映画『サンセット・サンライズ』のサントラ制作秘話!網守将平が語る“洋画の手法を輸入する試み”とは

モダンな洋画に近い手法を邦画で通用させた

監督:岸善幸、脚本:宮藤官九郎、主演:菅田将暉という布陣で作られた1月公開の映画『サンセット・サンライズ』。三陸の町で繰り広げられる群像劇に音楽を付けたのが、作曲家の網守将平だ。打ち込みと生演奏の使い分けや、洋画のサントラをヒントに輸入した手法など、網守流の“映像音楽の作り方”を探る。

映画『サンセット・サンライズ』

サントラ制作で心がけた“緩さ”

──制作工程はどのような流れでしたか?

網守 撮影前に話をいただき、ほぼ全曲フィルムスコアリングで映像に当てて作りましたが、一部劇中で演者が歌うために必要な曲があり先に提出しました。それが「サンセット・サンライズ」です。劇中で菅田将暉さんと中村雅俊さんがアカペラで歌う曲で、脚本の宮藤官九郎さんが作った歌詞にメロを付けました。

──どうやってメロディを考えたのですか?

網守 歌う役者さんが決まっていたのと、映画の舞台が東北というのが結構大事で、最終的にはシンプルなヨナ抜き音階による演歌を作ったイメージです。劇中では菅田さんと中村さんが歌っていますが、エンディングでは青葉市子さんが歌うので演歌のイメージとは離れているかもしれないですけど(笑)。作曲の技法的には素直に直感を頼りにやりました。本当にシンプルで、コブシが効きやすくしようとか、そういうところを心掛けました。

──「サンセット・サンライズ」は青葉さんが歌う挿入歌としても使われています。

網守 青葉市子さんはやっぱり素晴らしかったです。「思い出のアルバム」のレコーディングに同席したのですが、ニュアンスもピッチも最初からバッチリだったので特に言うこともなく。実は「サンセット・サンライズ」で使われているのは本人がスマートフォンで録ったデモで。劇中のエンディングでもそれが流れています。いわゆる“主題歌”的な楽曲をエンドに配置しないといけない作品も多いと思いますが、この作品のエンドの部分は、音楽がなく波音だけが流れるところに市子さんの弾き語りが乗るような感じで終わる形になっていて、これは僕がダビングの際に提案したアイディアです。脚本を読んだときの空気感からある種“緩さ”のある姿勢で制作したいと思っていて、アイディアがあれば硬くならず意見もしていこうとは決めていたので。エンドに関する提案も柔軟に受け入れてくださいました。プロデューサーやキャストの方には、「サンセット・サンライズ」を作った後に気仙沼の撮影現場で初めてお会いしましたが、チーム感も包容力も素晴らしかったです。

──三陸を訪れてどのように感じましたか?

網守 自然豊かで美しい街で食べ物も美味しいですが、よく見ると多くの建物が新しかったことがショックでした。古くからあった建物は津波で流されたということなので……。

──作中では東日本大震災やコロナなどの話題も扱われますが、制作へ影響しましたか?

網守 絶対影響していますね。コロナやロックダウン、地方移住などの社会的なトピック、宮藤さんならではの脚本の多様性に第一波的に影響を受けるのですが、基本的には群像劇だということを忘れずにやらないといけなくて。だから登場人物の多さや多様性を尊重しつつも、そこに引っ張られないように客観性を与える音楽を目指しました。僕は、映画音楽は映像に写っているものを表現するのではなく、映像と観客の距離感を微調整するためのものだと思っているので、その辺りのバランスを取ることを意識しました。

洋画の主流はテクスチャーで攻める

──「よそもの」は、菅田さん演じる西尾晋作が家をコソコソ出ていくコミカルな場面とポップな音がマッチして面白かったです。しかも場面変化に合わせて、ポップな音色からピアノのフレーズに移り変わりますね。

網守 あれは晋作のライト・モチーフとなるテーマをピアノでシンプルに弾いています。さっきの話ともつながるのですが、あの場面は強い意味を持つ映像ではなく、晋作がただ楽しく釣りをするシーンだと僕は受け取ったので、そこで音楽がなかったりすると観客が変に深い意味を見出しそうになっちゃう。だからといって楽しそうな晋作を直接表現してもダメなので、寄り添って助ける感じで観客を安心させる曲を当てました。

──登場人物に当てたテーマでいうと“ももちゃんの幸せを祈る会”の皆さんのシーンは毎回低音が効いた音が鳴りますね。

網守 あの辺はUVIが多いですね。今回、生演奏で録った音と打ち込みの生楽器がいっぱい混ざっているんですけど、UVIのソフト音源を重宝しました。UVIの生楽器のサンプルは解像度が高くて音が太いんです。おかげでデモ段階でクオリティを上げられるので、“これは生演奏じゃないとダメ、これは打ち込みでいい”という判断がすごくスムーズかつ細かくできました。思い描いた演奏法が打ち込みで表現できるか微妙なときは生演奏をお願いしました。例えばスネアの粒立ったロールや、エクスプレッション・カーブの上がり具合を打ち込み以上に細かく調整したいティンパニやシンバルなどは、生演奏に差し替えましたね。

──生演奏と打ち込みのどちらにするかは、それぞれの曲で細かく判断したのですね。

網守 そうですね。自分でもかなり細かく判断できたんですけど、エンジニアの原真人さんから現場で“これは弾かなくても成立してるでしょ”と助言をもらって打ち込みのままにしたものもありました。

──生演奏で参加されている徳澤青弦さんのストリングスは網守さんのご指定ですか?

網守 そうですね。徳澤青弦さんはかゆいところに手が届くような安定感があるのでお願いしました。常々、青弦さんに関して思うのは、変にキラキラしたりバキバキになったりしないので、安心して繊細なニュアンスの相談ができるというところです。だからすごく実写向きという印象です。わびさび的なところもすごくあるし、青弦さんのチェロも少し変わっていて面白いサウンドなので、そこも1つの個性として取り入れました。青弦さんはすごく察しが良くて。僕から大して何かを言わなくても“これはこういうシーンの音楽なのか”みたいなのを勝手に確認して“じゃあ、こうする”って勝手にやるみたいな(笑)。やってもらったら確かに良い。本当にさすがだなと思います。

──そのほか、特に気に入っている曲や制作が印象的だった曲などはありますか?

網守 「宇田濱」と「再会」はHEAVYOCITYのソフト音源にすごく助けられましたね。木管はVento、弦はRhythmic Texturesです。最近僕がすごく好きでやりがちなのが、上モノは弦だけどベースはコンバスじゃなくてシンセ・ベースっていうちょっとねじれた立体感の作り方で。これは2000年代からの洋画で多く使われる手法です。最近、A24っていう配給会社の出す映画がどの作品もめちゃくちゃ話題になっていて。見ていない映画でも必ずストリーミングでサントラを聴くようにしているのですが、メロディを歌い倒すとか弾き倒すんじゃなくてテクスチャーで攻めるのがA24をはじめ洋画の主流なんです。生楽器の曲にシンセを潜ませてテクスチャー化するというのは、その手法を素直に輸入したかったからです。だから、今回も相当余白を探しながら音楽を付けていきました。

──それはどういう意味での余白ですか?

網守 言ってみればパズルのピースの穴みたいなイメージですね。映像として少しでも強度のあるところには付けないほうが良くて、付ける場合も音の強度を必要最低限まで落とす。そうしないとスクリーンと観客の距離感が噛み合わないんです。構築された距離感自体が一つのテクスチャーであり監督の作家性でもある。最近の映画はそういうレベルまで来ていると思うんです。

岸監督は感情移入の駆け引きが上手

──劇中で使われる音楽と、サウンドトラックの収録曲としての違いはありましたか?

網守 それは1個明確にあって。今回、岸監督には本当に自由にやらせていただけて、ダビングで“ここ、音楽なくしましょう”って僕が言ったところがあるんです。まさかそんな意見をさせてもらえるとは思わなかったんですけど。ダビングは全員が客観的にならないといけない場なので、自分の音楽に対しても客観的になって聴いたら“ここ、音楽つけすぎた!”と気付いて。茂子さんというおばあさんの存在感を引き立てるために、素朴なクラリネットの和音がいっぱい鳴る曲を作ったんですが、曲の後半部分を本編では切ってもらいました。そしたらセリフもより耳に入ってくるようになったので、そのジャッジを自分でできたのは良かったですね。そのカットした後半部分もサントラには収録されています。

──映画音楽にはセリフが入りますが、作る音楽で帯域的な配慮などはしましたか?

網守 細かくはしないですね。サントラとダビングそれぞれのエンジニアが何とかしてくれるだろうって(笑)。だから、結果として音楽ジャンル的には相当バラエティ豊富です。生楽器主体の曲以外だと、例えばセリフが割と少なく、風景と表情の描写が大事な場面で流れる「秘密の場所」「ディスタンス」などはフォークトロニカっぽかったり。ソフト・シンセはTELETONE AUDIO Ondineなどを使っています。音の出し方もいろいろあって、ピアノも打ち込みにしちゃってアタックを全部消して弾いてるだけみたいなケースもあったりします。

──あらためて作品全体を通して、どういった仕上がりになったと感じますか?

網守 完全に客観的にはなれてないので、公開されたらまた観に行こうと思いますけど、音楽はすごく良くできたと思います。A24の作品みたいなモダンな洋画に近い手法が、邦画でも助けになれば良いなと思ってたので。それは概ねうまくいったかな。

──邦画と洋画の音楽の差は感じますか?

網守 嫌でも感じますね。洋画が絶対正しいって言いたいわけでは全くないんですが、僕と同じく邦画にこういう手法を輸入したいと思っている人はいると思います。でも映画は監督のものだと思うので、そういうことができるかどうかは監督次第ですね。自分は数年前まで子供向けのテレビ番組の音楽を長年担当していたのですが、監督の岸さんもテレビ出身の方なんです。そのせいか視聴者の感情移入の強度とか、ここは感情移入させない、みたいな駆け引きがうまいなと思いました。僕も今回は完全にそこを目指して音楽を作っていましたし、今思うと、テレビならではの客観性を通過していることで馬が合った感じはあるかもしれないですね。どこかでまた岸さんとお仕事したいなと思っています。

『サンセット・サンライズ』サウンド・ライブラリー

『サンセット・サンライズ』の音楽を構築するプラグインの一例と、それぞれの楽曲に対する網守のコメントを紹介しよう。

M❶ 「宇田濱」

ストリングス:HEAVYOCITY Rhythmic Textures(右上) 
ベース:OUTPUT Substance(右下) 
ピアノ:NATIVE INSTRUMENTS Noire(左) 

Comment

広大な自然に囲まれた小さな町の人々による群像劇なので、その導入としてのサウンドにこれらがピッタリでした。どれも譜面を書いて生で録音するよりはるかに効率が良く、かつ細かくテクスチャーを操作できるソフトなので、これからいろいろなことが起こって登場人物の感情が揺れ動いていく期待感を重層的に表現できました。アナログ的な温かみをベースとしているものを多く使っていますね。

M❺ 「け!」

アコギ(特殊奏法):UVI IRCAM Solo Instruments 2(左上) 
チェロ:UVI IRCAM Solo Instruments 2(左下)  
ピアノ内部奏法によるビート:NATIVE INSTRUMENTS The Giant(右上) 

Comment

UVIの生楽器のサンプルは情報量が豊かなので重宝しています。短い音を使うにはこれで十分。特殊奏法も入っているので、この曲のようにコミカルなシーンに当てた曲では、さりげない脱臼感のような効果を発揮してくれます。ビートは、NATIVE INSTRUMENTS The Giantを使ったピアノ内部奏法によるものです。

M⓬ 「秘密の場所」 

パッド:SPITFIRE AUDIO Labs(左) 
パッド:NATIVE INSTRUMENTS Noire(右) 

Comment

Labsは本当にオールマイティで、ポップス以外ならどんな曲でも使います。大好きです。あと、これで無料なのがすごいです。M⓴「告白」のチェロも実はLabsの打ち込みです。Noireは逆再生のピアノをアルペジオ的に手弾きして、パッドとして使いました。ピアノのアタックを極端に遅くして手弾きのアルペジオでパッドを作るのは自分の昔からの癖で、音を単なる壁にせず細かいニュアンスを作るのに最適です。観客をキャラクターの感情に引きつけやすい手法かもしれません。

M㉓ 「再会」

 アナログ・シンセ:TELETONE AUDIO Scarbo(右下) 
シンセ・ストリングス:OUTPUT Analog Strings(左) 
木管アンサンブル:HEAVIOCITY Vento(左上) 

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M❶「宇田濱」と同様に、HEAVIOCITYに助けられた1曲です。ただ、テクスチャーではなくハッキリしたフレーズの場合は、ニュアンスを付けることで効果が出るので、生で録ったほうが良いと思っています。ですので、後半に出てくるピアノは打ち込みではなく自分で弾きました。

マスタリング

SOFTUBE Tape(画面)
FABFILTER Saturn 2

Comment

原さんには、ミックスに忠実な仕上がりのマスタリングと、ほんの少しローファイ感のあるマスタリング(ミックスに忠実すぎると、洗練されすぎるように聴こえてしまった曲もあったため)の2バージョンをお願いし、曲によって採用バージョンが違っています。画面のSOFTUBE Tapeはローファイ方向のマスタリングに使ったプラグインです。このほか、FABFILTER Saturn 2も使用されています。原さんいわく「SOFTUBE Tapeでハイ落ち感とテープのヨレ(とまでは行かないけど、少し不安定なピッチ感)を追加して、Saturnで帯域ごとのサチュレーションを付加した感じ」とのことです。

Release

『映画『サンセット・サンライズ』オリジナル・サウンドトラック』
網守将平

日本コロムビア:COCP42425

Musician:網守将平(k、p、prog)、青葉市子(vo、g)、徳澤青弦(vc)、藤堂昌彦(vln)、徳永友美(vln)、執行恒宏(vln)、漆原直美(vln)、石亀協子(vln)、川口静華(vln)、中島知恵(vln)、生野正樹(viola)、三品芽生(viola)、小畠幸法 (vc)、玉木寿美(contrabass)、伏見蛍(g)、大石俊太郎(cl)、羽鳥美紗紀(fl)、野崎めぐみ(perc) 
Producer:網守将平
Engineer:原真人
Studio:音響ハウス、BS&T

 

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