ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ「ジャミング」のグルーヴを徹底分析! 〜横川理彦のグルーヴ・アカデミー【第8回】

ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ「ジャミング」レゲエ・クラシックの繊細で柔らかなグルーヴを徹底分析 〜横川理彦のグルーヴ・アカデミー【第8回】

リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第8回は、2024年に伝記映画が公開されたことでも話題となった、ボブ・マーリーをピックアップ。ザ・ウェイラーズと共に制作し、各種媒体のオールタイム・ベスト・アルバムに選出され続ける名作『エクソダス』から「ジャミング」を分析します。

『エクソダス』
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ
(ユニバーサル)

レゲエ・スタイルとザ・ウェイラーズ

 今回はレゲエの名アルバムとして名高いボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『エクソダス』(1977年)から「ジャミング」を取り上げます。あまりに有名な超クラシック曲ですが、グルーヴという観点から見ると、また違った側面が見えてくるのではと思います。

 1960年代後半にジャマイカで成立/発展したレゲエは、もはや世界標準の楽曲スタイルの一つとして共有財産になっています。レゲエのドラム・スタイルは、主にワン・ドロップ(1拍目にアクセントがなく、3拍目をバスドラとリム・ショットで強調する)、ロッカーズ、ステッパーズ(バスドラの4つ打ち)の3つです。今回紹介するザ・ウェイラーズのドラマー、カールトン・バレットはワン・ドロップの創始者とも言われています。

 ボブ・マーリーはレゲエを代表するシンガーとして1970年代から現在に至るまで、大きな影響力を持ち続けています。1963年にザ・ウェイラーズを結成したときにはピーター・トッシュとバニー・ウェイラーの3人のコーラス・グループだったのですが、1974年に2人が脱退。ベースのアストン・バレットとドラムのカールトン・バレットの兄弟などを加えてボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズというバンド・スタイルになりました。リーダーのボブ・マーリーの作詞作曲/歌が強力で大きなカリスマを持つのは言うまでもないですが、バレット兄弟のリズム・セクションの素晴らしさも、彼らの音楽の魅力における大きな部分を占めています。今回はグルーヴの観点から、このリズム隊がどうなっているのかを分析してみましょう。題材とした「ジャミング」は、彼らのアルバムの中でもベストと言われることが多い『エクソダス』に収録されている、グルーヴが素晴らしい楽曲です。

カリスマに引けを取らないリズム隊

 「ジャミング」のリズム・スタイルはバスドラ4つ打ちのステッパーズで、ほぼシャッフルの12/8、はっきりと跳ねています。楽器編成はドラム、ベース、ギター×2、オルガン、ピアノ、パーカッションで、今回はリズムの核となっているドラム、ベース、ボブ・マーリーのリズム・ギターの3つをコピーしてみました。この曲ではオルガンのバッキングも重要なのですが(ミックスの音量も大きい)、ライブにおけるグルーヴも検討して、この3パートに限定して位置関係を測ってみました。

 コピーしたのはイントロの、ドラムのフィルイン後の4小節です(画面❶Audio❶)。なお、BPMは♩=129.90となっていますが、この後は若干遅くなってから、曲の進行に従って少しだけ速くなっています。クリックを使わない生演奏によるもので、驚異的な安定感です。

画面❶ 「ジャミング」の分析を行ったABLETON Liveプロジェクト。冒頭、ドラムのフィルイン後から4小節を取り上げている。最上段に原曲のオーディオ・データ、その下にコピーしたドラム、ベース、ギターの各MIDIトラックが並ぶ。ギターはノイズで代用し、発音位置を合わせている

画面❶ 「ジャミング」の分析を行ったABLETON Liveプロジェクト。冒頭、ドラムのフィルイン後から4小節を取り上げている。最上段に原曲のオーディオ・データ、その下にコピーしたドラム、ベース、ギターの各MIDIトラックが並ぶ。ギターはノイズで代用し、発音位置を合わせている
Audio❶

 まずドラムを見ると、バスドラはほぼグリッド位置でほんの少しだけ(5msほど)遅れ気味です。ハイハットも表拍は同様で、裏拍は8分3連の3つ目の位置より前です。よくレゲエのハイハットは、“ジャズの4ビートの、シンバル・レガートをハイハットでたたけばよい”と解説されることがあるのですが、このスウィング感の分析は確かに当を得ています。時折挟まれるスネアのリム・ショットもスネアと同様で、表拍はほぼグリッド、裏拍は3連の3つ目よりも前です(画面❷Audio❷)。

画面❷ ドラムを分析したピアノロールで、上からハイハット、リム・ショット、バスドラとなっている。赤線が8分3連グリッドの3つ目を示していて、ハイハットとリム・ショットの裏拍がそれぞれ前に出てきているのが見て取れる

画面❷ ドラムを分析したピアノロールで、上からハイハット、リム・ショット、バスドラとなっている。赤線が8分3連グリッドの3つ目を示していて、ハイハットとリム・ショットの裏拍がそれぞれ前に出てきているのが見て取れる
Audio❷

 ドラムの音色も大変重要。ハイハットはとても軽く美しい音色でたたかれていて、スネアはハイピッチでスナッピーなし。バスドラはミュートされサイン波に近い低音です。ちなみに、この冒頭4小節ではたたかれていませんが、タムは裏の皮を外し、ミュートして音が短くなるように工夫されています。

 次にベースを見ると、常にグリッドよりも10〜15msは遅れていて、バスドラの後ろにいます。また、裏拍はきっちりと3連の3つ目の位置にあり、シャッフル感が強調されています。音色はバスドラと似たサイン波に近いもので、ふくよかな低音です。右手はFENDER Jazz Bassのボディのネック寄り、ほぼフレット端の位置で、2フィンガーで演奏するスタイルなのは有名です。

 3小節目終わりで、GからF♯にシンコペーション(次の小節のルートを先取り)していてラテンのベース・パターンを連想させますが、どちらかといえば“歌のメロディとシンクロしている”というほうが当を得ているでしょう(画面❸Audio❸)。アストン・バレットにはアレンジャーやサウンド・プロデューサー的な面もあり、ベース・ラインがとてもグルーヴィーであると共に、歌とコール&レスポンスになっていたり、対位法的に動いていたりと、非常にメロディアスです。

画面❸ ベースをコピーしたピアノロール画面。黄枠が3小節目の終わりでシンコペーションしているF♯

画面❸ ベースをコピーしたピアノロール画面。黄枠が3小節目の終わりでシンコペーションしているF♯
Audio❸

遅いカッティングによる幅のある音色

 続いてリズム・ギターを見てみましょう。2拍・4拍の裏打ちという、とてもシンプルなものですが、常にグリッドより15msほど前にあり、驚異的に安定しています(画面❹Audio❹)。

画面❹ ギターをコピーしたノイズのMIDIノートを拡大表示してみると、赤線のグリッドから7.5マス=15ms早く発音しているのが分かる(黄枠のタイム表示を参照すると、1マスは2msとなっている)。なお、コピーする際は音色も似せることで、よりグルーヴのニュアンスをつかむことができる

画面❹ ギターをコピーしたノイズのMIDIノートを拡大表示してみると、赤線のグリッドから7.5マス=15ms早く発音しているのが分かる(黄枠のタイム表示を参照すると、1マスは2msとなっている)。なお、コピーする際は音色も似せることで、よりグルーヴのニュアンスをつかむことができる
Audio❹

 そして、やはり音色も重要なポイント。右手のカッティングのスピードがゆっくりとしていて音色に十分な幅があり、アタックの後、中域の和音が遅れて豊かになっています。Audio❹ではシミュレートとしてギターではなくノイズを使っているのですが、ノイズの後ろに46.7msのプリディレイをかけたショート・リバーブ(原音よりもさらに低い周波数帯域にフィルタリング)を加えると、そっくりのニュアンスになりました。

 ところで、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのサウンド・チェックの模様をYouTubeで確認してみたところ、ボブ・マーリーのギター・アンプのチューニングをアストン・バレットが調整しているのを見ることができます。

ライブでの「ジャミング」

 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズはライブでもよく「ジャミング」を演奏しています。その多くはテンポ・アップされて、オリジナルの繊細で柔らかなグルーヴがイケイケのアッパーなものになっているものの、ボブ・マーリーがリズム・ギターを弾いているときにはグルーヴの核がしっかりとしています。ジギー・マーリー、スティーブン・マーリー、ローリン・ヒルなど多くのアーティストがカバーしているのですが、リズムという観点から見るならば、この『エクソダス』の「ジャミング」のようなグルーヴに到達したものはありません。

 もう一つ重要なのは、スタジオ盤における録音やミックスの重要性です。ドラムの音色にベース、ギター、オルガンが同じ周波数帯域=低域~中域で絡み、同等の音量バランス(ドラムが支配しているわけではない)で溶け合うことにより脈打つようなグルーヴが実現されています。これは、スライ&ザ・ファミリー・ストーン「ファミリー・アフェア」やスティーヴィー・ワンダー「迷信」などと同じサウンドの組み合わせだと言えます。


横川理彦

横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。

関連記事