まるで人がつまみを動かしているような、身体性を伴った瞬間がある曲が好きなんです
札幌を拠点に活動するLAUSBUBは、岩井莉子(写真左)と髙橋芽以(同右)の2人から成るテクノ・ユニット。2020年、SoundCloudに発表した楽曲「Telefon」が大きな注目を集めたのも記憶に新しい。弊誌では2023年1月号のプライベート・スタジオ特集に登場してもらったが、この7月、満を持して1stアルバム『ROMP』をリリースした。岩井の手掛けるトラックにはさらなるアイディアがちりばめられ、髙橋のボーカルによる表現も多彩になり、1stアルバムながら新たなフェーズの始まりを感じる作品となっている。まずは、プライベート・スタジオ“3F STUDIO”の写真を元に、機材変遷の話から伺っていこう。
音の聴こえ方が変わった8010A
──2023年1月号の取材時、モニター・スピーカーを次に欲しい機材として挙げていましたが、GENELEC 8010Aになっていますね。
岩井 最近導入しました。セールになっていたので思い切って今だなと。自宅で音楽を聴いている感覚が消えるくらい、レコーディング・スタジオでしか分からなかった繊細な音域まで聴こえるようになりました。今後の作業もちょっと変わってきそうだなと感じています。リスニング用としてもすごく良くて、ずっと爆音で音楽をかけて、机に張り付いてしまっていました。
──リズム・マシンのKORG Drumlogueの姿も見えます。
岩井 Drumlogueの音自体はアルバムの中には入っていないんですが、ライブでのメイン機材として使用しています。
──ハードウェアのリズム・マシンは初めての導入ですよね。ライブの際、これまでと何か違いはありましたか?
岩井 お客さんの雰囲気を見ながら音を足し引きして、その場に合わせた、インプロ的なドラム・パターンを構築できるようになったのが一番大きいと感じています。出音があまり強烈すぎないのも好きですね。ローが前に出すぎず、でもしっかり決めたいところはちゃんと出てくれる。全体的にまろやかなのに、楽曲と一緒になったときにすごく強調されるところがあってバランスが良いです。お気に入りの機材ですね。
──DJコントローラーのPIONEER DJ DDJ-FLX4もあります。
岩井 2人とも昨年からDJを始めたので、DJミックスの練習を一緒にやったりしています。
──2人ではよく集まっているのですか?
岩井 高校生のときほど頻繁にって感じでもなく……あ、でも会ってるか。週3、4くらい(笑)。何かしら用事があるたびに芽以が私の家に来てくれます。そのときにやること以外にも、次はこういうことをやろうとか、適当に音を出して遊んだり、この曲いいねとか話したり、そういう時間をたくさん取れています。制作は私が大体1人で作って、それを送って聴いてもらうことが多いです。
──髙橋さんは、何か新たな機材を導入されているのでしょうか?
高橋 ABLETON Liveを始めました。まだ分かっていないところも多いんですけど、とりあえずライブの予定を決めて、そこに向けて何か作ってみようという感じでやっています。
──それはLAUSBUBではなくソロで?
高橋 そうですね。本当に最近なので、今回のアルバムに私の作ったものは音として入っていないです。でも自分で触ってみて、莉子が作ったものに対しての理解や興味もグッと深まった気がします。あらためてすごいことやってるなって。
岩井 私もまだ全然分かっていないことだらけです(笑)。
──いきなり今後のことを聞くのもなんですが、これからのLAUSBUBの作品に髙橋さんが制作した要素が入ってくる割合が増えるかもしれないということですか?
岩井 すごく入ってきてほしいなって、正直思っています。
高橋 そうしたいですね。
岩井 初めてDTMをやる人とは思えないトラックを作ってくるんです。インダストリアルな、変わったトラックがもう既に得意なんで。たぶん聴いてきて体に染みついてるものだし、すごく面白いから、これからぜひLAUSBUBでもアウトプットしてほしい。ノイズの中で歌っていたり、実験的で良いんですよ。
──インダストリアルな中にも歌は入っているのですね。
高橋 ちゃんと歌詞を決めた1曲の歌を作っているわけではなく、数十分の間に歌がある場面があったり、同じワードを繰り返したり、そういう要素も入れながらです。まだ形になった1曲を作り上げるところまでは力がないので、これから頑張りたいですね。
コンセプト・シートを元に制作
──昨年5月に、アルバムにも収録されている「80+1 Hardy Ones」をシングルとして発表しています。アルバムとして制作しようというのはいつから考えていたのでしょうか?
岩井 昨年の夏頃から、だんだんとアルバムに向けた曲作りをしていこうという気持ちになっていました。スタジオでレコーディングして仕上げていったのは今年の春頃です。
──Liveでトラックを制作する際の音源はどのようなものを使っていますか?
岩井 Live付属のインストゥルメントを使う割合が高いです。所々、決めのところだけサードパーティのプラグインでアナログ感を出したりしています。あと、本当に盛り上げたいところはアナログ・シンセを使いました。
──制作を進めていく流れは?
岩井 私はLiveを開く前に、コンセプト・シートを作ることが多いです。“この曲に入れたい要素”を、リファレンスの曲でも何でもコンセプトとして決め込んだ上で、やりたいことをLiveの中で再現していく。この拍子にしようとか、次にどんなシンセを入れればいいかとか、細かなことから大雑把なイメージまでそれを見ればパッと分かるくらいに決め込んだ上で打ち込んでいます。
──構想の時点で、ある程度完成形が見えているのですね。
岩井 もちろん作業中に楽しくなっちゃって、全然関係ないものを足しはじめたりもしますが、基本的には一貫した、“これがやりたい”を達成しようというふうにしています。
──シートは髙橋さんにも共有を?
岩井 はい。びっちりと書き込んでいるというわけではないです。
高橋 力の抜けた感じで、本当にラフなアイディアが書いてあって。確か、「Telefon」のときからそうだよね。
岩井 ライブ・パフォーマンスでやりたい動きから、想定していくこともあります。
──ゼロから画面に向かって、というような作風ではないのですね。
岩井 それもやるんですが、結局曲までたどり着けないことがすごく多いので。その時間がちょっと……楽しいですけど、今はもったいないなと思って計画的に進めています。
ジョックストラップの影響
──打ち込みはどのパートから?
岩井 ほぼドラムからです。
──音色はどのように決めていくのですか?
岩井 それもコンセプト・シートで既にイメージが仕上がってることが多いです。例えば「TINGLING!」は、フットワークなどの高速ダンス・ミュージックに近いアレンジとミックスにしたくて、最も気持ち良い音を一つずつ探していました。ドラムは、Liveに付属するものの中にフットワークに合いそうなパーツがあり、それを集めてドラム・キットを作りました。
──「Telefon」は、お二人が広く知られるきっかけになった曲かと思います。今回「Telefon -2024 Session」として収録するにあたり、どこを新しくしようと考えたのですか?
岩井 ボーカルと、ベースとギターを録り直しましたが、トラック自体はあまり変えていないです。ミックスは、アルバムに合わせて少しゴージャスになっています。
高橋 ライブでは毎回やっていたので、ここ数年のライブ感を、ベースや歌で入れられたらと。一番歌ってきた曲なので、自然に歌うことを意識してレコーディングしました。
──収録曲を作った順番は?
岩井 昨年11月にシングルでリリースした「Dancer in the snow」の後が「I SYNC」で、「TINGLING!」「Sweet Surprise」はほぼ同時進行でした。コンセプトが近い曲だと混ざり合っちゃうので、これまでは1曲ずつしか制作できなかったんですが、ちょうど「TINGLING!」と「Sweet Surprise」は年代感や音響感も全然違うから、行き来してもぐちゃぐちゃにならない。すごく良いバランスで、全く異なる2曲を同時に作れました。あと、インタールードの曲は全体の曲順を決めてから、曲間をつなぐようにして作っています。
──アルバムのインタールードも魅力的ですね。中でも「playground」は相当面白い楽曲だなと感じました。
岩井 かなり踏み込んでいて、曲というか“変な音が鳴ってるゾーン”という感じです。私はインタールードのあるアルバムが大好きで、DOOPEESの作品のような、曲間の物語を紡ぐようにシンセのノイズと声が遊んでいる、みたいなシーンをずっとやりたいと思っていました。Liveの中で作った変な音や逆再生のドラム、芽以からもボイス・サンプル的なものを幾つかもらって、自由に加工したり組み合わせたりして制作しています。
──加工する際には、どんなエフェクトを使うことが多いですか?
岩井 Live内蔵オーディオ・エフェクトの“Pitch Hack”をよく使います。ピッチの変化や逆再生のほか、Recycleというエフェクトをかけた音に再度エフェクトをかける機能などもあって、そういった調整を一つのオーディオ・エフェクトでできるというものです。逆再生したドラムを作ったり、元が何だったかも分からないような音を作るときに重宝しています。
──今作はオーディオ加工の要素が増えている印象でしたが、Pitch Hackの導入などが大きな要因になっているのですね。
岩井 そうですね。Liveのエフェクトの使い方……どういうときにどのエフェクトを選択したらいいかが少しずつ分かってきました。あと2人とも、DJ的な身体性を伴っている、まるで人がつまみを動かしているような瞬間がある曲が好きなので、ピークの持っていき方などを参考にしながら、どう実現したらいいだろうと考えていました。
──身体性はオートメーションで再現を?
岩井 MIDIコントローラーからリアルタイム録音して動かしたものを、そのまま使っていることが多いです。
──リファレンスにしているアーティストなどはいるのでしょうか?
岩井 イギリスのジョックストラップというボーカルとコンポーザーの2人組です。古い音楽の質感を保ちながら、えげつないエフェクトでびっくりするようなことが1曲の中で何回も起こる。それがジョックストラップっぽいというか、イメージを実現するための手順が見えるような曲作りをしていて、すごく尊敬しています。彼らの“大胆なことをやっちゃおうぜ”感に、影響を受けて今作を作りました。
高橋 本当に独特なんです。ライブを見に行けてはいないのですが、来日公演のレビューなどを見て、2人だけでここまでの音楽、ライブができるんだなと。歌声に美しさがありつつ、声の素材としての使い方が面白いです。「I SYNC」でも、サビの前にサンプリング風の部分があるんですが、そこはジョックストラップのボーカルを参考にしています。
岩井 歌とエフェクトのコンビネーションを意識する。エフェクトをかけることによって歌も生きてくるという感じです。
跳ねるような“T”がほしい
──歌詞はどのように作っているのですか?
岩井 今作の歌詞は、全曲私が書いています。曲によって書き方は違いますが、大体は単語をバーッと書き出しつつ、コンセプト・シートにも歌詞の内容を少し書いてもいるので、単語を組み替えたりして構成しています。
──意味もありつつ、やはり響きも大事?
岩井 はい。トラックを作った段階で、例えば子音はこうじゃなきゃ駄目というのがあって。ここは跳ねるような“T”がほしい、などを押さえながら、音的にもつじつまが合うようにしていく。難しいですけどトライしています。
──歌うのもかなり難しそうですね。
高橋 「TINGLING!」は、まずフットワークのビートが複雑で、そこに歌を乗せるって難しいことをしているなと。「TINGLING!」のレコーディングが一番苦戦したと思います。自分にとって歌いやすい音域かつ好きなメロディだから、好きなように歌えるところまで来たらスムーズではあったんですけど、そこにたどり着くまでに時間がかかりました。
──確かにボーカルだけで聴くと、全く別の曲が想像できそうです。
高橋 莉子の頭の中では私の歌まで入れた曲の全体像が見えていて、その状態でレコーディングしていると思うんですけど、私の中ではまだできていない状態で歌入れするので、だんだんと見えてくるのが面白いところでもありますね。コンセプト・シートを見た上で、そこから自分の歌を入れることによって、さらに解像度が上がるというか。
岩井 一応仮歌は全曲入れていますが、仮歌と芽以が思い通りに歌ってくれたものを聴き比べると、全然違いますね。
高橋 仮歌の状態でアクセントや子音、こう歌ってほしいっていうものがあるので、そこは莉子に聞きながらやっています。
──そのほか、打ち込み以外はレコーディング・スタジオでの録音ですか?
岩井 ノイズ・ギターとかBEHRINGER TD-3のベースは、なぜか自宅で録ったほうが良かったのが何カ所かあって、デモのつもりだったけれど採用したものが所々あります。
──「Sweet Surprise」中盤のギターがエフェクティブで、とても面白いです。
岩井 あれは札幌のHIT STUDIOで録ったものです。ノイズ・ギターはスタジオで録ってから家で編集しているうちに、ちょっといじりすぎちゃって、スタジオで録った感がなくなりました。1980年代的な雰囲気がある曲だけれど、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンがやっているギター・ソロの感じをそのままやっても模倣すぎるかなと。やっぱり最近はフットワークのノリ……サンプルのカットの仕方、5連符が出てきたりしてリズムがどんどん変わっていく、その感じをギターでやったら合うかもと思いLiveの中で切り貼りしていきました。
──リズムに対するこだわりも強い?
岩井 そうですね。2人ともDJをやるようになったこの1年でリズムに強くなりました。BPMをシンクせずに合わせて変なリズムが誕生したときや、ずれている部分と整っている部分が組み合わさっていき最後につじつまが合う瞬間とか、そういうときにグッとくることが多いです。どうしたらリズムで楽しくなれるかを考えるようになって価値観が変わりました。そういった部分でフットワークに救われたというか、“ありがとう”をどこかで言わなきゃいけないなと思って、「TINGLING!」をアルバムの最後にしています。
高橋 DJをやったりクラブに遊びに行く機会が増えて、音楽に対する気持ちが外に向くようになってきたというのもあります。私はリズムを作ったわけではないですが、ステージの上で鳴っているリズムに対して自分がどういうふうに踊ったらいいのかなどにおいて、これまでと意識が変わりました。
忘れられないARP Odyssey
──先ほどアナログ・シンセも使用するとおっしゃっていましたが、「I SYNC」の分厚いベースは実機のように感じました。
岩井 あれはバンドをやっている知人の方からARPのARP Odysseyをお借りして、それをレコーディングするときに使わせていただきました。その場で音を作って、つまみも動かしたりながらリアルタイムで録りました。アルバムの中に入っている音で一番良いと思っています。成り立たせてくれるというか、私が持っているKORG MS-20 Miniとはまた違う魅力と太さがありました。
──MS-20 Miniはライブでも使われていますよね。
岩井 鍵盤系のシンセの中で一番好きです。自分の体、脳と直結している感じがあります。一番長く使ってるシンセだからっていうのもありますが、シンプルで、いろいろな音を出せますし、太さや音圧感もすごい。欠かせないなってあらためて思っています。
──機材はさらに増えていきそうですか?
岩井 やっぱりアナログ・シンセは素敵だなと。ARP Odysseyはレコーディングの3時間ぐらいしか触ってないんですけど、忘れられない。夢に出てくるくらいです(笑)。いつかゲットできたらうれしいですね。
──1stアルバムをリリースしたばかりですが、今後の野望も既にありますか?
岩井 すぐに2ndアルバムを作りたいと思っています。『ROMP』が今までのLAUSBUBのおさらいという感じもありつつ、今の自分たちが聴いて踊りたくなる音楽、お客さんとして聴いてもうれしい音楽って何だろうと考えながら素直な気持ちで作れました。次もさらに素直に作れたらいいなと思っています。2人とも好きな音楽のブームの移り変わりが激しくて、私は今、フットワークも好きですけど南米の音楽ばかり聴いていて、生音への興味もあるし、パーカッションがトライバルなものとか、かと思えば西洋的なものだったり、打楽器系への興味が強くなってきています。自分の興味があることをLAUSBUBとしてアウトプットするときに、どうしたら一番楽しいかなっていうことを考えながら、一つ一つ面白がって作っていきたいです。
高橋 私は自分でも音楽を作りはじめてから、LAUSBUBとしてどう自分の作りたい音楽をアウトプットしていけばいいのかをまだ探っているというか。でも、好きな音楽を自分の作りたい音楽にアウトプットして、莉子に共有する機会を増やしていきたい。もっとお互いの音楽でコミュニケーションしていったら、より面白くなるかなと思います。
岩井 2人でセッションを永遠にやっている、みたいな状態は理想的ですね。
Release
『ROMP』
LAUSBUB
極東テクノ:FET-0002
Musician:岩井莉子(g、syn、DJ、electronics)、髙橋芽以(vo、b)
Producer:LAUSBUB
Engineer:齋田崇、鶴羽宏一、林悠亮、岩井莉子
Studio:Victor Studio、HIT STUDIO、3F STUDIO