言自分たちが今表現できる最大限のことを
アルバムに込めることができました
2011年に結成され、ジャズ、ネオソウル、AORなどをベースに、6人のメンバーの個性が融合したポップ・ミュージックを聴かせるバンドEmerald。結成以来コンスタントに作品を発売し続け、ライブ活動も精力的に行ってきた彼らだが、新作『Neo Oriented』は実に7年ぶりのアルバムとなった。全11曲のトラックは、“多彩な”という言葉だけでは表現しきれないほど緻密で、相当なこだわりを感じる作品となっている。その制作過程について、磯野好孝(g)、藤井智之(b、cho)、藤井健司(prog、syn)の3名に話を聞いた。
7年間の遍歴が色濃く入っています
──アルバムとしては7年ぶりとなりますが、どのように制作は進められたのでしょうか?
磯野 2017年発売の2ndアルバム『Pavlov City』のリリース・イベントをbonobosとツーマンでやったのですが、そのときのイベント・タイトルが“Neo Oriented”だったんです。その後、僕らの音楽は割とポップス色を強めた形でミニ・アルバム『On Your Mind』もリリースし、さらに配信シングルもコンスタントに出していったんですけど、そろそろ3rdアルバムを出そうというタイミングで、藤井(智之)が“Neo Oriented”というテーマで制作をしたいと提案してきたんですよね。そうやってコンセプトを決めて作品を作ろうとなったのは今回が初めてだったんです。。
藤井(智) 実は“Neo Oriented”はダブル・ミーニングで、“Neo”は新しいという意味ですが、“Orient”は指向という意味と“Oriental”=東洋という意味も持たせたいという思いがあったんです。つまり日本人が作る新しい指向の音楽というのを提示したかった。『Pavlov City』のときも似たような考えを持っていたんですけど、そのリリース・ライブで“Neo Oriented”というタイトルを付けたときから、次作のタイトルはこれだなと思っていました。
──今作は全11曲で、音楽性やサウンド、演奏面などのバリエーションが豊かですが、アルバム楽曲の方向性は、どのように決めていったのでしょうか?
磯野 最初に、アルバム・タイトルからインスピレーションを受けて作った参考曲のプレイリストを全員が持ち寄ったんです。また、外部のクリエイティブ・サポートとして、NiEWの柏井万作さんにも入ってもらい、アドバイスをもらいつつ、彼にもプレイリストを作ってもらいました。合計7名のプレイリストを藤井(智)がまとめて、アルバムの流れや楽曲の方向性を決めていったんです。
藤井(智) この7年の間に出してきた配信シングルは、試行錯誤しながらいろいろなジャンルを作ってきましたし、初めからアルバムに内包する予定でした。『Neo Oriented』には、7年間の遍歴で培ってきたさまざまなものが色濃く入れられたと思います。
──では、今回のリード曲「ストレンジバード」はどのように完成に至ったのでしょうか? こちらは藤井(智)さんの作曲ですね。
藤井(智) この曲は、ちょっと踊れる感じを出しつつ、コード進行は分かりやすくブラック・ミュージックの要素も含ませた楽曲にしたいと思って作りました。そのデモに対して、まずは中野(陽介)にメロを乗せてもらい、それがキャッチーで耳なじみの良いフレーズだったので採用となったんです。ただ、トラック的にはちょっとイマイチかなという状況がしばらく続いて……。そこでドラムの高木(陽)が登場して、アレンジャーとしてトラックをいじってくれて、今の原型が出来上がりました。だから作曲は僕ですが、高木のアレンジ要素もかなり入っているし、そのあとに中村(龍人)のキーボード、磯野のギター、藤井(健)のシンセなどが加わって完成したという流れでした。
藤井(健) 僕のパートは20trくらいで、トークボックスはMXR M222 TalkBoxを使って自宅で収録しました。効果音系は、ABLETON Live付属シンセのAnalogを使って音を加工して作っているんです。さらにVALHALLA DSP Valhalla SuperMassiveを挿して空間系の音作りをしました。パッド系の音は、高木くんがアレンジで入れていたシンセにLiveのAuto FilterやTremolo、Valhalla SuperMassiveを使ってアクセントを加えたり。Spliceも活用していますが、オリジナルのアプローチを考えて、サンプルをLiveのSimplerに入れて弾いてみるとか、さまざまな処理をして鳴らしました。そういうことをほかの楽曲でもやっているんですが、音のバリエーションも広くなり、楽曲としての統一感も出せたかなと思います。
──一つ一つの音色に対してさまざまな加工を施しているわけですね。
藤井(健) そうですね。昔はシンセの音にしても、“いかに良い音色を探せるか?”みたいなところが自分の役割だと思っていたんですけど、今作では“いかに加工して楽曲にはめ込んでいくか”というフェーズに変わっていきました。シンセ系はARTURIA V Collection Xを使っているんですけど、そのまま使うことはほとんどなくて、DAWに再サンプリングして、カットしたりエフェクトを通したりEQしたり、いろんな加工を施しています。
11曲並べて1枚の完成形を目指した
──各曲のドラム・パートに関しては、磯野さんが打ち込んで作っているそうですね。
磯野 PRESONUS Studio Oneで原型を打ち込んでいます。とはいえ、今回は特にドラム・サウンドがキーになっているので、7曲はドラムとベースをスタジオで録音しました。バンドとしてサウンドを作るにあたって、やっぱりレコーディングしたいなと。もちろん打ち込みによる音の存在感や音のかぶりがなく作れるというメリットもあるので、そちらを選択した曲もあります。でもドラムの音作りに関してはエンジニアの山下(大輔)さんもいろいろな工夫をしてくれて、高木も録音用に機材を変えていますし、その作業をしただけの効果があり、作品の質もアップしたと思いますね。
藤井(智) 過去の作品と比べても、一つ一つの音像がクリアに聴こえるし、ベースも生のドラムと録音したほうがグルーヴしていてキレも良かったので、やっぱり宅録とは違うんだなと思いました(笑)。
──磯野さんの自宅録音の環境は?
磯野 最初のころはボーカル用のマイクプリにラインでギターを入れて、プラグインのIK MULTIMEDIA AmpliTube 5を使っていたんですけど、藤井兄弟からのトーンに対しての評判が悪くて(笑)。演奏方法や機材などをいろいろと調べていたら、中村からUNIVERSAL AUDIO Dream '65 Reverb Amplifierを薦められたんです。試してみたらスタジオでアンプを鳴らしている音にかなり近くて、理想の音が作れたので、それを導入してからかなりやりやすくなりましたね。
──ボーカルのレコーディングはどのように?
磯野 陽介さんが家で録音しました。マイクについては柏井万作さん経由でエンジニアの柏井日向さんにアドバイスをもらい、陽介さんに合うモデルとしてMANLEY Reference Cardioidをオススメしてくれたんです。実際に録ってみたら、すごく歌のテイクが良かった。そういった環境の変化も良い影響を与えていたと思います。
──ミックスに関して、山下さんとはどのようなやり取りをしましたか?
藤井(智) 全部オンラインでのチェックだったんですけど、基本的には上がってきたミックスに対して僕と兄(藤井健司)で確認して、気になる部分の修正リクエストを出すというやり方でした。もちろんメンバーからの意見もあればそれも伝えて。山下さんは僕らのPAエンジニアもずっとやってくれているので、Emeraldがどういうことを表現したいかというのをうまく咀嚼(そしゃく)してアウトプットしてくれたと思います。あと、今回はフィジカルでも出すので、マスタリングもエンジニアに頼んで立ち会いで確認しました。曲順や曲間まで常に意識して作っていて、山下さんにもフェード・アウトのタイミングを細かく指示したりもしましたね。11曲並べて1枚の作品としての完成形を目指したので、今回マスタリングをしっかりできたのは本当に良かったです。
──隅々までこだわりを感じる作品ですね。最後に読者へメッセージをお願いします。
藤井(智) 自分たちが今表現できる最大限のことをアルバムに込めることができたし、聴く人によっていろんな受け取り方ができる作品になったと思います。ぜひいろいろ想像しながら楽しんでもらいたいですね。
磯野 今回実感したのは、いろんな人から情報を集めることによって質が上がるということなんです。前作から7年間で僕らが集めたさまざまな情報やスキルアップも含めて、表現するレベルも1段アップできたと思います。ぜひサンレコ読者も情報収集をすることで作品作りの質を上げていってほしいです。
藤井(健) 使っている機材やソフトウェアは特殊なものではなくて、読者のみなさんが使っているものとなんら変わりないと思うんです。それをいかに工夫して、自分たちの理想の音でアウトプットするかという筋トレのような日々で随分鍛えられました(笑)。今あるものを使いこなすことで変わる世界はあるというのを、僕らの作品を聴いて知ってもらえたらうれしいです。
Release
『Neo Oriented』
Emerald
Maypril Records(2024年8月28日発売)
Musician:中野陽介(vo、g)、磯野好孝(g)、藤井智之(b)、中村龍人(k)、高木陽(ds)、藤井健司(syn、prog)、えつこ(cho/DADARAY、katyusha)、yuthke(g/TAMTAM)
Producer:表記無し
Engineer:山下大輔
Studio:TUPPENCE STUDIO