【完全版】jizue『Mer』インタビュー 〜TVドラマの劇伴制作から得た新たな視点とその制作過程

jizue

劇伴の制作や人との出会いで学んだことを
アルバムの音に反映できたのが収穫です

コンテンポラリー・ジャズやポストロックなど、さまざまな音楽の要素を感じさせる京都のインストゥルメンタル・バンド、jizueが10thアルバム『Mer』を発表。前作『biotop』(2023年)以降、『下剋上球児』『9ボーダー』『宙わたる教室』『バニラな毎日』『魔物(마물)』といったTVドラマの劇伴を手掛けてきた彼らは、その経験から新たな視点を獲得したようだ。録音~マスタリングを担当するエンジニアでもある井上典政(g/写真中央)、⼭⽥剛(b/同左)、⽚⽊希依(p/同右)の3人がそろったので、アルバム制作の工程を振り返ってもらおう。

EZ Drummer 3の生成機能が面白い

──劇伴の制作がアルバム作りに与えた影響というのはあったのでしょうか? 

井上 まず劇伴をやりはじめてから、それまで以上に曲を作るようになって、ペースもかなり上がったんです。 

片木 曲を作りまくったことで、メンバーの得意分野が際立つようになったというか。井上君はトガっていて攻めた曲が得意で、山田君の書くメロディはすごく美しい。そういう強みをあらためて感じることができたので、アルバム制作の際は、あまり気負わずに作りたいものを作れたんじゃないかと思います。 

井上 当然ながら、劇伴ではトガった曲ばかりやるというのは難しくて。それを経験したからか、今回のアルバムには“劇伴だとこういうのはできないだろう”みたいな曲を詰め込んだ気がします。あと、劇伴で僕らを知ってくれた人に“普段のjizueって、こんなにアグレッシブなんだ”と思ってもらいたかったので、僕はあえて攻めた曲をたくさん作りました。ほかの2人には、また違う考えがあったと思うんですけど。 

山田 井上君が最初に2曲、作ってきてくれたんです。「Rex」と「Thoth」っていう攻めた感じの曲。ただ、アルバム全体を通してアグレッシブなところ以外も見せたいと思って、後発組だった僕と片木さんはバランスを考えながら曲を作りはじめた気がします。

片木 劇伴を聴いて、普段とは違う私たちから入ってくれた人にも“jizueって、こんなことができるんだよ”って見せられたらと思っていたので、今回はいつにも増して表現のバリエーションを意識したかもしれません。 

──前作『biotop』のワークフローは、各自がDAWで作編曲し、バンドで合わせることなく作品を完成させるというものでした。

井上 ワークフローは大体、前回と同じです。それぞれが曲のデモを作って共有し、セルフで自身のパートを録って、僕がドラム録りやミックス、マスタリングをする。 

山田 ベースに関しては、『biotop』までは僕のほうで音作りしてから井上君に送っていたんですが、最近は“ラインのドライ音だけでいい”って言われるようになって……もう何も触らんといてくれ、要らんことせんといてくれっていう流れになりました(笑)。 

──では愛用のオーディオI/O、SOLID STATE LOGIC SSL 2+の4Kスイッチも……。 

山田 ご無沙汰ですね。

井上 jizueって、曲によっては音数が多くて、ピアノとギターとベースの位置関係を作るのが難しいんですよね。特にベースは音色が作り込まれているとピアノの低音とのすみ分けが難しい。でも“この音がええねん!”っていう音色があったら、全然それでやってもらってるんですけどね。

── ベースの音には、どのような処理を?

井上 今回はリアンプをせずに、プラグインのアンプ・シミュレーターだけで音作りしました。ドライ音のトラックとシミュレーターをかけるためのトラックを用意して、後者にはAVID SansAmp PSA-1、UNIVERSAL AUDIO UAD Ampeg SVT-VR Bass Amplifierの順で挿し、SansAmpのほうを動かしてひずみ具合を調整するようなやり方です。Ampegの設定は固定で、“通すだけ”みたいな使い方をしていたはずです。そうやって作った音とドライ音を1つのトラックにまとめて、細かい処理をしてロー感などを調整しました。

──前作では、ピアノ・トラックの作成にソフト音源のSPECTRASONICS Keyscapeを活用していましたよね。 

片木 劇伴のときに実際のグランド・ピアノを録って“やっぱり最高だな”と思っていたんですが、それは膨らみや空気感が必要な場合の話で、輪郭をはっきりとさせたかったり、ギターとのバランスを取ったりするときにはKeyscapeやSYNTHOGY Ivoryといったピアノ音源がマッチする。前作と同様に今回もグランドを録ることはなく、すべて音源で作りました。ちなみに、これまでは幾つかの音色で書き出して井上君に選んでもらうようなやり方でしたが、『宙わたる教室』『バニラな毎日』辺りから、作曲の段階で音色を1つに決めるようになって。だから“この音に合う弾き方をしよう”とか“この音が映える曲にしよう”とかっていうふうに、ちょっと意識が変わったかもしれません。 

Keyscape

SPECTRASONICS Keyscapeは、⽚⽊希依がかねてからピアノ・トラックの作成に愛用している音源。画面左部で選択中のLA Custom C7 - Cinematicは、バラードに向くというプリセット

──なぜ音色を1つに絞るように? 

片木 ピアノ音源の音色ってベロシティとサンプルの関係がさまざまで、選ぶものによって全く違った鳴り方をすることがあるからです。例えば、バーンって爆発するような音になるのがベロシティ100からの音色もあれば90からのものもあるので、後者を使うと強く弾いたつもりじゃないところが抜けすぎて聴こえる。だから音色の候補が増えれば増えるほど、弾き直したりエディットしたりすることも増えて大変で。

── ピアノ音源はKeyscapeかIvoryの二択なのでしょうか? 

片木 TOONTRACKのEZ Keysも使っています。そう言えば、最近になって使いはじめて面白いのがEZ Drummer 3。“EZ Keysのドラム版もすごい”っていうのをYouTubeで見て買ってみました。ピアノのMIDIをインポートすると、それに最適なドラムが生成されるんです。APPLE Logic ProのDrummerでも同じようなことが可能ですが、EZ Drummer 3はより多くのジャンルに対応していて、ハイハットで刻むのかライドを使うのかといったことも細かく指定できます。 

TOONTRACK EZ Drummer 3

TOONTRACK EZ Drummer 3も、片木が曲作りに活用する音源。やはりBandmate機能が面白いという

TOONTRACK EZ Keys 2

片木が使用するTOONTRACK EZ Keys 2。オーディオやMIDIをインポートすると、それに合ったフレーズが提案されるBandmate機能が表示されている

エンジニア浜田純伸氏からの影響

──ドラムは本番で生に差し替えたかと思いますが、ピアノは片木さんが作ったものを井上さんが処理して仕上げたのですよね? 

井上 はい。ただ、希依ちゃんのピアノは好きな音で書き出して送ってほしいと伝えていて、曲になじませていくような方向性です。劇伴のときに知り合ったレコーディング・エンジニアの浜田純伸さんから、そういう音作りを学びました。

──ジブリ作品をはじめ、映画やゲームの音楽のエンジニアリングで著名な方ですね。 

井上 『9ボーダー』や『魔物(마물)』の劇伴のミックスをお願いして、仕上がりを聴いたときに“自分もこの音が作りたかった”みたいな感覚になって。僕はピアノの輪郭を立たせつつ、ほかの楽器もきちんと聴こえるように作ることが多いんですけど、浜田さんはそれをすごくナチュラルにやってくださったので、どういう処理をしているんですか?と尋ねてみた。そしたら“あんまりあれこれやらない”って言われて、セッションを見せてもらったら本当にその通りで。マスターで微調整されているようなんですが、そこに至るまでは追い込みすぎないほうがナチュラルに聴こえるというのを学びました。 

──MIDI鍵盤でリアルタイム・レコーディングされたピアノは、ダイナミック・レンジが広いと思います。オケになじませるためには、丹念なコンプレッションやレベリングが必要なのではないかと思うのですが。

井上 コンプの多段がけはしているんですけど、あまり過度にやっていないというか、音量が急に上がるところだけ抑えているような感じです。演奏のテンションが損なわれないように、あくまで軽く。エフェクト・チェインについては、まずUADの1176AEでコンプレッションして、Neve 1073 Preamp & EQ CollectionでEQし、さらにPultec Pro Legacyをかける。次にダイナミックEQを使うこともあって、最後はUADのShadow Hills Mastering Compressorでまとめます。jizue特有の符割りが細かいピアノを前に出そうと思ったら、ピアノ音源のちょっと硬い感じがないと難しい場合があるんですけど、硬さが目立つとうそくさい音になるので、その辺りをよりナチュラルに聴かせるような処理を心がけていて。楽器の音そのものを変えるのではなく、まずは聴こえ方や聴こえる量を変えていくような処理ですね。

ステム・マスタリング的な音作り

──マスタリングも井上さんが手掛けたとのことですが、自分でミックスしたものをマスタリングする際は、どういう視点で音作りをする? 

井上 やりたいことはミックスの段階で結構できているので、マスタリングでは音圧感をどれだけ攻めるか、くらいしか考えていないかもしれません。でも『バニラな毎日』の劇伴をソニー・ミュージックスタジオの鈴木浩二さんにマスタリングしてもらったときに、結果がめちゃくちゃ良くて。自分のミックスの印象はそのままに、より良くしていただけたんです。すごくふくよかで、ちょうど良いボリューム感に聴こえて。そのときはミックスを幾つかのステムに書き出して渡したので、今回もミックスが完了したら各トラックはいじらないと決めていました。

── ということは、ミックス用プロジェクトの各トラックを楽器の属性ごとに括って、グループ単位でバランスを取りながらマスタリングしたのでしょうか?

井上 はい。AVID Pro ToolsのAUXトラックでグループ分けして。 

──いわゆるステム・マスタリング的なやり方ですね。 

井上 これが、すごくマスタリングしやすくて。AUXトラックに音量が入りすぎていると何もできなくなるから、各トラックの送りは小さめにしていました。過去の作品を振り返ると、個人的にはちょっと窮屈なサウンドで。頑張ってはいたんですけど、ギュッと団子になりすぎていたというか。もちろん、音圧感がないと良さが伝わり切らない曲もあるんですが、小さい音量から始めてトータルの音作りをすることで幅が広がるんだなと感じました。あとはサブスクのラウドネス・ノーマライゼーションもあるから、音量を入れすぎずに、余白を残しつつマスタリングするというのが今回の方向性です。

──マスターには何のプロセッサーを? 

井上 初段にUADのShadow Hills Mastering Compressor。次にBrainworx BX_Saturator V2で、FABFILTER Pro-Q 3、IZOTOPE Ozone 9のDynamics、UADのPultec Pro Legacy、そしてPrecision Maximizerで音圧を調整して、Ozone 9のVintage Limiterで仕上げています。Vintage Limiterのモードは曲に合わせて変えていて。マスタリング用のプロジェクトにアルバム全曲の2ミックスを並べて音作りするのではなく、曲ごとにやっているので異なるモードを使えるんです。 

Shadow Hills Mastering Compressor

井上典政が、ピアノやマスターの音をまとめるのに重宝したUNIVERSAL AUDIO UADのShadow Hills Mastering Compressor

Vintage Limiter

マスタリングに使ったIZOTOPE Ozone 9のVintage Limiterは、画面左下で3つのモードを選択可能。曲に合わせて選んだという

──アルバムの仕上がりについて、どのような感想をお持ちですか? 

山田 劇伴をたくさん経験させてもらった後だったので、久しぶりにクライアント・ワークとは違う気持ちで制作できたなと。自分たちのアーティスティックな表現に打ち込めたと思っています。

片木 10枚目のフル・アルバムですが、このバンドで鳴らしてみたい曲やメンバーに弾いてほしい曲が、まだまだあるんです。今回も“このフレーズをこの人に弾いてほしい!”っていう気持ちから曲を作って、それをちゃんと形にできたので、たくさんの方々に聴いていただけるとうれしいです。

井上 やりたいことを詰め込めているなっていう感覚があるし、劇伴の制作や人との出会いを通して学んだことを反映できたのがうれしい。これからも学びを積極的に取り入れて、過去の作品を上回るようなサウンドにトライしていきたいですね。

Release

『Mer』
jizue

(ビクター:VICJ-61796)

Musician:⽚⽊希依(p)、井上典政(g)、⼭⽥剛(b)、橋本現輝(ds)、井上司(ds) 
Producer:jizue
Engineer:井上典政
Studio:studio deco、プライベート・スタジオ

 

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