サチュレーションを幾つも重ねて
くすんだサウンドを作り出しています
『Tokyo Quartet』のレコーディング/ミックスを手掛けたエンジニア、森田秀一のインタビュー。井上が求めた”くすんだサウンド”を作り上げていった方法を聞いてみた。
録音時のイメージをリアンプで再現
──『Tokyo Quartet』を制作する際に、森田さんがイメージしていた作品の方向性は?
森田 『Tokyo Quartet』はせっかくの井上銘名義なので、ロック・スター的にギターを弾きまくってもらいたい気持ちはありましたね。
──“魅せるギター”の音作りをするためにも、ライン録りが適していたのでしょうか?
森田 銘君がエフェクト・ペダルで音色を作り込むスタイルなのでラインで十分だろうという判断です。アンプ・シミュレーター・プラグインの音も気に入っているようですし、今回も録りのモニターではWAVES GTRを採用しました。作品によってはミックス時にアンプ・シミュレーターを混ぜていることもあります。ギター・アンプを鳴らしてマイクで録った音は気持ち良さがありますが、作品の中でもっと音が前に出てほしいとき、アグレッシブさを加えたいときにはアンプ・シミュレーターが適していることも多いんです。
──今回は井上さん所有のギター・アンプでリアンプしたそうですね。
森田 リアンプ時の音作りは、アンプ・シミュレーターで作ったサウンドを基準にしています。レコーディング時に最終的な音を見据えてアンプ・シミュレーターを調整しておき、リアンプ時にはその音のイメージを保ったままスタジオの空間の広がりを加えるようなイメージです。ピアノがあるスタジオAで録っており、アンプ前にはAKG C 414 XLII、4mほど離れた場所にNEUMANN U 87 AIをステレオで立てました。
──井上さんは“くすんだ音”を欲していたと言っていました。
森田 DIのDEMETER VTDB-2Bは音がかなりつぶれるような印象で、サチュレーション感もあるので効果的だったと思います。
──ピアノはVERY-Qの吸音パネルで囲って録音したようですね。
森田 ピアノがあるスタジオAは天井が高く、そのままでは部屋の響きがかなり含まれます。ジャズ系だとデッドめな響きが好まれることが多いので、吸音パネルで調整しているんです。それでもスタジオの響きはある程度残るため広がりを感じる音になり、それがリボーンウッドらしい音になっていると感じます。
──使用したマイクは?
森田 EARTHWORKS PM40をピアノに取り付け、少し離れた位置からAKG C 414 XLIIで狙っています。PM40では音の近さが表現できるので、ジャズなどの聴きながら入り込みたい音楽には良かったりするんです。それも含みつつ、もう少し空気感やステレオ感が欲しいときにC 414 XLIIをブレンドします。FENDER Rhodes Mark I Stage 88やWURLITZER 200Aはモノラルのラインで録り、WAVES PS22でステレオに広げました。そうすることで音像にスペースを空け、ギターの立ち位置を作れるんです。
今の東京のジャズを体現した作品
──ベースの録音はどのように?
森田 マーティはコントロール・ルームで弾いていました。ウッドベースは、NEUMANN U 87を1mくらい離した距離に立てて録っています。エレベはTELEFUNKEN TDP-2を使いました。これはステレオ・アウトができるDIで、マーティの意向で左右へ少しだけ音像を広げているんです。ベースに対しても、くすんだ音を表現するためにプラグインでサチュレーションをかなり加えています。
──どのようなプラグインを使いましたか?
森田 曲や楽器によって変えていますが、SOFTUBE Saturation KnobやAVID Reel Tape Saturation、SOUNDTOYS SIE-Qなどです。場合によっては幾つも重ねていますし、サチュレーションだけでなくオーバードライブのAVID Green JRC Overdriveを使うこともありました。銘君が直接プラグインを操作できるようにして、好みのひずみ具合を作ってもらうようにしていましたね。
──多層的にひずみが加わることでピークが減り、音のまとまりも良くなるのでしょうか?
森田 それはあると思います。録り段階で最低限のコンプはかけていますが、あとは音の遠近の表現をするためにコンピングする感じです。よく使っているのはWAVES Renaissance Vox。1つのパラメーターですぐ調整できるのが便利です。ボーカル用なので中低域が盛り上がりすぎてしまう場合もあるため、それを見越してEQすることもあります。
──ドラムにはどんなマイキングを?
森田 キックはホールにAKG D112、ビーター側にAUDIO-TECHNICA ATM25を立てました。ATM25は傾きをつけて、スネアの下側も狙うようなセッティングです。スネアの上側にはコンデンサー・マイクのAT3035を使いました。ハットはSHURE SM57やSENNHEISER MD 421。タムにもMD 421で、オーバーヘッドはAKG C 414 XLIIをステレオで立てました。
──オーバーヘッドと個々のマイクのブレンド具合は、アーティストや編成によって変わってきますか?
森田 このスタジオで録るジャズ系の奏者たちは、暗めのサウンドを好む人が多いですね。ほかのマイクを試したりもしたんですが、オーバーヘッドに暗めのマイクを使うと、スネアを抜ける音にするために後から結構EQをしないといけなくて。そのため、少し明るめのキャラクターを持つC 414 XLIIに落ち着きました。
──明るさを抑えるためにはEQで調整することもありますか?
森田 ここでもサチュレーションを使うことが多いです。録り段階からReel Tape Saturationを各トラックに挿しています。何もない状態だと音が奇麗すぎて、分離感が強すぎることがあるんです。
──井上さんの作品をずっと手掛けられていますが、今回の『Tokyo Quartet』はどのようなアルバムになったと感じていますか?
森田 今の東京のジャズを表している作品だと思います。東京の多文化共生がバラエティに富んだ曲として表現されていますし、それができているのは多彩なジャンルで活躍しているこのメンバーだからこそじゃないかと感じるんです。
Release
『Tokyo Quartet』
Tokyo Quartet
(リボーンウッド)
Musician:井上銘(g)、デイヴィッド・ブライアント(p、k)、マーティ・ホロベック(b)、石若駿(ds)
Producer:Tokyo Quartet
Engineer:森田秀一
Studio:リボーンウッド
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