リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第7回は、圧倒的な演奏力を披露するYouTube動画から火がついた若きジャズ・デュオのドミ&JD・ベック。2022年に発表したデビュー・アルバム『ノット・タイト』収録の、マック・デマルコをゲスト・ボーカルに迎えた「TWO SHRiMPS」を分析します。
『ノット・タイト』
ドミ&JD・ベック
(ユニバーサル)
リズム・マシンのような音色のドラム
今回取り上げるのはドミ&JD・ベック。曲目は2022年にリリースされた彼らの1stアルバム『ノット・タイト』から「TWO SHRiMPS」を選んでみました。日本でも人気の高い注目の若手デュオ。リズムから見ると、どうなっているのでしょうか。
フランス生まれのドミは、音楽好きの両親のもと3歳でピアノとドラムを始め、フランスの国立高等音楽院を卒業したのちにボストンのバークリー音楽大学に入学しました。JD・ベックは2003年ダラス生まれで、5歳でピアノを始め10歳のときにはドラムの演奏活動を始めています。2人は2018年のNAMM Showで出会い意気投合。デュオとして投稿したYouTube動画が大きな話題を呼んで、ルイス・コールやサンダーキャットと共演し、2022年にアンダーソン・パークのプロデュースでブルーノート・レコードからデビュー・アルバム『ノット・タイト』がリリースされました。
その若さから天才児と評されがちですが、早くから明確な目標に向かって努力を重ねていて、しっかりとジャズ、ジャズ・フュージョン、ドラムンベースやヒップホップの伝統を引き継いで新しい音楽を創造していこうという姿勢には頭が下がります。
デュオの基本姿勢として生で演奏することに対するこだわりがあり、ドミは左手や足鍵盤によってベース・パートを、右手はピアノやシンセサイザーを担当。JD・ベックはスネアやタム、シンバルをさまざまにミュートして、あえてリズム・マシンに近い音色に加工し、二人向き合って近距離で演奏します。
ドラムンベースを基本とし、ドラムの音色をリズム・マシンに近付けるスタイルは、ジョジョ・メイヤーやクリス・デイヴを模範にしているに違いないのですが、この2人がジャズからスタートして現在の形に発展してきたのに比べ、JD・ベックの場合は最初からこのスタイルなのが大きく違うところです。
『ノット・タイト』は全15曲で、オープニングとクロージングはドラムやピアノのない小曲。ほかにサンダーキャット、マック・デマルコ、ハービー・ハンコック(!)、アンダーソン・パーク、スヌープ・ドッグ、バスタ・ライムス、カート・ローゼンウィンケルなど超豪華なゲストたちを迎え、本人たちも積極的に歌う、華やかでポップな内容です。曲作りには5年の歳月をかけていて、ドミとJD・ベックの完全な共作。JD・ベックによれば、曲作りの間はドラムのことは全く考えずに、とにかく“良い曲”を作ろうとしているとのこと。初期はドミが五線譜に書き留めていましたが、のちに楽譜作成ソフトのAVID SibeliusやDAWに直接入力するようになったそうです。
全15曲を計測してみると、最後のM⑮「THANK U」以外はすべてテンポが一定で、演奏は生演奏ですがクリックかガイド・トラックを使っているのが分かります。変拍子の曲が多く、コード・ストラクチャーはウェザー・リポートやステップス・アヘッドなど、1970年代のジャズ・フュージョンの影響が大きいです。BPMは♩=170〜190の辺りに集中していて、この点からもドラムンベースのリズム・スタイルが基本になっていることが分かります。サウンド面ではJD・ベックのミュートされたドラム・サウンドとともにドミのピアノがアコースティックではなくNORD Nord Piano(もしくはSPECTRASONICSのKeyscape)で、全体にややローファイにまとめられているのも大きな特徴でしょう。
超タイトなドラムと少しルーズなベース
「TWO SHRiMPS」はカナダ出身のシンガー・ソングライター、マック・デマルコをボーカルに迎えた歌モノで、同じBPM(4分音符の速さが同じ)の9/4拍子のAパートと、4/4拍子のBパートがスムーズに交代する構成です。ドラム・パターンはBパートのほうが細かく、JD・ベックのドラムとシンセ・ベース4小節をコピーしてみました(画面❶、Audio❶)。
ドラムは、このテンポで16分音符のタイミングや音量がよくそろっていてとてもタイト。スネアのゴースト・ノートが常にハイハットと交錯しています。ミュートの効いた音色作りが革新的で、ハイを殺して音の長さを短くしている上に、音量のコントロールが絶妙(小さな音のボリュームが均一)なので、リズム・マシンをほうふつさせます。
細かなタイミングを見ていくと、微妙にバスドラが遅れ気味。ハイハットやスネアもほんの少し揺れていて、この微細な揺れを丁寧にコピーすると、グリッドに沿った味気ないパターンから見事にJD・ベックらしいグルーヴに変わっていきます(画面❷、Audio❷)。
他方、ドミの左手のシンセ・ベースはかなり遅れ目にスウィングして演奏しています(画面❸、Audio❸)。超タイトなドラムに少しルーズなベースが組み合わさることで、このデュオならではのグルーヴが生まれているわけです。
さて、YouTubeのZILDJIAN(大手のシンバル・メーカー)のホームページでは、ドラマーをフィーチャーしたライブ動画を配信していて、JD・ベックをフィーチャーし本曲を演奏している動画を見ることができます。
歌のないインスト・バージョンでドミに加えて優秀なバンドGhost-Noteと一緒に演奏して、JD・ベックの新世代のジャズ・ドラマー的な側面を満喫することができます。JD・ベックは16分音符4つを単位としたスネア(ゴースト・ノートを含む)、ハイハット、バスドラの基本パターンを幾つか持っていて、これを自在に組み合わせていくことでドラムンベースを基本にしたアドリブを作っていくのですが、この動画ではそれをどのように運用しているのか(テーマやソロイストとの組み合わせやドラム・ソロの組み立てなど)がよく確認できます。
また、ベースをMonoNeon(この人も天才的)が弾いているというのも見逃せません。動画の最初でクリックのテンポを打ち合わせていて、オリジナルの♩=170から少し速くした♩=175に落ち着くのですが、JD・ベックが“♩=230はどう?”なんて平気で言っているのが恐ろしい。
カバー演奏で光るデュオの方法論
ドミ&JD・ベックは、デュオでたくさんのカバー曲の動画を配信していて、ウェザー・リポート「ハヴォナ」、ジョン・コルトレーン「ジャイアント・ステップス」、マッドリブのメドレー、エイフェックス・ツイン「Flim」など、いずれも彼らの方法論が光る、見逃せない演奏です。ドミ個人のサンダーキャットやコルトレーン、オスカー・ピーターソンなどのトランスクリプション演奏も面白いです。
ほかのアーティストと共演した動画では、アリアナ・グランデ、サンダーキャットとカルテットの「Them Changes」が最高で、新しい世代の実力と面白さを十二分に堪能できます。
※JD・ベックのリズム組み立ての方法論についてはドラマー、Brandon Scottの分析を参考にしました(下の動画)。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。