【会員限定】ジャズピアニスト上原ひろみインタビュー 〜『OUT THERE』のレコーディングで採用した“アンテナのようなマイキング”とは

上原ひろみ

ピアノの音は自分が一番ジャッジしやすい部分
絶対的な要素として念頭に置いています

ジャズ・ピアニストの上原ひろみが、4月4日にニュー・アルバム『OUT THERE』をリリースする。2023年に結成したバンド、Hiromi’s Sonicwonderの2作目となる本作は、前作のエレクトロニックなサウンド・イメージはそのままに、「Yes! Ramen!!」や「バルーン・ポップ」などの親しみやすい楽曲やダイナミックな演奏に磨きがかかり、バンドの充実が強く感じられる一枚だ。その制作について上原と、ミックス/マスタリングを手掛けたミック沢口にも話を聞き、あらゆる角度から本作に迫っていこう。

メンバーの良いところをより引き出せた

──『OUT THERE』はHiromi's Sonicwonderを結成してから2作目となります。1作目の制作と変わった点はありますか?

上原 今回は“こう書いたら、こう返してくれるだろうな”とか、“こういうバッキングでソロを取ってるジーン(・コイ)を聴きたいな”とか、彼らのミュージシャンとしての個性が分かった上で曲を書いて、一緒に録音しました。だから、彼らの良いところをより引き出せたんじゃないかなと思っています。

ジーン・コイ

ジーン・コイ(ds)

──前作のタイトル曲「Sonicwonderland」のMVが象徴するように、前作は2Dゲーム的な世界観がテーマとのことでしたが、それは今作も引き継いでいるのでしょうか?

上原 そうですね。シンセのサウンドで好きなのが、あの頃のゲーム・ミュージックのものなので、その雰囲気が強くなっているとは思いますが、このバンドだからできることというのは念頭に置いて作りました。 

──アダム・オファリルさんのトランペットのエフェクトがすごく魅力的だと感じています。エフェクトの要素は、アダムさんをバンドに誘うにあたって重視したところなのでしょうか?

上原 はい。エフェクトを使える人というのは念頭にありました。最初にアダムをスカウトしたときにも、その点は確認しました。彼も“もっとメインで使っていきたい”“興味がある”と当時言っていたので、“じゃあ、ちょうどいいね”と。前作よりも今回のほうが彼もエフェクトをたくさん使っていると思います。 

アダム・オファリル

アダム・オファリル(tp)

──シンセとの絡みを考えて、エフェクト的な音ということでしょうか?

上原 それもありますし、やっぱりそれぞれの役割を考えたときに、アドリアン(・フェロー)はハーモニーも弾けるベーシストで、ピアノはもともと和音が出る楽器だし、トランペットは単音楽器だけどエフェクトを使うことでシンセのパッドのようになる。そうすると、私がメロディを弾いているときに、キーボーディストがもう1人いるような感覚でアレンジを書くことができるんです。 

アドリアン・フェロー

アドリアン・フェロー(b)

──レコーディングはニューヨークのパワー・ステーションで行われていますね。

上原 とても温かみのある、生音が録りやすいスタジオだと思います。木の温かみというか、ピアノを非常に柔らかい音で録れるスタジオです。

──録音もライブと同じ形式で、皆さんで同時に演奏されているのですか?

上原 そうです。

──例えばシンセだけは後から重ねるといった方法もあるかと思いますが、やはりそういうレコーディングはされていないのですね。

上原 同時に弾かないと、右手と左手のグルーヴが合わなくなってくるというか。自分で伴奏しながら弾いていたり、無駄に忙しくしています(笑)。

アンテナのようなマイキング

──Instagramにあるアルバムのトレーラー映像を拝見すると、非常に良い雰囲気でレコーディングされているのを感じました。

上原 とてもリラックスしていましたし、ちょうどアドリアンの誕生日が重なっていたんですよ。偶然ですが、『Sonicwonderland』のときはジーンの誕生日でした。そこに日程を合わせているわけじゃないんですけどね(笑)。

──スタジオによって、ピアノの音の違いを感じますか?

上原 スタジオというよりも、エンジニアさんが大きいですね。今回は、宇宙人と交信するみたいなマイキングでした。アンテナみたいな……とても面白いマイキングで。すごく良い音でした。それは、マイケル(・ビショップ。上原のデビュー作から手掛けてきたエンジニア。2021年に逝去)のときには見たことがないマイキングでした。

アンテナのようなマイキング

上原が“アンテナのようなマイキング”と表現したスタンドは、後半でインタビューを掲載するミック沢口いわく、ノルウェーのクラシック・レーベル2Lのモッテン・リンドベルグが開発した“2Lアレイ”を、GRACE DESIGNがSB-3D11として発売しているものとのこと。上層に4ch分、下層に7ch分のマイクを取り付けられ、サラウンド・レコーディングに対応する。マイクは上層にNEUMANN KM 84、下層にKM 184やDPA MICROPHONES 4006Aなどがセットされているのが見える

──レコーディング・エンジニアのアンドレアス・K・メイヤーさんとは今回が初めてだったのでしょうか?

上原 そうです。ピアノの音はすごく重要なので、アメリカで私が信頼している調律師の方に、“最近ピアノの音が、本当にピアノの音だなって思ったレコーディング、誰だった?”と聞いて、作品を幾つか紹介してもらいました。その中ですごく気に入った音が、アンドレアスが手掛けた作品だったので、お願いしてみたら素晴らしかったです。大きなスタンドを一生懸命立ててくれて(笑)。

上原ひろみ、「ペンデュラム」を歌うミシェル・ウィリス、レコーディング・エンジニアを務めたアンドレアス・K・メイヤー

左から上原ひろみ、「ペンデュラム」を歌うミシェル・ウィリス、レコーディング・エンジニアを務めたアンドレアス・K・メイヤー

──上原さんから、アンドレアスさんに対してはサウンドについてどんな要望を?

上原 やはりピアノの音色作りは、一番時間がかかりますね。特に初めてお仕事をする人だと、“もうちょっと音に丸みを持たせたいから、ちょっとマイクの位置を変えたい”とか。もちろんソロ・ピアノのときにはマイクの位置を変えましたし。すごくこだわって、時間をかけました。ピアノの音は、自分が一番ジャッジしやすいので、それはまず絶対的な要素として念頭に置いています。各パートの一つ一つの音色に関しては、メンバーが納得するマイキングもあるので、彼らが考える音色を大事にしたいと考えています。

──マイクのチョイスはアンドレアスさんが?

上原 そうです。そこは彼の音作りを信じて、彼が一番使いやすいマイクでやってもらいました。そうしたらアンテナみたいなセットで、それをまた、すごくうれしそうに組み立てるんですよ(笑)。きっと、あれを立てられるスタジオばかりじゃないと思いますし、そのやりがいもあったのかなと。エンジニアの方が部屋を見て、その部屋を最大限に使うというのは面白いですよね。

NEUMANN U 67

ピアノの内側に向けたマイクとして、NEUMANN U 67×2本と、少し離れた位置にDPA MICROPHONES 4006A×2本を立てている

──本誌2025年3月号の『コンサート見聞録』では、2024年12月19日のHiromi’s Sonicwonder すみだトリフォニーホール公演を取り上げています。その際、PAエンジニアの山内俊治さんに聞いたのですが、ジーンさんは山内さんに“バンドとなじむような低音にしてほしい“とお願いしたそうですね。

上原 なじむのはもちろん、それぞれの楽器がちゃんと個として立っていないといけないんです。ただ、みんな総じて、ブンブンしたのが好きじゃないっていうのはありますね。大きな会場で、大規模なスピーカーになると、割とブンブンすることが多いので。バスドラをバンッて踏んだだけで、“オー!ノーノー!”みたいなのは結構あります(笑)。ベースも含め、そういう低音誇張があまり好きじゃないというのはメンバーで共通しています。

──ライブではNEUMANN KM 84など、自身で持ち込んだマイクをピアノに立てているのですよね?

上原 はい。マイケルがKM 84を薦めてくれました。記事ではサイモン・フィリップスの影響かなと書かれていましたが(笑)。

──それは失礼いたしました……!

上原 大事にメンテしながらいつも使ってます。とても良いマイクで、ピアノの持つ温かみを……特に私はピアノをパーカッシブに弾くこともあるので、硬質な音色が立ってしまうと、耳に痛い感じの音になってしまう。生音の温かみとか優しさがなかなか伝わりにくい中、KM 84はちゃんと伝えてくれます。マイクを持ち運ぶようになったのは、サイモンの影響です。2011年からサイモンとツアーを回るようになったのですが、彼はドラムのマイクをいつも持ち歩いているんです。そのときに、自分が良いと思う音色をちゃんと体現してくれるマイクを、自分も持ち歩けばいいんだってことに気づいて。サイモンとアンソニー(・ジャクソン)と回っていると、音作りが本当に難しいんです。あの大きなドラムとやり合わなきゃいけないわけなので、マイクは持ち歩こうと決めて、当時マイケルに相談しました。なので、記事の半分は合っていますね(笑)。

ELECTRO-VOICE RE-20、SHURE SM57

ドラム・セット。キックにELECTRO-VOICE RE-20、スネアのトップにSHURE SM57、ハイハットにAKG C 451 E、タムにSHURE SM81、アンビエンスにAKG C414 EBなどのマイクがセットされている

──シンセはライブでも愛用するNORD Nord Lead A1をレコーディングでも使われていますよね。シンセのレコーディングについてはどのようなやり取りをしましたか?

上原 スタジオだと、ピッチ・ベンドを使ってメロディを弾いたときのトランペットとの混ざり具合や、ピッチ・ベンドを使いすぎているんじゃないかとか、録音した後にプレイバックを客観的に聴いてみて分かることが結構あって“ちょっと不協和音に聴こえちゃうね”といった話をしています。ライブだとテンションも上がっていますし、刹那なので気にならないのですが、スタジオの環境で聴くと、微妙なピッチの違いとかが全部気になってくるんです。

──Nord Lead A1を長く使われていますが、どういった点に魅力を感じていますか?

上原 仕様が自分に慣れているっていうのもありますが、音色もすごく好きです。あと、とにかくピッチ・ベンドの素材感、扱いやすさは世界一だと思っています。

──シンセと言えば、前作の「Sonicwonderland」のイントロで、アシッド・ハウス的なフレーズを弾いていることに驚きました。

上原 テクノは好きです。テクノって言っていいのか分からないですが、スクエアプッシャーやエイフェックス・ツインはよく聴いています。スクエアプッシャーの『Music For Robots』が好きなのですが、ロボットが音楽を弾けたらみたいなテーマで、悲しくて良いんですよね。クラフトワークやフォー・テットも聴くし、エレクトロではないけど最近はレイ(RAYE)もすごく好きです。雑食でいろいろ聴いていますが、別に影響を受けようとかそういうことではなくて。単にいち音楽ファンとして、いろんなものを聴くのが好きなんです。

トランペットのレコーディング・ブース

トランペットのレコーディング・ブース。中央の黒いマイクはAEA Nuvo N8で、専用のステレオ・キットに装着している

組曲の一体感

──昨年のツアーでも披露していた「Yes! Ramen!!」がとても印象に残っています。この曲はどのように作っていったのでしょうか?

上原 まずはメロディが浮かんで、そこからいろんなラーメン屋さんをはしごしていくイメージです。いろんなところに“新店現る”みたいな感じや、店主のラーメンを作ってるときの眼差しや湯気(笑)。いろんなものを思い浮かべながら、それを音にしていきました。自分の中でラーメン屋さんの1本のドキュメンタリー映画があって、そこに音楽をつけているようなイメージですね(笑)。

──ツアー先でも新たなラーメンの開拓を?

上原 はい、食べています。メンバーも本当にラーメンが大好きで、特にアダムとジーンは、もうラーメン屋さんに行きすぎじゃないかと思うくらい行きます。“すごくラーメンが好きだから、この曲を書いて一緒に演奏したいと思った”という話は彼らにもしていて。最初、“アドリアンはあまりラーメン食べないからこの曲ではソロなくていいよね?”と言ったのですが“そんなことないよ! 食べるよ!”って(笑)。“そっか。じゃあ、ベースもソロありで”みたいな会話もありました(笑)。

──「OUT THERE」は、4部構成の組曲で、合計で30分ほどとなっています。最初から組曲として作っていたのでしょうか?

上原 そうですね。組曲を作るのも、演奏するのも好きです。1曲目のエレメントをちょっと4曲目に入れたりとか、そういったつながりを作って構築していく作業がすごく好きで。ライブで演奏するときに、30分以上の曲を休憩なしでやるのは、演者もリスナーも非常に集中力と体力を使う。そこを一緒に駆け抜けたときに生まれる、何とも言えない一体感が本当に好きで。単曲の演奏では生まれない何かがあるんですよ。

──組曲ならではの体験があると。

上原 一番近いイメージだと、『フォレスト・ガンプ/一期一会』の最後に全員で走っているシーンで、4曲目の「OUT THERE: ザ・クエスト」の最後はあんなふうに、みんなが知らないうちに一緒に走って応援するみたいな。別にフォレストは、“一緒に走ろう”と一言も言わないし、ただ一生懸命走っている人を見て、いつの間にかどんどん伴走者が増えていく。ああいう印象を、組曲を演奏しているとすごく感じます。終わったときにお客さんからも、“私たち、よくやった!”というのを感じるんですね。みんなで手を取り合って、ハイタッチして、“いや〜、やり切ったね”という雰囲気がとても好きで(笑)。だから、組曲は数年に一度書いてしまいます。

──ライブでもぜひ聴いてみたいです。

上原 最後のジーンのドラム・ソロが終わって、私はメロディに戻るのですが、みんなが “終わった〜”ってゴール・テープを切ったかと思いきや、またそこからもうひと山が来る。あそこが一番好きです。“まだあるよ!”みたいな(笑)。あそこは海外だとお客さんのテンションがマックスになって、自然に拍手が起きる瞬間でもあります。

メンバーの音がきちんと聴こえるように

──今作のミックスとマスタリングは、ミック沢口さんが手掛けています。

上原 ミックさんは、ザ・ピアノ・クインテットのアルバム『Silver Lining Suite』で初めてご一緒しました。コロナ禍のレコーディングで、マイケルはアメリカにいて来られない。海外に渡航もできない中、“日本で誰か信頼しているエンジニアはいる?”とマイケルに聞いて、紹介してもらいました。Studio Tantaでの録音のときに、壁に反響したピアノの音が一番良いからと、壁を意識したマイキングをされていたのがすごく印象的でした。

──今回、沢口さんにミックスを依頼したのはどうしてでしょうか?

上原 ミックスするタイミングのときに日本にいたので、その場で一緒にやり取りできる人がいいなと思ってお願いしました。ミックスを頼んで、それを自宅で聴いて、また戻してというよりも、その場で一緒にやり取りするのが一番早いですから。

──ミックスを行う中では、どういった話をしていましたか?

上原 メンバーのプレイがきちんと聴こえるようにすること。それは、一番大事にしていましたね。

Release

『OUT THERE』
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder

Telarc/ユニバーサル

Musician:上原ひろみ(p、k)、アドリアン・フェロー(b)、ジーン・コイ(ds)、アダム・オファリル(tp)、ミシェル・ウィリス(vo)
Producer: 上原ひろみ
Engineer:アンドレアス・K・メイヤー、ミック沢口
Studio:パワー・ステーション・アット・バークリーNYC

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