リズムに特徴のある名曲をピックアップし、そのリズム構造をDAWベースで分析/考察する連載「グルーヴ・アカデミー」。横川理彦が膨大な知識と定量的な分析手法に基づいて、説得力あふれる解説を展開。連動音源も含め、曲作りに携わるすべての人のヒントになることを願います。第6回は、御年84歳ながら12月に『Montreux Jazz Festival Japan 2024』での来日公演も行うなど精力的に活動するハービー・ハンコックが、1973年に発表した『ヘッド・ハンターズ』収録の名曲「カメレオン」を分析します!
『ヘッド・ハンターズ』
ハービー・ハンコック
(ソニー)
ファンクへの方向転換
ハービー・ハンコックの「カメレオン」(1973年)は、ビルボードのジャズ・チャートで1位になっただけでなく、総合チャートでも13位まで上昇したジャズ・ファンクの超有名曲で、世界中で広く知られ現在も演奏される機会が多いスタンダード・ナンバーです。今回は本曲のドラムとベース(ARP Arp Odysseyによるシンセ・ベース)を取り上げてみます。
1960年代の終わりにマイルス・デイヴィスの元を離れ、エレクトリック・ジャズでのグループ・アンサンブルを追求していたハービーは、プロデューサーのデヴィッド・ロビンソン(David Rubinson)のアドバイスもあって、よりコマーシャルな方向へ進むことを決断。スライ&ザ・ファミリー・ストーンやスティーヴィー・ワンダーをモデルに“ジャズも演奏できるファンク・ミュージシャン”を集めて、アルバム『ヘッド・ハンターズ』の制作に取り掛かりました。特にベースのポール・ジャクソンは、オークランド出身でタワー・オブ・パワーをはじめとするオークランド・ファンクを体現する人物の一人です。
ドラムのハーヴィー・メイソンは東海岸のアトランティック・シティ出身で、早くからプロで活躍したドラマー。バークリー音楽大学とニュー・イングランド音楽院で学んだのちにロサンゼルスに移り、スタジオ・ミュージシャンとして頭角を表した旬のアーティストでした。
1962年のデビュー・アルバム『テイキン・オフ』の「ウォーターメロン・マン」で、ポップ・ソングを書けることを早くから実証していたハービー。「カメレオン」(メンバーのポール・ジャクソン、ハーヴィー・メイソン、サックスのベニー・モウピンとの共作)は、一回聴いたら必ず覚えてしまうであろうキャッチーさにあふれた名曲で、下敷きにしたであろうスティーヴィー・ワンダー「迷信」と並ぶだけの魅力があります。
ハーヴィー・メイソンの洗練されたビート
原曲の進行は、シンセ・ベースだけのイントロ4小節、ドラムが加わって8小節、これにエレキベースのフレーズが絡んでいく、という流れです。今回はドラムが加わってからの2小節をループにしてコピーしています(画面❶)。
冒頭のテンポは♩=93.8くらいで、クリックを使っていないためテンポが揺れていますが、ループにして聴いてみてもそのグルーヴ感は圧倒的なものとなっています(Audio❶)。
まずドラムから分析していきましょう。ハイハットは拍頭、バスドラもスネアもとてもシンプルで、スネアが2小節目の最後に32分音符2つ(恐らく左手のフラム)が入る以外は何の特徴もないように見えます。細かく見ていくと、ハイハットはグリッドより10msくらい遅れていて、ゆったりとたたいている印象です。バスドラは8分音符の裏が15msくらい前に来ていて、ほんの気持ちスウィング/シャッフルしています。また、2小節3拍目の16分音符で“タタッ”となっているところは音符が詰まっていて、これもはっきりとスウィング/シャッフルしています。ファンクの定式の一つですね。
小節の1つ目のスネアは、1小節目、2小節目ともに1拍を16分音符で区切った4つ目、画面上で開始から4マス目の位置にあるスネアが30msくらい後ろになっていて、これははっきりとスウィング/シャッフルの“ポケット”=グルーヴを生み出すのに良い位置に打点があることを示しています。16分音符のグリッドと、正確な16分3連の最後の音符の位置との間に良き“ポケット”があります。このスネアとハイハット、バスドラの組み合わせによって、明確なファンクが奏でられているのです(画面❷)。2小節目最後のフラムは、フィルイン的にこの曲のほかの箇所でも用いられていて、音の粒立ちがとても奇麗で、洗練されたビート形成になっています。
ハーヴィーはインタビューで“自分はほかのドラマーのように速くはないけれど、コントロールされていない音は1つも出していない”と語っています。最も好きなドラマーにジャズの名手、ロイ・ヘインズを挙げていて、音色がシャープで美しいのが共通しています。前回取り上げたスティーヴィー・ワンダーに比べると同じドラムでも全く音色が違っていて、「カメレオン」の泥臭さのないキラキラした感触に大きく貢献しています。
ベースだけでもはっきりとファンク
次に、シンセ・ベースを見てみましょう。使用しているシンセはArp Odysseyで、音の立ち上がりの“ワウ”という音色変化がいかにもファンキーです。長い音3つとスタッカート音3つの組み合わせなのですが、Arp Odysseyはモノシンセなので音を区切らないと次の音が発音されない構造になっているため、長い音のほうも区切られていてシャープな印象になります(下の動画参照) 。
頭拍はグリッド、8分音符の裏は少しだけ(5〜10ms)遅れ、1拍目の16分音符4つ目の音はスネアと同じようにスウィング/シャッフルしていますが、必ずスネアよりほんの少しだけ前にいます。クリックと合わせて聴いてみると、ベースだけでもはっきりとファンクになっていることがよく分かります(画面❸、Audio❷)。これを聴いた後で、ドラムもミックスして聴くと、いかにこの2つのトラックで精密なファンクが作られているかにあらためて感心します。
原曲はここからさらに打楽器的なベース、ハービーのクラビネット(2tr)、テーマを奏でるテナー・サックスとシンセ(2tr)などが加わりどんどんテンポ・アップしていきます。リアルタイムのパネル操作によるシンセ・ソロ(最後にチューニングがずれている)も聴きどころ。ベースとドラムのパターンが変わって、エレクトリック・ジャズ的なエレピのソロが展開する辺りになると、ファンクというよりはフュージョンの色合いが出てきます。
その後のハービーとハーヴィー
本曲の入ったアルバム・タイトル『ヘッド・ハンターズ』はバンド名となり、好評に応えて次のアルバム『スラスト(突撃)』を制作しますが、ドラマーはポール・ジャクソンのオークランド仲間のマイク・クラークに交代。よりタワー・オブ・パワー的で、ドラムとベースが密着したタイトなファンクを奏でます。このアルバムに収録されている「ACTUAL PROOF」はクリス・デイヴ&ザ・ドラムヘッズの定番曲になっているし、「BUTTERFLY」も数多くのカバーを生む名曲。この2曲は必聴です。ハービー・ハンコックはジャズ・ファンクの傑作アルバムを数枚作った後、1979年頃から(再び)歌もののディスコに方向転換します。
ハーヴィー・メイソンはファンク専業ではなくジャズとフュージョンの両方のスタイルを持ち、スタジオ・ミュージシャンやプロデューサー(日本のカシオペアのプロデュースも!)として現在まで幅広く活躍しています。特筆すべきは1975年リリースの初ソロ・アルバム『Marching In The Street』で、“音楽全体からドラムを考える”という彼の音楽観が見事に結実しています。ドラムの音色がとても美しく、バランス的にドラムが大きいのだけれども、ちっともうるさくありません。タムを音程楽器としてバラード演奏に生かした「MODAJI」は、フュージョンのポップ・ミュージックとしての可能性を出し尽くしたサウンドだと思います。
横川理彦
1982年にデビュー後、4-DやP-MODEL、After Dinnerなどに参加。主宰するレーベルCycleからのリリースや即興演奏、演劇やダンスのための音楽制作など幅広く活動する。