシステムやツールがない。それもあって、今の空間オーディオってあまり面白いコンテンツがないと思うんです。現実の世界をいかに忠実に再現するかっていうベクトルばかりなんですけど、もっとめちゃくちゃやってもいいはず。だからPolyNodesは現実世界の再現ではなくて、新たな空間オーディオの考え方を作るっていう気持ちで開発したんです」
未来を見据えたツールを開発し、それを駆使して安藤建築の中に新しい空間オーディオを作り上げた真鍋大度。冒頭で「曲を作るのは今の自分の活動の中で半分以上を占めている」と発言しているように、今後もさらに刺激的な音の作品をさまざまな空間で聴かせてくれることだろう。