【会員限定】ザ・ウィークエンドやリアーナらを手掛けるプロデューサー、サーカットのサウンド・メイキングに迫る

サーカット

ポップスやヒップホップ/R&Bのプロデューサーとして数々のヒット曲を手掛けるサーカット。ザ・ウィークエンド『スターボーイ』にて2018年にグラミーを受賞。そのほかにもリアーナ、サム・スミス、カニエ・ウエスト、ブリトニー・スピアーズ、ジョングクなどの楽曲に携わってきた。最近だと2024年のブレイク・アーティストとなったチャーリーxcx『ブラット』にもその名を連ねており、まさにポップスのトレンドの中核を担う人気プロデューサーである。その彼の手腕や制作の手法について迫った。

ヒップホップ由来のハードなドラム

 21世紀のポップ・ミュージック・シーンをリードし、変革を与え続けてきたプロデューサーたちの名前を挙げるならばマックス・マーティン、ドクター・ルーク、グレッグ・カースティンといった面々が出てくるだろうが、サーカットもその一員なのは間違いない。彼は自身の音楽性についてこう説明する。 

「僕の音楽の特徴を説明すると、まずヒップホップ由来のハードなドラム・サウンドがトレードマークの一つです。バブルガム・ポップ(ティーンエイジャー向けの明るく軽めのポップス)だとしても、ドラムにはパンチを効かせて目の前に迫る感じを出し、少しだけダーティな雰囲気を持たせています。次はポップスからの影響ですが、ボーカルはブライトで良い雰囲気に仕上げます。この2つは僕のサウンドにとって不可欠な存在です」

 サーカットことヘンリー・ウォルターはカナダ・ノバアスコシアの州都ハリファックス出身。ヒップホップに親しみながら育った。 

 「僕はこれまでにいろんなジャンルの音楽からインスピレーションを得ています。ダフト・パンクやジャスティスのようなエレクトロニック・ミュージックと、DJプレミアやピート・ロック、RZAといったヒップホップが僕にとって大きな影響源です。あとはMGMTのようなインディー・ロック、あるいは1970年代のソウルやファンク、ニューウェーブですね。こういった自分の好きな音楽のテイストを作品に注ぎ込んでいます。自分が聴き慣れている懐かしい音楽を追求しながらも、どこか新しいサウンドとして聴こえるようにしています」

サーカット

ポップスの巨人との巡り合い

 サーカットは14歳の頃にDJを始めてから、スクラッチをしたりビートを作ったりするようになった。そこで身につけたヒップホップのフィールは現在の彼のサウンドからも感じ取ることができる。その後専門学校でサーカットはエンジニアリングも学んでいるが、在学中の出来事がその後の彼の道を決定づける足がかりになった。

 「在学中にインターンでMstrkrft(デス・フロム・アバブのメンバーとGirlsareshotの元メンバーが結成したエレクトロ・デュオ)のアル・Pのところに行きました。そこで彼らの弁護士クリス・タイラーとのつながりができました。彼はカナダの音楽レーベルに顔が利いたので、僕のビートを収録したCDを彼に渡して、業界のプロデューサーたちに配ってもらったんです。それがたまたまブリトニー・スピアーズと一緒にスタジオに入っていたプロデューサーのニコール・モリアのもとに届き、CDに入れていた僕のビートを元にスピアーズの「Mmm Papi」が生まれました。このおかげで自分のキャリアの扉が一気に開きました」

 「Mmm Papi」を収録したスピアーズの6作目となる『サーカス』(2008年)は全米1位を獲得する。この頃からサーカットは裏方で働くほうが楽しいことに気が付き、Let’s Go To Warのメンバーだったエイドリアン・ゴフと共にThe Dream Machineというプロダクション・デュオを結成。彼らは当時無名だったトロント出身のアーティスト、ザ・ウィークエンドの「High For This」を制作。この曲は彼にとって初のミックステープ『House of Balloons』(2011年)の人気曲になった。

 その後、サーカットは著名なプロデューサーであるドクター・ルークとマックス・マーティンと共にブリトニー・スピアーズの「シール・イット・ウィズ・ア・キス」、ケイティー・ペリーの「パート・オブ・ミー」を制作した。特に後者は彼にとってターニング・ポイントとなった。

 「ケイティー・ペリーの制作に関わったことで、僕はポップスの世界への入口に立つことができました。しかもいきなりポップス界の巨人、ドクター・ルークとマックス・マーティンと一緒にやることになったんですから。僕が参加した時点で曲は既に出来上がっていましたが、かなりインディー・ポップ寄りのサウンドでした。そこでヒップホップの経験を生かして、ドラムとベースをもっとハードにすることで自分らしさを打ち出したんです。この制作以降、こういったサウンドを求められる機会が増えました」

 ペリーの「パート・オブ・ミー」をきっかけにサーカットは知名度は急激に上がった。ペリーでの経験を買われ、ドクター・ルークの右腕としてジェシー・J、フロー・ライダー、リアーナ、T-ペイン、ニッキー・ミナージュ、ワン・ダイレクション、ケシャなど多くの著名アーティストの作品に共同プロデューサー、共同作曲者として参加するようになる。

 2016年発売のザ・ウィークエンドの『スターボーイ』にて、彼はファンであったダフト・パンクと共にプロデュースを行った。「スターボーイ」と「アイ・フィール・イット・カミング」はもともとウィークエンドとダフト・パンクがフランスで制作した楽曲で、サーカットはダフト・パンクから曲のデータを託され、彼のやり方で手を加えた。

 「例えば「スターボーイ」で聴けるROLAND TR-808のサウンドは、最初はサビのメインの単音としてずっと鳴っていたので、コードのルート音を追うようにしてサビの印象を変化させました。「アイ・フィール・イット・カミング」では、打ち込みのドラムのトラックを減らしたのと、もともとのサステインが長いベースは動きが必要だと思って、ダフト・パンクの「ボイジャー」っぽいローパス・フィルターをかけてレゾナンスを効かせたベースが良いと思い、打ち込み直しました。彼らと一緒に作業ができたのは素晴らしい経験でした。曲が完成した日にダフト・パンクのトーマ・バンガルテルがLAに来て、“君のアレンジは良いね”と言ってくれて、それが何よりもうれしかったです」

サーカット

コラボレーションしやすいセットアップ

 サーカットの現在の活動拠点は数年前にLAに造ったプライベート・スタジオだ。たくさんのシンセサイザーやリズム・マシン、ギターやエフェクターといった、作曲や音作りのための機材が多くそろっている。裏方というよりアーティストのスタジオという印象もあるが、その理由をサーカットは「コラボレーションしやすい最適なセットアップにしているから」と説明する。スタジオのメイン・スペースはセッションを想定してゆとりのある広さで、多くの楽器と作曲を補助する機材を設置。そのほかボーカル・ブースも併設されていた。

 「ギターをさっと構えて素晴らしいコードとメロディを奏でるミュージシャンとのコラボは大好きですね。僕にはそういうやり方はできませんが、その代わりに僕が長けているのは、聴こえてくる音を正しいセンスで捉えて枠組みに落とし込むこと。そして、最終的にどういうサウンドにするべきかを自分の信念に基づいて解釈することです。1人で曲を作るよりもいろんな人とコラボする方がベストだと思っています。みんなそれぞれに得意分野があり、それぞれがベストを尽くせたときに魔法が生まれるんですよ」

 メイン・ルームにはたくさんのビンテージのシンセサイザーやエフェクターなどが見られる。その理由を「今どきの制作を補完するためのエッセンス」と語る。そのため、サーカット自身は曲を作る際、最初はコンピューターだけでハードウェアは使わないそう。そんなアナログとデジタルをうまく共存させたスタジオの、メイン・ルームに設置されているモニター・スピーカーはPMC Result 6で、ここ5〜6年は使用しているという。DAWは少し前まで2つのソフトウェアを使って制作をしていた。

 「僕はエンジニアリングとプロダクションを同時に行っていて、以前はCubaseとPro Toolsを併用していました。プロダクションや打ち込みはCubaseで、ボーカル録りはPro Toolsを使うというやり方ですね。でもオーディオ・ファイルを各DAW用に書き出す作業が煩わしくて、ここ半年くらいですべてをCubaseだけで行うようになりました」

 ちなみにサーカットはCubaseとPro Toolsのそれぞれに同じプラグイン・ソフトを読み込んで使っていたという。現在の彼がCubaseでよく使うシンセ系のプラグインについて聞いてみた。

 「XFER RECORDS SerumとLENNAR DIGITAL Sylenth 1、それとSPECTRASONICS Omnisphereです。Serumは使い勝手の良いプリセットがたくさんあって、とても面白いサウンドを作り出すことができます。Sylenth 1は長年使っているので、頭の中のサウンドをとても簡単に形にできます。Omnisphereは具体的に実機のシンセ・サウンドのイメージがあるときや自分のスタジオにはないレアな楽器の音を出したいときに使うことが多いです」

 オーディオ・インターフェースはUNIVERSAL AUDIO Apollo X16が2台、FLOCK AUDIO The Patch XTを用いて、スタジオにある膨大なアナログ機材をDAWと接続している。彼はシンセやリズム・マシンだけでなく、ビンテージのアウトボードも数多く所有している。ここではその一部と歌録りのマイクについて説明してもらった。

 「EVENTIDE H3000とROLAND Dimension Dは素晴らしいコーラスです。プリアンプはAMS NEVE 1073LBとAPI 3124が4台ずつあります。ボーカル録りにはCHANDLER LIMITED TG-2とTUBE-TECH CL 1Bの組み合わせがとても良いです。歌はボーカル・ブースで8割くらいは録りますね。時にはメイン・ルームでスピーカーを鳴らしながらSHURE SM7Bを使ってラフに録るのを好むアーティストもいます。プレッシャーを感じずにアイディアを詰めたいこともありますからね。メインで使っているのはリイシュー版のTELEFUNKEN Ela M 251です。これで録って良くなかったことがないくらい、素晴らしいクオリティで録れます。SONY C-800Gはラッパーとか特定のシンガーに人気がありますね」

実機はインスピレーションにつながる

 続いてメイン・ルームのシンセサイザー類は、ビンテージの定番と呼ばれるモデルを所有する。また、セッションをする際にも重宝するというエフェクトとその使い方についても教えてもらった。

 「ROLAND Jupiter 8、Juno-106、OBERHEIM OB-8ですね。それとSEQUENTIAL Prophet-5とモノフォニック版のPro-Oneを持っていて、Pro-Oneはほかとはちょっと違ったウォームなサウンドで、ベースやリードにとても良いです。エフェクトで気に入っているのはROLAND RE-201 Space Echoです。例えばエレクトロなサウンドが少なめの曲で、よりオーガニックなイメージのサウンドが欲しいときはこの機材の出番です。そのほかにも、ペダル・タイプのエフェクターもよく使います。実機を使えばその場で即座にサウンドを変えながらセッションできるので、それがインスピレーションにつながります。ペダルを通して録った素材をカットしたり加工して使います」

 サーカットにとって実機を演奏することがインスピレーションの宝庫になる。そしてアナログ機材を通すことで生まれるメリットをこう説明する。

 「ハードウェアは、そのサウンドはもちろんのこと、実際に手で触れて使うという過程も同じくらい魅力的です。なぜならアナログ回路を通すことで生まれる意味というものが確実にあるからです。例えば、ピッチがちょっと揺れたり、もしくはボイスが1つだけずれたり、そうしたアクシデントが不思議なことにリアルさにつながります。そういうわずかな違いでも多くのトラックを積み重ねていくと、大きな違いになります」

マスター・バスでの処理に頼り過ぎない

 続いて、サーカットのミキシングのワークフローについて見ていきたい。彼が手掛けるのはプロダクション〜ラフ・ミックスまでだが、エンジニアリングを専攻した経験もある彼は、制作とミックスが同一線上にあるという考え方を持つ。これは彼の一つの個性であるとも言えるだろう。

 「僕はかなり音響のイメージにこだわるので、プロダクションの作業をしながら並行してミックスも進めています。最終的にラフ・ミックスを仕上げるときは、なるべくマスター・バスでの処理に頼り過ぎないように気をつけています。マスター・バスの処理なしでも良いサウンドになるのが僕の理想です。僕のやり方はミックスを進めながら良いフィーリングが出来上がってきて、飾りが欲しいと感じたときに、初めてマスター・バスに少しづつ処理を足します」

 人の数だけワークフローがあるが、サーカットのそれは共同制作/プロデュースの可能性を追求し、かつエンジニア的な目線があるということ。最後に彼がミックスで使うプラグインについて、彼が最終的にミックスを依頼するエンジニアについて語る。

 「ミックスが7割くらい進んだらIZOTOPE Ozone 10を立ち上げ、全体をブライトでビッグかつラウドにするプリセットを適用します。ほかにはFAB FILTER Pro-L 2とXFER RECORDS OTT、それからCubase付属のQuadrafuzzを挿します。Quadrafuzzは設定をいじらずにそのまま挿すと、サチュレーションやパンチを程良く出してくれます。よくミックスを頼むサーバン・ゲネアは、いつもミックスを一つ上のレベルに高めてくれます。彼が良くしてくれるのは分かっているので、あらかじめ余地を残したものを渡すようにしています。彼がミックスするとボーカルがブライトかつクリア、そして迫りくるようなサウンドになりますが、それでも耳に痛くならない。ポップさとラウドさのバランス感覚が絶妙で、全体を完璧になじませてくれます」

サーカット

 Selected Works 

サーカットを知るための6枚

『ティーンエイジ・ドリーム』
ケイティ・ペリー 

ユニバーサル/2010

 サーカットがポップ・シーンで活躍するきっかけとなったケイティ・ペリーの2nd。恩師のドクター・ルークとともに手掛けた「パート・オブ・ミー」は全米1位を獲得。疾走感のあるダンス・チューンでパンチの効いたビートが印象的。

 

『スターボーイ』
ザ・ウィークエンド 

ユニバーサル/2016

 彼にとってターニング・ポイントとなったのが、ザ・ウィークエンドとの諸作。2016年作『スターボーイ』は、ダフト・パンクとの制作曲を合わせて8曲に参加。当時脂がのっていたダフト・パンク流のフューチャー・ディスコをはじめ、ウィークエンドの先進的なサウンドとともにプロデューサーとしての知名度を飛躍的に上げた。

 

『ガールズ・ライク・ユー feat. カーディ・B』
マルーン5 

ユニバーサル/2017

 王道のダンス・ポップ・バンドでもあるマルーン5の哀愁のあるバラード系のシングル曲。ゆったりとした強めのビートがサーカットらしい。

 

『ヘブン&ヘル』
エイバ・マックス 

ワーナーミュージック・ジャパン/2020

 ダンス・ポップの女性アーティストであるエイバ・マックスの楽曲にも多数参加。本作はデビュー・アルバムで、彼女にとって初の大ヒット曲「スウィート・バット・サイコ」も彼によるもの。往年のエレクトロ・ダンス・ポップといった趣で情緒のあるメロディが印象的だ。

 

『ドンダ』
カニエ・ウエスト 

ユニバーサル/2021

 カニエ・ウエストの人気作『ドンダ』において、サーカットは「ハリケーン」に参加。ミニマルなビートと絡む立体的なボーカルが印象に残る。

 

『ブラット』
チャーリーxcx

ワーナーミュージック・ジャパン/2024

 2024年のポップ・シーンで注目を集め、グラミー賞9部門にノミネートされているチャーリーxcxの大ヒット・アルバム。サーカットは冒頭の楽曲「360」を含めて3曲に参加。前述曲ではトレンドでもあるレイビーな音使いを巧みにポップ・チューンに忍ばせるあたりに、彼のセンスの良さを感じられる。

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