LIQUIDSONICSとEZ Drummer 3、ARTURIAで
オケが楽にでき私も楽に歌えるようになりました
朝日美穂が『島が見えたよ』から約5年ぶりとなるフル・アルバム『フラミンゴ・コスモス』をリリースした。コロナ禍の時期に、朝日を長年支える楠均(ds)と千ヶ崎学(b)のリズム・セクションと共に行った配信ライブに手応えを感じスタートしたという本作、一聴するとこれまでになくシンプルなバンド・サウンドだが、実際は打ち込みで作られた曲も多いという。昨今のJポップとは全く趣を異にするこのサウンドがどのようにして作られていったのか、朝日本人とプロデュースやアレンジ、さらにエンジニアリングを担当した高橋健太郎に、制作過程を振り返ってもらうことにしよう。
コロナ禍の配信ライブが糧に
──この時期にアルバムをリリースされるアーティストは皆さんコロナ禍の影響を語られます。朝日さんの新作もプライベート感が強く、その影響を感じられます。
朝日 そうですね、影響というかコロナ禍の時期に配信でプライベート・スタジオ・ライブをやったことが私にとって大きな糧となりました。楽に歌えるような訓練をしたんです。今までは録音のときにはなんとかなっていても、ライブのときに歌いづらさを感じることがあり、どうしたら安定して声が出せるんだろうって悩んでいたんです。プライベート・スタジオで配信ライブをやることになって、これはほかのメンバーに迷惑がかけられないから本当にちゃんとやらないとって……編集ができませんからね(笑)。それで安定して歌えるように頑張って訓練したんです。
── ボイス・トレーニングをされたのですか?
朝日 はい。どういうトレーニングがいいかネットでいろいろ探して、セス・リッグスっていうマイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーが習った先生の本を買って読んだり、動画も観たり。あと自分が歌っている姿を何度も撮影して分析しました。歌が安定していないときって姿で分かるんですね。
──ボイス・トレーニングというと、より高い声を出すとか、大きな声を出す訓練のイメージがありますが、今回の朝日さんの歌はとても自然に声が出ているように聴こえました。
朝日 結果的にそうなったのかな。年齢を重ねて声が低くなったこともあり、今回のアルバムでは今までより低いキーで歌っています。自分の声が一番魅力的に聴こえるキーでやろうと思ったので。
──そのボイス・トレーニングが今回のアルバムの糧になったと。
朝日 はい。あと一緒に演奏するメンバーのことを考えて曲を作ったのも大きかったです。今まではそういうことを考えずに自由に曲を書いていたんですが、プライベート・スタジオ・ライブをやるにあたり、ベースの千ヶ崎(学)君と楠(均)さんと一緒にやるんだという前提で曲を作ったのが良い経験になりました。
──コロナ禍の時期、多くのアーティストが自宅から配信ライブをやりましたが、弾き語りが多く、朝日さんのようなバンド編成での演奏はあまりなかったですよね。
朝日 tiny desk concertsが好きで、そういう感じでやってみたいと思ったんです。
高橋 コロナ禍の前からtiny desk concertsのことは研究していたんです。R&B系のミュージシャンが、あんな場所で蚊の鳴くような音で演奏してちゃんとまとまるっていうのが驚異で……ドラムとボーカルの関係はどうなっているのかなとか。現在のtiny desk concertsはかなり複雑なシステムになっていますけど、最初のうちはSENNHEISERのガンマイク1本でやっていて、僕も同じガンマイクを買って実験しました。なので、この人がプライベート・スタジオ・ライブをやるとき、スタジオって言っても日本家屋で防音もしていない環境だったので、ドラムは本当に小さな音でたたいてやりました。そういうふうにやるっていう前提で曲が作られ、アレンジも隙間の生かし方というか、楠さんのドラム、チガ(千ヶ崎)ちゃんのベース、そしてこの人の歌とキーボードだけで、あとは何も要らないような曲ができていったんです。
──今回のアルバム収録曲はプライベート・スタジオでのライブのために作られたものがほとんどなのですか?
朝日 いや、全部ではなくて「世界を揺らし続けてる」と「通り雨」と「羽ばたけバタフライ」がプライベート・スタジオ・ライブで演奏した曲です。その後、コロナ禍が明けてプライベート・スタジオ・ライブをやらなくなったころに作った「ささやかな連続」や「Silent Pop」は、ほぼ打ち込みですね。
高橋 今回、割と自分でドラムを打ち込むようになったよね? 前の作品まではこの人が作ったデモに打ち込みのドラムが入っていても、僕はそれを無視してゼロから打ち込み直していたんだけど、今回はデモのビートが結構面白かったので、その感じを残すか、あるいはそのままのオーディオ・データを使って残したものもある。1曲目の「アンバランス・フラミンゴ」も“これどうなってんの?”みたいなビートが打ち込んであった。
──朝日さんはどんなツールでデモを作成しているのですか?
朝日 APPLE Logic Proです。ドラムもデフォルトで入っているやつで打ち込んで、それを健太郎さんに渡しています。
──デモの構成はリズムとコードと仮歌?
朝日 あとはここにホーンでこういうフレーズが欲しいとか、ストリングスが欲しいとか、チェロがここから鳴ってほしいとかがあるんですけど、自分でうまく入れられないので、パッと投げちゃいます。
──健太郎さんはデモのLogic Proデータをもとにアレンジを組み立てていくのですか?
高橋 はい、オーディオとMIDIの両方でもらって、それをAVID Pro Toolsに移して作業します。ただ、渡された時点でよく分からない部分もあって……“これは何がしたいの?”みたいな。だからこの曲の肝は何なのかってことは必ず聞きます。そこを変えると絶対怒られるから(笑)。あとは何か言われてもあんまり気にしないで勝手に作っていきます。
朝日 ストリングスを入れてって何回も言ったけど、結局入れてもらえなかった(笑)。
高橋 ストリングス書くよりも管楽器セクションのほうが好きなので、そっちのアイディアが出てきちゃう。生のホーンにしたい曲もあったんですが、今回はシンセのホーンでいい感じになっちゃった。「アンバランス・フラミンゴ」のシンセ・ホーンはARTURIAのDX7 Vのプリセットをそのまま使っています。今回、シンセは全部ソフトなんですよ。実機だとケーブルをあれこれしてとかで時間が取られちゃうので、1人で作業をしていると大変っていうかモチベーション下がるんです。なので今回はソフトだけ。しかもARTURIAのProphet-5 V、Mini V、OP-Xa Vみたいなポピュラーなものしか使わなかった。ここはProphet-5の音が欲しいとか、OBERHEIMの音が欲しいとかっていうほうが想定しやすいんですよね。今回は時間もなかったので、以前ほど自分で特別なサウンドを作ろうといじりまわさなかった。
とても生っぽかったEZ Drummer 3
──今回、打ち込みで作られたという曲も、ドラムがとても生っぽかったです。
高橋 ドラム音源にTOONTRACKのEZ Drummer 3を使うようになったら、急に生っぽいドラムを打ち込むのが楽になったんです。この間、Facebookにそういうトピックを投稿したら、(鈴木)慶一さんが“私もそうです”ってコメントを付けてくれた。EZ Drummer 3だと、あっという間に“これでいいじゃん”みたいな音になるんですよ。なぜかよく分からなかったんだけど、慶一さんは“タイミングがいいからだよ”って言ってました。発音タイミングがちょっとずれていて、それがいい感じになると。音色も素直な音が多くてすごく使いやすい。昔はそれこそサンプルでループを作ったり、キックはROLAND TR-808を足したりとかいろいろやっていたけど、今回はそういうのを全くやらなかった。ジャストで打ち込んでEZ Drummerを鳴らせばOK。チガちゃんにベースをダビングしてもらうときも“これ生ですか?”って聞かれたくらいです。
朝日 打ち込みなのに、楠さんがたたいてるみたいになっていたんですよ。
──生っぽさも印象的でしたが、ハイハットが少ないのも特徴的でした。
高橋 tiny desk concertsを観ていて分かったのは、基本的にハイハットとスネアってうるさいんですよね。スネアはミュートすればいいけど、ハイハットはいっそのことたたかなくていいじゃんって思うようになった。ただ、楠さんにハイハットをたたかないでって言っても難しい。特にライブではハイハットたたかないとみんな演奏しにくくなっちゃうから。でも打ち込みだったら別にハイハットはなくても済んじゃう。
──ハイハットの代わりにライド・シンバルを使っている曲が多かったですね。
高橋 そうですね。打ち込みでシンバルって嫌らしくなるけど、EZ Drummer 3だとシンバルを軽く鳴らしても嫌らしくならなかった。
──健太郎さんが打ち込み中心でアレンジをし、それを朝日さんに聴いてもらって、一発でOKになるのでしょうか?
高橋 いや、絶対ダメ出しされる(笑)。
朝日 何往復もしますね(笑)。ただ、やり取りしているうちに、自分が何にこだわっていたのか分からなくなってきちゃって、良い感じになっていればそれでいいかなというところに落ち着きますね。
ギターはアンプを使わずプラグインで
──プライベート・スタジオでのライブ用に作られた曲は、外のスタジオであらためてレコーディングしたのですか?
朝日 はい。あと「木枯らしのロンド」という曲はプライベート・スタジオ・ライブではやってないんですが、同じ編成で急にスタジオに入ってやろうということになって録りました。
──スタジオはどちらで?
高橋 全部パストラルサウンドです。居住性が良く、ドラムのアンビエンスがいいので。
──レコーディングは健太郎さんが?
高橋 はい。マイクはそんなには持っていかないですけど、NEUMANN U 67は持っていったかな。
──ドラムへのマイキングは?
高橋 あまり多く立てるほうではないですね。僕はグリン・ジョンズのメソッドを本で読んでドラムが録れるようになったんです。オーバーヘッドに1本、フロア・タムの外側からハット方向に向けて1本、そしてキック用に1本、というように3本立て、それぞれをスネアから等距離にする。ロック・バンドだとこれでなんとかなる。その考え方を基本に曲に合わせてスネアやシンバルやタムのオンマイクやアンビ用のルーム・マイクにも立てますけど。
──ドラム録りに使ったマイクは?
高橋 他人とちょっと違うとしたら、キックにAKG D12をちょっとオフで使うところかな。オンにAUDIO-TECHNICA ATM25を使って、さらに遠いオフにU 67を立てる。スネアはSHURE SM57とLOMOの19A19っていうピンク・フロイドが買い占めたロシアの真空管マイクを立てます。ジャリっとした真空管のひずみがある音が録れるんです。トップは今回はAKG C414だったかな。あとBERLINERっていうメーカーが作ったCM33っていうNEUMANN M 149みたいな小さいマイクがすごく良くて、それをいろいろな場面で使いました。
──千ヶ崎さんのベースはどうやってレコーディングしましたか?
高橋 NEVE 1272をノックダウンしたBRENT AVERILLに突っ込むだけが一番多かった。リモート・セッションでチガちゃんに家で録ってもらった曲もあります。
──ベース・ラインは千ヶ崎さんが作ることが多いのですか?
高橋 「アンバランス・フラミンゴ」は僕が弾いたベースがガイドとしてあって、それをほぼそのまま弾いてもらった……というかチガちゃんがほぼそのままを選んだ。
朝日 今回、割とデモに忠実にやってもらってますね。
高橋 「世界を揺らし続けてる」はほぼデモ通り。あんなシンプルなフレーズは僕は考えつかない(笑)。
朝日 私は本当にシンプルにしか入れないので(笑)。基本はデモ通りでも、弾きやすいように弾いてもらってます。
高橋 「木枯らしのロンド」のベース・ラインもデモ通りだよね?
朝日 あれは木枯らしに吹き飛ばされてる感じにしたかったので、そういうラインを考えて譜面に書いて渡しました。
高橋 イエスのクリス・スクワイアみたいな高速プログレ・ベース(笑)。
── 健太郎さんのギターはどうやってレコーディングしましたか?
高橋 全部プライベート・スタジオです。エレキギターはDIに突っ込んで卓の前で弾くだけ。エフェクターもつながず、後でOVERLOUDのTHUっていうプラグインのアンプ・シミュレーターをかけるだけ。かけ録りするとちょっと遅れちゃうから、録るときはペナペナの音で弾いてます。1人でアンプ録りはブースとコントロール・ルームの往復が辛くてできないんですよ……トッド・ラングレンだって卓の前で弾いているから、これでいいんだって思ってます(笑)。
ノイズが少なく重宝したWA-251
──打ち込みやスタジオ録音のオケができてから歌録りに入る流れでしょうか?
朝日 そうですね、最後に歌録りです。
── 最初にも言いましたが、今回、声がとても自然です。録音方法も変えたのでしょうか?
高橋 いや、2000年くらいから一番多いのはAKG C 12 Aです。ただ、C 12 Aの調子がちょっと落ちてきたのと、声が変わってきたので今回U 67で録った曲もあります。ただ、やっぱり違うなっていうところもあって、ほかの真空管マイクも幾つか試した……それでレコーディングの最後のほうでWARM AUDIOのWA-251っていう新しいマイクを買ったら、すごく良くて、これは使えるなって。
── どんな部分が使えるマイクだと?
高橋 真空管マイクなのにSN比がめちゃめちゃ良く、音質は明るくて結構エンハンスされるんです。リード・ボーカルを録るにはちょっと深みが足りないんですけど、この人の曲はどれもコーラス・パートがやたら多いので、コーラス録りに重宝しました。たくさんのパートがあるコーラスをビンテージの真空管マイクを使って録ると、ノイズ・フロアがどんどん上がっちゃうんですけど、WA-251だとその問題がないんです。
── WA-251は主にコーラスのレコーディング用に使われたのですね?
高橋 そうですね。あと「チョコレートコスモス」っていう石井マサユキ君のギターとデュオで演奏している曲では、RCA 44BXっていう1940年代のリボン・マイクと一緒にWA-251を立てて後でミックスしました。この曲はデュオでせーので演奏しているように聴こえますが、実は歌は別録り。石井君と一緒にやっている雰囲気を出すために、44BXが双指向性なのを利用して、歌い手の反対側からモニターで石井君のギターの音を出して、同じ部屋で鳴っている感じを拾ってます。リボン・マイクだとちょっと抜けが足りない部分をWA-251がうまく補ってくれました。
──コーラス・パートが多いという話ですが、曲を作ってる段階から細かなコーラスのデザインができているのですか?
朝日 そうですね、作っているときから聴こえてきちゃうので、Logic Proで作っているデモの中に入れてます。ただ、和声として健太郎さんからアドバイスをもらうことも多いですね。
高橋 和声的なことに加えて、コーラスを上下に付けるか、左右に付けるか……あとは一カ所だけ違う音質にしようとか、ミックス的なオーダーも多いですね。なのでSCHOEPSのMono Up Mixっていうプラグインで一瞬だけオフマイク的にしてみたりとか、細々やっています。
──ボーカル用のプリアンプはどんな機材を使いましたか?
高橋 ボーカル録りのルーティングは20年くらい前から同じで、プリアンプはNEVE 1073をノックダウンしたSHEPのもの。その後はANTHONY DEMARIA LABSのADL1000っていうコンプを入れてピークを取るのと、真空管のニュアンスを加えています。ADL1000は真空管なのにハイが全く欠けないのがいいんです。
プラグインと実機を駆使したミックス
── 今回のアルバムは隙間があり、1つ1つの要素がきれいに聴こえてきます。ミックスのとき、どんな処理をされたのでしょうか?
高橋 特に意識はしてないけど、リバーブの使い方がちょっと上手になったのかな。僕はドライな音楽で育っているからリバーブが上手に使えなくてディレイばかり使っていたんですよ。でも、結局ディレイは音数が増えるわけで、今回リバーブをうまく使えるようになったので音数の少ない空間を作れたのかもしれない。
──どんなリバーブを使いましたか?
高橋 メインはLIQUIDSONICS IllusionとSeventh HeavenっていうBRICASTI DESIGN M7のシミュレーション。両方ともすごく良かったですね。
──ミックス時のエフェクトは主にプラグインで行ったのですか?
高橋 いや、プラグインもアウトボードもたくさん使っています。CHANDLER LIMITEDのRS124っていう昔のALTECっぽい真空管コンプを買ったんですけど、その音色がすごく良くて、ミックスのときにボーカルやベースに結構使いました。EMPIRICAL LAB DistressorやUREI LA-3A、PURPLE AUDIO MC77、NEVE 33609、AVALON DESIGN VT747、AD2024、AD2025、API 550Aなども常に使いますし、NEVE Kelsoをサミング・ミキサー的に使った卓落としです。ただ、今回はLIQUIDSONICSとEZ Drummer 3、そしてARTURIAのお陰で以前より楽にできました、みたいな(笑)。
朝日 その“楽にできました”がアルバムに反映してるんじゃないですかね。私も楽に歌えるようになりましたし。
高橋 インディーのプロダクションって、いろいろな手法を試す時間があって、これまではそういうのを本当にたくさんやってきたんだけど、今回はすごいシンプルになったのが良か
ったんでしょうね。
──そのシンプルさが、日本の音楽シーンではすごく珍しいと思います。それこそヨーロッパやアメリカの新世代のミュージシャンに近い手触りです。
高橋 確かにピアノ1台あればとかギター1本あればみたいな、ざっくりしたシンガー・ソングライターとはちょっと違う人たちがたくさん出てきているよね。宅録で作り込んではいるんだけど、それをものをすごくナチュラルにやっている。そういう20代の人たちの感覚のほうが、僕なんかもう70歳になろうとしてるんだけど、自分たちがやっていることに近いような気がします。
Release
『フラミンゴ・コスモス』
朝日美穂
(asahi chikuon)
Musician:朝日美穂(vo、k、prog)、高橋健太郎(g、prog、syn、e.sitar、b、cho)、楠均(ds)、千ヶ崎学(b)、石井マサユキ(g)
Producer/Engineer: 高橋健太郎
Studio:Memory Lab、パストラルサウンド