ベテランって言われるのは嫌なので
いつまでも若々しくDEENの新たな一面を
感じてもらえるように攻めました
デビュー曲「このまま君だけを奪い去りたい」がミリオン・ヒットを記録したロック・バンド、DEENがデビュー32周年を迎えて、通算22枚目のオリジナル・アルバム『ROCK ON!』を発売した。“バンド史上最高にHOTで、最も攻撃的な傑作”と掲げて、今までのバラエティ豊かな作品編成と違い、DEEN'sロックを全面に押し出した一作。長いキャリアを誇る彼らが、また新たな一面を見せたアルバムとなっている。今回はメンバーの池森秀一(vo)と山根公路(k)へのインタビューに加え、エンジニアの長谷川裕之を交えた鼎談も実施。さらに、池森のプライベート・スタジオと所属事務所GOOD-DAY所有のTAKE OFF studioも紹介する。DEENのサウンド・メイキングの全貌に迫っていこう。
侑音(Guitarist/Composer/Arranger)
【Profile】ギタリストとしては舞台『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』での演奏や、Dリーグ LIFULL ALT-RHYTHM、Aisha、そのほかテレビ番組などで多数のアーティストをサポート。作曲家としては大手釣具メーカーDAIWAのテレビ/Web CM、声優・原由実などへ楽曲を提供している。2017年からは池森がプロデュースするアーティストへの楽曲提供/編曲を行う。DEENでは2018年にリリースした『Aloha』から毎作品、編曲やギターで参加。最新作のロック楽曲からAORやシティポップ、ピアノやストリングスの繊細なバラードまで、多彩なアレンジでDEENの音楽の幅を広げている
長谷川裕之(Engineer)
【Profile】ウーロビートや烏龍舎東麻布スタジオでキャリアを積み、2003年にGOOD-DAYへ入社。藍坊主やSAKANAMON、東京カランコロン、phatmans after school、マカロニえんぴつなどのエンジニアリングを担当し、2019年に発売した『ミライからの光』よりDEENのレコーディングやミックスに携わることになった。今作では「EAGLES STRIKE」「EXTREME JOURNEY」「KISSの行方」「DOOR」「ROSES」のミックスを担当
前編はこちらから
バリエーションをつけることに意識した
──侑音さんにはどういうふうにアレンジをリクエストしましたか?
山根 雰囲気が分かるように、リファレンスとなる作品を提示しています。特に今回はロックだから、勢いがあるようなアレンジにしてほしいとか、スローになっちゃったりするのはなしにしてほしいとか。
池森 山根がロックを通ってきたので、僕は今回ノータッチですね。山根のアイディアを侑音なりに消化して、フィルターを通した感じで作りました。本当に見事でしたよ。毎回アレンジが上がってくるのが楽しみなんです。
山根 侑音は自分と15歳くらい離れていて、“こんな有名な曲を知らないの?”っていうこともあります。彼としても新鮮だったでしょうし、こちらも刺激になりましたね。逆に曲を知りすぎていると変えづらかったり、似たものになったりするので、我々とは違った音楽ルーツでアプローチしてもらったほうがいいんです。
──侑音さんの制作環境や使用ソフトは分かりますか?
池森 確かAVID Pro Toolsを使っていたけど……ちょっと聞いてみましょうか?(ここで池森が侑音に電話をかける)。ドラム音源はFXPANSION BFD3で、ベースはNATIVE INSTRUMENTS Kompleteから、シンセはSLATE DIGITAL ANA 2だそうです。
山根 侑音はすごく作り込むタイプなので、ドラムの打ち込みが“どこでこんな方法を覚えたんだ”ってくらい細かいです。普通はちょっと簡単に打ち込んでいたものに対して、ドラマーが自分の味を出すじゃないですか。でも侑音は完璧に作ってくるんで、“勘弁してくださいよ”ってドラマーがよく言っています(笑)。
池森 本当にプログラミングの能力が半端ない。すごく上手。好きだから、どうせかかる時間は一緒だってついついやっちゃうらしいです(笑)。
山根 アレンジのバリエーションが増えすぎてしまったら、もうちょっと単純にしてもいいよというふうに折り合いを付けていました。彼なりに雰囲気まで表現したほうがいいと思ってやったんじゃないかな。
池森 きっとそうですよね。アレンジのクオリティが本当に高い。
──ハイクオリティのアレンジがある中で、山根さんがデモ作りで意識した点を詳しく伺えますか?
山根 似た印象で聴こえないようにテンポを変えたり跳ねさせたり、バラード曲「ROSES」を入れたり、「DOOR」みたいにイギリスっぽい曲を入れたり、バリエーション付けを意識しましたね。それとJポップは1小節ごとにコードが変わる曲が多いですが、ロックはAメロがずっと同じコードであることが多い。あんまりこねくり回しちゃうとロック感がなくなるので、もうちょっとガンガンいけるリフを作って、その上で飽きさせたくもないから、展開をどんどん変えていくように意識しつつ、ほとんどの曲は約3分半に収めるようにしています。
池森 ボーカル面でいうと、“ためるのは絶対禁止”と決めて、ロックの姿勢で臨みました。クリックに対してもぴったりで、オンビートで歌うのを心がけました。やっぱりロックは歌が後ろにあると似合わないと思いますし、ためると下手に聴こえるから、そこは徹底していますね。それに力強くないと駄目なので、とにかく癖を付けずに、腹圧をかけて歌うようにしました。
良い機材と出会いときめいた
──ここからはエンジニアの長谷川さんを交えて鼎談になります。レコーディングはいつもどういうふうに行われていますか?
池森 基本的なところはもう何十年間ずっと一緒ですね。今は山根がデモを作って、これでいきましょうとなったら、僕はパラのデータをもらって、山根の仮歌から自分の歌声に録り直します。そのデータを元に侑音がアレンジして、フルサイズが決まったら、リズム隊がスタジオで本チャンを録って、長谷川がミックスするという流れですね。バンドで集まって、こねくり回すのはもう遥かに昔のこと(笑)。
──池森さんはご自宅にも録音環境を用意していると聞いていますが、今作のボーカル録音もすべてご自宅で?
池森 基本的には自宅で、「KISSの行方」だけはTAKE OFF studioで録りました。マイクは、デビューのときから使い続けてきたSANKEN CU-44XⅡで、あとはほとんどDPA MICROPHONES 2028です。2028はライブでもワイヤレス・マイクのカプセルとして使っていて、すごく僕の声に合っている。CU-44XⅡにも似ているところがあるんですよ。フラットっていうか、癖のない……僕はそういうマイクが合っているのでしょうね。ただ今回はロックだし、広がりは要らないような気がして。自分の声を最もストレートに録れる2028をメインで使いました。高域が多少狭くなる分太く捉えてくれる。ミックスもやりやすいんじゃないかと思います。
長谷川 もともと池森さんのボーカルは、ミックスで高域を持ち上げることはあまりしないんです。キラキラというよりも力強い成分があって、特に今回はオケよりも前に出る歌声だなっていう印象がありました。歌い方を変えたからなのか、機材好きな方だから何か新しいものを導入したのかな?と、これまでとの違いは感じていました。
池森 これまでにもいろんな高級マイクを散々試したし、何となく“レコーディングはこの機材じゃなきゃだめ”とかあったんですが、最近はもう全然(笑)。
山根 ベテランだね(笑)。
池森 本当に、自分に合ったものを見つけられてよかったと思います。そういえば最近、簡易防音ブースのVERY-Q VQP960 Short Booth Setを自宅に導入しました。
長谷川 今までは部屋鳴りが少し入っていたから、それで録り音が良くなったのかもしれないですね。
池森 あとは「ROSES」はAMS NEVEのオーディオ・インターフェース88Mを使いました。超NEVEだった!とにかくSN比が良すぎて。今の時代って、コンパクトだけどこんなに分厚い音が出せるものがあるんだなと思いましたね。マイクを直でつないで、UNIVERSAL AUDIO 1176LNをインサートすることで、1176の個性もすごく表現されたような気がしました。太すぎるかな?ってくらい太かった。
──新しい機材もいろいろと試されるんですね。
池森 アルバム制作期間に、何となくいろんな機材を試したい気持ちになりますね。デモ機を借りて録ってみてやっぱ違うとか、今回の88Mみたいな良い機材と出会ったりとか。久しぶりにときめきました。
各曲のテーマは明確にある
──山根さんはコーラスを録る際に何かこだわりありますか?
山根 僕はエンジニアと一対一で作業して、録ってすぐ聴かせてもらい、良くなければもう一回やるというスタイルです。CELEMONY Melodyneとかはできれば使いたくなくて。ピッチがバラけていると、その場でコーラスの積みが奇麗かどうか分からないですから。
池森 聴いてもらえば分かると思うけど、コーラス・アレンジも本当に素晴らしいですよ。
──長谷川さんがミックスした曲の中で、特にこだわった曲はありますか?
長谷川 今作でミックスした中では「EAGLES STRIKE」です。でも、割と作り込んだ後で、池森さんからラフ・ミックスのほうがいいって言われました(笑)。最初に取り組んだので、自分の中でイメージを膨らましすぎて、妙にこだわっちゃったかもしれませんね。力を抜いてもう一度聴いたら、確かにラフ・ミックスのほうがスピード感があると思いました。
池森 ラフを聴かず、いきなり本チャンを聴いたらそれが良いと思ったかもしれませんが、ラフのほうがロックでいいじゃんって(笑)。長谷川は本当に良い音を作るから、自信を持って感じたことを言えますね。
──ギターのひずみ具合や、ロックのダイナミックさが音圧として表れている一方、ベースのフレーズの動きまでもよく分かる、繊細さも兼ねたミックスだと感じました。担当した楽曲のレコーディングも長谷川さんがエンジニアをされているということですが、録りの段階ではどのような配慮をしましたか?
長谷川 ドラム録りで肝になったマイクは、ROYER LABSのリボン・マイクR-121です。ブースはそれほど広くないのですが、良い意味でロックらしくドタバタさせたかったところもあったので、R-121でルームを録って、同時にAKG C414B-ULSも立ててひずみを加えて肉付けしましたね。ジョン・ボーナムとかを好きで聴いてきたので、そのドラムが耳に残っていますし、昔お世話になったエンジニアがひずませるのが大好きな方で、その影響もありました。方法をまねして、今作に合ったひずみを加えられるよう調整していきましたね。ギターに関しては、侑音さんが既に音を作り込んでいるので、アグレッシブさを引き出すイメージで、SSLコンソール系のプラグインでEQ調整したり、コンプレッションが必要かどうかを判断しながら作っていきました。
──最後に、今作のここを聴いてほしいというポイントを教えてください。
池森 「SHE'S THE QUEEN」はすごく勢いのある曲で、最後の“I was born to love you.”はクイーンをほうふつさせるコーラス・ワークになっています。「ROLLING LOVE」の“Don't you Don't you”の遊び心のある歌詞や、「DOOR」はアコギでロックしていたり……各曲フックになっているところやテーマは明確にあるので、そこを聴いてほしいですね。
山根 まさにそう。自分の中でよくできたと思うのは、似たような曲がないところですね。いろいろなレパートリーをみんなに聴いていただきたいです。
池森 DEENの新たな一面を感じてもらえるといいですね。ベテランって言われるのは嫌なので、いつまでも若々しくやっていきたいと思い今回は攻めました。
長谷川 長いキャリアがあるのにこんなにバラエティさがあるバンドはなかなかいないと思います。まだまだ活躍していただきたいですね。
Release
『ROCK ON!』
DEEN
(ソニー・ミュージックレーベルズ/EPICレコードジャパン)
Musician:池森秀一(vo)、山根公路(k)、北村望(ds)、石田純(b)、侑音(g)、Atsuki from FIREHO
RNS(tp/❶ ❿)、Tocchi from FIRE HORNS(tb/❶ ❿)、ヒロムーチョ(sax/❶ ❻ ❼ ❿)、古賀淳史(sax/⓫)
Producer:DEEN
Engineer:長谷川裕之、寺田俊介、稲垣祥一郎
Studio:プライベート、TAKE OFF studio